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2017年4月 6日 (木)

名古屋市長選挙(2)

 いわき推薦葉書を書く
 選挙運動の「事前運動・活動」は、本番以上にやっておくべきことがたくさんある。その一つが推薦選挙はがきであるが、その効果のほどについてはいつも首を傾げる。けれども、相手候補が取り組んでいる以上放っては置けないし、書いてもらうこと自体が運動でもあるから、やはり書くことになる。
 私は50枚を預かり、間違えて市外の友人の名前を書いて2枚をミスしたので、48枚を今日送り返した。
 いつものことながらコメントを付けた。「岩城さんを推します。<名前と住所> 河村市政の行き詰まり・限界が見えてきました。アイデアも思い付き、独善的で根拠が希薄です。原発反対はいいが、大量電気消費のリニア推進は戴けません。名古屋市政は堅実な岩城さんにバトンタッチ!」ここまでは印刷。そのあとに自筆の一言、といっても、疎遠になっている人数人だけ。
 事務所の様子は知らないけれども、この葉書はどんな扱いがされるのだろうか。まずは規定の総数のカウントがあるだろう。次に「重複」の分別作業があるがこの判断が難しい。規定枚数以下の集約であれば、重複したまま送り出すことになるが、オーバーした時どれを残し、どれを割愛するか。折角書いて戴いたものが生かされないこともあるが、たまたま“推薦はがきを書いて送ったけど、よろしくね”“えっ!来ていないよ”なんて会話が交わされたら大変。「重複(ダブって)していたから、ごめん!」で納得していただければいいが、多くは“なんで俺のが・・・”となりがち。ということもあって、最近は、重複してもそのまま出す傾向にある。また、「仕分け作業」が大変(人手がない)ということもあり、やらないのかもしれない。
 かつては、全逓労組から応援団が来て、仕分けと宛名の間違い、転居などをチェックしていた時代もあったが、最近は聞かない。
 では規定枚数をオーバーしたらどうすればいいのだろう。私が思いつくのは、呼びかけ人14人が書いた葉書をまず除外する。賛同者が100人近くいるが、この中から「了解が得られそうな人」から順番に除外していく、というのはどうだろう。(私は該当者)これも結構面倒な作業ではあるが、やるしかない。実際は、規則違反の葉書、「転居先、宛先不明」のはがきを抜き出すのが最初だが難しい。
 また、選挙情勢からみて、不利と判断される地域を優先することも考えられるが、これまた難しいことだ。さらに、支持政党の“仲間内”で出し合うことが多いように思われる。これの対策は、「同じ考えの仲間より、無党派と思われる人を優先してください」という「注」を添えることも一策かなと思うが、ここに至っては時期遅しで役に立たない。またそういうことになると葉書が上がってこないというリスクがないとは言えない。結局こうした「判断」は、選挙事務経験豊かな人の「勘」と「決断」に委ねるしかない。ブログ(1)は3月7日にアップ。

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コメント

偶然、名古屋の方のブログを先週発見し、過去のものも
読ませていただき、共感しまた敬意をこめてコメントを書いています。この時勢、ネット社会の恐ろしさから身を守るために、コメントや名前とアドレスの公表はしないで下さい。
私は、2015年9月頃から、安保法案の国会審議前後から籾井前会長に握られたNHKが国会中継をまともにしなくなったことに強い怒りを感じ、インターネット国会中継をライブとアーカイブで見られことを見つけました。このインターネット国会中継をパソコンで見ようとする人が余りいないことが残念でなりません。「知る権利」は自分で守らなければならないと思いますが、時間のない働く世代、時間も関心もあるのに、パソコンが苦手なために、国会の質疑が見られないのはとても残念です。3月16日の衆議院安全保障委員会での横路孝弘議員の年表と国会図書館の資料を使っての52分のスピーチはすばらしいものでした。また3月30日深夜の杉尾秀哉議員とNHK新会長上田良一氏との討論は、愚かな籾井の後をこんな良識を持った人によって改善されるかもしれないと期待を持ちました。そして杉尾秀哉も上田氏も共にNHKスペシャル「シリア 絶望の空の下で」をNHKならではの優れた報道番組だと高く評価し、杉尾氏は、そのスピーチの途中で、涙声になりました。上田会長は全国53のNHK放送局をすべて回ったそうです。私は「シリア 絶望の空の下で」を杉尾氏に
教えられてYoutubeで見ました。こういうことを私の世代のパソコン苦手の人に、「知る権利」を奪われたままではダメと思って、一人ずつ、教えてあげています。私は75歳ですが、女性参政権がなかった時代の母が今生きていたら、きっと同じようにするとおもいます。母は治安維持法で拘留され拷問を受けています。父は学連事件で検挙拘留され戦争中は予防拘禁で牢にいました。日本国憲法のGHQ案の元になった憲法研究会で草案のまとめ役になった憲法学者の鈴木安蔵はその父の義弟ですが、おじさんがそんなことをした人だというのは「日本の青空」という映画を豊橋愛知学院大で、従姉の理知子さんが映画の後で話をするときいて見に行った時でした。[時代に問われて生きる」と大昔に新聞投稿したことがありますが、採用されませんでした。採用されなくても私が今までに書いた最良の投稿原稿はこれだなと今、改めて思っています。
私はブログをしませんでしたが、80歳でワープロに向かって自分史や旅行記を書いた母を見習って、これまでの投稿原稿や随想を見直してみようとおもっています。長々とかいてすみません。ブログをしっかり読ませていただこうとおもいます。ただ旅行が好きなんですね。気まぐれをお許しください。

投稿: | 2017年4月 7日 (金) 08時04分

冠省。
 感想などをお寄せくださり有り難うございます。全文を読ませて戴きました。
 このような選挙の機会では、普段考えていることの「私ならどうする?」という自問自答の機会となりますので、比較的正面から向き合うようにしています。
 独りよがりのところもあるかもしれませんが、「意見の開陳」こそが大事なことと思って書いています。
 古希を越えた現在、「気力」と「あきらめ」が競うことが多くて、筆ならぬ指先が鈍りがちです。
 「私が市長候補なら」を書いてみたいと思いつつ、先延ばしになりがちです。 以上。

投稿: | 2017年4月10日 (月) 14時58分

おはようございます。
反応して下さって有難うございます。
まったく知らない方との交信は多分初めてです。、失礼なことを書くことがあるかと思いますが、あらかじめお許しくださいとお願いしておきます。
「わたしならどうする?」という発想は、とても大切だと思います。私が高校時代に世界史を習った先生は、最初の授業で、「自分がその時そこで生きていたら、どうしただろう」と考えろといいました。

論点がずれているかもしれませんが、「当事者意識」や「もし自分が市長に立候補したら・市長になったら」という考え方は、とても前向きで積極的な関り方だと思います。よりよい社会を作るには、という発想は、具体的に実現可能な考え方を自己点検することになっていると思います。

「気力と諦め」が競い合っているという状態は、私自身と重なります。この日本の様々な局面ををみて、この国はもうダメだというあきらめが胸を締め付け、でも、まだやるべきことがあるんだ、と自分を励ましていかねば、「自分がすたる」という自分自身へのプライドをすてたくない。私自身はその間で、「遅すぎるかもしれない」という思いが拭えません。

絶望を共有してはダメだと思いながら、私は孤立感を逃れられず、ただ自分で出来る最低のことは逃げてはダメだと思っています。集会やデモに、数年前までなら、人を誘っていましたが、今は人を誘わなくなりました。忙しかったり、家族のことで大変だったり、でも、「私達が生きている間は戦争にはならないでしょ」と言われてガクッとしました。この人は、と思っていた人でした。結局「切迫感」や「距離感」が違うのです。

3月30日の参議院の杉尾秀哉さんがNHKの新会長に公共放送局の責任者としての姿勢を質す質問の中でNHKスペシャル「シリア 絶望の空の下で」をNHKならではの優れた番組だと紹介しながら、思い出したのか涙で声を詰まらせる姿を見ました。インターネット国会中継参議院3月30日杉尾秀哉で検索すると今でも見られます。
その後、グーグルクロームで「NHKスペシャル」を検索してこの番組をみて涙が止まりませんでした。

まだご覧になっていなければ、是非ご覧ください。
今日は京都で何か集会があると聞きましたが、別にどうしても見たい15日まで大阪堺?での「つちびと可南」の展覧会の方に傾いています。

またよろしくお願いします。
ニックネーム Catherine !!!

投稿: | 2017年4月14日 (金) 08時01分

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