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2017年4月 4日 (火)

お花見が・・・

 花よりおしゃべりでした
 先週の土曜日に知人から“ランチして、近くの桜を見に行きませんか”と誘われ、別の予定をキャンセルして出かけた。あいにく午前中は雨ということもあって、ランチの後は、知人宅でおしゃべりの時間となった。そしてその窓からは50メートルほど先の川沿いの満開の「早咲き桜」を見ることができたのだった。
 テーブルを囲んだのは中学の同級生3人と女性教師で保健体育担当の恩師であった。年齢で言えばもう80の半ばにかかろうとするのであるが、すこぶる元気な様子で、60年近く前のことが次々とよみがえってきた。
 私が少し関心を抱いたのは、当時の中学の「女性教師」しかも教科が「体育(保健)」ということで“女性というだけで・・・いろいろなことがあった”の「いろいろ」についてであった。たぶん教員の世界について「男の社会、加えて体育という教科」と言うことの問題であろう。私は、この世界(職域)の実態などを知る由もないが、後年になってから知る「古くて縦型社会」「学閥社会(愛知学芸大、現愛知教育大という学閥)」のかけらほどの“うわさ”は聞いたことがあった。
 “O教頭は、校長にペコぺしているくせに、一般の教員の前では偉そうにふるまい、それに追随する先こう(先生)も・・・”“H先生は、優秀な先生だが、出身が名古屋大学ということで冷や飯組らしい”などは、それほど意識的ではなかったが耳にしたのだった。
 蛇足だが、私が地域運動で交わった中にも教員の人は、そこそこいた。そうした人たちから受けた印象は、やはり物事の理解が早いし判断も早い。そしてリーダーシップ型の人と“自分の世界”を持って対応するタイプがあるなと思ったのだった。個性的な人が多かったといっていいかもしれない。
 話の中で「水泳の授業」の話が出た。私の在学中には、プールがなかったので水泳の授業はもちろんなかった。もし水泳の授業があったなら、“金づち”私の成績評価は低かったに違いない、ということもあったが、恩師曰く、赴任先が別のS中学校ではプールがあり“女生徒の中には、水着になることを嫌がって(恥ずかしがって)休む生徒もいた” とか・・・。
またその当時にも、子どもの「通知票」を見て、親が怒鳴り込んできたこともあったという。その成績結果の説明のために克明な資料(データ)も作ったという。
 とにかく「体育の女性教師」が少なかったこともあって多忙を極めたといわれたが、話を聞く中で「生徒との接触時間」「授業準備」に時間の多くを割かれたことが知れて、文字通り「教師」といえたのではないだろうか。それでは現在は何と呼べばいいだろう。一部のことではあるが、「授業マシーン」は言い過ぎであれば、「講座担当人」とか単に「指導員」は無礼か。もっとも現在の教育現場を見ているわけではないので、“不祥事”がニュースで明るみに出る程度からの推測であるが。

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