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2017年2月 5日 (日)

緑の党東海本部の総会・2

 青木秀和さんの「講義・経済論」に興味
 昨日の総会について、つい愚痴ってしまったが、午前中に設定された記念講演で、地元の経済学研究者・青木秀和さんの講義「脱経済成長思想の可能性を探る~その思想はどうすれば国民に受け入れられるのか?~」が、非常に難しい割には、“なんとなくおもしろかった”ところがあった。
 「脱経済成長」は、緑の党の「党是」みたいな位置づけとしてある。そこで、現状がどうであって、そこから導き出される経済にあり方-それは“くらしの在り方”でもあるにだが-について深掘りしてみようというものであった。
 青木さん曰く、レジュメを示して「この内容は、大学で講義するとしても1年はかかる」代物だという。それを90分ほどで読み解くことは、説く方も大変だが、聴く方は予備知識なしなので、“なんとなく、わかったような、わからないような”あいまいなまま耳を澄ませて聴くしかなかった。
 まず「年金財政」を例にとって「経済成長がないと困る」かどうか。現実は年金支給額が保険料と国庫負担を合わせた額を上回っているから、4,8%くらいの経済成長があって、その運用益で賄うことになる。経済成長がなければ(運用益が必要額得られない場合)「年金積立金」を取り崩すことになり(現実)、それはいつの日か「枯渇」して、年金制度は破たん、崩壊する、というのが現状認識だという。
 ここで「だから、経済成長が必要だ」論が正解かというと、そうはならない。なぜなら、日本の年金制度は、高度経済成長期に設計され、「経済が成長し続ける」ことが前提になっているからだ。ここでフランスの経済学者トマ・ピケティの経済論が登場するのであるが、その理論はここでは省かれ、端的に言えば、これからの経済成長はあるとも、ないとも言えないが、かつての“バブル経済”は、むしろ“1回きり”の「例外的・特異的な期間であった」というのである。だから、経済成長を前提とした「制度」が壁にぶつかるは必定というわけである。
 もう一つ。「特異な時期(=経済成長)をもたらした要因」は何だったか。吉川 洋氏(マクロ経済学)が指摘するのは、「一人当たりの所得を上昇させるのは“イノベーション”だ。これが先進国の経済成長を生み出す源泉である(人口と経済学・中公新書)」という。ところがその技術革新自体が1945年ころをピークに減り続けているという統計結果が示された。数字で言えば、世界の年間のイノベーション件数(人口10億人当たりの数字に換算)は、1945年で19件、その後年々下降を続け、2105年時点では、1件以下と予測されている。つまり、新技術で産業を興し、経済の成長を促す手段手法には、限界が見えてきたというのである。
 それで一気に結論に近い所に飛ぶが、「現代経済成長理論の限界」論が出てくるのだがその説明は難しい。私のメモには、「エネルギー資源の枯渇、新技術の開発に限界、経済成長期のインフラの劣化による補修・維持は経済の成長にはならない、むしろ後世に“負の遺産”を残すことになる」などから、経済成長を前提とした政策は行き詰まる。「ではどんな政策を打ち出せばいいのか?」「“脱経済成長”の実体的な表現方法は、別にないのか」とあった。
 かつての蒸気機関(交通・物流)の発明、電話(通信手段)の発明など、劇的・圧倒的な技術革新はこの先にはもうないだろうという指摘には、ため息なようなものが出たのだった。
 ・・・原発事故の処理、核廃棄物の処理・保管が、後世にどれほど「負担・足枷」になるか・・・。

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