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2018年1月31日 (水)

男の気持ち・生き方(150)

  「Shoganai(しょうがない)」について
 ケニア出身の環境保護活動家で、ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんは、2005年に来日して「もったいない(MOTTAINAI)」という言葉に出会い、この言葉は環境問題を考えるに重要な概念であると話したという。
 今朝の毎日新聞の「街角から」では、「Shoganai(しょうがない)」という日本語がドイツで使われているという。
 それは、2011年の東電福島第1原発の事故後、ドイツで話題になったのだという。独政府は日本の原発事故に動揺する世論に応え原発廃止を決定したが、日本では原発政策が維持された。複数の独メディアが日本人特有のあきらめ心理を表す言葉として着目したのだという。「大連立」なるかどうかの最中、議論好きなドイツ人にも、戦後最長の政権空白は疲労感とあきらめの感情を生んでいる。そんな空気を反映しての「(大連立も)しょうがない」という言葉は、日本人が幾多の災害を乗り越える中で、新たな出発点にもなってきたとでも思い巡らしているのであろうか。
 個人的にもこの“しょうがない”とか“どうしようもない”とか“ま、いいか”を日常的に使ってきている気がする。もっとも事象を前に、思考、努力なしにいきなり“しょうがない”というわけではない。一応それなりに考え、試行し、時には工作してはみるのだが、名案、解決案に至らないとき“ま、いいか、しょうがない”ということになることが多いのである。そして、あとから考えてみれば、“もう少しよく考えれば、我慢すれば、工夫すれば”少しはマシな結果が得られたであろうに、と悔やむのである。
 人生の多くは“あの時、ああすればよかった”の繰り返しであったであろうが、それがどうであれ、結局は自分の人生だから納得するほかない。しかし、人との関わりがある他事はそうはいかない。結果として“曖昧さ”を残しながら妥協することで「痛み分け」のような形で納めることもあるが、ここは孤立してでも筋を通さねばならない、ということも多々ある。政治、社会だけでなくスポーツの世界、職場、家庭
にもあると思う。
 2018年が始まって1か月が過ぎたが、“もう少しよく考えればよかったかな”がなかったか、「皆既月食」の「1月尽」に思ったのである。

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2018年1月29日 (月)

映画「星めぐりの町」を観た  

 豆腐職人と震災孤児の心の交わり
 27日の午後に、映画「星めぐりの町」(監督黒土三男)を観た。映画の途中に東日本大震災の、恐ろしい津波が押し寄せる映像が流れるが、そのほか全編、愛知県豊田市がロケ地であった。豊田スタジアムははっきり分かったが、「松平郷」「名鉄・平戸橋駅」「下切町」「小原町の紙すき現場」が画面に出てくるのだった。
 ストーリーは、三河の山中で、京都で豆腐作り修行を積み、毎朝じっくりと手間と時間をかけて美味しい豆腐を作る島田勇作(小林稔侍)と、東日本大震災で津波により家族全員を一瞬で失った少年・政美を中心に進む。政美は津波で両親と妹を亡くし孤児となり、心に深い傷を負い、人を拒絶し閉じこもり、凶暴になることも。親類先をたらい回しされた挙句、最後の最後に勇作の亡き妻の遠縁にあたるということで、この豊田の里山にやってきたのであった。
 見どころは、島田勇作という豆腐職人のくらし(自然に根差した自給自足)と人間性、被災孤児の政美の閉ざされた心が少しずつ雪解けのように開いていく様子であろうか。
 最後のシーンで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を勇作と政美が口ずさむ。政美の未来を暗示する一言が添えられ。
 もう少し深読みすると、かつて日本にもこんなくらし、風景、人情があったなあという、ノスタルジーも散りばめられた映画であった。(ミッドランドスクエアシネマ2で、2月9日まで)

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2018年1月28日 (日)

市民アクション@愛知3区のつどい

 立憲民主党に求められる地域の組織的展開
 この集会の呼びかけは、こんなようになっていた。「子どもの健やかなそだちも、若者が希望のもてる未来も、大人の穏やかな老後も、下支えし実現してくれるのは政治と憲法。憲法を安倍首相好みに変えると私たちの暮らしはどうなる?近藤昭一衆院議員(立憲民主党)と井上哲士参院議員(共産党)の二人の国会議員を迎えてトーク&質問。弁護士&立憲野党各党スピーチ、憲法を守る3000万人署名の取り組み報告も。」
 プログラムは、90分の時間内に①市民アクション@愛知3区の活動報告 ②安倍の改憲の問題点4つ「憲法9条に自衛隊を明記」「緊急事態条項」「参議院の合区解消」「教育の充実(国の介入)」を弁護士から。③市民発言は「ママ世代」と「若者世代」 ④3000万人署名の取り組み、⑤立憲野党(社民、新社会、自由、緑)からのあいさつ、⑥国会議員(井上哲士参院議員、近藤昭一衆院議員)の報告とアピール。⑦両議員への質疑応答と盛り沢山であった。
 90人の会場はほぼいっぱいであったが、大半は各区の「9条の会」の人たちと見受けた。私の見るところ、その人たちは、こうした集会だけに来るのではなく、地域で通年的な運動を続けている。
 私もかつては「ピースサイクル9条の会」をつくって、地域の9条の会の集まりにも参加していたが、実態が伴わないことで自ら解消した。そうした地域における組織的な展開は、議員の選挙のための後援会を除くと、政党で言えば共産党を除いてはほとんど見かけない。「野党と共闘」といえども、地域住民レベル(草の根)での「党派を超えた共闘」は、「市民アクション」「市民と野党をつなぐ会」などの活動が注目されるがまだまだこれからという段階といえそうだ。その背景の一つには、党としての組織戦略の違いがあるようの思えるのだがどうだろうか。組織政党としての立憲民主党の課題、「草の根」活動に求めたいものもこの点にある。
 とはいえ私には、もはや1980年前後からの約20年に亘る地域運動、組織活動を再び興す力量はなく、忸怩たる思いが募るばかりである。そんな状況を自覚したうえで、立憲民主党を“追っかけ”ることで何ができるか、そんな気持ちも秘めての今日の集会参加であった。

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2018年1月27日 (土)

ドキュメ映画「自白」を観た

 隣国韓国への関心をなくしてはならない
 名古屋「自白」上映実行委員会が企画した、2016年に韓国で上映されたドキュメンタリー映画「自白」を観た。
 「自白」の監督はチェ・スンホ(崔承浩、56歳)さんで、南北分断状況で韓国の国家情報院(国情院、前身は中央情報部)が、いかに非人道的な手法で「北のスパイ事件」を捏造してきたかを、緻密な調査と貴重な証言によって告発している。
 ではあるのだが実は、会場は名古屋国際センターの研修室で床はフラットであり、惜しいことに映写の位置がやや低いこともあって、私の位置からは、前席の人の頭部が字幕の位置と重なり、ほとんど読み切れなかった。映像は、スパイ容疑で逮捕連行され、のちに無罪となって証言するシーンが多く、字幕が読めないのは致命的であった。
 幸いなことに、第二部の証言、康宗憲さんへのインタビューがあって、映画の内容のポイントだけはわかった。そして証言によって今なお続く70年に亘る分断国家の歴史、1947年に憲法が制定された後も「国家保安法」が憲法の上を行くことによる、映画『自白』も取り上げられた「在日韓国人母国留学生事件」などが頻発するのである。
 1970~80年代では、私の周辺でも「日韓連帯」「韓国政治犯釈放運動」が盛んであって、韓国の民主化運動への過酷な弾圧の状況は幾らか知っていた。1980年の「光州事件」や「金大中氏に死刑判決」といった経過から、それに抗議し、韓国民衆に連帯する「抗議の座り込み行動」を名古屋栄の噴水前で行ったこともあった。
 こうした韓国における「平和的統一」「民主化」をめざす闘いは、日本と無縁とは思えない。直近の例として、明らかに憲法違反である「集団的自衛権容認」を閣議決定し、それによって安保法が制定されたことでもでもわかるではないか。「立憲主義」が危機にあるのだ。
 また「非正規雇用」が社会問題化したのも、韓国では1990年代初頭である。私が渡韓した1993年には街頭デモのプラカードにすでに登場していたと記憶する。世界の矛盾、しわ寄せが国力の違いであろう、韓国に先に来る、私はそう感じているのである。
 隣国韓国への関心、在日朝鮮人・韓国人の問題への関心は、私たちにとって不可欠な「感覚・認識」である。

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2018年1月26日 (金)

続・衆院本会議で枝野代表の代表質問

野党らしさ、を考える
  枝野の代表質問の内容で気が付くことは、生活(くらし)を重視し、生活者感覚から説き起こし、安倍内閣の財界、裕福層重視の姿勢と対比させようとした点であろう。それは待機児童、介護サービス、年金問題、税制、そして「働き方改革」に対置する労働法制の問題、関連して教育現場の問題点などを最初に取り上げたことである。
 一方、安倍首相の憲法感覚を疑いながらも追及は控えめで、安全保障問題・軍備、原発、沖縄問題などを後半に持っていったが、この組み立てが全体の「野党らしさ」が今一つではなかったか。つまり、与野党の違いがあれ、野党の第一党の党首として時の首相と肩を並べ、できれば凌駕する「格」の違いを見せる、そのためにはある程度言葉巧みに“こき下ろす”ことも必要でなかったかということである。
 私は国会中継の前半を観ていないので、その時は、“いうべきことはちゃんと言っているな”と思っていたのだが、党のホームページから質問の趣旨全文を読んで、国会における「野党らしさとは?」と思ったのである。
 もとより、対抗意識丸出しで何でも反対がいいというのではない。枝野がそうした反省のもとで「対案」を重視しているのはよくわかる。だが対案とは相手の土俵に乗ることでもあるから、相手の矛盾、不公平性、利権などを暴き出し、対案の具体性・可能性が求められるから、かなり練り込まれなくてはならない。結党して間もないだけに党内論議が十分とは言えず、民進党時代からの懸案として取り上げたのではないかと推測する。
 モリ・カケ問題、スパコン補助金疑惑などは、野党として優先的追及課題であろうが、枝野は触れなかった。時間的制限と他者(参院或いは他党)に委ねたのかもしれない。
 結局“野党らしさ”なんて、定式化できるものではないが、要は、有権者にどこまで政治課題でインパクトを与えることができたか、印象に残る言葉を発信したか(小泉流ワンフレーズはその類)、総じて野党の圧倒的リーダーとして記憶されたか、にかかるといえないだろうか。

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2018年1月25日 (木)

衆院本会議で枝野代表の代表質問

 その概要を記す
 24日の衆院本会議で、安倍総理の施政方針演説などに対する代表質問が行われ、立憲民主・市民クラブの枝野幸男代表が質問した。ざっと拾ってみると以下の通りである。
はじめにでは、立憲民主党の結党の趣旨を「立憲主義に基づく民主政治」と「多様性を認め合い、困ったときに寄り添い、お互いさまに支え合う社会」を実現するため「ボトムアップの政治」「草の根からの民主主義」「社会を下から支えて押し上げる、もう一つの道を地道に訴えていきます」とした。以下概略を記す。
・待機児童問題では、現場とのズレが最も顕著なのが、待機児童問題と保育所等の無償化であると指摘。
・介護サービスの不足での問題では、介護のサービスは、365日24時間。夜勤も含めた長時間・重労働が問題だ。介護職の平均賃金はすべての勤労者の平均と比べて10万円も安く、処遇の改善が不可欠。経済波及効果もある。
・年金問題では、健康で意欲のある高齢者が働ける環境を整えるだけでなく、病気や貧困に苦しむ高齢者の切り捨てにつながることがないようにしなければ本末転倒だ。また生活保護の切り捨ては認められない。
・所得税増税問題では、立憲民主党は、税による再分配機能の強化を主張、最優先は、金融所得に対する分離課税の見直しだ。
・森林環境税、佐川国税庁長官問題(略)
・労働法制では、労働法制の改定について時間外労働の上限は休日労働を含み月100時間未満等、いわゆる過労死ラインを大きく超え、特に問題なのは、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度の導入という、いわゆる残業代ゼロ法案と言うべき内容だ。また長時間労働による過労死などを防ぐためには、インターバル規制が不可欠だ。
 さらに同一労働同一賃金の制度が機能するには、挙証責任を雇用者側に持たせることが不可欠である。
・教育問題では、小中学校教員の7割が勤務時間を記録していないという長時間勤務の問題。労働時間の上限規制を厳格に守ることで、教員の肉体的、精神的余裕を生み出さなければ、疲れ果て、やむなく目の前のことだけに追われる教員がますます増える。これでは、子どもたちにより良い教育を提供することが困難である。
・原子力政策の問題では、立憲民主党は、1日も早く原発ゼロを実現するための法案を3月11日までに提出する予定である。原発について、中長期的に経済的合理性があると考えているのか?根拠も含めて総理の認識を問う。
・防衛装備については、我が国の領土・領海・領空を守るため、着実な防衛力の整備が重要だが、政府は、専守防衛との関係について十分説明しないまま、巡航ミサイルやイージス・アショア、ステルス戦闘機や新型迎撃ミサイルなど、米国の有償軍事援助(FMS)で高価な装備の導入を次々に決めた。価格が適正であること、費用対効果の観点で適切であることの具体的説明を求める。
・沖縄の米軍基地問題では、米軍ヘリの事故多発、本当に日本を守るための沖縄米軍基地であるのか、疑問だ。
立憲民主党は、地位協定の改定を含め、ヘリの飛行中止などを、さらに強く米国に求めること、特に辺野古の基地建設については、少なくともいったん立ち止まって、沖縄の皆さんの理解を得る方策を模索することを求める。
・議員立法については、カジノ解禁に反対し、ギャンブル依存症対策法案とIR推進法廃止法案、森友・加計問題を繰り返さないための公文書管理法と情報公開法の改正案、組織犯罪防止法のうち弊害の大きい共謀罪部分を廃止する法案は提出済みだが、加えて、テロ対策のために真に制定が急がれる航空保安法案も提出する予定。さらに、多様性ある社会を目指して、LGBT差別解消法案、夫婦別姓の選択を可能とする民法改正案、手話言語法案、農業者戸別保証法案などの準備を進めている。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に関し、復興加速法案を検討。
・憲法に関しては、安倍総理の憲法感覚を追及。憲法の定義は「統治の根本となる基本的な原理原則に関するルール」であり、近代国家では、「主権者が政治権力を制限するルール」を意味する。
集団的自衛権の行使容認は立憲主義に反する。これを含んだ安保法を廃止し、領域警備法案をはじめ真に領土を守るために必要な法整備と置き換える法案を提出する。
・おわりに、立憲民主党は、新しい綱領を踏まえ、国民の皆さんの現場の声とつながるため、「つながる本部」をつくった。国民の皆さんの声を幅広く受け止める仕組みを充実させていく。また、これまでの党員組織とは異なるパートナーシップ・メンバーの制度を作り、幅広い皆さんに気軽に参加していただける仕組みを用意する。国民の皆さん。こうした仕組みを利用していただき、民主政治の当事者として、政治参加し、日常の暮らしや働く現場の声を届けてください。その思いを込め、今年も引き続き国民の皆さんに訴える、とした。 
続く

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2018年1月23日 (火)

あのころ京都に行っていました

 ブログの投稿を読んで
 キャサリンさんの投稿を拝読していて、共感するところが多々あって、それをヒントにあれこれ連想し、引用させてもらうこともある。昨年のニュージーランドの労働党政権に関する情報「日本の総選挙、ニュージーランドの場合」は、APWSL愛知の「ACTION REPORT」の「海外情報」の一つとして、「ニュージーランド(NZ)に労働党の新政権(日経)」「ニュージーランド労働党」と共に紹介した。
 今回「1・19行動」について京都の様子が書かれていたが、ふと、もう30年も前であろうか、1980年代の米軍の極東戦略の一環「核ミサイル・トマホークの極東配備」の反対運動(反トマ全国運動)の、全国会議がしばしば京都で開かれていて、愛知の代表として参加していたことを思い出した。
 主要には、横須賀基地のある神奈川、米軍依佐美送信所の愛知、海自の舞鶴基地、空自経ケ岬分屯基地(Xバンド)の京都、被爆地広島・呉基地の広島などが問題を持ち寄った。京都では「御池」辺りの(故)吉田さんの家が会合場所であった。
 「毎月19日午後6時半に市役所前集会と河原町通りのデモ」とあるが、河原町交差点の「高島屋?」の前、名古屋で言う栄が、街宣の場所であったような気がするが。

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2018年1月21日 (日)

新春の集い2018

 年初の決意表明の場でもある?
 ここ2年参加できなくて3年ぶりの「人民の力」主催の「新春の集い」に参加した。議員の新年の集い、政党や財界の賀詞交歓会と違って、この地域の市民運動が一堂に会する稀有な集まりである。
 ある女性があいさつに中で、“この会が、料理から接待まですべて男性が担い、女性は座っていればいい、こういう場所は他にはない”といっているように、そして、市民運動、労 働運動の隔たりもなく、愛知のみならず、岐阜からの参加も少なくなかった。
 幾つかの市民運動の皆さんが紹介されたが、“日韓連帯”という括り方のできるグループが多いのも特徴といえるかもしれない。韓国の労働争議の現場でよく歌われる労働歌も何度か歌われた。私自身もロシアや中国より、より意識するのが韓国の情勢・動向・文化である。
 在日朝鮮人文学の第1人者である磯貝治郎さんと同席し、しばし交歓させてもらったが、80になられてなお元気で、沖縄関連の裁判の原告でもあるとのことだった。昨年11月に在日朝鮮人作家を読む会 40周年の記念集会があったが私は行きそびれた。
 ピースサイクル運動として私と岐阜の仲間が紹介され、今年も取り組むので参加してくださいとアピールするとともに、私からは、昨年暮れに亡くなった仲間のHさんのご冥福を祈る、ということと、“昨年の総選挙では、安倍一強を打破できなかったが、立憲民主党が立ち上がったのが収穫だった。これまでの民主党、民進党に今一つ寄り添えなかったのは、一つは半自民と思われる人物がいたこと、連合にものが言えなかったことであり、その点で立憲民主党に期待するのである・・・”と。実際、脱原発運動で連合愛知の中電労組、労働運動の現場ではトヨタ労連がネックになっていることは公然たる事実なのである。
 終えてからは、諸集会の象徴的な人物の一人となっているシンガーソングライターの板谷信彦さんとしばし談笑した。その中で「文武両道」という話になって、何事もバランスが大事なことであり運動一本槍では、セクト主義になりかねない。落ち込んだ時に支えるものがない。そして市民運動などの参加は、社会の動きを知り、広く考えを聴くことができる、知ることができる。一方文学などに親しむことは自己主張、自己表現するという主体性を持つ意味があり、そこに文武両道の意味があるのではないかなど話し合い、その典型が「プロボクシング・セコンド、作家、市民運動」をこなす先の磯貝治郎さんなのであろうと。
 さあ、明日から再起動してアクセルを(スローに)踏み込んでいきたい。

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2018年1月20日 (土)

立憲、民進、希望の3党幹部が公開討論(3)

 

積極的に地方議員を獲得すべき
 この討論集会には、各党の支持者・関係者、政策塾・塾生に交じって市民運動のメンバーも多く参加していた。そこには、私のように立憲民主党に期待する者ばかりでなく、ここ数年に亘ってアベ政治を許さない、安保法、秘密保護法、盗聴法などに反対、廃止を求めて運動を続けている市民も多くいた。それはこの3党の違いがどうであれ、安倍政治の暴走を止めたい、憲法、とりわけ9条の改憲を阻止したい、そのために「政党の論理」を超えた野党の頑張りに期待したい、その行方を見届けたいという思いがあったのではなかろうか。
 率直に言えば、市民運動を「草の根民主主義」の現場と捉え、積極的に行動を共にしてきた人は、近藤昭一議員だけである。残念なことに「政党と在野の運動」というテーマではなかったので、近藤議員の出番がなかったともいえるが、逆に言えば、大塚代表が「3党による会派形成」にこだわり続けることは、相変わらず国会における政党都合の、数の論理から抜け切れていないことを意味する。古川幹事長に至っては、先の総選挙では「野党共闘」について市民との面談を拒否し、歯牙にもかけなかったといわれる。
 このシンポジウムのサブタイトルに「健全な民主主義をめざして」とあったが、それは小選挙区制そのままに「政権交代の実現」だとし、そのためには「与野党の勢力が伯仲」すること、そのためには現野党の躍進と結束が必要というところに力点があったようだ。ファシリテーターの後房雄氏もそのようにリードしていたと思う。
 「民主主義」とは「主権在民」ともいえると思うが、「政党政治」の時代なればこそ、政党は、有権者との距離を縮める運動を欠かしてはならないだろう。「民度」を高める地域活動に力点を置くべきではないだろうか。その役割が大きいのが党員であり、地方議員である。その限りでは、立憲民主党は積極的に地方議員を獲得していく方針をもってしかるべきだ。それは「分裂」とは違う世界であり、学習と議論、勇気と決断のいることではあるが、そのハードルを越えることなくして、野党第1党から政権交代への展望はないと思うのである。 完

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2018年1月19日 (金)

許すまじ!9条改憲策動2018

  安倍内閣の暴走を止めよう!集会&デモ
  名古屋栄・久屋市民ひろばに、主催者発表で約600人が参加して「安倍9条改憲NO!」「憲法を活かす全国統一3000万署名で安倍政権を包囲しよう」とのスローガンのもと集会とデモが行われた。
  主催者挨拶に続いて、最初に登壇したのは地元の俳優・天野鎮雄さん。御年82歳になるという。“もう黙っておれない、ここに来ずにはいられない、何としても9条の改憲を阻止しなければ・・・”と、寒気を吹き飛ばす檄を飛ばしていた。続いて、弁護士会の長谷川弁護士が自民党の改憲案などをわかりやすく解説した。同じような内容の繰り返しに聞こえてくるが、今月22日から通常国会、夏場の「憲法改正の発議」などの日程が上がってくる状況となって、従来にない緊迫感が漂ってきた。それは締めくくりの、安倍内閣の暴走を止めよう共同行動実行委員会の中谷共同代表の発言でさらに増した感じであった。
  なお3番目に登壇者からは、沖縄現地の状況、普天間第2小学校でのヘリの部品落下で児童は校庭でも遊べない状況であるとか、公明党が与党候補の支援を決めるなどの名護市長選挙の動向などが話された。また辺野古を巡る厳しい現地の状況も決して忘れてはならない、忘れていないことがこの集会でもしっかり押さえられていた。
  また今回からデモ行進に当たっては、政党を含む団体名の入った旗、のぼりなどを掲げることが容認された。これまでは、こうした取り組みが特定の団体による偏ったものであるという印象を与えかねないという配慮から、「愛知弁県護士会」が取り仕切ることとしてきた。しかしここに至っては、どんな団体であろうと、安倍による改憲を許さない、安保法の廃止、辺野古新基地建設を許さないという闘いでは、これまでの蓄積で、参加者間に違和感はなくなったからというものである。
  その判断の是非は問うものでないが、どちらにしても参加者が1000人から2000人以上になった時、それは市民や市民団体の自主的な参加によるものであるから、そちらに注力していけばいいのだと思う。
  私は、立憲民主党ののぼりが立てば、そのもとに駆け付けるであろうと決めている。

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2018年1月18日 (木)

立憲、民進、希望の3党幹部が公開討論(2)

 立憲民主党への不安、無きにしも非ず
 未だ発足して間もないとはいえ私は、この立憲民主党に高い理念のもと、まっとうな日本の進路を切り開いてくれるものと期待している。ささやかではあるが私の運動経験、運動感覚からフィットする部分が多いのである。
 ではあるが、現時点では不安がないとは言えない。その一つは、「枝野一人の頑張り」が目立つことである。党として役員人事、全国のブロック代表などの体制ができたとはいえ、また本格的な国会論戦はこれからということもあるが、枝野に続く「論客」が浮上しきれていない。例えば辻元清美は、国対委員長としてこれから大いに活躍していくであろうと思うが、例えが悪いが「参謀本部」に留まる人材ではない。最前線で鼓舞し、切り込む「中隊長」こそが、ふさわしいと思う。では幹事長の福山哲郎、代表代行の長妻昭、副代表の近藤昭一、佐々木隆博の諸氏はどうであろうか。私の知らない持ち味、政治力を持っているのであろうが、それがまだ十分に発揮されていないから印象度も高くないのだろう。それゆえ枝野一人が目立つのかもしれない。
 13日の、3党幹部の討論会で、立憲民主党の近藤昭一議員が他の二人に較べ、やや遠慮気味のような対応であったが気がしたが、それは私の彼への印象である“配慮、気遣いの人、それが近藤昭一議員”が、そのまま表れた気がした。
  このことは同時に、突出した立憲民主党が、“出る杭は打たれる”式の、緩やかな包囲網を予感させるものであり、もう一つの心配事であった。しかし、ここ数日間の民進党・大塚代表による「3党による統一会派」問題が合意に至らず失敗に終わったことで、枝野代表にいささかのぶれ、動揺もない立党精神則った姿勢にまずは一安心したのだった。近藤議員もこの点をもっと強く押し出せば、印象も高まったと思うのだが、「地域政党」の問題が横たわっていたのであろうか。
  民進の大塚代表が提唱する「地域政党」については、13日の議論にはならず、今後も事あるごとに問題視される課題ではあろう。この点について私は、これも「立憲民主党包囲網」の仕掛けの一つではないかとみている。
  「国政のことは各党の政策で国会の場で、地域の問題は、地方自治という観点から政党を超えた取り組みが必要」という中央集権(国家主義)から「地方自治、地方分権」という論理もないではないが、現時点で地域住民がそのように求めているのは沖縄県くらいではなかろうか。多くは、中央政党の地方組織として地方議員も組織されているのが現状。しかも地方議会の多くは政党隠しで党員でありながら「無所属」を名乗る議員が圧倒的に多い。これは中央政党のしばりから離れて、地域独自の政策推進のためばかりとはいえない。
 今回の、愛知での「民進、立憲、希望」3党による「地域政党」の構想は、「地方自治、地方分権」という純粋な動機、観点からではないと思う。確かに2019年の統一地方選挙での「野党乱立、与党有利」ならしめない方策の一つかもしれないが、それなら共産党、社民党、自由党などを加えた「全野党共闘」というもっと広い結集の策があるはずだ。
 結局「大塚構想」というのは、中央での民進党主導の3党による「統一会派」形成の、地方からの足掛かり、立憲民主党からすれば、党勢拡大を阻止しようとする包囲網の一つでしかない、ということではないだろうか。 
続く

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2018年1月16日 (火)

いつでも自己判断が求められる

 付き添いで、八事日赤病院へいく
 名古屋第二赤十字病院(通称:八事日赤)へ付き添いではあるが、初めて行った。病院への地下鉄は、時間帯のせいで中京大学、名城大学、南山大学などであろう大学生と一緒になって満員状態だった。
この病院は診療科目が22か23あって、一般病床は810床という。
 全ての診療窓口の外来受付の基本番号が、私が目にしたところで、最大2100番台まであったから、どんなシステムかは知らないが、仮に1000番台から始まっても、少なくとも1200人ほどの患者さんが来院していることになる。半数以上の人に“付き添い”が付いていただろうから、大変な人の数である。
 私が通院している総合病院と比べその規模は4~5倍といったところだが、全体として医師以外の職員は多いように感じたし、院内の空間は広くとってある感じでざわざわした感じはしなかった。また“待ち時間”も、人気医師の診察室は60分の遅れは普通らしいが、だいたい15~30分程度と見た、といっても一部だが。
 気になったことといえば、ご高齢の方への様々な説明に当たる若い職員の言葉が、私の病院職員に較べ、早口のように感じられ、他人事ながら“大丈夫かな”と思った。
 診察は、コンピューターのデータ、映像をみながらであるが問診、触診も交え丁寧であった。症状を診ながらパソコンのキーを打つ手が止まることがない。推測するに、診断状況を打ち込むと「AI」が何らかの病名、病状に関するキーワードを示すのではないだろうか。
“他の診療科の診断とも一致するから、これは○○という病気ですね”と医師は語った。その処方は、リハビリでは快復しないから、「手術」するしかないが、今すぐというものでない、ということだった。
 そこで脇から私が質問した。一つは、“これは珍しい病気なのか”、次に“症状が進行して手術を決断するとしたら、次にどんな症状が現れたときか”“手術の時間はどれほどか”など。
 本人は「手術」という言葉に恐怖を感じているようだが、私は、症状と日常生活の不自由さを較べ、また早期手術の方が効果的なら手術を決断するが、それは口にはしなかった。“歯痛”と違って、緩慢に進行する病気は厄介でもあり、決断を鈍らせる。最終的費は、自己判断が求められるが、さて、どうなることか。

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2018年1月13日 (土)

立憲、民進、希望の3党幹部が公開討論(1)

 民主主義、政権交代、野党の結集
  同じ愛知県選出で「民進党」現、元所属の、大塚耕平(民進党代表、参議院議員)、近藤 昭一(立憲民主党副代表、県連代表、衆議院議員)、古川元久(希望の党幹事長、衆議院議員)をパネリストに迎え、しかも趣旨説明には、石田 芳弘(中部サステナ政策塾顧問、元犬山市長)氏が、コメンテーターに小出 宣昭(中日新聞社 主筆)氏、ファシリテーターに後 房雄(名古屋 大学大学院法学研究科 教授)氏という、選挙期間中の公開討論会でもあまり見られない顔ぶれのシンポジウムが名古屋で開かれた。大村愛知県知事も顔を見せていた。
 まずこの時期に、このような企画ができる主催者の力量に瞠目した。これが今後愛知の政界、強いては野党の結集の方向にどのように影響していくかは注視に値する。伏線としては、「市民運動」の「野党共闘」戦略にどんな示唆、影響を与えるのかもポイントではなかろうか。
 このシンポジウムについて主催者は「持続可能な政治をめざして」という趣旨のもと、『愛知から野党はよみがえれるか -健全な民主主義をめざして-』がテーマであるとした。具体的なポイントを、私見を交えて挙げてみると、
1)健全な民主主義が機能するためには政権交代が不可欠であり、そのためには政権担当能力のある野党が必要だ。日本でもそれを目指して政治改革が行われ、2009年には民主党による政権交代が実現した。
2)これは、日本の国民が初めて選挙による政権交代を選択した画期的なものであった。これが定着していったなら、今では不評この上ない「小選挙区制」が生きたものになったであろう。
3)民主党は政権運営に失敗した。今改めてその原因はどこにあったのか、次の政権交代の機会を得た時のためにも検証は欠かせない。
4)2017年10月の総選挙で「小池新党=希望の党」は、政権交代を大きな「争点」として打ち出したが、その準備も戦略も未熟で失速してしまったが、それに乗っかろうとした民進党は、その主体性が問われたのではないか。
5)結果として立憲民主党、民進党、希望の党の3つに分裂することになった。現時点での焦点は、「3党による統一会派」の必要性か、立憲民主党の寄せられた「54議席、1100万票の期待」にどう応えるか、の議論の深化が必要だ。
6)いみじくも野党3党の幹部役員を出したこの愛知では、政権交代実現に向けた「野党の結集」にどんな方策が必要なのか、『愛知から野党はよみがえれるか -健全な民主主義をめざして-』の熟議が欠かせない。
7)民進党の大塚代表が掲げる「地域政党」の構想は、2019年の統一地方選挙の混乱を避ける意味と、野党結集は地方・地域からという両面あると思われるが、「民進党の再建・再結集」の戦略とも考えられる。それは有権者に受け入れられるであろうか。
8)直接的には表現されなかったが、民主主義の根幹である「国家権力の抑制・権力の分散」として、地方自治・自治権の強化、地域政党の必要性については、別の角度からの議論が必要であろう。

 以上は、私が野党大結集のリーダーシップをとってほしいと願う立憲民主党にとってもきちんと答えるべき課題である。また「(政党の論理を超え)政治を市民の手に」という在野の運動とどう結びつくのか、持論を整理する意味も込めてアプローチしてみたい。(できるかな?) 続く。

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2018年1月12日 (金)

完全にダウンしていました

 回復した日が今年のスタート
  6日ころから始まった軽い咳き込みが、7日になって悪化した。それでも発熱がないので、とりあえず市販の漢方の咳止めを飲む。7日、8日は、病院は休診であり、いざとなれば近くの休日診療所へとも思ったが、例によって大変な込みようだと推測し、体温を測ってインフルエンザではないと自己診断。9日の火曜日までおとなしくしていようと外出を控えた。しかし症状は悪化、7日からは完全に寝込んだ。
  2~3年に一度はやってくるこの手のダウンは、喉の痛み、咳込みと激しいくしゃみ(私はくしゃみ喘息と呼んでいる、息が継げないほどの連続的なくしゃみ)、発熱、鼻水と一巡して鎮静化するのであるが、今回は、咳き込みが中心で、鼻水も軽めで発熱なし。今日の午前中で小康状態と判断。明日の午後に開催される「中部ESD拠点協議会」主催で、中部サステナ政策塾公開講座「持続可能な政治をめざして」というシンポジウムには間に合いそうだ。しかし、その日の夕方からのCGSUの運営委員会とそのあとに続く「レイバー・ノーツ」の総括的で最後の実行委員会は、やはり、連続性と夜間の冷え込みを見越して欠席の通知を出した。
  臥せっている間は、まずよく眠った。2~3時間寝ては咳き込んで目覚めるが、ほどなくして又眠りに就くことが多かった。日常的な寝不足を補っているのだろうか。補って補えるものではないのに。テレビはほとんど見なかった。あれは疲れる。その代わり、久しぶりに囲碁の本を開いた。それも「入門編」なので、練習問題が容易に解けいい薬だと思った。
  ただ10日になって「寒中お見舞い」のはがきが1枚舞い込んだ。そこには「叔父の○○は、昨年12月に永眠しました」とあり、意表を突かれた。私の知る彼の友人、活動仲間は多いはず、そこからは何の情報ももたらされなかったことが最大の驚きであった。近年のお付き合いが希薄になっていたことは確かだが、それにしても・・・と落胆した。昨年の1月にBさんをなくし、師走にHさんをなくすとは。臥せていればこそ哀しさが募った。

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2018年1月 8日 (月)

愛知は、野党再編の拠点か?

 大塚、古川、近藤の各議員のシンポ
 2018年の「仕事始め」を何にしようかなと、とりあえず6日の「リニアを問う愛知市民ネット」のJR名駅前で街宣活動を予定に入れたのだが、その日のお昼前、微熱と咳き込みが始まって躊躇した挙句断念した。
 今日になっても症状の改善は見られないので、この分では今週いっぱい外出は難しいようだ。そこで、13日のシンポジウムに的を絞った。
 初めてその名を聞く団体、中部ESD拠点協議会主催で、中部サステナ政策塾公開講座「持続可能な政治をめざして」という趣旨のもと、シンポジウム『愛知から野党はよみがえれるか -健全な民主主義をめざして-』がテーマである。
 この中部ESD拠点協議会は、昨年度より「中部サステナ政策塾」を開講し、これまでに環 境・社会・経済に関するさまざまなテーマを取り上げて持続可能な社会の構築に向けた議論を進めてきたという。
 このシンポジウムは、公開講座として一般参加者を募り、地方自治をテーマに、地域の持続可能性をどのように実現するかという課題を論じ、国政政党の要職に就く愛知県選出国会議員-大塚耕平(民進党代表、参議院議員)、近藤 昭一(立憲民主党副代表、衆議院議員) 、古川元久(希望の党幹事長、衆議院議員)をパネリストに迎え、野党の立場から、地方自治や日本政治の展望を語っていただくという企画だ。
 更に、シンポジウムのねらいとして、健全な民主主義が機能するためには政権交代が不可欠であり、そのためには政権担当能力のある野党が必要。日本でもそれを目指して政治改革が行われ、2009年には民主党による政権交代が実現した。日本の国民は初めて選挙による政権交代を経験したものの、民主党政権は多くの批判を浴びて3年余りで終わり、民主党(その後の民進党)も深刻な低迷を続けることになった。
 昨年10月の総選挙では、小池新党による政権交代が試みられたが失速し、結果として民主党系野党は立憲民主党、民進党、希望の党の3つに分裂することになった。政権担当能力のある野党の再建はもう一度再出発となるが、その時奇しくも、この三党の幹部にそろって愛知県選出の国会議員が就任することになった。この3人の政治家を招いて、民主党、民主党政権の経験を振り返 るとともに、愛知がリードする今後の野党再建の可能性とあるべき民主主義のすがたを議論したい、ということである。
 なお、趣旨説明には、石田 芳弘(中部サステナ政策塾顧問,元犬山市長)さんが、コメンテーターに小出 宣昭(中日新聞社 主筆)さん、ファシリテーターに後 房雄(名古屋 大学大学院法学研究科 教授)さんという面々で、私には大学の講座そのもののように思えるのだが、それでも、どこまで「現場」のことに触れられ、「草の根民主主義」が語られるかが興味深いので参加することした。
 また、パネリストと、コメンテーター、ファシリテーターの方々から想像するに、「野党結集」では、立憲民主党の方針を貫こうとする近藤議員がやや“孤立”気味(包囲される)になるのではないかと想像もするのである。
 そうではあれ、連合愛知の影響力が強いこの愛知では、前途にはまだまだ険しいものが待ち受けているであろう立憲民主党であれば、この程度のことでひるむことはないと確信している。

※ サステナビリティ(Sustainability)とは、広く環境・社会・経済の3つの観点からこの世の中を持続可能にしていくという考え方のことを言う。
※ESD(英: Education for Sustainable Development)とは、「持続可能な発展のための教育(ESD)」とは、大学と市民や地域社会、企業が行っている学校外教育が互いに連携しながら地球規模の課題など持続可能な社会に向けての活動、教育を指します。

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2018年1月 6日 (土)

2018年のわが進路

  あれもこれも、健康あってのものだが
  “2018年のわが進路”と書き出してみたものの、政治家、芸術家、経営者、スポーツ選手のような直線的な目標は希薄だ。かつては「仕事・家事・活動」の3頭立て馬車で、と勢い込んでいたこともあったが、それが退職してからは「家事・活動・私事」となり、現在の傾向といえば「家事>私事>活動」となっている。しかもそのうちの「活動」の多くは、「書く・発信・書く」といったもので、組織的な地域活動・政治運動とは言い難い。これまで自負してきた「生涯一活動家」の看板も下ろさなくてはならない気がしている。
  とはいえ、個別的には「退き」が進んでいるが、これまで歩んできたこの「業界」から離れることはなく、基本的には、昨年の暮れにしたためた、私的な2017年の「10の出来事」の中に含まれる幾つかが今年の「進路」を示すことは確かだ。
  それを改めて考えてみると、地域活動の多くは「安保・沖縄・原発」に集約される政治活動に重きを置くであろうし、それを「立憲民主党」に託す、共に歩む、といった点では、既に「年賀状」で明らかにした。そしてこれまで多くの時間を注いできた「労働運動」の現場からは、いっそう離れることになるが、「安保・沖縄・原発+労働問題」というレベルは維持したい。
  「家事」については、家の改築が終わって一段落したが、「終活」はむしろこれからである。「炊事・洗濯・掃除」といった日常的なものはこれまでの延長でこなしきれるであろうが、「老々介護」の予感もないではないので、少し気張らねばならない。
  「私事」は、それ自体に没頭すること少なく、多くは家事と活動の隙間或いは気分転換の時が多いと考えている。ただ発足したばかりの、地域の同年代の集いである「シネマ散歩・緑の会」は、2カ月に一回の映画鑑賞会であるが、話題提供のためにも、映画鑑賞の機会は増やそうと思っている。秋に予定している中学同級生による作品展「第2回私たちの小さな足跡展」の諸準備は、実行委員会を中心に怠りなく進めていきたい。
  さて、局地的であれ、戦争があるかもしれない。再稼働が続きそうな状況の下、原発事故の再発は本当に心配だ。沖縄の問題は、政権交代が筋道としてあるが「鳩山政権の失敗」を教訓としつつ、政権交代までの、現時点での対応は急務である。
  そして、予測しえない「大地震」への警戒と不安は、家にいる時よりも、外出中の時が心配である。成り行き任せでいいのか。
  このような課題を抱えての2018年の幕開けであるが、肝心要のわが身の健康状態、実はこれが一番の悩ましい課題なのである。

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2018年1月 3日 (水)

続・正月風景

 「初詣」も時代替わりか?
 息子夫婦はなぜか、年始の“家族旅行”を伊勢・鳥羽と決めていて、私ら“老夫婦”も同行することが10年以上続いている。どうやら初詣では、地元の熱田神宮ではなく伊勢神宮で、その日は鳥羽の温泉宿でくつろぐと決めているようだ。その宿(ホテル)では、餅つきとビンゴゲームが用意されていて、孫たちも楽しみにしているようであるが、私はあまりそこへは顔を出さず、もっぱらテレビの前にいることが多い。
この日は、BS3で9時からの2時間「英雄たちの選択・スペシャル」で「激動幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ」というものであった。これって2018年の大河ドラマ「西郷(せご)どん」の「番宣」かな、と思ったがそれでも、島津斉彬、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀らおなじみの人物以外に初めて聞く名(忘れた)の功労者が出てくるなど、通説をもう一掘りしたようなもので私には興味深かった。
それで伊勢神宮参拝であるが、三が日だというのに人出はこれまでになく少なく感じた。例年なら、正殿前の石段に至るまで数十メートル、30分くらいは列を作って待たされるのであるが、今日は、いきなり石段前に到達したのだった。それでも正殿前の鳥居をくぐる石段の中央部は、一段上がるのに1分程度かかったが、左右は殆ど留まることなく人が拝殿前に進んでいった。今までになかった光景であった。実際のことはわからないが、比較的高齢者や家族連れが主で若者、赤子を抱いた若夫婦が激減しているのかもしれない。関係ないかも知れないが、例年だと宇治橋近くに、ナナハンクラスのオートバイがずらりと並んでいるのだが、今年は見かけなかった。場所が移動したのかもしれないが、“革ジャン”の若者は見なかった。
もっとも旧参宮街道のおはらい町通りやおかげ横丁の賑わいは例年通りで、飲食店の前はどこもかしこも列を作っていた。私たちもかつて一度だけ並んだこともあったが、すっかり懲りてそれ以降は、場末の「伊勢うどん」の店を常としている。
かくして私は昨日に引き続いて2度目の参拝であるが願い事というかつぶやいたことは“無”であった。「無は、有の始まりなり」と。
 (追い書き)

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2018年1月 2日 (火)

お正月風景二つ三つ

 日の丸、とんと見かけない
 元旦で気が付いたのは、近くにある「休日診療所」の駐車場があふれんばかりであったこと。午前と夕方その前を通ったが、空き駐車場はなかった。多くは幼児、子どもの発熱で駆け付けたのであろうと思われる。
 徒歩で10分先のスーパーマーケットで、若干の買い足しをした。年末に較べれば賑わいはそれほどでもなかったが、魚屋、総菜屋ではいわゆる「予約注文」のお刺身セット、揚げ物セットを抱えていた人が多く見られた。私も以前に一度だけデパートで予約したことのある重箱の「おせち」を大晦日に取りに行ったことがあったが、もう二度と・・・という気になった。それで、お刺身の単品数種類と孫たちの揚げ物が買い物だった。
 今日は、夕方になって歩いて15分くらいのところにある「成海神社」へ出かけた。「初詣で」であるが、3が日過ぎてから詣でることはほとんどないから、「一回きりでも初詣で、かあ」なんて思ってしまう。境内には、露店も5軒ほど開いていた。今日はまばらではあったが大晦日から元旦にかけはかなりの人出があってのことだろう。
それにしても、成海神社の行き帰りは歩きだったのだが、時間帯もあろうが、歩行者とすれ違ったのは、3組の二人連れと少し、10人以下であった。車は多くすれ違い、追い越されたのに。人は歩かなくなったのだなあ。
 15で就職した年から3年間、社内駅伝のメンバーとして走っていたことがあったが、その時は、元旦の朝から、トレーニングを兼ねて大高緑地で走り込んでから、諏訪神社、成海神社、豊藤稲荷という地元の神社巡りをしたことが思いだされる。
 玄関の軒に注連飾りをする家は殆どだが、この近くでは、戸建てもお店でも「門松」は見なかった。見ないといえば、「日の丸」が掲げられている家も店もついに見なかった。もっとも「日の丸」を保持しているのかどうかだが。ちなみにわが家にはない。生まれた時からこの方、家で日の丸の旗を見たことはない。
 帰宅してから、年賀状を読み直した。その中には、政治・社会を語り、抱負を述べるばかりの「干支」も入らない賀状もあるが、後日それらを書き留めてみたい。明日から小旅行へ。

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2018年1月 1日 (月)

2018年の幕開けに

 スロー、スローで着実に
  いつもより1時間ほど早く起きて、年賀状を差し上げていない方へ、賀状を添付して新年のご挨拶のメールを送った。
  新年の抱負など、思いのままを書き添えたこともあったが、徐々に控えめになってきているような気がしている。それでも「立憲民主党を応援します」の一文は入れた。
  なだらかではあるが、体力、気力、知力が下っていくであろう今年も、視点、拠点、力点を外さないように歩を進めたい。
  読書量が激減している最近の傾向に危機感を持っていて、それは、最新の情報ばかりではなく、基本的なというか常識的なというか、“わきまえ”というか、そんなものが気になっているのだ。行動力が落ちれば、発信力でカバーするしかない。そのための心得を補強したいというわけだ。
  秋に予定されている、中学同級生による「私たちの小さな足跡展」への出品の準備も始めるが、「詩泉」の枯渇に今年も苦闘するだろうが、それ自体を喜びとしたい。
  新年早々幾つの検査が予定されている。結果は何でも受け入れるほかない。ともあれ、何にせよ体力あってのこと。そして不慮の事故にも遭わないことで、内なる抱負の実現にむけスロー、スローで進んでいきたい。

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