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2017年4月19日 (水)

名古屋市長選挙(5) 2005年の選挙では

 2005年の選挙資料を見る
 今度の日曜日が投票日であるが、この選挙に当たっては「いわき支持」である一方、その選挙、政策について“私ならどうする”“もし私が候補者なら”の構想を持っていたがそれは断念した。直接関わっていないからだろうが、書き始めるとなんだか他人事のような「総括」的な内容になってしまうのである。
 そこで、2005年当時編集発行していた「環境くらしを考える緑ネットワーク」に、下記の「2005年名古屋市長選挙を考える」に合わせる形で、「町づくり考」というシリーズを連載していたので読み返してみた。項目としては、「名古屋城の木造化」はさすが入っていないが、基本的な「環境、教育、自治、福祉、人権、文化」であったがその資料と今を見比べた。
 項目だけ挙げると最初は、「町づくり考1、これからの私たちの町の未来図の一部~名鉄鳴海駅前の再開発事業についての雑感」「町づくり考2、都市計画道路・敷田大久伝線を考える」という「地域の課題・緑区」を書いてそこから構想が広がっていったというのが経過だった。そして「町づくり考3、環境について~①自然の保護・保全②再生事業③ゴミ問題」を取り上げた。続いて「町づくり考4、教育~①いじめについて②自活・自立への一歩③国の教育政策に目を向ける-教育基本法の改正問題」を書いた。続いて「町づくり考5、自治とは何だろう~①選挙を考える②情報について③何ができるか、何からはじめるか④こんな事例はどうか⑤何かやれそうな予感が」「町づくり考6、福祉~問題の陰に子どもあり、“介護”はすぐそこまで①ゆりかごから墓場まで②制度と自立と共生と③課題別で考えてみると1~7」「町づくり考7、人権~無関心、“共に生きる”の欠如が人権侵害の根っこ①命が失われてはじめて②衣食足りて礼節を知る、は本当か③人として生き、人と交わる④人権思想⑤弱い立場の人に集中する1~5⑥自覚、地域活動、社会への関心・・・・「町づくり考8、文化~」の資料は埋没。
 一方名古屋市長選挙では、シリーズ「2005年名古屋市長選挙を考える」で、2004年9月(第56号)の第1回から、2005年3月(第60号)の第5回まで連載された。
 この選挙の結末は、3期目をめざした現職松原武久(68、無現、自・民・公推薦)が、榑松佐一(49無新、共推薦)を破って当選した。得票は、松原320,149票、榑松139,576票であった。 
 実はこの選挙では、当時衆院議員の河村たかしが一度は立候補を表明したが、民主党を含め政党の支援が得られず断念した経過があった。そして次の2009年の選挙で初当選するのである。
 ところで2005年の選挙で敗れはしたが、共産党が推薦した榑松佐一はどんな政策を掲げたであろうか。キーワードを「くらし・参画・次世代」とし、1)「ポスト万博」はくらし、①増税反対、②徳山ダムから撤退、③公共事業の6割を中小企業に。2)情報公開と参画で市民の声が届く市政に、①市長退職金の削減、②町づくり条例、女性の参画、女性の助役。3)“次世代”(明日)に架ける橋、①子どもの総合対策、「子ども局」「権利条約」保育助成、②30人学級、③若者の雇用対策、他。などであった。
 こうしてみると、表現は違うが、いわき候補が重視する「子ども」の問題はいつの時代でも重視されるべき課題といえる。ただ選挙という状況の下では印象がやや薄い。「争点」として河村の「市民税減税」「議員、市長の歳費半減」「名古屋城天守閣の木造化」、何かといえば「日本一」が受けがちなのである。
 経験的に感じるのであるが、「対抗馬としての」まっとうな政策を掲げ、実務にたけ、誠実をモットーとする候補者が意外と苦戦するのはどうしてだろう。つまり「現職」が強いということだ。今回もその例に漏れないとしたら残念であり、なんとか前例を破ってほしいものだ。

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