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2017年2月25日 (土)

ユニオン学校・私の場合(1)

 過去の「遺物」ではなく、現在に活かすものに
 少々荷が重いなあと思いつつ、それなりに原稿の執筆を進めて、「C&Lリンクス愛知・第76号」にまとめることができたのは、「語り」としての成果はともかく、私自身にとっても一つの収穫であったと思っている。
   「リニア中央新幹線の公聴会」で公述したのが数年前のことで、「語り=講演」なんて15年近くもなかったし、ここのところ「声量」が落ちていることは自覚していた。1年ほど前に「耳鼻咽喉科」で、内視鏡検査を受けたほどだ。
  かといって、足を運んでくれる人の前で、「一夜漬け」みたいな話はできないから、原稿のほぼすべてを事前に配布しておいたことでご容赦願った。
  それで、何から切り出そうと苦慮した結果、以下のようにスタートした。
                               ◇ 
  ~最初から余談になりますが、最近私は二つの映画を観ました。最近の話題の映画といえば、アニメの「君の名は。」ですが、見た人はおられますか?
 実は私は観ていません。観ていませんが、「君の名は。」がレコードのA面とすれば、B面のアニメ映画「この世界の片隅に」があり、先週観ました。そして今週の月曜日に、アメリカ映画の「ニュートン・ナイト」を観ました。
 ここでは、映画の内容までは話しませんが、簡単に言えば、「この世界の片隅に」は、昭和初期から戦争が終わるころまでの、広島・呉で暮らす一人の女性「すず」の淡々とした日常を映したものです。軍都呉市の空襲や広島の原爆投下などがありますが、反戦映画というわけでもありません。
 もう一つの「ニュートン・ナイト」は、副題に「自由の旗をかかげた男」とありますが、19世紀アメリカ南北戦争が舞台です。結論から言うと、「リンカーン大統領よりも早く奴隷解放を実現するなど、真の自由を求めて戦った実在の人物」の物語です。
 なぜこの映画の話をしたかというと、私は、「すず」とは全く違うけれども私も「この世界の片隅に」生きてきたんだ、それで「この世界とはどんな世界だったのか」と自問したわけです。みなさんは「どんな世界」に生きてこられたのでしょうか。
 そして、「ニュートン・ナイト~自由の旗をかかげた男」では、私たちはリンカーン大統領の、19世紀(1863年)アメリカ南北戦争中の,ペンシルベニア州ゲティスバーグで行われたリンカーン大統領の「ゲティスバーグ演説~その最後の、人民の,人民による,人民のための政治」は歴史で学び、よく知っていますよね。リンカーンの「奴隷解放宣言」も有名です。ですが、それ以前に、名もない南軍の衛生兵「ニュートン・ナイト」がそれを実践していたという事実が大事です。
 結局、私たちのやってきた「労働運動」「地域運動」は、マスコミで取り上げられることは殆どないし、何とかの褒章とか表彰を受けるというものではなく、地道な運動といわれようと「この世界の片隅に」いて、ゴーギャンの絵ではありませんが、『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』(1897年から1898年にかけて描いた絵画)という自覚、自己確認が必要かなあ・・・と。これが今日の話の背景の一つです。
 (以下は言い忘れ)自分の中に「GPS(全地球測位システム)」をもったらいいだろうと、ふと思ったわけです。
                ◇
  本題に入る前に「序」を話した。
  ~今回のテーマは「地域労働運動について~名古屋労組連の闘いから」となっていますが、「市民の会」の代表から、二つの意見、要請が寄せられました。その後段の部分ですが、「・・・『少数派労働運動』の経験を活かして・・・体験を過ぎ去った過去のこととして置き去りにして括ることなく、今につながるものを抽出してぜひ語っていただきたいと思います。この点、つまり今の市民の会の活動に生かす観点からぜひとも補強して話をしてください・・・」と。私にとって難しい課題だと感じておりますが、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています、と応じた。
  続いて、・・・改めて言うまでもないことですが、今、私たちが置かれている政治的状況について少しだけ触れておきますと、(実際はかなり端折ってしゃべりましたが)第2次安倍政権以来、「集団的自衛権容認の閣議決定」「特定秘密保護法」ばかりでなく最近では、「安保法」に「緊急事態条項」さらには、「テロ等準備罪」の新設を目論んでいます。自民党では「憲法改正」の発議を本格化させようとしています。
 大きな犠牲を払って得た「平和憲法」の、第9条だけではありませんが、改悪の危機に曝されています。そればかりでなく、原発再稼働がなし崩し的に進められています。沖縄辺野古新基地建設が強行されています。もちろんほかにも多々ありますが、要は「アベ政権」そのもの、自民、公明、維新の「改憲勢力」が国会で3分の2以上の議席を占めている現状があります。
  ではそれに対抗する勢力はどうなっているのでしょう。まず、野党第1党の民進党が今一つシャキッとしていません。「野党共闘」が広く呼びかけられていますが、「自民党と組んでも共産党(旧社会党左派)とは組まない勢力」がいて、それが阻害要因となっています。その典型が労働組合最大の団体「連合」ではありませんか?
 つまり私たちは、「アベ政権は許さない」「野党は共闘」と叫べども、眼前に「連合」が立ちはだかっていることを強く認識しなければなりません。
 昨今の活発な市民運動でも「連合」が阻害要因になっていることは、「脱原発」運動で認識が広がってきていますが、「連合は許せない」とまでは行き着いていません。
 今や、労働組合の中央組織「連合(日本労働組合総連合会)」は、正規社員の既得権擁護団体、労使一体となって「市民的要求・課題」例えば原発反対運動の壁となって、敵対する組織に成り下がってはいないでしょうか。
  そこで、というべきか、だから私たちの登場、やるべきことが見えてくるのではありませんか?市民運動と連携し、「連合」に物申す、とすれば、それは私たち「まっとうな労働運動」めざす者の仕事でしょう。「CGSU」の運動も「ユニオン学校」の意義も、大きく言えば、ここにあると考えます。
  「連合」でも「全労連」でもない労働組合・ユニオン、労働団体が「連合」に対して、何らかの申し入れ、ここでは「連合愛知」に申し入れするのも一つの動きにはならないでしょうか。

  予定ではここまでで6分であったが、多分10分くらいかかった。後段で司会者から再三再四「時間です」促される羽目となった。 (続く)
 

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