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2017年6月 6日 (火)

3度目の語り、でした

 地域共同行動の基盤形成
 今まさに「共謀罪」阻止の真っただ中。“果たして全力で戦っているだろうか”という忸怩たる思いがある一方、“かといって、アソビ呆けているわけではない”と自分を納得させている。しかし・・・、そのように個人的には対応しているとしても、安保法・緊急事態条項にしろ、この共謀罪法にしても、これを阻止しようとする側の「総力」が結集されなければ、国会で圧倒的多数を握っている安倍与党の“暴走”は阻止できない。
 1970年代後半から1990年代にかけて「地域労働運動」を進めてきた私にとって、労働運動だけでなく市民運動とも共同し、住民運動も巻き込むような「地域共同行動(総がかり的)」とその「基盤形成」が大きな目標であり、その中に、名古屋労連の運動、愛知全労協の運動も包摂されていたという認識、これが基底にあって昨日の、今年になって3回目の「語り」の機会であった。
 今回も、話の内容の概要(といっても話した内容のほぼ全て)の冊子「C&Lリンクス愛知第77号」を用意していた。それはかなり広範囲にわたっており、比較的少人数の場であったので、予め重点的に報告してほしい項目の希望を募った。しかし特に要請はなかったので、私自身の運動の“向き合い方、生き方”みたいな、やや情緒的な話から入って、それに時間費やした。というのも、参加者の顔触れからして、自己紹介的な語りとこんにち的政治状況の「序論」は省いたからでもあった。
 参加者は、第一線の活動家であり、労働運動、市民運動にも通じている人たちであったから、比較的知られていないであろうとの想定で、第1章の「愛知の地域闘争」、新幹線公害問題・沿線住民の闘い/設楽(したら)ダム建設反対運動/境川流域下水道問題/藤前干潟埋め立て問題/米軍依佐美基地撤去の運動/名古屋オリンピック誘致問題/2005年愛知万博問題/2016年の「あいちキャラバン」について重点的に話を進めた。これはあまり知られていない、ということと同時にこの愛知県全域、或いは県境を越えた、オルタナティブな「地域共同行動、総がかかり的な取り組み」の重要性を知ってほしかったためである。
 第2章の地域を巻き込んだ労働争議・運動、本来ならこの章(1)1970年代の「三菱重工・四方君を守る会」の争議・運動(2)1980年代の「名古屋労組連」が本題であろうとは思った。三菱闘争では、全国運動まで広がったことと、「4つのスローガン」が定まるまでの経緯、背景、苦悩、公然活動、非公然活動などを紹介し、名古屋労組連運動では、どちらかといえば、結成に至る「前史」を重点にしたが、全体としてはかなり端折ったものになった。
 第3章の働く者の国際連帯活動では、一昨日(4日)の場で話した内容と同じで、私の体験的なものとして世界自動車会議・ソウル/レイバーノーツ・デトロイト/フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援運動/APWSL愛知の場合の4つを紹介した。そこでアメリカにおける「運動資料の保管、管理、利便性」を紹介し、対する日本のそれの貧弱さ又は意識の低さについて、ユニオン懇談会でも話が出たことと併せて話をした。また追加としてIMF・JC(交際金属労連・日本協議会)の元役員、三菱電機労組の元委員長・久野治氏が提唱した「アジア春闘論」を紹介し、私たちの運動(春闘)が国際的に見たら「身内的(自分たちの労働条件の維持向上だけに関心がある)」過ぎたのではないか、私はその話を聞いたとき“目から鱗”みたいな衝撃を受けたことを話したが、全体としてはかなりの内容は省略したものとなった。
 ここまですでに多くの時間を費やした。第4章の様々な活動の中で得た、経験と教訓など、終章の現在地点の課題も、8項目を取り上げたが多くは本文を読んでいただくことでほぼ省略した。
 最後に、4日の時と同じように、参考資料として「ATUサポート市民の会・結成宣言(2008年)」の冒頭部分を読み上げて締めとした。これは、私自身が運動にかかわってきた気持ちというかスピリッツみたいなものとして起草した経緯があったからだ。また参加者はほぼ(元)国労組合員であったこともあり、噛み合ったものになったと思っている。改めて再掲する。
 結成宣言の冒頭部分。
 「古来、労働は暮らしの中心をなし、生きる糧とし、喜びとし、人と人とのつながりの結び目としてきました。
1987年の国鉄の分割民営化は、鉄路で働く人々を分断し、退職に追いやり、職場で憎しみと競争を煽り立てただけでなく、日本の隅々まで行き渡っていた線路を断ち切りました。それは、日本人が育んできた北から南までの『和(輪)の心』を断ち、労働への畏敬と連綿と受け継がれてきた働く者の団結をも破壊してしまったといっても過言ではありません。・・・」

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