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2017年8月22日 (火)

CGSU運営委員会

 議題についていけぬ “迷妄”にあり
  8月例会は、会員の再登録の現状と会計。ユニオン共同行動の見直しと新しい方向。労働運動関係資料の保存と有効活用などの構想を進める前段の「大阪産業資料館」見学について。活動誌「結」の発行計画。ユニオン学校の報告と今後の予定。「レーバーノーツ」を迎えての「名古屋講演会」の受け入れ準備。「現代労働負担研・名古屋集会」の開催受け入れ準備。「労働法制改悪阻止」に向けた行動について、など盛り沢山の議題であった。
  また個別的な要請、話題としては、「ロシア革命から100年」に関する何らかの企画構想。「化学産業複数組合連絡会議」という労働団体が、30年を記念して「組合つぶしと闘い抜いた労働者たち」という記念誌を刊行したことの紹介。「産業別職種別ユニオン運動」研究会の第1回例会(発足記念シンポジウム 於東京)の紹介などがあった。
  これだけを紹介すれば、この団体(CGSU:ユニオンと連帯する市民の会)の活動の概要が分かるだろうと思う。そうである一方、労働運動と距離がある人、領域の違う市民運動の人たちから見れば「?」「・・・」も多いかもしれない。
  実体として労働運動と市民運動が出会う場所は幾つもある。例えば「安保法、共謀罪、秘密保護法」などの政治課題、また原発問題は日常的な合流地点であろう。状況によっては「選挙」も共同の機会である。しかしながら労働運動が(力量の問題もあるが)運動を全方位的に把握し展開するのと違って、市民運動の基本は「シングルイシュー」であるから、どちらかといえば市民運動的課題に労働運動が合流していく形が多いのではないかと思っている。
  ということで私の場合は、原点・出自は労働運動であるが、「労働運動と市民運動は表裏一体=コインのウラオモテ」と考えて地域活動に参加していたので、一応いつも「合流地点」近くにいることが多かった。しかしそれは、いいかえれば「二股」であって、運動の「深堀」ができていないというあいまいな立ち位置ともいえなくもない。もっともそれを十二分にこなしている人もおられるわけだから、ひとえに私の能力不足といえる。
  それで今日の議題をずっと聞いていて、私の中にすとんと落ちるものがなくて、“居場所”が見つからないもどかしさに揺さぶられた。たとえば私は「レーバーノーツ」というのはアメリカの労働団体の全国組織であるが、この2年ごとの1997年・デトロイト大会に参加した経験を持っている。しかしもはや20年の歳月が経って、今に活かす経験的なものあるいはその雰囲気すら霧消してしまっている。私はそれを「労働運動は、その現場に立ってこそ運動感覚が研ぎ澄まされる」それがないからだ、と信じている背景がある。だから現在的地点では、「末尾、末席にいて、経験・知識が役立つ機会があれてばそれに応える」という退いた姿勢に終始することになる。大先輩からは“まだ老いる歳ではない”と発破をかけられたこともあったが、今やその大先輩も先立たれあるいは音信さえ不通となってしまった。
  こんな“つぶやき”は、何の意味もないが、改めて“私は今、何をなすべきか”を問う機会でもあった。会議が終わって帰路を共にした人も同じような感想を漏らしていたが、その人の場合はまだ目はまっすぐ前を見ているようであった。
  さて明日は何からはじめようかな。

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