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2017年9月30日 (土)

PCは、この衆院選挙にどう関わるか

  MLで投稿の活発化を期待する
 昨夜は、中学の同級生4人が来宅して、夜遅くまで雑談に加えて、政治の話もちょっぴり出された。“聞きたいことがある”と問われたのも初めてかな。
 「古希+3」という年齢と、日ごろ政治に関わることは少ない同級生たちではあるが、私の活動や政治的立場については熟知しているはずだから、28日のブログで書いた内容も、遠慮なく話すことができた。
 そして今日になって、ピースサイクル(PC)のメーリングリスト(ML)管理者から、同文の投稿を要請された。PCのMLは二つあって、一つはPC全国運動の事務局が管理するもの、もう一つは、有志が立ち上げたもので、今回は後者からのものである。そこで本文は少し手を加えたが、こんな前文を書いて送った。
  ピースサイクルMLのみなさまへ
  私(たち)は、衆議院解散総選挙そして民進党の解体、希望の党への「合流(被吸収)」と、状況が刻々と変化していく“奇妙な”状況の中にいる気がします。この“奇妙な”の意味は、世代的に言えば、あの想像上の暗い陰を伴った“戦争前夜”とはどんなものだったのかと、いま私(たち)が眼前で見ているものとが同質のものと解釈していいのか、それとも、少なくとも「平和憲法」を維持している現状は、戦前のそれとはまったく違うものだ、なぜなら、私(たち)は、言論の自由を奪われもしていないし、手放してもいない。“安倍打倒の闘いの中”にいるではありませんか。 
  この二つが私の中で時々交錯しますので“奇妙な”状況感を覚えるのです。そんな気持ちの中で去る28日深夜に以下の一文をブログにアップしました。先にピースサイクル事務局にも投稿したものですが、多少手を加えてこのML投稿します。みなさんは、どのように向かい合うお積りでしょうか。
  民進党・前原代表の言動に私も一瞬戸惑いましたが、「無党派市民」には、すぐバランスを取り戻せる“気楽さ”があります(私の場合)。それですぐに、それに関するブログを書きあげてアップしました。結論的には、今は「希望の党」に何かを期待する、しないという論考より、愛知3区の近藤昭一(民進)を当選させることが「安倍退陣」につながるという、単純なものです。

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2017年9月28日 (木)

衆議院解散総選挙へ(1)

 カオス(混沌)というが、私の場合
 8月3日に安倍の第3次改造内閣が発足し、河野外相が目立ったくらいで何も仕事をしていないのに、森友・加計学園疑惑は「謙虚に、丁寧に」説明責任を果たさないまま、憲法に基づく野党の臨時国会開催要求に応じないで、「北朝鮮」の核・ミサイルをこことばかりにトランプに追従、最大利用して、「危険だ、危機だ、国難だ」と騒ぎ立て、挙句の果て、民進党の混乱、「都民ファースト」の国政参加の準備不足という勝手な思い込みによって、極側近以外あずかり知らぬところで衆議院を解散した安倍の“独りよがり解散”と、ここまでは、多くが受け止めた今回の“政治的惨劇・汚点”の経過ではないだろうか。
 こうまでなっては、一刻も猶予ならない「安倍退陣」しかなく、そのために市民(運動そして私)の“近いであろう解散総選挙”を意識しての、昨年の参院選以降の取り組みを一気に凝縮させて「安倍退陣」の1点に絞って爆発的な選挙戦に立ち向かうしかない・・・。
 ところが民進党、というより前原が「野党共闘船団」から突然離脱を宣言し、「小池丸」と合体して「双胴船」をもって「安倍船団」に決戦を挑むという戦略の大転換を断行した。
 2つ馬力を合わせてもさほど大きくはないし、接続のフックは十分かかり切っているとは言えない。頼みは世論の風を受けるには十分と思われる大型の「帆」を持っているかもしれないということだけだ。十分な食料、弾薬を積み込んでいるとは思えないし、優秀な船員も着用のTシャツの色が違うというだけで、下船させるようでは「双胴船小池丸」がどこまで疾走するかは、まさに“風まかせ”である。
 一方「野党共闘船団」を取り囲むようにして檄を飛ばし続けてきた手漕ぎの小舟「市民丸」の多くは、前触れもなく一瞬にして「前原民進丸」が予定航路から外れるのを見て、櫓櫂の手が止まってしまったといえるかもしれない。
 さてさてでは、小型船の「市民丸」船団はどうすべきか。心ならずも「安倍退陣」の大儀のために、「双胴船小池丸」支援に方針転換するのか、残され小さくはなったが、これまでの「野党共闘船団」と共に「安保法・関連法の廃止、脱原発」の航路を突き進むか、「立憲・リベラル船団」に再編成し、「双胴船小池丸」と並走するか、の選択を迫られたといえないだろうか。
 私自身も決めかねるところがある。だが「双胴船小池丸」こそが「安倍退陣の千歳一遇のチャンス」と迫られれば、好き嫌いでは決められない。また、愛知3区の近藤昭一(民進)を落とすことは、「安倍退陣」と天秤にかけるくらいの意味、価値を感じているので、近藤議員の判断を尊重するというのが第1の選択ではある。「希望の党」へ行くなら「政治姿勢」を変えない限りそれもよし、では、近藤議員が今回の選挙戦では「希望の党」に合流しないで「立憲・リベラル党」結成に踏み切った場合、あるいは「無所属」で立候補した場合はどうするか。これも尊重する立場である。つまり「安倍退陣=近藤昭一当選」これこそが選挙区民としての最良の選択と思っているのである。
 最後に、仮に近藤昭一が「安保法制廃止」を撤回し、「賛成、推進」の立場に転換した場合はどうするか。これまた明確である。それはもはや、私(たち)に代わって国会に行ってもらう人ではないから、支持、支援はしない。
 (パソコンの故障で掲載が遅れた)

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2017年9月26日 (火)

映画「関ケ原」を仲間と観る

 シネマ散歩・緑の会の試行第1回
 昨日、話題の映画の一つである「関ケ原」を、「史跡めぐり」の仲間5人と観に行った。元々、単独で観に行くつもりであったが、かねてからの構想で映画を観に行く会を、この際呼びかけてみようと思い、「シネマ散歩・緑の会(シネマ緑)」を立ち上げて、試行的に呼びかけたのであった。5人が参加、3人が既に観たとの連絡があり、思いの外関心を寄せる人が多いのでこれからが楽しみとなった。
  終えてから、「食事会」を設定して、ここには既に観た人一人も加わって7人の席となり、大いに賑やかとなった。
  最初に「シネマ緑」の、そもそもの話をし、大まかな “とりきめ”も話して、楽しみながら、何かを得ていくという“あり方”も了解して戴いた。ということで映画の選定も意外と戸惑い、悩むかもしれないと思った。もっとも、参加、不参加は自由であるから、その点で選択権は付与してあるので気遣いは無用であろうとも思っている。
  また、従来も何らかの情報を冊子にしてきたが、今回も映画記録と感想を中心にした冊子を発行の予定だ。
  さて肝心要の「関ケ原」はどうであったか。首題そのものは誰もが知る歴史的事実であるが、これまでの記憶(既成概念)から、かなり違うことが映像化されていて、その点で、それぞれからあれこれの指摘が出された。
  まず共通していたのは「石田三成の実像」の乖離が大きかったことだった。秀吉亡き後、淀殿と結託して天下を牛耳ろうとして、無謀な徳川家康との決戦に臨み、結果として豊臣を滅ぼしてしまった浅慮な家臣、という認識。史実としてはどうであったかはわからないが、この映画では「正義」について、三成は純粋であったこと。それは旗印「大一大万大吉」に表されていた、という点で“愚か者三成”の印象が変わった。私など「大一大万大吉」の旗印は、てっきり大谷刑部(吉継)のものだとばかり思い込んでいたのだった。
  又“裏切り者、小早川秀秋”についてもこの映画では、秀秋自身は三成に味方すると言い張るのであったが、結局家臣団に抑え込まれ、大谷軍に襲い掛かるのであるが、これまでは“業を煮やした家康の命で小早川陣営に鉄砲か大砲が撃ち込まれ、それが家康の怒りの催促であると震え上がった秀秋は、元々内通はしていたが、寝返りを決行した”というのとはちょっと違った。
  秀吉の正室、北政所(おね、ねね)の立場を示すものとして、淀殿との確執、家康への評価から、表面上は傍観の態度であったが、実際は家康に心を寄せていた、というものであったが、“三成やその近習たちは近江の者、わしらは尾張じゃ”という出自の違いに言及しているのに驚いた。また、三成は死んでもその子孫は残す、ともいうのであるが、その真意はわかりかねた。実際はどうなのだろう。
  東軍の大将家康は、終始余裕たっぷりに描かれていて大戦(おおいくさ)での臨場感がまるでないのだが、この演出の意図は何であったろう。戦場の陣形から「西軍の勝利」は間違いないところというのが、現代の軍事専門家の見立てであり、もっと緊張感があってもいいのではないか。
  エキストラ4000人といわれ合戦シーンであるが、いわゆる戦場を俯瞰する「空撮」はなかった。“いまや当たり前のようなCGを駆使すればいいのに”という意見もあったが、別の人から“それは、原田監督が、CGが嫌いだから”という背景を説明した。
  この映画は「石田三成」中心であるが、西軍の大谷刑部、島左近、東軍では井伊直政が重要な位置づけ、役割を果たす設定になっている。ドラマ「女城主直虎」を意識してか、また女忍び(初芽:有村 架純)を縦横に走らせたりするのも、司馬遼太郎の原作ではどうなっているかは知らないが、映画ならでは設定、採用であろう。それにしても島左近の平岳大は親の平幹二郎の生き写しだった。
  鑑賞するにあたって、キャスト・東西両軍の色分けと関ケ原の陣形図を見てもらったが、館内で観るわけにはいかず、もっと事前に見てもらった方がよかったとは思った。また「旗印」がどの大名のものかがわかるといいな、という意見もあった。戦場では局面が目まぐるしく変わるので、ついていけない、ということだろう。もっとも私の考えは、その程度のサービスは、劇場側がしてもいいのでは?であったが。(作品冊子を買えということらしいが)
  終えてからの懇親会(批評会)も含めて、まずまずの試行・第1回の「シネマ散歩・緑の会」であった。

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2017年9月25日 (月)

山尾志桜里さんの立候補決意

 “無所属に比例復活はない”
 昨夜の市民と野党をつなぐ会@愛知の「衆院選対策特別会議」が終わってから、先輩のTさんと歩きながら話した。一つは、今日の集会の評価であるが、Tさんは後半の一部だけの参加であったので経過を聞かれた。これについてはすでに書いた通りの結論部分だけを伝えた。民進党・リベラル派支持である点で同じ立場なので大きな違いはないと思ったが、市民運動へのかかわり方については、それぞれの運動の経緯から、多少の不明な点があって当然であろうと思った。
  次に10月7日の、リベラル政治懇話会主催の「山口二郎講演会」の成功を期することについてであった。これまでの「懇話会」は、それこそ内輪の学習会で毎回10人そこそこの集まりであったのだが、(解散の話が出る前)もう少し「立憲・平和、リベラル政治」(私見)を広げようという意図からだと思うが50人を超える講演会を開くという企画が示された。著名な山口二郎氏にしては控えめな規模ではあるが、狙いは民進党の議員、党員、サポーターらしいのかな、そうとも思える規模ではある。私としては、そのエリアには縁が薄いので、もっぱら民進党と関係ない友人、知人、仲間に呼びかけようと思っている。(目標は10人以上)
  そんな話をしながら、私は“山尾さんが立候補を決意したことはよかったと思う”と語りかけた。Tさんは“そうだね”とだけ答えて、後の言葉は少なかった。話せばお互い長くなる。間もなく地下鉄乗り場の階段まで来ていたからかもしれなかった。
  山尾さんは、地元の各地区を回って事情説明、政治にかかわる決意と立候補の意思を示す行脚を続けていると聞くが、先のTさんは一言“無所属だから比例復活はない。勝ち切らねばならない”と言い切った。確かにそうだと納得。これは、選挙区外の応援者を含む、地元の支援者を励ます一言になると思った。

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2017年9月24日 (日)

いざ!衆院選へ市民始動

 野党結束へ「市民力」が発揮できるか
 衆議院の解散総選挙が固まって、各党、各議員、候補者の動きは慌ただしくなっていることだろうが、その中に、とりわけ野党の市民との「共同、共闘、合力」が視野に入っているかどうか、いささか心配ではある。
 与党、野党に限らず政党にとって「選挙協力」は重大な戦略の一つであり、その成否が当落に直結する場合が少なくない。昨今の「離党、新党」の動きには、「大儀」があるようで実際は、いかに当選を勝ち取るかのかの自己保身、勝ち馬に乗るかどうかの狭隘な選択のように思えてならない。また、政治的資質や草の根的社会体験が希薄なまま、“知名度”だけで、ひょっとして容姿、容貌だけで浮動票をかっさらおうという目も当てられない状況すら感じられてならない。
 そうであれば、現状の政治を憂い、この国の行方を憂い、地球の未来を憂う人々、市民運動の仲間たち「市民と野党をつなぐ@愛知」の全員会が今日の午後名古屋で開かれた。もっとも情勢の急変によってこの集会は「衆院選対策特別会議」の場となって、愛知15区のうち13区から参加者があって、事務局の情報と分析に加え、各区の最新状況が報告された。
 昨年の参院選に向けて動き出した市民グループは、それ以後も継続して「つなぐ会」「市民連合」として全県的な取り組みを進めて来たが、各地域には他にも、名前こそ違うけれども「安保法制廃止」「立憲主義の回復」「個人の尊厳」を共通の確認事項として「安倍政権打倒=野党共闘」を求める活動を展開しているグループも散見された。
 小選挙区制度の下では、与野党とも候補者を一本化して「1対1」の力勝負に持ち込みたいのは共通している。その点では、自民党の戦略は先行していて、大枠では与党公明党の選挙区には候補者を立てず、その見返りとして、その他の選挙区で全面的な協力を得たいというのが基本戦略。加えて、改憲勢力(準与党)の一翼「日本維新の会」を“戦略的パートナー”に加え、議席減も視野に入れながら、政権維持と改憲をめざしているといえる。
 問題は「野党」であるが、民進党からの離党者と「都民ファーストの会」の新党結成の動きなどがあって、「野党」としての線引きが判然としない。また「共闘より独自戦略」が先行しているようで、市民(運動)にとっても戸惑うばかりである。結局現時点では「民進、生活、社民+共産」が、一つとなって市民(運動)と合力出来るかが課題であろう。
 そのような認識は、今日の会議で概ね共有されていたと思うが、率直に言えば「民進党」の「野党4党が一丸となって安倍政権を打倒するその先陣を切る。野党共闘に全面的な協力態勢で臨む」という英断を求める空気が強いように思われた。これまでの実績からみて、例えば、与党<民進+共産という方式が描かれるが、共産党に対して一方的に「候補者を下ろせ」とは言えるものではない。そこに至るには、前述の「三つの政策」の合意(政策協定)と、共産党支持者が納得するような“方策”がなければならない。それが何かを見つけ、行動することが市民運動に求められているのではないだろうか。
 意見として出された「民進党の幹部と候補者、共産党の幹部・役員が並んで壇上に立つ、街頭で車上からアピールする」というのも有力な一案であろう。かなり難しいと思われるが民進、共産各党の地方議員が円卓の席に就く設定を市民が行うというのはどうか。(これまでも試みられてはいるようだが)
 そして、選挙戦に入る前と入った時、街頭宣伝や屋内での集会などに市民(運動)の側が最大の参加者を集めきり、堂々と政党幹部と話し合い、選対会議にも参画するという、その「市民力」を誇示することではないだろうか。
  短期決戦のようではあるが、これまでの集積を活かしきれば前門は開かれる。それぞれの地域への持ち帰りの課題と個人にとっての自覚など、多くの宿題があったように感じた今日の集会であった。

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2017年9月23日 (土)

映画「米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー」

 まず観てからの話
 見どころやあらすじを語る前に、これは「映画・ドキュメンタリーであって、映画・ドキュメンタリーではない」というとらえ返し、つまり、その時何があったかという「過去」が、直線的に「現在」を照射している、今を生きる私たち、今の沖縄と向き合う私たちに問いかけ、“扇動”するのである。
 そして、「沖縄」を切り取った映像は数知れないほどあるだろうが、「(敗戦後の)沖縄のスピリッツを含む“オール沖縄”」を描いた佐古忠彦監督の視点と掘り起こしに、まず共感と拍手を送りたい。
 「どんな嵐にも倒れないガジュマルを愛し、“不屈“という言葉を好んだ亀次郎は、終戦後、沖縄で演説会を開き、何万もの人々を集めた。祖国復帰へ向けて民衆をリードし、沖縄を占領したアメリカ軍の圧政に立ち向かう亀次郎の姿は、アメリカに恐れを抱かせる。」(検索から)という一文にこの映画のかなりの部分が集約されると思う。そして「ガジュマル」というのは、熱帯地方に分布するクワ科の常緑高木だそうで、観葉植物として沖縄だけでなく世界でも広く愛されているというが私は知らなかった。
  また瀬長は「不屈」という言葉を好んだとされるが、瀬長自身は“沖縄人民(県民)の、アメリカの圧政にいささかもひるまず、屈しない姿からこの言葉が好きだ”といったそうだが、沖縄の民衆は「カメジローの闘う姿を見て、彼こそ“不屈の人”」と見ていたようだ。
 私的には、以前にも書いたが、さかのぼれば1970年前後の運動の柱は「70年安保・沖縄返還」「三里塚・狭山闘争」であって、私もかなり学習を積んだ。その後は1990年代のピースサイクルで「沖縄」と再び出会うのだが、現地へ行くまでにはなっていなかった。しかし、2015年の「沖縄ピースサイクル」に参加して、現地の闘いに直接接したのであった。ついでながら「不屈」は、1971年に結成された「三菱重工四方君を守る会」の活動誌のタイトルでもあった。命名した当の四方さんは、「不屈=瀬永亀次郎」を意識していてつけたのかどうかは知らないが、あながち無縁だったとも思えない。
 さて今日は、会場の名演小劇場はキャパ50人規模だから、多分チケットを求めて行列ができるだろうと想定して、開演の50分前(9時20分)に到着したが、既に30人ほどが行列を作っていて驚いた。もっとも、そのうち20人は、別の映画であった。しかし開演時には満席で補助席も設置されたほど。そのあとも続々と人がやってきて、午後の部に回されていた。ここだけで言えば“大人気”といえるのだが、大手のシネマでは、今のところ上映予定を見ていない。同じ映画でも「配給」から、この映画の価値観の違いみたいなものも感じ取れる。どっちにしても、一度観に行くことをお勧めできる映画であることは間違いない。

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2017年9月22日 (金)

映画「ダンケルク」を観る

 よりリアルな戦場と人間の姿
 来週の月曜日に、映画「関ケ原」を数人で観に行くことになっている。これは、年明けからスタートが予定されている「シネマ散歩・緑の会(シネマ緑)」という新しいグループの試行的な呼びかけでもある。
 既にシネマ緑に7人から参加の返事をもらっているが、そのうち3人はこの「関ケ原」は、既に観て来たという。
 そして、どうもあまり評判は良くない印象を語っている。中には、それを聞いて観るのをやめた、という人もいたが、それも一つの判断材料ではあろうがちょっと寂しい。
 ま、それはそれとして、映画を観た後「食事会」が設定されているので、幾らか話題提供の種を用意したいと思い、今日の予定の時間で観たい映画「ダンケルク」がすっぽりはまったので、イオンシネマ大高へ急いで観に行った。
 映画「ダンケルク」はアメリカ映画で、「・・・1940年、連合軍の兵士40万人が、ドイツ軍によってドーバー海峡に面したフランス北端の港町ダンケルクに追い詰められる。ドイツ軍の猛攻にさらされる中、トミー(フィオン・ホワイトヘッド)ら若い兵士たちは生き延びようとさまざまな策を講じる。一方のイギリスでは民間船も動員した救出作戦が始動し・・・」
 空ではドイツ空軍とイギリスの戦闘機との死闘と同時に。ダンケルクから脱出する英軍の援護が繰り広げられ、海では、救出に向かう駆逐艦や輸送船などが次々と攻撃を受け、沈没していく。陸の海岸では、救出船の到着を待つ英仏兵の長い行列と、唯一の桟橋も攻撃にさらされるなど、一場面、一場面そのものがリアルに映し出され、戦闘より「人間の葛藤、相克、確執」みたいなものが、戦場という場だからこそむき出しになる、そんな場面が多い。だが、そうした絶望的な局面にあってもトミーら若い兵士の、“何が起こっているのか?とにかく生きなきゃ”という、必死でありながらあまり表情に出さないところに、戦争への冷ややかな目線を感じさせたのであった。
 戦争映画は、映画のジャンルから言えば一番多いのではないかと思うが、個人的にも、古くは「人間の条件」「戦争と平和」「西部戦線異常なし」から始まって、「誰がために鐘は鳴る」「史上最大の作戦」も思い出される。それで今日の「ダンケルク」の印象は、あくまで個人的なものだが、スティーブン・スピルバーグの「プライベートライアン」に近いものを感じた。多分“よりリアリティな映像” と、なんとなく“嫌味”の残らない戦争映画、といえるのかもしれない。多くが、ドイツ兵はバタバタ倒れていくのに、連合軍(米兵)への砲撃、機銃はかすめるだけ、みたいなものがないということだろうか。
 付け足しだが、今日は初めて「IMAX」という方式の映像で観た。アイマックスシアターは、通常の映画館より大きく正方形に近いスクリーンを持ち、音響も立体的な投影システムのようで、こういった戦争映画にはより向いているといえるかもしれない。より「臨場感」を高める椅子が動いたり、臭いがしたりするシステムもあるそうだが、それ自体に酔ってしまいそうだ。

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2017年9月21日 (木)

ダブルミーティング(会議)

 総選挙を前にあれもこれも・・・
 夕方5時30分から「アメリカの労働運動の現状を学ぶ講演会」の事務局会議。日程の詰めの作業では、11月17日の開催当日は、18時30分から講演会開始であるが、午後2時に名古屋に来てもらい、講演開始までの時間をどのように有効活用するかを相談した。少人数であってもいいから、この地の運動の紹介をしたらどうかという提案と、長い来日日程の中間の“休日”にあたる日であれば、しかるべきところを案内するのはどうか、という提案が出されたが、見学案が採用され、「トヨタ産業技術記念館」が候補に挙がった。そこで来名するアメリカの労働教育組織NPO「レイバー・ノーツ」の講師、スロータさんの意向を確かめることとなった。
 次に、呼びかけ文の草案の検討を行い、部分的に修正し概ね承認された。また地域の団体、個人に資金援助(カンパ)を要請する文書も承認され、急場しのぎの「郵便振替口座」の設定も承認された。そして衆院の解散総選挙が日程に入ってくると予想されるが、それぞれが多忙になるだろうが、その他の細部も含め準備だけは進めていくことになった。
 続いて6時30分過ぎから「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」の運営委員会が開かれた。こちらは、「講演会」の議論が引き継がれ、続いて活動誌「結」の編集内容・発行日の策定、ユニオン学校の9月開催と年内の計画についてなど盛り沢山の議題がとり挙げられた。
 中心メンバーは、運動豊富な経験者で、その道に詳しいこともあって、いつものごとく「広く浅く」がモットーの私はなかなかついていけないことが多い。参考にしてほしいという数冊の本が紹介されたが、私は関心がないというより、現実的な運動と直結しない新たな知識、古典などは“もういいだろう”という傲慢だといわれかねない気持ちを持っているから手を出さない・・・。
 議題に幾らか関連することだったが、今度の総選挙に当たって、それぞれが“何を考え、どんな行動をとったか”の小レポートを出し合ったらどうかと言う話になった。その時私は、前から気になっていた「私たち労働運動の立場から、政治にどうかかわるのか、地域でどんな共同行動がとれるかの話題も、議論もないことに不思議に思っている」「今は、市民運動の中に個別に参加しているのが実情」というようなことを述べた。前にも書いたが、こうした議論は、いきおい「どの政党を支持するのか」で、気まずい雰囲気が出かねないので控える傾向があったと思われる。けれども、政治を語らない労働運動・社会運動は進歩を妨げるのではないかと私は思ってきた。ただ、この歳になって、運動の第一線から身を退いている現状からは、それ以上のことを言うのは憚れた。発言と行動の見極め、覚悟が問われるのは毎度のことではあるが。

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2017年9月20日 (水)

9・19安倍内閣の暴走を止めよう集会&デモ

 昨年に較べ半減したが
 安保法制、あれから2年・・・と感慨にふけっている場合ではないのだが、所属団体、グループの“誘い、動員”で、この種の集会やデモに参加するわけではないので、その一つ一つが私にとって“メモリアルデー”なのである。もちろん濃淡はあるので、記憶や思い入れにも差はある。
 昨年の「9・19」は、6月の「あいちキャラバン」の報告書を仕上げ、その発行日を「9・19」としたことが思い出される。そして月曜日に関わらず、白川公園に約2000人が結集したと記録されている。
 昨日は、主催者発表で700人とされたが、会場を一回りした感じでは1000人には届かないにしても800人は超えていたというのが私の推定であった。700人か800人かはどちらでもいいが、1年前に較べ半減していることが気になった。しかし壇上からのアピールは、それを超える勢いというか、力がこもっていたというか、或いは解散総選挙という状況を反映してか、迫力あるものであった。
 主催者挨拶は、共同行動の長峰さん、発言者は、沖縄へ県機動隊派遣違法訴訟の大脇弁護士、飯島名学院教授、市民・ママンの会の瀬川さん、濱嶌弁護士、共同行動の高橋さん、締めくくりは弁護士の中谷さん。
 全体としては、安保法、共謀罪、盗聴法など一連の法制度が、具体的に展開していくことの危惧と、既に一部では機能し始めているという危機感が語られ、そうした法律の廃止を求めていくことそれは、安倍内閣の打倒であり、改憲勢力をしのぐ運動と国会の議席確保であることは共通認識であった。
 ただこの間、ずっと言い続けてきた「野党は共闘」というスローガンについて、それ自体は重要なポイントであることに変わりがないが、民進党の党体制が変わり、離党者が出るなどもたついている現状から、外から「野党共闘」と呼びかけてみても、「党利党略」「政党の論理」を超えることは容易ではない。
ここのところはよくわからないが、市民(運動)の側の主体性を示す目標・スローガンが必要ではなかったか。例えば・・・「私たち(市民)は、政治を変える“力”だ、変えるぞ~」「私(市民)の一票は、弾丸よりも強いぞ~」「私たちが変わり、世論を引き寄せ、政治を変えるぞ~」
 繁華街・栄の歩道などは、デモ隊以上の人が行き交っている。この時間帯は若い人、カップルや背広の仕事帰りの男性が多い。一瞥はするが“他人事”に思うか、“何のデモ?”とでも言いたげな表情が伺える。いつものことであるから気にすることではないが、私はそこに「何か変化」が起きていないか、汲み取れないか観察してしまうのである。
 仮に選挙権は18歳に引き下げられたから、「18歳から国防義務(兵役)が生ずる。あなたも、あなたも」という状況が明らかになってきたら、素通りできなくなるのではないか、つまり、それに似たような変化を見出したいと思うのである。
 “今がよければ、幸せならそれでいい、変化を求めない”が多数であることはそんなに間違ってはいないと思う。その“今”は、このままでは長続きしない。癌など病気の早期発見が大切なように、政治や社会が病んでいないか早期に感じ取り、手を打つことの意味を分かってもらえたなら、もっと反応があるのかもしれない。

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2017年9月19日 (火)

政治の“衣替え”の時来る!

 衣の補修も欠かせない
 台風一過、昨日と今日は“秋晴れ”というか“残暑晴れ”というべきか、ともかく「主夫」としては、洗濯日和でありがたい。昨日は、部屋干しのものも含め大量の衣類としシーツ3枚で物干し場は“満艦飾”となった。今朝は、一足早く“衣替え”の準備で、長袖のシャツ類を陰干しに出した。これも薄手と厚手、普段着と外出着があるので、10枚以上になろうか。その中で襟元が擦り切れた綿のシャツ1枚のボタンを外して廃棄することにした。
 ボタンといえば、廃棄する衣類からは必ず外して保存するのであるが、過去数十年間のうち、再利用したのは1~2回であろうか。昨今の衣類のボタン付け糸が丈夫で、しっかり取り付けられているせいか、洗濯機にかけられても外れ落ちることはほとんどないから、補修のボタンは不要となる。それでも女性用のボタンは色、形、サイズにバリエーションがあって、何かの飾りボタンに使えなくもないが、我が家にそんな趣味を持つ者はいない。また私の担当外でもある。
 という前書きが長くなったが、今日の主題は「衣替え」であった。安倍の“勝手都合”の衆院解散が現実的との報道に接して私も身構えたが、内心“状況を探るアドバルーン”かなとも思った。しかしそれがいち早く表面化したうえ、自民党や公明党の首脳とも会談しているようだから、もう退くに退けない状況となった、そのように判断したのだった。
  それで坂本龍馬ではないが「日本を洗濯」するには少々時間が足りないので、とりあえず、少々臭いの付く衣類(安部政治)を引っ張り出してお天道様に曝し、もってここで「政治の衣替え」する機会が訪れた、そう言いたいわけである。もっとも「替える衣」も少々“痛み”があるから修繕の必要がある。修繕するのは、政党による「自浄作用」に多くを期待するのではなく、私たち市民(運動)であることを自覚したい。あいにく“針仕事”の経験者が決して多いとは言えないが、隠れた才能(人、特に若い人)が現出することはあながち“稀、偶然”とは言えない、というのが私の見方でもあるし期待でもある。
  “闘いの秋(とき)来る!”は、1970年代初頭の、わが青年期の心踊る言葉の一つであった。

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2017年9月17日 (日)

17年目のトヨタの労働争議

 フィリピントヨタ労組の幹部が来日
 2001年に、自主的な労働組合を結成したことに危機感を覚えたのか、トヨタ自動車本社から社長が派遣されているフィリピントヨタ社は、このフィリピントヨタ労組(TMPCWA)の組合員233名(後に237名)を不当な理由でもって解雇した。それ以来16年間この不当解雇と闘うフィリピントヨタ労組(TMPCWA)が、日本の支援団体と共に、トヨタ自動車東京本社と豊田市の本社とで、早期解決を迫るために来日しており、今日は午後に名古屋駅前に到着し、愛知の支援する会のメンバーと共に、街宣行動を行った。
 TMPCWAからは、エド委員長とジェイソン執行委員の二人がやってきた。二人は日本での支援に謝意を述べると共に、フィリピン現地での状況と争議解決まで闘い抜く決意を述べた。
 また現地の会社側の取り巻く状況は相変わらずであるが、ILO(国際労働機関)の勧告が3度にわたって出されており、政府の労働雇用省も勧告に従って争議解決に動き出しており、ここに至って唯一の障害といっていいのがトヨタ自動車本社の対応である。
 世界有数のグローバルカンパニーとなったトヨタであるが、海外における労働争議を16年余も放置している現状は理解しにくい。例えば、アメリカにおけるリコール問題、セクハラ問題、会社幹部の不祥事には、すぐさま社長自ら飛んで行って解決に奔走するのであるが、アジア・フィリピンでの問題には誠意を見せないのはどうしたことか。市場の大小を見てのことか、欧米にへつらい、アジアなど発展途上国には横柄な態度、つまり潜在的な差別観からか。
 ILOの勧告は「解雇を撤回し、労働者を職場復帰させるか、それ相応の適正な補償金を支払いなさい」というものであり、これに対してTMPCWAは歩み寄ろうとかなりの努力をしている。そしてトヨタ本社が首を縦に振らなければ、フィリピントヨタ社も動けない、それがこんにちの状況である。
 夜は、豊田市に移動して「支援・連帯集会」が開かれ、明日は午前7時から、トヨタ自動車本社周辺での街宣活動と9時からの申し入れ、社前集会などが予定されている。

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衆議院解散はあるのか

 早期なら、個別対応を迫られる
 「・・・今月28日に召集する方針の臨時国会の会期中に、衆議院の解散・総選挙に踏み切ることを排除しないという考えを伝えていたことが関係者への取材でわかりました。」これが今日の午前2時のNHKニュースで伝えられたという。冒頭解散だと投開票日は「10月22日」になると予想される。
 安倍・与党の目算(戦略)は見え見えだが、強行されればこれを受けるしかない。
 昨年の参院選前、そして参院選後も、「アベの暴走を許さない、安倍内閣打倒」の運動は継続され「市民と野党をつなぐ」運動、署名運動も展開されてきていて、衆議院解散総選挙はある程度想定されたことではある。規模の大小を問わず集会を開催してきた地区も多い。現職議員の「国会報告会」や、あの名古屋市長選挙の時も、「前哨戦」と位置づけた人もいた。
 そうした運動、努力が続けられ、高められても「政党政治」「選挙制度=小選挙区制」などの「障壁」は高く、市民と政党がスクラムを組んで「独裁政治」といっていい「安倍内閣」を倒す道筋は生易しくない。いきおい、「解散総選挙」となれば短期決戦となるから政党は「党利党略」、候補者(議員)は、「おのれの選挙優先」に走りがちで、「市民、野党」の共同の仕組みを作ることは格段の知恵と努力が求められる。
 市民と野党が共同の闘いの枠組みを作る最善の方法は、超党派的な候補者を擁立することが第1ではないかと思う。だがそれは「知事選挙」の場合は有効だが、衆議院の「小選挙区比例代表並立制」という選挙制度の前では、よほどの世論の動き、高まりがないと難しいと思われる。
 では、即応的にはどうすればいいのか。各政党の予定候補者の「選挙区での一本化」を「市民主導」で行うことができるかどうかにかかる。してその手法はあるのか?「野党間の話し合いで一本化する舞台をつくる」「立候補予定者による討論集会を開いて、市民がそれを判断材料にする。そしてその結果を公表する。もって候補者一本化の契機とする」「市民の側が“第3の候補者”を擁立して統一候補とする」そして、「安保法」「森友・加計学園」「原発再稼働」などの課題を「争点化」していく・・・。
 この程度の浅慮ではどうにもならないだろうが、いろいろ出し合っていく中でいい知恵も出てくるかもしれない。そのような言動が市民・有権者の間で高まれば、安倍打倒の機会がないとは言えないと思う。あれもこれも難しいとなれば、「個別対応」しかないが、これでは状況の打開に結び付くかどうかだ・・・。

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2017年9月13日 (水)

アメリカ・レイバー・ノーツを迎える

 名古屋講演会の準備始まる
 レイバー・ノーツ、といっても知る人は少ない。これはアメリカで発行されている労働運動の月刊誌の名称であるが、その性格、任務は「“労働運動に運動を取り戻そう”としている労働運動活動家の声」を取り上げ、伝え、広めているNPO「労働教育調査プロジェクト」の機関紙である。このNPOを通称「レイバー・ノーツ」と呼ぶのであるが、あくまでネットワークで会員組織ではない。
 そのメンバー二人が、日本の団体の招請で来る11月7日に来日し、東京都大阪で「トラブルメーカーズ・スクール」を開催するが、その合間を縫って11月17日に「名古屋講演会」の開催が企画されたのである。
 その相談会というべき会合が今日開かれ12団体が参加した。そして最終的に受け入れと運営を担う「実行委員会」として発足したのだった。
  私は、APWSL愛知の肩書で参加した。1997年の「レイバー・ノーツ、デトロイト大会」(大会は2年に1回開かれる。昨年の2016年は、シカゴで開かれ、全米と22か国から2100人が参加したという)に参加していたが、あれからもう20年も過ぎており、最近の状況についての情報は持っていなかった。しかし、元々「レイバー・ノーツ」に参加者を送り出してきた窓口に「APWSL日本委員会」も加わっていたこともあり、今回も幾らか力になればと参加したのだった。
  会議では「そもそもレイバー・ノーツって何?」から始まった。そこで呼びかけ人から概要と経過などが報告され、昨年のシカゴ大会のビデオを観たのだが、日本のナショナルセンターや産別組織とは違ってレイバー・ノーツは、確たる組織的なイメージが掴みにくいこともあって、その点ではまずメンバーの理解が必要で、その後にそれぞれの組織的参加の検討を進めていただき、開催に漕ぎつけていくことになるだろう。
  私からは、労働運動の右翼的再編が進みつつあった1970年代から80年代にかけて開催された「全国労働者交流集会(全労交)」という日本の例を挙げた。本来なら、その時の経過とか分科会、産別交流なども話題にできたが、今日は枠外であった。全労交はその後「10月会議」となって会場を大阪から東京に移すなどして、「労働情報」を生み出し「全労協」結成の軸になっていったと思う。
  会議は、来日講演者のスケジュールの確認に加え、諸費用の算定、宿舎、事務局の設置、呼びかけ文の作成等、そして次回の実行委員会などを決めて散会した。
     追記
  「“労働運動に運動を取り戻そう”」とは、日本の労働組合のほとんどは、世界でも少数派の「企業内組合(カンパニーユニオン)」であるが、その“空洞化した運動”は、アメリカにおいても、未組織労働者の組織化、下からの組合員自らが展開する運動が薄れがちであり、その啓発、推進を込めて“労働運動に運動を取り戻そう”がスローガンになっているようだ。
  また「トラブルメーカーズ」という、耳慣れない、ややネガティブな表現も出てきたが、これは誰かの言う「ならず者」を指しているわけではない。活動の経験者にはわかりやすいが、職場の活動家は会社側から見れば「厄介者」でなければならない。「トラブル=労働強化、労働安全衛生問題、差別など」を告発、問題化し労働組合の闘いとしていく活動こそが「活動家の自負」であるから、レイバー・ノーツはそう自称するのである。

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2017年9月12日 (火)

踏み躙られた「チビチリガマ」

 怒り!時代の変化の兆しか
 沖縄県読谷村の「チビチリガマ」に私は、2015年6月22日「沖縄ピースサイクル」に参加した折に訪れた。その時案内してくれたのが元村議で僧侶、民宿「何我舎(ヌーガヤー)」の知花昌一さんであった。その時の知花さんお話によると、150人がここに逃れ、そのうち85人が亡くなったという。以下がその時のレポート。
   シムクガマとチビチリガマ
 朝食前の朝7時半、歩いて7~8分ほど先の「シムクガマ」に向かった。洞窟に向かう途中に「ハブに注意」の立札が幾つもあった。ここは1500人ほどが、戦火を逃れた場所というが、洞窟の中央に小さな川が流れているとはいえ、入口あたりはともかく、奥まった場所は、(まだ奥に続いてはいたが)暗くて狭くてごつごつした岩場でどんな寝食の状況であったのだろう。
 島の形を変えるような艦砲射撃、圧倒的な物量の米軍の上陸と悲惨の極みとなった地上戦、戦場に駆り出され、逃げ場を失う住民、そして無数のガマに追いやられた状況は、「沖縄戦」の一言では見えてこない。こうして現場に来るほかないのである。この後もチビチリガマ、アブラチガマを見て回ることになるが、絶句するのみである。(中略)
 9時になって「何我舎(ヌーガヤー)」を出発、知花さんの案内で「チビチリガマ」を訪ねる。奥行きはそんなに深くないが、150人がここに逃れ、そのうち85人が亡くなったという。その時の現状が生活用品、遺品や埋葬されない骨片と共に、そのままに近い状態になっているという(現場は立ち入り禁止になっている)。遠足かと思われる中学生の一行がバスで見学に来ていた。碑文の一部であろうか、全員で復唱するなど教員が熱心に教えていた。本土とは違う「沖縄の心」をまた垣間見たのだった。
 それにしてもこのニュースは衝撃だった。真っ先に感じたのは、やんちゃな中高生のいたずらとは思えない、意図的な、思想的な背景があるのではないか、何らかの「ヘイト行為」ではないか、そしてそれは、今の時代そのものを反映した「いや~な感じ」の兆しではないか、ということだった。仮に「やんちゃな中高生のいたずら」だったとしても、それはより深刻な「変化」ではなかろうか。

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2017年9月 9日 (土)

初秋を身近に感じて

 それは平和と健康の証か
 明け方5時、この時間帯に目が覚めることは滅多にないことだが、今朝に限って目が覚めた。すると虫の声「リーン、リーン」が鮮やかに聞こえてきた。鈴虫のように聞こえたが、人の耳はあてにはならないから、名前も知らない虫かもしれない。
 お隣は「貸農園」で草花は豊富、農薬の使用次第だが、虫にとっては良好な環境かもしれない。車の往来もないから、虫の声はまっすぐに入ってくるのだった。果たして、虫の声で目が覚めたのか、たまたま目覚めた時に虫が鳴いていたのか。いずれにしても日中の暑さは「残暑」そのものだが、こうして朝夕になれば、涼しさも増して、何より虫たちが秋を知らせるのであった。
 夕方、近くのスーパーマーケットで夕食の食材などの買い物をした後、いつものコースで新海池公園を通り抜けて帰ることにしたのだが、その時、「ジー ツクツクボーシ ツクツクボーシ ジー」とセミの声がした。これは「ツクツクボウシ」に違いないのだが、これもまた秋の到来を告げているのではないか。
 暑さが和らぎ、そよぐ風が心地いいので、お年寄りの散歩姿が目に付く。また、犬を連れた人も結構多いが、土曜日の夕刻とあって、父親と息子のカップルでザリガニ釣りも目についた。
 私も、孫のキャッチボールの相手でもしてやりたいと思いつつ、この時間帯は「主夫業」であるし、孫たちは塾か加入チームの練習でまだ帰っていないことが多い。
 ともあれこんな瞬間、こんな風景は平和に違いないし、私自身はとりあえず健康を保っているといえる。そしてそう感じ取る私の「歳」もまた、ある領域に達しているといえるのではないだろうか。

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2017年9月 7日 (木)

山尾志桜里の場合

 何が問題か?といえない風土
 民進党の山尾志桜里衆院議員の「不倫問題」がネットでも賑わしている。スクープ?した週刊文春を見ていないので、それに触れることはないが、こうした著名人一連の“スキャンダル”をどう見るかは人によって違うから一概にいえない。ワイドショーをニヤニヤしてみている、そんな風なタイプの人もいるだろうし、“ばっかだなあ、お前もか”と突き放す人もいるかもしれない。“そんなの関係ない、私は私”“こういう記事で金儲けする週刊誌は、日本だけ?”とここまでは、どちらかと言えば、山尾を否定的に見るものである。
 では、非否定的(肯定はしないが、否定だけではなく)に見るとどうなるか。「政治家は政治でしっかり仕事すればよい、それだけで評価するものだ。私生活を暴いて面白おかしく騒ぎ立て、有能な政治家、人材を潰すことが、この国にとって喜ばしいことか」
 聞くところによれば、これはフランスでの一般的な受け止め方らしい。フランスと日本では歴史も風土も違うからすぐさま当てはめるには無理がある。また「儒教」的な意識もあってか、「犯罪、不倫、親不幸」などは、厳しい目が向けられがちではないだろうか。
 ここまで書いた以上、私の見解を書かねばならない。
 まず「山尾志桜里衆院議員は愛知第7区選出」であるが、最初に立候補した時、当時の民主党県連の候補者選定に疑問を持ったことがあった。当初市民派の某市議の名前が挙がり、第3区の私は“応援するぞ”と意気込んだが、検事出身の山尾氏に据え替えられた。あとで聞いた話だが、脱原発の某市議に連合愛知が異議を唱えたらしい。さもありなん!
 そしてそのことに私は腹に据えかねた、というより“残念だが、連合愛知が相手では・・・”と歯ぎしり。同時に“山尾氏は、現場に立ったことがあるのかな?”と少しばかり疑問を感じていた。ということで、女性議員という評価以外は、ほぼ関心外であった。
 しかし、2回目の選挙で落選したことが大いに影響があったように思うのだが、地元での評価が少しずつ上がってきたように思う。次の選挙で返り咲いた。特に「盗聴法、安保法」が政治課題に挙がってくる頃からだろうが、市民運動に関わるようになったようだ。澤地久枝さんの「アベ政治 許さない」キャンペーンの時、私は日進市民グループの呼びかけの日進市・赤池駅前のスタンディングに参加したが、その時、例の某市議ら混じって山尾志桜里議員も一緒に声を上げていた。名古屋・白川公園での反安保法の集会でも見かけた。
 そうした経過から、私の中でも山尾評価は徐々に上がっていき、とりわけ「女性議員・政治家」としての活躍と地元での女性地方議員の拡大に期待するようになっていた。
 もう一つ、山尾氏は「前原派」所属だ。今回の代表選挙ではどんな動きをしたかは知らないが、推薦人にならなかったことで私はホッとしたのは事実だ。心中を察することはできないが、外的には、「前原を応援しても、推薦人にならないことで、地元に顔を向けた」のではないだろうか。
 こうして考えてみると、ただでさえ「人材(財)」の乏しい民進党にとっても、また日本の政治状況全体から見て(有能な)女性議員がまた一人消えていくとしたら、残念であると同時に、単に選挙だけでなくこの日本の政治風土みたいなものも、考える必要があるのではないか。今回のようなことで「何が問題か?といえない風土」は現実であるけれども、議員本人の信頼回復の努力を前提に、遠からず「より大きな人物」となって「再生復帰」されることを望む。

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2017年9月 5日 (火)

男の気持ち・生き方(147)

 今日の夕食は・・・
 「家事」といえば「炊事・洗濯・掃除」が定番だが、もう少し踏み込めば「家計・留守・近所」を挙げることができるかな。
 それでまず「炊事」であるが、これは「支度・仕込み(買い物)・調理・片付け」という流れになる。これら料理を“楽しみながら”できる人は、メニューを考える、レシピを見るなども楽しいに違いないが、かなり義務的になると、結構つらいものがある。予め前夜から仕込みをする場合は、既にメニューが決まっているから手順に従い、味を調えていけばいい。だから“もう一品”を考える余裕も出てくる。また、冬なら「鍋物」、夏は「麺類」といったもので素材を刻むだけでいいものは楽といえば楽である。
 今日の夕食は、その楽(手抜きに近い)な一つ「冷やし中華そば」であった。素材の麺とタレは市販のものであるから、それに「キュウリ、トマト、パプリカ、ハム、カニカマ」を刻み、マヨネーズとからしを用意するだけだった。ただそれに「錦糸たまご」を添えるのだが、唯一これだけが「調理」することになる。私のものは本格的ではないから、玉子を溶いて砂糖とお酒を適宜入れてよく混ぜ、フライパンで焼いて刻むだけ。場合によっては、別に作るレタスとかいわれ大根にカニカマをマヨネーズで和えたものを添えることもある。焼き豚を使うときもある。
 さて食事であるが、私はホッピーに枝豆が付くからまだしも、家族にはこの単品だけではテーブルはやや寂しい。お店なら「餃子」くらいは注文するだろうけれども、今夜は、昨夜の残り物の「キュウリとイカ」をごまと酢で和えたものとなった。
  「冷やし中華そば」よりもっと簡単なのが、「焼きそば」であろう。ただこれは、キャベツを刻むだけだから作るのは簡単だが、もう一品の“副食”選びに迷うことが多い。多くは「野菜(ポテト)サラダ」になるが、生ハムを添えることが多い。油を使うから、さっぱり系の「白菜の漬物」あたりが欲しいのだが、スーパーに並んでいるものは化学調味料、添加物が多いような気がして滅多に買わない。たまにデパートに行ったときに「京都の西利」の漬物を買い求めることはある。根拠はないが“少しはマシ”と思い込んでいるところがある。その時は「焼きそば」とは限らないが。
 暑い夏は、他に「ソーメン、(冷や麦)、蕎麦」なども多いが、栄養のバランスがとりづらいし、なんとなく満腹感がないので、食後にお菓子などに手を出してしまうことが多いので要注意だ。
 洗濯、掃除その他についてはまた別の機会に。

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2017年9月 2日 (土)

映画「パターソン」を観る

 普通のくらし中に詩もある、か
 今日の午後から夜にかけて「自由時間」が巡ってきた。“どうする?”かは、迷うことなく映画を観に行くと即断した。どんな映画を?誰かを誘うか?これも比較的早く答えが出た。先月末にシネマ情報を検索していて目星をつけていた。一つは話題の「関ケ原」であったが、これは誰かを誘っていった方がよさそうだと考えすぐに外した。次に映画館から最初は名古屋シネマテークを検索し、どれかにしようと上映案内を見たが、作品、時間が合わなかった。
 それで候補の一つでもあったミリオン座での「パターソン」と決めた。ミニオン座に決め理由は映画と直接関係ないが、もう一つあった・・・。
 実は「パターソン」に決める段階でかなり逡巡した。概要によれば、歴史ものでもないしSF的でもない。サスペンスもユーモアもあるわけではない。(ラブストーリーは、選出基準ではいつも下位)果たしておもしろいだろうか?
 ニュージャージー州のパターソン市に暮らすバス運転手パターソン(町と同じ名前)の、妻と愛犬の平凡なくらしが1週間に亘って淡々と描かれる。朝6時過ぎに目覚めて、未だ眠りの中にある妻ローザにキスをして、朝食を摂ってバス会社に出勤。決まった路線を運転しながら、乗客の会話を聞くともなし聞き、街の風景に目をやりながら、ふと浮かんだ詩をノートに書き留める。仕事が終わって帰宅後は夕食後の愛犬を連れた散歩と行きつけのバーで一杯の酒を楽しみにしている、そんな何気ない日常が写し取られていく。
 もちろん、同僚の悩み事を聞かされるとか、散歩中に詩を書く少女との出会いやバーでの一悶着などもあるが、生活を揺るがすようなものではない。一方のローラは、ちょっと変わっていて、デザイナーみたいことに楽しみを見つけ、クッキーをつくって売りさばいたり、ウエスタンスタイルでギターを弾き歌手もどきになったり・・・。つまり多趣味。
 確かに平凡で愛に満ちた日々ではある。観るものにとってそんな生活(くらし)にあこがれる向きも多かろうが、あれは誰にでもあった「一瞬」ではなかったろうか。新婚時代の暫く間・・・。病気のことは別としても、子供ができ、両親が老いていき、仕事は中堅から役職に、というように日常そのものも変化し続ける。つまりパターソンとその家庭の風景に見る「原点」みたいなものを見失っている現代人にとって、あるいは社会そのものが慌ただしく、急変していく現代にあって、“あの瞬間”は、希望であると同時にかすかな“郷愁”をもって受け入れられたのではないだろうか。
 私がこの映画を選んだちょっとした理由は、2月に見た映画「この世界の片隅で」の影響があった。パニック映画みたいな“映画は面白けりゃええ”から、“普通のくらし、特別を求めない生き方”そんなものを考える映画もいいかなと。
 バス運転手のパターソンは詩を書いているが、その詩というものも普通の言葉でありメモ風なものにして、きちんと見るべきものを見ていてそして感じ取る。詩を書くから詩人というよりも、そんな感性を持った人こそが詩人なのであろう。街角で詩を書く少女との出会い、ラストシーンでは、日本からやってきた詩人(永瀬正敏)が突然登場するが、この映画の背景にかすかながら「叙事詩」が漂っているような、私はそんな風に感じとった。

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2017年9月 1日 (金)

民進党の代表選挙考(4)

 代表に前原氏-それでも民進党をサポートしたい
 民進党の代表選挙の結果は見ての通り。
 私の感想は、たまたま戴いたIさんからのメールに応えて返信した内容でこんな風に書いた。「私はサポーターですが、枝野さんに投票しました。残念な結果とは思いますが、もともと『リベラル派』は少数と聞いていましたし、世情の流れからして、枝野さんにはわずかながらでも逆風が吹いていたように思います。また、愛知の流れも『民進(民主)王国』といわれながら、連合愛知は旧民社系の、その右と思っていましたから、勝ち負けもさることながら、その「差」に関心がありました。4:6、出きれば、4,5:5,5くらいに迫ってほしい・・・結果は2:1(ポイントで8:4だったかな)で、大差がつきました。(この結果については、もう少し熟考してまとめたいと思っています)」というものでした。
 私は、党員でなく、一サポーターに過ぎず、まして「政治家」を自認しているわけでもないから、結果を受け入れればそれで済むことではある。しかし「政治家」ではないが「政治的人間でありたい、または、私が知らないところで政治が行われることに我慢できない」という自覚は20代のころから持っていた。それもあって、各級選挙に関して、大なり小なり関わり、また論考を書き留めてきた。ミニコミ誌「C&Lリンクス愛知」の発行もそれの一環である。
 選挙結果についての論考はもう少し時間かけてみたいが、マスコミが伝える「政権交代の受け皿になる“ラストチャンス”」即ち状況次第で「解党論」が浮上するという流れをどう受け止めるのか。「前原が共産党との共闘を見直し(拒否といっていいかもしれない)する一方、“小池新党とは方向が同じならば共闘は当然”」というようなことが現実化すれば、「民進党は小池新党と共闘」「共産党は市民運動と共闘」「社民、自由はどう選択するか、接着剤になりうるか」というほど明確ではなかろうが、そんな構図が想定される。そうなったとき在野の運動はどうなるのか、これも重要な論点である。
 私はまだ明確ではないが、「共産党の共闘は是々非々で、そのためにも民進党自身が政策、リーダー、組織をしっかり打ち立てねばならない」「(力量はないが)民進党が解党する方向なら、“立憲・リベラル派”を強力にテコ入れして、“党内保守”を進言する。」「立憲・平和・脱原発・リベラル」の旗を掲げる政党を待望する、参加する・・・。
 どこまで本気なれるか自信はないが、老頭は非論理的であれ、あれこれ思いは巡らすのである。 了

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