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2017年8月31日 (木)

8月が過ぎるにあたって

  非戦平和・民進代表選・片付け他

 8月の前半は、「ヒロシマ、ナガサキ」そして「815」と「非戦と平和」が続いた。後半は、ピースサイクル2017の仕上げ「六ヶ所ピースサイクル」で、参加の仲間へのメッセージを送る一方、青森県知事、六ヶ所村長、日本原燃社長あての要請文を送り、18日から28日までの全コースの報告メールを読んでいた。そしてもう一つは、民進党代表選挙で、サポーターとして枝野幸男に投票した。

 

 私事では、引っ越し後の整理作業が依然として続いており、月末の今日になって、物置が届いて、大工道具、庭先の道具などを収納し、その空いたスペースに、段ボール9個を押し込んだ。また、廊下に積んであった、かつての職場の労働組合の機関紙の合冊本を束ねた。9月の第1火曜日の5日に町内リサイクルに出す予定。20年前に縁が切れていたが、これで物的に繋がる物の大半はなくなった。残るは当時の日録・職場ノートくらいか。

 

 もう少しで片付く見通しとなったので、知人、友人それぞれの都合を聞くなどの“ご招待”の準備を始めた。早速“メニュー”を考えなくては。

 

 このようにして8月が過ぎ去ろうとしている。晦日のこの日、六ヶ所村長宛ての要請文を掲げて〆とする。

 

私たちは、ピースサイクル東海ブロック・愛知です。

 

この地域で原子力に関するものとして、静岡県に中部電力浜岡原子力発電所があり、その中部電力の本店は名古屋にあります。ちなみに、去る625日に行われた静岡県知事選挙において当選を果たした川勝平太氏は、浜岡原発が再稼働する状況になれば「反対する」と表明しました。
 
 浜岡原発は2011年の福島原発事故後、当時の菅直人首相の要請に基づいて5月に操業が止まりました。従って、川勝知事の任期である4年間を加えると、10年間は止まったままになります。また河村たかし名古屋市長は、私たちの原発の賛否を問う質問に「原発反対」を明らかにしています。

 

 原発については依然として賛否両論があることは確かですが、1986年のチェルノブイリ原発事故、2011年の福島原発事故の震災・人災を経験したことにより、表現の違いはあっても全体として「原発はなくした方がよい」が多数世論となっていることは間違いないところです。

 

 そうした背景と私たち32年目を迎えたピースサイクル運動を通して、昨年と同じような趣旨になりますが、ここに改めて貴職に以下の申し入れをいたします。

 

 

1、核燃料サイクル事業については、原子力規制委員会による「新規制基準」の審査結果に関わらず、六ヶ所再処理工場は閉鎖、廃炉にすべきと考えます。核燃料サイクルに頼る村政を改めてください。

 

2、村政と直接関係するものでないかもしれませんが、東通原発の再稼働を認めないで、東北電力に廃炉を要求してください。同じく函館市など周辺自治体、住民の合意を得ていない大間原発の建設即時中止の意思表示をしてください。

 

3、国策として位置付けられている核燃料サイクル事業を永久に中止することを青森県と共に政府に提言してください。同時に、行政の根幹は、住民の安全と安心の確保にあることはゆるぎない共通点です。被害発生の根源となり得る核燃サイクル工場の閉鎖、撤去は喫緊の課題ではないでしょうか。貴職の慧眼を期待いたします。

 

 

 いうまでもありませんが、去る77日、ニューヨークの国連本部で行われていました核兵器禁止条約制定交渉会議で「核兵器禁止条約案」が、国連加盟国中120ヵ国以上の参加で賛成122という圧倒的な数で採択されました。ある意味では画期的であり、私たちの悲願の成就でもありました。しかし残念なことに、世界で唯一の被爆国であり、核保有国と非保有国の橋渡し役を求められていた日本はこの会議に不参加を表明してしまいました。

 

 ことは「核兵器」のことだけのように思われるかもしれませんが、核兵器に必要なプルトニウムの生産は、原子力発電所で行われていることは言うまでもありません。この点からも、核兵器に関連する事業所の存在には格段の配慮が求められます。その当該の自治体の長として、「原発事業からの撤退」を明らかにしてほしいと切に願うものです。青森県そして六ヶ所村の発展、さらに貴職のご活躍を祈ってやみません。

 

2017821
ピースサイクル愛知

 

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2017年8月28日 (月)

「最高の人生の見つけ方」

 閑話休題・テレビシアター
 夜、台所仕事が終わったのでふとテレビのチャンネルをあれこれ動かしていたら、2007年にアメリカで公開された(日本では2008年)当時としてはかなり評判だったという映画「最高の人生の見つけ方」、原題は「My Life without me」というところに行き当たった。
  最初は地味な感じで“面白そうな展開”の予感がしなかったが、男優のモーガン・フリーマンが出ていて、さらにあれは・・・すぐに思い出せなかったがジャック・ニコルソンが出ていたので暫く観ていて、そのまま引き込まれていったのだった。
  映画は、殆どこのふたりでだけで進行していくのだが、例えば、モーガン・フリーマンは45年間ひたすら家族のために自動車整備工として働き続け、家庭は円満、子どもは3人、趣味はクイズといったいわばごく普通の人物で「黒人」。一方のジャック・ニコルソンは、事業に成功した大金持ちの実業家であるが4回も離婚し、子どもは一人いるが離別状態にあり、趣味といえば金儲けと「コーヒー」という「白人」、というように多くの面で二人は対称的な存在である。一緒なのは年齢と「病気」くらいか。ここで「コーヒー」を強調したが、最後にこの意味が解る仕掛けがある。
  二人は全くのあかの他人であるが、ガンを患って入院してたまたま同室となる。(この病院は、コール=ジャック・ニコルソンが経営する病院で、個室はなく二人部屋が経営方針)、余命6か月を宣告された二人だが、カーター(モーガン・フリーマン)は、大学時代に教わった「棺桶リスト」を作り始める。この「棺桶リスト」とは、早い話「残された人生の中でやりたいことのあれこれ」で、日本的に言えば、例えば「一度は行ってみたかった温泉でゆっくり湯につかりたい」「ヘリで運んでもらってでも、富士の山頂から日の出がみたい」「極上の握り寿司を極上のお茶で食べてみたい」。これらは私の願望に近いものでもあるが、私がこれに付け加えるなら「・・・」と「・・・」
  カーターのメモをコールが見てしまう。そこでコールがメモに書き加え、(お金に不自由はないから)それらを二人で実行しようと持ち掛け、秘書(話の筋のキーパーソンでもある)の忠告も聞き入れず自家用機で出発する。
  メモされた内容は、スカイダイビングをする/マスタングGT350に乗る(レースする)/ライオン狩りをする/万里の長城をバイクで走る/ピラミッドを見る(登る)/香港に行く/泣くほど笑う/世界一の美女にキスをする/見ず知らずの人に親切にする/エベレスト登頂/・・・などであった。
  結局中止したものもあるが、2か月かけてそれぞれは実行されていく。単にあれがしたい、あれが食べたいみたいなものなら大した感動にはならないであろう。やはり「泣くほど笑う(コーヒーとの関係あり)」というところに「人間の集大成」があるだろうし、「壮厳な景色を見る」は、心穏やかに来るべき時を待つ心境であろう。そしてカーターとコールに最後の時が来て「最高の人生は何だったのか、見つかったのか」のクライマックスやってくる。ネタをばらせばカーターは家族と何よりも妻バージニアとの愛を確かめる・・・。コールは「世界一の美女にキスをする」即ち、けんか別れしたままの子ども(娘夫婦)と再会し、孫娘を抱き上げキスを受ける・・・。(二人の骨壺はエベレストの頂上に安置される)
  昨今のはやりことば「終活」とは、「身辺整理」とか「死に方」だけでなく「自分の人生を振り返り、やりたかったことに今一度勇気を奮って挑んでみる」ということかなと思った。そして「家族や友人にきっちりと“別れ”を告げる」とか、「残したい、伝えたい言葉を考えておく」といったようなことを思い起こしてくれた映画であった。

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2017年8月26日 (土)

民進党の代表選挙考(3)

 えだの幸男名古屋決起集会
 この日「候補者討論集会」が三重で開かれ、その足で名古屋決起集会に駆けつけた枝野幸男候補であるが、前段として近藤昭一衆院議員、勝田運輸労連愛知県連委員長、斎藤嘉隆参院議員、赤松広隆衆院議員が壇上に上がった。
 まず「選対事務総長」という総元締めを担う近藤議員は、枝野支援をするにあたって赤松グループといわれている「勉強会(サンクチュアリ)」で決定したこと」、枝野はグループ(派閥)をもたないこと、憲法観がしっかりしていること(現憲法を守り大事にする。必要な議論は進める)、原発はゼロにしていく、この秋の国会で「原発ゼロ法案を出す」こと、政治に幅がある。他党との共闘も(民進党の理念に基づいて)できる、などの紹介をして、支援を訴えた。
 次に労働界を代表して(連合愛知ではなく)運輸労連愛知県連の勝田委員長(赤松の出身母体ということだったので全日通労組出身か)は、消費者、納税者、働く者の側に立つ枝野候補を応援するとした。
 続いて斎藤参院議員は、いきなり“最後になるかも知れないこの代表選挙・・・”といったように聞こえたが、この「最後」という意味は何のことだろうと思った(聞き違いかもしれないが)。森友・加計学園問題で安倍政権の出鱈目さを追及しつつ、それを追い詰め切れていないのは、民進党の力不足だったと反省。自民党と明確に違う政策をもって「格差」をなくす、そういう民進党をつくるためにも枝野候補を応援するとした。
 最後に立った赤松議員は、この代表選挙は、民進党を広く知っていただく機会でもあること、政策集団(サンクチュアリ)で枝野支援を決定したこと、憲法問題では、前原は5月頃発行の雑誌で「憲法九条に第3項を加えそこに自衛隊を明記する」と、安倍と同じことを発言したと紹介(ええ!知らなかった、ほんと?ひどいではないか!)。「野党共闘」については、「愛知の場合、全15区に候補者を立てる。この方針に変わりがない。当選の可能性から言えば、共産党の方から候補者を引いてもらいたい。しかし4野党合意は生きている。」「共産党との政権樹立はあり得ない」そして原発については、脱原発法案を秋の国会で出すこと、脱原発は世界の流れであることを強調した。
 午後7時半を過ぎたころであろうか、枝野候補が駆け付け登壇した。疲れが出ているのか、あまり笑顔を見せることなくまず立候補を決意した背景から話し始めた。やはり安倍政権下の「危機感」からで、とりわけ安保法制に加え、憲法9条の第3項として自衛隊を明記するという発言が大きかったとした。また、「森友・加計学園」問題は「情報隠し」であると断罪。そして蓮舫代表を支えきれなかったことを謝罪した。この代表選挙については、安倍政権の対抗軸として民進党が変わらねばならない、それがリーダーの仕事だ、そのリーダーとなって民進党を再生させたい。
 自民党と明確な違いは、「立憲主義」に立つか否かであり、それは憲法9条を守るかどうか、専守防衛に徹するかどうかの違いである。(この時、NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール作戦」を話題にしたが、昨今の安倍政治と、当時の軍部の暴走、非人間性、侵略を重ね合わせて言いたかったのであろうと推測)
 原発問題に関しては、フクイチの時の官房長官でもあり、思い入れは人一倍なのであろうから、「一日も早く止めたい、やめさせたい」、「民進党として原発ゼロの方向性を、リアリズムをもって示す。法案を出す」とした。
 ヘートスピーチ、ジェンダー差別、これらは人権を踏みにじるもの、多様性を認めないもので許されない。
 最後に枝野氏は、改めて立候補への決意を述べ、参席者への謝意を示して終えた。
 この集会を振り返れば、例えば赤松議員は、枝野、前原両氏は同じ世代で党の役職、内閣の一員にも就き、遜色ないと繰り返したが、これは選挙後のしこり、分裂を予感させない配慮であったろうが、そうした党内の“綱引き”は、守りに入ってはだめで「政治的に能動的であるべきだ」というようなことを機会があったら言おうと思っていたが、それはなかった。 
 また出席者は、満席の250人前後と読んだ。そして、同時期に別会場でも「前原決起集会」が行われていたらしい。愛知の情勢は「やや前原有利」らしいが、前原派所属といわれている7区の山尾志桜里が、今日の前原決起集会に参加していたとしても、前原の推薦人にならなかったことに、多少ほっとしたところがある。
 これら私に言わせれば、「たかが民進党の代表選挙、されど民進党の代表選挙だ」ということになり、民進党愛知の「リベラル派」を伸長させることは、自民党・安倍政権打倒と一体のものであるとも考えるのである。 
続く

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2017年8月25日 (金)

民進党の代表選挙考(2)

 選挙公報を読みつつ
 手元に「民進党代表選挙 選挙公報」がある。一応一通り目を通した。この種のものは「いいことづくめの羅列」で、本当にそう思って行動していたら“今の民進党にはなっていない”といいたくもなるが、ここでそんな突っ込みをしても始まらない。また公報からは両候補の「本音、秘めたる野望」を読み取れることは難しいから、これまでの言動を思い返して検証するか、安易な選択としては、応援する政治家(議員)の立場に従うということも大いにありだ。
 この代表選挙で両者が登壇する「候補者討論集会」が、全国8か所〈新潟、青森、愛媛、北海道、兵庫、三重、宮崎、東京〉で行われる予定だという。多分「ブロックで1か所」という割り振りのようだ。安倍の地元でもある「中国ブロック」が入っていなようで、また「近畿」は兵庫となっていて、大阪、京都でないところが民進党の“事情”がありそうだ。“沖縄へは行かないの?”とこれまた突っ込みたくなるが、それは民進党の地盤がないからと想像する。しかし考えようでは、地盤がないとすればなおさらのこと、両候補に有利、不利がないのだから、例えば「原発立地県、沖縄」で討論会を開催すれば、党の方向、めざすものが見えてきて、党員、サポーター以外の有権者(国民)にアピールでき、それこそ民進党を売り込むいい機会になったのではないか、そんな風に考えてしまうのだがどうだろうか。もっとも「安全保障問題、原発問題」は、両者の分かれるところであり、また民進党全体としても分水嶺となっている大きな政治課題だけに、「討論会」の場でもあいまいになってしまっては意味がない、だから避けた?
 よく言われる「枝野リベラル、前原は保守」という評価は本当だろうか。そもそも「リベラルとは何か、どんな政治的、社会的主張を柱にしているのか」「保守というのは、古きもの、既得権を守ろうとする考えだけだろうか」など、もっと理解を深めて語らなければいけないがここでは手を抜く。
 私の浅慮な「リベラル」という意味は、全体主義に対する自由主義(リベラル)であり、公平、均等、共生という意味が込められた「社会(ソーシャル)」主義といえそう(ソーシャルリベラル)。なおかつ「保守」に対抗する「革新」であることから、日本風に言えば「左派」ということに包摂される、そう思っている。
 では「保守」という概念をどう受け止めているか。戦後政治の骨格・自民党政治そのもので、労働者と資本家という「階級史観」を注釈なしで受け止めてきた。しかし、社会党から民社党ができて自民に近づき、現民進党の中で自民党に同調するかのような動きが出てきている現状。また中曽根が登場して守旧派を超えた保守自民党が出現して、それでも「自民党の中にも“リベラル派”がいるようで、保守の一言で括りきれない」と思うようになり、「保守対革新」という「二分法」が状況に合わなくなってきた。
 それで「リベラル派」の枝野は、「多様性を認め合い、困ったときに寄り添い、お互いさまに支え合う」そんな日本を目指すという。「保守」の前原は「あらゆる生活者の不安を解消する」「危機的な状況の中、党再建の先頭に立ち、政権交代可能な政治をつくる」とした。それらの具体的な項目を枝野は「認め合い、寄り添い、支え合う」社会のために「高く掲げる3つのポイント」を示した。一方前原は「1、基本姿勢4項目、基本政策8項目」を掲げた。
 それぞれをさらに読み込んでいく必要があるが、離党組や小池新党にすり寄るグループと同調しているような前原は、「脱民進党」のように思え、えてして“脱走”には、勇気と決断がいるから攻勢的で“勢いがある”という印象を与える。それに対して枝野は、表現は情緒的で、民進党(民主党)の本来の姿を強調し、安心、安定、慎重を印象付けようとしているかのようだ。どう見てもこちらが「党内保守」のように映る。
 もう少し深堀する必要があるが、「前原優勢」の報が流れていることを思うと、枝野には「立憲・平和主義、リベラル政治」という潮流を意識して最後まで頑張ってほしい、これが現時点での私の感じているところである。

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2017年8月24日 (木)

民進党の代表選挙考(1)

 私は無関心ではいられない
 民進党の代表選挙が9月1日に開票され、新代表に枝野幸男氏か前原誠司氏のいずれかになる。現在の政治局面からすると「野党第1党」のリーダーが誰に決まるかは、第1級の政治的関心事ではないかと私は思う。そこには、当然にも私自身が民進党の「サポーター」であること、愛知第3区の近藤昭一衆院議員の応援団の一人であることが前提にあることは間違いない。
  だがそれだけでないことを説明することは大切ないことだと思っているが、ここでは多くは触れない。つまりマスコミだけでなく、私の周辺での空気も「低調な民進党代表選挙」とか「関心がない、薄い」などの表現に見られる“しらけ、冷やかさ、突き放し”に私はある種の「危惧」を持つのである。裏返すと「反自民・非共産」の立場の私は自民党の総裁に誰がなるか、共産党のトップは誰か、の関心を捨てたことはない。支持勢力、支持政党の活性化、伸長と政権への道を期待するなら、当然そのリーダーに誰がなるかは重要なことだし、仮にそのリーダーが期待したいほどの人物でないとしても、それに代わる現実的な勢力・政党が展望できないとすれば、好みや路線の違いだけで「関心・関与」から離れてはいけないと思うのだ。それ自体がある種の“利敵行為”に準ずるのではいかとさえ思うからだ。
 だから“だらしない民進党の代表に誰がなろうと状況に何の変化は生じないだろうし、どうでもいいことだ” としたら、それは“たった私の一票が、政治を動かすとは思えない”と思うと同様に、この民進党の代表選挙に無関心でいられるのは、「政治に関与することから退く」ことと同じようなもの、と私は思うのである。
 ここでは、市民運動も労働運動もまして政治活動などに直接関わらない、一般的な有権者について言っているわけではない。少なくとも地域で集会やデモ、スタンディング、チラシ配りなどに参加し、メールで何らかの書き込みをし、或いは投稿はしないけれども、MLに加入して状況を得ようとしている人への私の思いを伝えたいのである。
 とはいえ、現実に戻ってみると「枝野VS前原」という構図は前回の「蓮舫VS前原VS玉木雄一郎」に較べもう一つ「華」がないように見える。私にしてみれば“蓮舫という女性党首の方がよっぽどか、アピール力がある”と思っていただけになおさらである。いまさらこんな比較論を言ってもせんないことではあるが、「(旧社会党の)土井たか子と蓮舫の違いは何か」とも考えてしまう。舌鋒鋭いところに共通点はあると思うが多分“庶民性”でかなりの違いがありそうだ。また「統率力」にも差があるのだろうが、ここは微妙である。旧社会党にも左派と右派、中間派があって党内で対立がなかったとは言えないが、「保守・自民党対革新・社会党」という大きな対抗軸があって、それがいざっ!というと時の、自社とも「党内の結束の鍵」となっていたと思う。だが今の民進党は「小選挙区制」と「連合の存在」が大いに影響しているのであろうが、(自民も同じとは言え)自身の「議席確保」にきゅうきゅうとしているところがある。「維新の会」へ行った議員も、「小池新党」に惹かれていく議員も、明確な政治的理念、展望、政策をもって出ていったとは思えない。
 では今回の代表選挙で枝野、前原両氏はどう考えているのか、そこを追求していくと、民進党代表選挙に関心がなくても、自らに問い返してみれば、政治、この国行方に望むもの、期待するもの、めざすものも幾らか見えてくるのではないだろうか。 
続く

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2017年8月22日 (火)

CGSU運営委員会

 議題についていけぬ “迷妄”にあり
  8月例会は、会員の再登録の現状と会計。ユニオン共同行動の見直しと新しい方向。労働運動関係資料の保存と有効活用などの構想を進める前段の「大阪産業資料館」見学について。活動誌「結」の発行計画。ユニオン学校の報告と今後の予定。「レーバーノーツ」を迎えての「名古屋講演会」の受け入れ準備。「現代労働負担研・名古屋集会」の開催受け入れ準備。「労働法制改悪阻止」に向けた行動について、など盛り沢山の議題であった。
  また個別的な要請、話題としては、「ロシア革命から100年」に関する何らかの企画構想。「化学産業複数組合連絡会議」という労働団体が、30年を記念して「組合つぶしと闘い抜いた労働者たち」という記念誌を刊行したことの紹介。「産業別職種別ユニオン運動」研究会の第1回例会(発足記念シンポジウム 於東京)の紹介などがあった。
  これだけを紹介すれば、この団体(CGSU:ユニオンと連帯する市民の会)の活動の概要が分かるだろうと思う。そうである一方、労働運動と距離がある人、領域の違う市民運動の人たちから見れば「?」「・・・」も多いかもしれない。
  実体として労働運動と市民運動が出会う場所は幾つもある。例えば「安保法、共謀罪、秘密保護法」などの政治課題、また原発問題は日常的な合流地点であろう。状況によっては「選挙」も共同の機会である。しかしながら労働運動が(力量の問題もあるが)運動を全方位的に把握し展開するのと違って、市民運動の基本は「シングルイシュー」であるから、どちらかといえば市民運動的課題に労働運動が合流していく形が多いのではないかと思っている。
  ということで私の場合は、原点・出自は労働運動であるが、「労働運動と市民運動は表裏一体=コインのウラオモテ」と考えて地域活動に参加していたので、一応いつも「合流地点」近くにいることが多かった。しかしそれは、いいかえれば「二股」であって、運動の「深堀」ができていないというあいまいな立ち位置ともいえなくもない。もっともそれを十二分にこなしている人もおられるわけだから、ひとえに私の能力不足といえる。
  それで今日の議題をずっと聞いていて、私の中にすとんと落ちるものがなくて、“居場所”が見つからないもどかしさに揺さぶられた。たとえば私は「レーバーノーツ」というのはアメリカの労働団体の全国組織であるが、この2年ごとの1997年・デトロイト大会に参加した経験を持っている。しかしもはや20年の歳月が経って、今に活かす経験的なものあるいはその雰囲気すら霧消してしまっている。私はそれを「労働運動は、その現場に立ってこそ運動感覚が研ぎ澄まされる」それがないからだ、と信じている背景がある。だから現在的地点では、「末尾、末席にいて、経験・知識が役立つ機会があれてばそれに応える」という退いた姿勢に終始することになる。大先輩からは“まだ老いる歳ではない”と発破をかけられたこともあったが、今やその大先輩も先立たれあるいは音信さえ不通となってしまった。
  こんな“つぶやき”は、何の意味もないが、改めて“私は今、何をなすべきか”を問う機会でもあった。会議が終わって帰路を共にした人も同じような感想を漏らしていたが、その人の場合はまだ目はまっすぐ前を見ているようであった。
  さて明日は何からはじめようかな。

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2017年8月21日 (月)

六ヶ所ピースサイクル・要請書

 青森県知事、六ヶ所村長、日本原燃社長へ
 ピースサイクル2017の締めくくりとなる「六ヶ所ピースサイクル」は、去る18日に茨城県・東海村を出発して、いわき市・郡山市・福島市・仙台市・一関市・盛岡市・八戸市を経て、25日に六ヶ所村に到着する予定で、今朝は福島を出発しているはずだ。またもう一つのルート北海道からの「函館~フェリー~大間~関根浜」を経て六ヶ所で合流するチームは、25日の朝、函館を出発し大間で本隊と合流する予定である。
 26日からは、関東などからの「伴走・支援チーム」と地元のみなさんとが合流して、交流しながら「再処理工場など核施設抗議行動」「大間原子力発電所建設反対・現地視察」「六ヶ所村、日本原燃・青森県」それぞれへの申し入れ行動が取り組まれる。
 それに伴って、「六ヶ所村、日本原燃・青森県」への、全国各地からの申し入れ書、要請文の寄稿要請が発せられていた。そこで愛知としては、先に「六ヶ所ピースの仲間へ」のメッセージを送ったが、今日付で、「六ヶ所村長、日本原燃社長・青森県知事」へ要請文を責任者宛てに送った。
 文案は、昨年と大意は変わらないが、東海・愛知の状況と7月の核兵器禁止条約の採択にも触れた内容であった。その一部は、後日紹介したい。
 これをもって「PC2017」の一連の行動を終えることになる。今後は、11月の「全国総括会議&2018PC」に向けた報告書の作成に取り掛かり、その追加愛知版の作成は、「ピースサイクル2018」の出発になる予定だ。
 今後については、自身の役割を考えながら、少し時間をかけて構想を練りたい。

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2017年8月20日 (日)

集会・デモに参加し損ねる

 加齢に対応する準備もぼつぼつ
 昨日は、「止めよう!辺野古・高江新基地! やめさせよう!安倍政権!!」という集会とデモがあって、午前中の民進党愛知3区党員・サポーター会議に出た後、家事を済ませて会場に向かった。やや遅れてはいたが、山城博治さんのお話は聞けるだろうと思っていたのだが、めざした会場には誰もいなくて、集会をやっていた形跡もない。予定時間は午後3時開会、4時30分にデモ出発だったが、13時の間違いだったろうか?若宮大通公園だったはずだが、矢場町交差点近くの場所ではないのかな?一度も行ったことはないが若宮大通の東の方に公園らしきものがあるからひょっとして・・・とも考えた。だがそこまで既に今日は1万歩をカウントしていて、“今日のデモはパスしようかな”と考えていたこともあり、炎天下で会場探しまでの気力はなく、そのまま引き上げることにしたのだった。
 こうした記憶違い、早い忘れ、思い出せないなどの症状が出ることがつとに多い昨今である。パソコン上には、かなり細かにスケジュールを書き込んではいるが、例えば今回のように、後で確認すれば「8/19(土)15:00~ ミニスポーツ広場(若宮大通公園)」と記録されているのに、「若宮大通公園」だけが記憶にあって、そこは矢場町交差点という先入観によって固定されてしまったのだと思う。
 結果としてデモの末尾にさえ就くことができなかったが、私の中の気持ちは、ともかく足を運んだということに尽きるのであって、“沖縄に寄り添う気持ち”に変わりはない。また、ひょっとして気持ちはあっても、健康上の理由や高齢で体力に限界があって、参加できなかった人もいるに違いないとも思う。そうは思うけれども、とりわけ政治活動、社会活動では意思を具体的に示すことが大きなポイントである。選挙には必ず行く、集会やデモ出られなければ、資金カンパする、インターネットで意思表示するなどのアクションがあることが望ましいのではないか。
 今回は“勘違い”であったが、身体的に行動参加できないときの対応を“こんなんでは仕方がない”と思う前に、何ができるか、今から考えておく必要があるのかもしれない。

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2017年8月19日 (土)

民進愛知3区党員・サポーター集会

 前途は多難に変わりがない
 民進党愛知第3区総支部主催の「党員・サポーター集会」が午前10時から開かれ、私はサポーターとして出席した。50~60人ほどの集まりであったろうか。
 主題はもちろん国会の報告もあったが「代表選挙」についてであり、それに沿った報告・提案が近藤昭一衆院議員からあった。
  安倍政権の「森友・加計学園隠し」と「共謀罪強行採決」の6月閉会の国会の報告、都議会選挙と離党問題、野田幹事長辞任、蓮舫代表の辞任、そしてそれらの議員総会での経過と総括をへて、9月1日の代表選挙へ。
 質疑では私を含め4人が手を挙げた。私は、まず「党員に非ず、サポーターたる所以」から切り出し、政党は「政策・リーダー・組織」で成り立つものであるとした。政党はどんな政策を掲げるかが重要で政策の一つとして、原発政策をはっきりさせることを強調した。(立憲主義、リベラルなどは割愛)そして「課題で一致」することで「野党共闘」が成り立つ。(選挙協力だけが共闘ではない、と言いたかったが省く)、次に「リーダー」については、蓮舫さんが代表に選出されたとき、日本にもいよいよ「女性のリーダー」が登場したか、と党内外からの期待もあったと思う。野田聖子(や小池百合子)に注目が集まるのを見てもわかる。  その蓮舫代表を支えきれなかったのは残念だった。(党の顔は大事なポイントだ、と暗に述べたつもりだが)、そして組織の問題については、共産との対比を通して、組織とは「議員の個人的ファン、後援会だけが組織ではない。」地方議員の(拡大)活躍と、運動での組織的広がりが重要だ。この点で共産党に後れを取っている。市民運動への参画、動員力では共産党に劣る。この3区で私は近藤議員の活躍によって互角(以上)とみている。(が、実態は必ずしもそうではない。)それは、例えば4人めの女性がいみじくも「近藤先生は、どこ(の集会)でもよく来られて頼もしいのですが、いないときは、共産党は地方議員などが来られるが、民進は代わりの人が来ないので寂しい」という発言もあったのだった。
 この3区では、代表に枝野幸男を推すことが方向と示され、私もそのような支持を出した。
 近藤議員は、答弁の中で強調したのは、①結果がどうであれ今後は、党内一致して進む(べきだ)。②前原、枝野両氏はもともと同じよう政治家の道を歩んできた。選挙では「違い」を明確にするために大きな違いがあるように語りもするが、もともと「政策的にリベラルであっても、立憲主義などで、(党内では)党の路線を守る“保守”であることの違いはない」、の発言は「分裂」や分裂の「印象」を与えたくないという配慮がくみ取れたが、私は党内の「立憲、リベラル」グループの伸長と実権をもって進んでほしいと願っているから、近藤議員の発言はややおとなしいのではないか、との感想を持った。だから自らは、何らかの「組織展開」の必要性を迫られるのである。

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2017年8月17日 (木)

再び、プラネタリュームへ行く

 いつ来ても飽きない
 ミニ詩集第14集に「平和2題」として「トマト」と「そら」を掲載したと紹介したが、「そら」の一節「部屋のドアが開いて/プラネタリュームに連れてって/孫の一声で/パソコンの前の私がいた」とあるが、それに沿って今日は小5と小2の孫二人を連れて、名古屋市科学館のプラネタリュームへ行った。
  小5の夏休みの自由研究にするということであり、テーマ“流れ星”はちょっと難しいかなと思ったが、やらせてみるしかない。わが家周辺の夜空は、数えるほどしか星は見えないし、“流れ星”に遭遇することはまれでしかないから、どんな着想なのか見守ってみたい。それで今回は2回目であるが、実は私も大いに楽しんだのだった。樹trも飽きないというのがプラネタリュームである。
 朝9時には行列の最後尾について約1時間の“待ち”であった。夏休みでもあり、もっと長蛇の列かなと思ったが、午前11時20分の第2回目のチケットを確保した。これは「ファミリー」のコースで、10時の「一般」のコースはその時点で入場可能だったから、“お盆明け”でちょっと少なめだったのかもしれない。
 見終わってから、何か資料らしきものがないか探したが何もなく、「資料室」で係の人から、関連本の紹介を受け、後日に本屋回りをすることになりそうだが、夏休みも残すところ10日余り、どうなることやら。
 どっちにしても“じじのお努め”の一つはこれでなし終えた、そんな1日であった。

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2017年8月16日 (水)

言葉のセンス

 藤井4段のコメント
 瀬戸市市出身で、中学3年生の最年少棋士、藤井聡太四段については、「全国的注目の中高生」ランキングではトップだけでなく、新聞、テレビを見ていれば知らない人はいないだろう。だから彼については、何も付け加えることはないが、昨日大阪市の関西将棋会館で行われた王位戦の予選で小林健二九段に差し勝った後のコメントで、終戦の日に「平和な時代だからこそ将棋を楽しめる」と話したという。
 彼がしばしば“大人顔負けの”言葉(ワード)を引用することで知られているが、上記のような「時」にあったコメントは、あらかじめ用意されたものとは思えず、彼の内から発せられたものに違いない。「平和な時代だからこそ将棋を楽しめる」には、「平和な時代」という時代感覚・認識と、「将棋を楽しめる」という、プロとして日の浅い立場でありながら、上級者を次々と打ち破っている現状から「楽しむ」は、やや“ぎょっとする”いい方ではある。だがそれに違和感を持たせないのも彼の存在がかなり受け入れられ、期待もされているからではないだろうか。
 文章や詩、俳句、川柳などは、「構成要素」を下地にして、「言葉と情景」「時代性と先駆性」「外在と内在の緊張関係」をもって仕上がるのではないかと思うが容易くはない。そこらあたりが非凡と凡庸の差であろうと思う。
 ボキャブラリーが豊富に越したことはないが、それだけで人に与える印象を強くすることは難しい。一言で言えば「センス」「感性」によるところが多いが、それも「内なるもの」があってのこと。朝刊を見ながらふと感じたのであった。

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2017年8月15日 (火)

8月15日という日に

  特別の日のようで特別でもない
 この日は、戦火が完全に治まり、外交的にも決着した日ではなく、昭和天皇の「玉音放送」があった日であるから、本来「終戦の日」とは言い難いのである。そもそも「天皇制」の名残りであり、一つの「区切り」に過ぎないけれども、そこは「戦争」をどう捉え、次代につなげていくかの機会ではあると思えばよいのではないか。
 15日を「終戦の日」としたが何故「再建の日」としなかったのであろうか。「新日本建国の日」といえばなんか右翼っぽいが、明治憲法から始まる憲政史上からも、その残滓はあるけれども新たな国造りの骨格として「新憲法」制定が始まったのであるから、「民主日本建国の日」はどうだろうか。そうならば「5月3日」もそれに該当することになるが、季節的にやや外れ感がある。8月が古来からの「盂蘭盆会」という宗教的というより季節感、習慣性が重なることもあって、先祖への墓参、合掌が、戦没者への追悼が重なることも、受け入れやすい素地ではなかったろうか。
 “二度と戦争しない、平和であることに関わる”ということを誓うのに「記念日」はいらない。随分前だが、年賀状に、毎日新聞のタイトル(題字)の「毎日新聞」をもじって「毎日反戦」と書いた人(杉山さん)がおられたが、「反戦平和」に“この日”はない。
 そんなことを思いながらも、今日の午後は小庭の草取りに汗をかいた。

   
  平   和

雨の日には破れた番傘で学校へ
濡れた服に着替えはなく
体は冷え お腹がすき
それでも雨あがりの水たまりを飛び越え
遠い雲を追いかけた

教科書もおさがりだった
開けば同じ 教室も机も同じ
先生のえこひいきはあったけれど
学校が好きだったから構わなかった
校庭の木々の緑がまぶしかった

戦争と平和って
ぐちゃぐちゃに描かれた絵が戦争
薄い雲が漂う空の絵が平和
戦場で倒れた兵士 空襲の焼け跡のむくろ
いま 戦没学生の絵が見たくなった

平和と戦争って
どうでもいいや 関係ない が平和
大変だ みんながみんなで が戦争
花火が上がって 夜空の華は一瞬
秘かに 念入りに 着々と うごめく影

シュプレヒコールの列に中にいた
のぼりを支え ポスターをかざし
唱和することで平和が続くと信じていた
こぶしを挙げることで好戦派と闘っていた
共同幻想ではない・・・歩きながら

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2017年8月13日 (日)

アメリカと「北朝鮮」と日本

 口撃から本物にさせないために
 いつのころだったか、日本の安全保障、日本の防衛という時、「日本列島ハリネズミ論」とかがあった。そして「不沈空母(1983年・中曽根)」という言い方をしていたが、そこにはまだ戦後の保守政治の中でも憲法上の「専守防衛」思想が根底にあった。その限りでは「自衛隊」も「戦力」としてその存在は憲法違反であるといえたが、世論としては「丸腰ではちょっとねえ」みたいな空気があったのであろう、自衛隊解体論には至らなかった。
 現時点では安倍も自民党も「アメリカ追従」の姿勢を鮮明にしているが、これは「隠れ蓑」に過ぎないのではないか。というのも安倍首相がよく口にしていた、“戦後レジームからの脱却”を最近はなぜかあまり言わなくなった。そこには「日米安保条約」の拡大解釈もあるが、「PKO」や他国との「共同軍事演習」「集団的自衛権の行使容認」など海外派兵というステップを踏んだうえ「自主防衛論-核武装」という段階へ進もうとしているのではないか、というのが私の見方である。
 そうした深謀遠慮を巡らせていれば、こんにちの「米朝緊張関係」も、安倍にとっては(内心)好都合と思っているに違いない。例えば高高度の弾道ミサイルなど撃ち落とすことはまず不可能と思われるから、ミサイルの一部の落下が対象などとして迎撃ミサイルシステム「PAC3」の配置をにぎにぎしく行わせた。
 この点について、東京の杉原浩司(武器輸出反対ネットワーク[NAJAT])さんは、こんなメールを書いている。
 ~米朝が脅し合う危険なチキンレースが加速しています。こうした動きの中で、ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマンそしてレイセオンなど米国の巨大軍需産業の株価が最高値を更新したとも報じられています。
 日本国内では安倍政権が「待ってました」とばかりに、PAC3ミサイルの中四国への移動展開を行いました。「現代の竹槍訓練」とも言うべきこのパフォーマンスは、(1)グアム方面向けのミサイルは大気圏外を通過するので「上空」に意味無し(2)PAC3は射程数十kmに過ぎず、カバーできない地域が大部分(3)「備えている」と見せかけて、米軍の先制攻撃への心理的抵抗を弱める、という重大な問題点をはらんでいますが、ほとんどのマスコミは政府のプロパガンダに堕しています。
 緊張が高まる北東アジアの状況をどのようにとらえ、軍縮と平和構築のために市民として何ができるのかを考える講座を開催します。・・・~

 アメリカと「北朝鮮」が、嘘、はったりにしろ「口撃」がいつまでも続くとすれば、トランプも“言葉尽きて”艦隊の派遣、最新攻撃機のデモ飛行、ミサイル発射実験、日本、韓国などとの共同演習の強化へとエスカレートしていくかもしれない。一方金 正恩(キム・ジョンウン)最高指導者も、ミサイルの発射、長距離砲の砲撃訓練などで戦意高揚を誇示しかねない。
 そんな時日本のとるべき道は、容易くはなかろうが「米朝トップ会談」の場を設えることではないのか。「六か国協議の場」も一つであろうが、「北朝鮮」が応じないのは、日本、アメリカ、韓国がまず「北朝鮮」の核実験中止、ミサイル発射の中止を求めるなど非核化への具体的行動をとるよう主張しているからでもあろう。だが「北朝鮮」にとって、圧倒的な軍事力を持つ大国アメリカを前にして、せめて“蜂の一刺し”の「核」を散らつかせ、ミサイルを持つことは敵の攻撃から防御しようとする「抑止力」になっていると考えているのではないか。
 国是ともいえそうだが軍事行動では常に「先制攻撃型」のように思われるアメリカに対して“大人になれ”は通じない話かもしれないが、そこを説き伏せるのが日本政府の役割であり、平和貢献そのものであろう。「PAC3」の配備や日米共同演習、沖縄の基地強化などの「対抗手段」を取り続ける限り、「平和的解決」の使者にはなれない。
 こうした状況を受けて、「核戦争の可能性をなくすために、今こそ市民が意思表示しよう―『8月朝鮮半島危機』は関係国の話し合いによって解決すべきです―」という緊急声明の賛同募集が始まっている。
 声明の中に「今、日本政府は全ての過去のいきさつを一旦停止し、北朝鮮とアメリカを話し合いの座に着くよう働きかけるべきです。」とあり、これは前述のように私も同意見であり同調できるものだ。そして、「最も必要なのはアメリカと北朝鮮を中心に、日本・韓国・中国も含めて対話」の必要性を説いている。これにはロシアは入っていないが「六か国協議」の枠組みに近い。これも前述したが「北朝鮮」が応じるかどうかは半々としか言いようがない。
 私としては、まず日本政府が「北朝鮮」への対抗処置をやめること、アメリカの「特使」のような印象を与えないで、外交関係云々を超えて、安部もしくはナンバー2レベルの政府関係者を訪問させることから始めるべきではないか。(この件に関しては田原総一朗が何やら安倍総理に進言したらしいが)
 以上が、「核戦争の可能性をなくすために、今こそ市民が意思表示しよう」の賛同署名呼びかけに関しての、私のコメントである。

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2017年8月11日 (金)

ミニ詩集第14集

「平和」をテーマに
 13日の夕刻、岐阜の友人と会うことになり、そのことがきっかけで、ミニ詩集の第14号の発行を思い立ち、この1週間で何とか形にできた。
 もっとも12ページの構成で新作の詩は4つに過ぎず、後は川柳、映画鑑賞記、随筆などであるが、これまでブログでアップしたものの手直ししたものばかりとなった。
 詩は「平和」「平和2題-トマト、そら」「節目」、川柳は、毎日新聞に投稿した「ボツ句」中心、2014年11月のピースサイクル報告集に掲載した「高原列車は行く」の替え歌「ピースサイクルは行く」を再録、映画鑑賞記は2月のアニメ映画「この世界の片隅に」、随筆は、6月のブログ「人生の手仕舞いのセオリー6か条」
 「平和」という言葉は、日常的に広く使われ、異論、争論も多々あり、年代を越えて行くから、これをテーマにすることは深い推敲と、新鮮な切り口が求められるが、8月のテーマとして、一度は挑戦したいと思っていたこともあり、今回の取り組みとなった。そうであるから、運動の絡みからも「平和」あるいはその対極にある「戦争」をテーマにした詩作は今後も課題としていきたい。深みのある、内的問題意識を織り込んだ・・・ま、努力目標に過ぎないが。
 「平和2題」は短詩。「トマト」-孫の夏休みの自由研究/ミニトマトが赤い実をつけた/じいちゃんにあげる/
口の中ではじけて/えもいわれぬ味がした/八月六日の朝
 「そら」-八月九日の朝/長崎の空 長崎の鐘の詩想を練る/なんとなく鐘の音が響くのに/言葉は浮きもせず 流れもせず/部屋のドアが開いて/プラネタリュームに連れてって/孫の一声で/パソコンの前の私がいた
 絵をつけて色紙にしたい、そんな気持ちで創った。

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2017年8月 9日 (水)

72回目の長崎原爆忌

 ピースサイクルの仲間も参加
 10時前、この稿を書き始めたが、長崎に原爆が投下された午前11時2分までに書き終え、この地から黙祷をささげたいと思う。
 原爆忌のこの日の式典は、正式には「被爆72周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」という。沖縄でもそうであるが、あたりまえかもしれないが私には「祈念式典」を「記念式典」と表記しないところに何か深いものを感じるのである。例えば「記念」はワンポイント、一過性で、「祈念」は日常的、永続的というように。
 例年、11時2分に長崎の鐘やサイレンを鳴らし、式典会場のみならず、家庭、職場で原爆死没者の冥福と恒久平和の実現を祈り、1分間の黙祷が行われるとのこと。そのあと式典では、長崎市長が平和宣言、平和への誓いを行うのが通例とされている。ここでも、心にもない安倍の追悼の言葉よりも、田上市長の「長崎平和宣言」に注目したい。今年の場合やはり、国連で賛成122という圧倒的な数で採択された「核兵器禁止条約」への言及と、あまりに政治的過ぎるから控えられるであろうけれども「北朝鮮の核」とアメリカの「先制攻撃」の可能性。つまり、状況がどうであれ、どんな脅威が迫り、平和が脅かされようとも、絶対悪の「核の使用」は認めないという宣言である。そこには、「北朝鮮」の「軍事的な、核の脅しには核で応える」という反論も認められないという論理があり、日本政府の「北朝鮮の核の脅威論」は、「中国、ロシア、アメリカ」などにも向けられるべきものと考えるのである。

 さて、一昨日佐賀県玄海町を出発したピースサイクル「ナガサキ行動」は、「玄海エネルギーパーク」で申し入れ、伊万里を経由して佐世保に入ったと思われる。翌8日は、佐世保市を発って、川棚町・大村市を経由して長崎に到着し、その後、午後6時開始の「第21回 8・8平和を考える長崎集会」に参加することになっていたが、どうなったであろうか。
  そして今日は、早朝からの平和行動が予定されていて、午前7時半から「長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会」に参加し、9時から長崎原爆資料館で長崎市長への平和メッセージを手渡すことになっている。さらに10時からピースウィーク市民集会へ参加するとし、11時2分の黙祷を含めて、11時30分頃に「ナガサキ行動」を終えることになっている。「黙祷」の場所はどのあたりであろうか。市民集会のプログラムに入っているのだろうか。
  間もなく11時2分、この稿を書き込んで私の「追悼」としたい。

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2017年8月 7日 (月)

安倍改造内閣と民進党

 政党の論理を超えたい市民の論理
 台風の影響が心配されたピースサイクル「ナガサキ行動」は、どうやら少々風が強いものの天候は回復して無事出発したことと思われる。ただ関東からの参加者は、格安航空の便が不明のようで、前日に現地入りできたであろうか。

 さて安倍内閣改造から日が経って、各界各層、マスコミの評価も出そろったようで、ここで“あと出しじゃんけん”のような感想を述べてもつまらないし、「安倍には辞めてもらいたい」と思い続けているから、誰が大臣になろうとさして気になるものでもない、といいたいがやはり一言触れずにはおられない。
 組閣のサプライズは、野田総務相と河野外相であろうが、やはり河野太郎の入閣が気になった人は少なくないだろう。だが野田や河野の入閣そのものより、そのことによる安倍内閣の支持率回復があるとすれば“癪に障る”というレベルかな。しかし、どうせそういうことなら発言力を増して安倍路線の軌道修正と悪しき問題点を明らかにする活動を公にしてもらいたい、とも考える。河野はつぶやき続けられるだろうか。
 また、麻生を留任させ、安倍や菅の「謙虚に、丁寧に」という口先だけの「低姿勢」は相変わらずで、骨格は変えないという言葉が本音である以上、「憲法改正云々」も含めて安倍改造内閣に何かを期待することよりも、まず野党の「民進党はどうにかならんものか」を心配したいし、そうである以上「野党共闘」を政党レベルの「政党の論理」に任せておけない気がする。
 維新の党の政治的路線はかなり明らかになってきたし、小池知事率いる「都民ファーストの会」が、国政に進出するかどうかも、「野党共闘」の骨格を形成する過程での留意点であろう。そして民進党と共産党の関係は、「連合」が絡んでいることもあり、「市民の論理」がぶつかる大きな壁だ。この壁、障害を乗り切ることが当面する「安倍打倒=憲法改悪阻止」の最大ポイントでなかろうか。
 とここまで書けば、ではどうすればいいのか。現実的に進行している市民運動の「市民と野党をつなぐ」運動をどう捉えるかを検証する必要がある。
 私は、この運動に賛同はしているけれども参加はしていない。それには「若い人たちの熱意に任せ、期待する」という面と「民進党を何とかすることが私的には現実的」とも考えたのである。では「何をどのようにして民進党を改革したいのか」と問われるのであるが、そんな「大綱」を持っているわけではないし力量外である。
 切り口を変えると、共産党の持っているような「組織性・人材・行動力・宣伝力」を民進党としても「常備」することであろうと思う。連合などの「組織的支援」に頼り、「後援会」レベルの地域基盤では、その半分は安定しない「浮動票」とみるべきで、状況次第でどう転ぶかわからない。ならば“奪い合う”のではなく共産党と競い、切磋琢磨して保守層(自民党支持層)を切り崩して支持基盤を広げる方策を考えたらどうかと思う。
  それには「特効薬」はないと考え、基本的な行動を着実に推し進めることだと思う。例えば、国会議員(候補予定者も)は、まず「政策通」になるべく学習と経験を積み重ね、街頭に積極的に出て良くも悪くも能弁になるべきだろう。「何がしたいか」のメッセージを広範囲に伝えなくては何も始まらない。マスコミをうまく利用する筋もあるにはあるが、それこそが「特効薬依存症」だ。議員個々の資質的伸長・発展があってこそ、国会議員数では共産党に優る民進党が“再建、再生”できる有力な手段の一つであり、野党第1党として主導できるのではあるまいか。もっとも離党者が止まず「分裂」か「解党」が進行中であるのなら話は全く別なのだが。
  次に、これも常套手段であるが、それぞれの選挙区内の地方議員を育て、増やし、ネット化していくことで党の政策が浸透し、基盤が固まっていくと考える。その発想があれば、無所属議員とも連携ができるであろうし、そうではなくいつも選挙上の「競争相手」ばかりの姿勢、向き合い方では、市民(運動)を巻き込んだ「市民・野党連合=安倍打倒・政権交代」の展望は見えてこない気がする。
  ここまでは「市民の目から見た政党への注文」ということになり、対する市民(運動)が、どのように「政党の論理を超える市民の論理・行動」をなしうるかが問われることになる。
  私は、このようなことはこれまでも何度か考え、書きつけてきたが、現実的には「実践」されていない。民進党と緑の党の「サポーター」に登録し、政党と市民運動の間を往来はしていても、「提言」をまとめ、その「核」となる小粒組織に着手するに至っていない「言行不一致」に陥ったままである。昨年の「あいちキャラバン」の運動をけん引したことが目いっぱいだったかもしれない。
  とあれこれ自問自答するのであるが、今はいつどんな形で現れるかもしれない、
わが身を投ずる「目前の機会」を見逃さないことに注意を払っている段階(レベル)である。

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2017年8月 6日 (日)

広島原爆忌(2)

 ヒロシマ行動2017
 私の中に「広島・長崎=原爆=反戦・反核」が根付いている根拠に、1960年代後半から70年代の20代の「好奇心=学習」で、「憲法・安保・自衛隊=核兵器」がある一方、40代半ばから取り組んだ「ピースサイクル運動」が根付かせたと思っている。
 2017ピースサイクルの予定では、7月19日に東京を発って、東海道、山陽道をリレーしたピースサイクルは昨夕、広島入りしたはずだ。そして「8・6ヒロシマ平和へのつどい2017~憲法破壊と腐敗の政治=安倍政権を根っこから打倒しよう!~」の取り組みがあって、6日の今日、午前7時から「市民による平和宣言2017」を朝日新聞に掲載した「ストップ改憲新聞意見広告」をチラシにしたカラー版を朝7時から原爆ドーム前で配布し、同45分から「グラウンド・ゼロのつどい(原爆ドーム前)」、8時15分から「追悼のダイ・イン(原爆ドーム前)」、同8時30分から「戦争させない!9条壊すな!核廃絶!8・6ヒロシマ・デモ(原爆ドーム前~中国電力本社)」さらに9時30分から10時30分まで「中国電力本社前・脱原発座り込み行動」と一連の行動が、「記念式典」と同時進行していく。この稿が書き終わるころ、「ヒロシマ行動2017」も、一段落することだろう。
 この日に思いをいたし心に刻み重ねて、1990年代のいつだったか、一連の行動に私も一度参加したが、近い将来、もう一度参加したいと思った今朝だった。


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2017年8月 5日 (土)

広島原爆忌(1)

  松井市長への平和メッセージ
 ピースサイクル東海道・山陽道のリレーは、今日の夕刻広島に到着し、「ヒロシマ行動2017」前夜の集いに合流したことだろう。
 ピースサイクル愛知としての松井広島市長宛の「平和メッセージ」は、日進市長からのものと共に、8月2日付で、広島ネットを通じて既に送り届けた。その内容は以下の通りである。

    ピースサイクル愛知からのメッセージ
  忌まわしくも忘れ難き「戦禍・戦災・被曝・敗戦」の、72年目の日本の夏がやってきました。
  戦争なき平和な社会の中で生きることとそのための努力を惜しまないこと、そして、かつてそのような渦中に巻き込まれて多くの人の命が奪われ、傷ついたことを忘れてはなりません。とりわけ広島、長崎の原爆の被災・被爆と、住民を巻き込み戦場と化した沖縄の悲惨な歴史を忘れてはなりません。繰り返してはなりません。
  私たちは、このような思いを込め、「非戦と平和」「全ての核の廃絶」を背負い、訴えて全国の仲間と共に、「ピースサイクル」運動を続けております。今年で32年目を迎えました。
  この自転車リレーの「平和のメッセンジャー」たちが7月19日に東京を発ち、神奈川県、静岡県を経て、26日から28日にかけて私たち愛知の仲間がつないで岐阜県にリレーし、8月5日には広島に到着し、この「平和メッセージ」をお届けします。
                                     ◇
  8月6日を迎えるにあたり私たちは、「原爆の日(原爆忌)」の記念式典で貴職が読み上げる「広島平和宣言」に注目しています。それは広島県民のみならず、広く私たち「被爆国日本、日本人」の、平和と核兵廃絶の希求、その決意を示すものであり、世界へ発信するものになるからです。
  そんな時、7月7日、ニューヨークの国連本部で行われていました核兵器禁止条約制定交渉会議で「核兵器禁止条約案」が、国連加盟国中120ヵ国以上の参加で賛成122という圧倒的な数で採択されました。ある意味では画期的であり、私たちの悲願の成就でもありました。しかしながら残念なことに、世界で唯一の被爆国であり、核保有国と非保有国の橋渡し役を求められていた日本はこの会議に不参加を表明してしまいました。
  報道によりますと、被爆者の代表として国連で演説を行った日本原水爆被害者団体協議会の藤森俊希事務局次長は「日本政府はこれまで唯一の戦争被爆国という枕言葉をよく使ってきたが、その唯一の戦争被爆国は私たち被爆者が期待することと全く逆のことをしており、賛同できるものではない・・・」と語りました。
  このような日本政府の態度に残念・遺憾を越えて“怒りすら”覚えます。それでも私たちは、ここで落胆し諦めるわけにはいきません。貴職が、加盟都市6,700を超えた平和首長会議の会長として「強い怒り(抗議)と更なる核廃絶の決意」を日本政府にぶっつけ、世界に示してほしいと願うものです。
                                    ◇
  さて私たちの求める「全ての核の廃絶」は、「核兵器」はもちろんですが、「原子力(核)発電」も含まれます。あの2011年3月11日の、東日本大震災、東京電力・福島第1原子力発電所の事故(震災・人災)から6年と4か月余が経とうとしていますが未だ収束(終息)の見通しは立っていません。いまさらに原発事故の深刻さに驚愕してしまいます。そしてそれは、広島、長崎の原爆・被曝が重なってしまうのです。
  世界から「核の脅威」から解き放たれるためには、核兵器に使われるプルトニウムを生み出す原発をなくすことが欠かせません。その意味からも原発を含めた「すべての核」の廃絶こそ、「原爆許すまじ」に繋がっていくものと確信しております。どうぞ、「原発ゼロ」に力をお貸しください。
  ピースサイクル全国運動は、「沖縄ピースサイクル」が、6月20日から23日の「沖縄慰霊の日」に向けて取り組まれました。また8月7日から佐賀県玄海町(九電・玄海原発)を出発し9日に到着する「ピースサイクル・ナガサキ行動」、そして8月18日からは「青森県・六ヶ所ピースサイクル」の取り組みがはじまることをお伝えいたします。
  最後に、貴職のますますのご活躍と、非核・平和への取り組みを期待しております。

                                2017年8月2日
                           ピースサイクル愛知

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2017年8月 2日 (水)

広島、長崎の原爆忌へのメッセージ

 気持ちを込めて投函した(広島市長宛)
 ピースサイクル愛知は7月28日に終えたが、8月6日広島、9日の長崎の「原爆の日(原爆忌)」に向けた運動は続いている。
 毎年、自治体から預かったメッセージと、愛知からのメッセージ、時々は、私個人のメッセージを届けることにしているが、今年は、日進市長、ピースサイクル愛知、私の3通を松井広島市長宛、田上長崎市長宛に今日の午後投函した。以下が、名古屋市民として気持ちを込めた私のメッセージ。両市長宛ての内容はほぼ同じである。

           全ての核の廃絶を求めるメッセージ

  8月6日の「広島原爆の日(原爆忌)」を迎えるにあたり、名古屋市民の一人して、また「ピースサイクル運動」参加の一人として「非核・平和」のメッセージをお送りしたいと思います。

 テレビに目をやれば、また新聞を広げれば、悲惨な交通事故のニュース、酷い子どもの虐待記事、集中豪雨などの災害などが報じられています。
 一方で安倍内閣の大臣の暴言、傲慢な態度も目に余るものがありますが、安部政治の根幹に安全保障の名の下での集団的自衛権行使容認を盛り込んだ「安保法」、テロの防止をうたいその準備をも罰するという、いわゆる「共謀罪」の制定あるいは「盗聴法」等々、これら一連の法整備は、平和憲法の下、戦後70有余年の「平和日本」の歩みを止め、歴史の歯車を逆転させる「戦争のできる国造り」であり、危険極まりない状況にあります。
 それでも「平和」であることの尊さは揺るぎません。

 思えば、1944年生まれの私は、幼少期の“貧しさ、空腹感”は忘れ難いものがありますが、小学校、中学校の教育を受けることができ、職にも就くことができ、何よりも戦争下の恐怖に曝されることなく「平和な時代」を過ごすことができたことに“安堵感”を禁じ得ません。
 そのように思えば思うほど、この時代が子供や孫たちの代まで、いや永続的であることを願わざるを得ません。それは、被爆地広島、長崎のみなさまが“二度と原爆許すまじ”の思いを強くお持ちになっていることと通底するものと思っています。

 私は「ピースサイクル運動」に参加する一人としてまた、世界の全ての核の廃絶を求めてご尽力されている貴職の応援団の一人として、「広島原爆の日(原爆忌)」を共に迎え、歩み、心に刻み、ここにメッセージを送るものです。
 加盟都市が6,700を超えた平和首長会議の会長として、貴職のますますのご精励を期待いたしております。
                                      2017年8月2日

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2017年8月 1日 (火)

腰痛を発症

 “キヲツケ!ヤスメ”のサインか
 昨夜になって比較的静かだった「腰痛」が暴れ出した。椅子からの立ち上がりはもちろん、どうかすると歩行で片足に重心がかかった時、“ガクッ”と腰が落ちる感じするのだ。
 横になって片足を挙げてもそれほどの痛みはなく、ヘルニアでないことは確かだ。約半年間の“引っ越し”のあれこれに腰をかがめる、重いものを運ぶなど、随分腰に負担をかけたから、疲労の蓄積が耐久容量を超えてしまったのだろうと思う。
 引っ越しのあれこれでなした仕事量は変わらなかったであろうから、多分、肉体年齢の差がここにきて出たと思われる。気持ちの方はそうした自覚がなかったので業者に依頼することもなく、親類、友人に助太刀を頼むことは少なかった。ここのところの判断に幾らか誤算があったようだ。
 であったにしろ、痛いも痒いも、辛いもくたびれるも、もうこんな状況は2度とないことは間違いないところ。腰の痛みを感じながらも、“やり切った”という思いの方が強いことは確かだと思う。結局体が“キヲツケ!ヤスメ”のサインを出して来たのではないだろうか。

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