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2016年12月31日 (土)

2016年、この1年

 あんなこと、こんなこと
 この1年の「できごとベスト10」とか「ランキング」が恒例でメディアに流れるが、内外の政治、事件などはともかく、私及び周辺に限って5項目をピックアップしてみた。
1、 参院選とその前哨戦でもあった「あいちキャラバン」への参画。
  「あいちキャラバン」では、企画の提案と事務局を全面的に担い、報告集の発行をもって終えた。参院選では、伊藤孝恵(民進・新)候補を応援した。
2、 ピースサイクル2016を担った。
  縮小傾向に変わりはないが、無事走り継ぐことができた。全国会議参加、報告集・資料集の発行もなし得た。
3、 執筆活動など
  APWSL愛知の冊子「ACTION REPORT(18~21号)」、「C&Lリンクス愛知(74~75号)」を編集発行し、私的な「ミニ詩集」は9~11号と中学同級生による作品展・作品集を別冊として発行。
4、 インターネット関連
  隔日の自身のブログとは別に、月1回の「ACTION REPORT」と月2回の「マイブログ“郷蔵21”」を発信。
5、 定例会議・集会・デモなど
  定例会議は、「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」のみに、欠席も多いが参加してきた。ユニオン学校も選択的参加。フィリピントヨタ労組(TMPCWA)支援活動も部分参加。安否法関連の集会・デモは極力参加してきたが、旗・所属なしであった。講演会はかなり「選択的」に参加。「リベラル政治懇話会」は常連の一人ではある。
 こうしてみると、それなりの参加、展開はあったといっていい。しかし「あいちキャラバン」を除けば、政治参加、地域の共同行動への参加という観点から捉えると、主導的というか企画の中枢で何かをなしたという実績は少ない。これは、偶然とか怠慢ということではなく、私なりの意識的な「後退局面」なのだ。
 付加すれば、その他の居住地での私的な付き合い、家事全般にかかわる「主夫」をそれなりにこなしてきたこと、そして参院選関連の「あいちキャラバン」、「ピースサイクル2016」の二つを担ったことで2016年は、“やり残し感”は否めないものの、健康状態も含め概ね良好に推移し及第点であったというのが「自己評価」である。

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2016年12月30日 (金)

情報世界復帰の第1歩

  メールの処理に苦闘する
 300通弱蓄積されていたメールにうんざりしながら、何よりまず「復帰した」ことを発信したうえで、緊急性のありそうなものをピックアップして対応した。「市民と野党をつなぐ会@愛知3区」、「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)・ユニオン学校」などがそれにあたる。日程などを保存。
 政治、経済、社会、国際などのニュースは、新聞、テレビなどで得ることができるが、沖縄タイムスなどのローカルメディアは、インターネットに頼らざるを得ない。また、沖縄・高江オスプレイパッドの現地情報、原発関連の詳細な情報を常時送ってくれている人からは、相変わらず多くが蓄積されていた。これらはおいおい開いていきたい。
 それにしても、年の瀬もあるだろうが、個人的な情報は少ない感じがした。11月にピースサイクルの報告書、資料集をお送りしたが、それに対する反応はこの間お二人からあった。こういったもの嬉しいものがある。
 一通り開いてみて終えたのが29日の午後9時半ころ。ちょっと迷ったが、あきらめていた年賀状の作成に取り掛かった。170枚の宛名書きは既に終えていたので、デザインと印刷、コメントを考えると何年振りぶりかの「徹夜」を覚悟した。
 デザインはベースになるものを1時間で仕上げた。これまでなら1~2日放置して、修正することになるのだが、今回はその余裕はなく、“えぃ!そこまで”と気合だけでOKを出した。ベースから、写真とコメントに違いがある活動の仲間・運動の関係者向けと、同級生向け、親族その他の3種類にアレンジした。
 印刷に時間はかからない。手書きのコメント(近況など)には悩みがちだが、むしろ170枚を書き続けることの方が大変だった。まさに“根気”と“貫徹精神”あってのものだ。
 午前3時、県外、県内、区内に区分けし点検し束ねて作業完了。3時30分投函。外気は冷たかったが、満足度7割としても、作業完遂の晴れやかさがそれを上回った。

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2016年12月29日 (木)

パソコン故障、半月間の離脱

 情報遮断の経験
 去る12月12日の午後、パソコンが故障し、全く使えなくなった。ちょうど2か月前の10月11日ころに「不調」となったことで、データの保存に努めた経緯があったが、どうやらそれが予兆であったようだ。
 時々お世話になる近くのパソコン教室に持ち込んで診断を受け、そこから修理依頼となったが、当初見込みから外れて「重症」とのことで、部品の取り寄せなどに加えて年末ということもあったであろう、今日の午後7時過ぎにようやく手元に戻ってきた。約半月間、パソコンから離脱(解放)したことで、「年賀状」に手をかけられなかったこと、現在進行形の「衆院選対応―市民と野党を結ぶ会@愛知3区」、「ユニオンと連帯する市民の会」の活動がとまってしまうなど不自由さは当然あったが、「地域活動の情報のない世界」を経験した。同時に「身辺整理」と「家事」に多くの時間を割くことができたのは「収穫」といえた。それが例えば、体調を崩して入院という事態であったなら、動けない上にベッド上でパソコンを操作したであろうから、こうはならない。
 ま、なんにしても、年末というタイミングにはいささか困惑したのは事実だが、「日常」を見つめるというか振り返ることができたのはよかった。その「日常」への完全復帰は、諸事情で年明けの5日過ぎとなろう。

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2016年12月10日 (土)

近藤昭一衆院議員の「国政報告会」

 年明けの衆院解散総選挙を見据え
 近藤昭一衆院議員(民進)の「国政報告会」に参加した。別途緑区でも開催されたが、情報を得ていなかったので、この「昭和区、天白区合同」の国政報告会に参加したのだった。
 報告は、近藤さん自身のライフワークの一つでもあろう「環境問題」から入った。アメリカ大陸・カリブ海のハリケーンの猛威、日本でも台風の上陸、スコールのような(ゲリラ)豪雨などに見舞われて激甚災害となる。地球温暖化のせいであろう「コメ作り」も北上する傾向にあって、「北海道産米」が評価されるようになりつつあるとか、自然災害が増えるにしたがって「保険」の支払いが増えているという。問題が身近なところまで来ているといえそうだ。
 この前提の話は当然、国会審議と絡み「パリ協定」に後れを取った安倍政権への批判である。「京都議定書」に参加しなかったアメリカ、中国の対応を見誤ったというであるが、私はそもそもが、CO2削減にどこまで本気なのか、財界にばかりに気配りし過ぎているその結果ではないかと思うのである。
 秋の臨時国会では、この第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)に基づく「パリ協定」の批准のほか、TPP関連法、年金カット法案、ギャンブル法案(IR法)などが中心であった。いずれの法案も審議時間が短いだけでなく、政府答弁の不誠実さ、まともに答弁しない、「採決ありき」に終始していたのではないか。それもこれも「数の論理と横暴・傲慢」に尽きるといえようか。
 質疑では、ギャンブル法案の「ギャンブル」の定義、範囲についてとか、憲法24条に関連する、男女間の「同一労働同一賃金」を含む「格差」の問題など。また、議員の地元の問題あれこれもさることながら、国政全体が重要であるといったような発言があったが、これは、近藤議員への要請というより、私が感じたのは、参加者の多くが「後援会」の人たちであり、どちらかといえば政治的あれこれよりも、“個人ファン”が多いのではないかと見込んでのことだと受け止めた。
 その意味では、私の意見も、近藤さんへのあれこれより、「国政報告」がその経過ばかりでなく、「成果」も期待したい、という観点から、政権に就くあるいはそれに近い拮抗状態を「民進党」に求める、そうであるなら選挙戦において議員個人の「後援会」や連合などの「労組」に依存するのではなく、党員、地方議員が一体となって「政治」を語り、推し進める必要がある。国政報告会があっても「県政報告会」「市政報告会」はあまり聞かないというのが現状だ。そのうえで、地域の市民運動としっかり結びついていくことが肝要だ。私のほか数人は、「後援会」的立場だけでなく、いやむしろ「市民と政党の連・連携」を求める立場から参加しているといってよい・・・。
 私は、民進党に対する多少の違和感を持ちつつも、レポーターを維持し近藤議員に超党派の「立憲・平和、リベラル」な党内政治勢力の結集と拡大を求めるとした。(“リベラル派”の現状は厳しいとのこと)
 もう一人からは、「市民と政党の連合・連携」を求める立場から、すでに愛知7区で発足している「市民と野党をつなぐ会@愛知7区」と同じような「市民と野党をつなぐ会@愛知3区」を作りたい。この会の終了後に、その打ち合わせをするので参加を!という呼びかけが発せられた。

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2016年12月 8日 (木)

のぼり、横断幕を廃棄する

 個人の記憶、記録には限界あり
 かねてから逡巡を重ねていた、過去の運動で使った旗、のぼり、横断幕の一部を、昨夜のうちに選別して今朝廃棄した。名古屋労組連、赤と緑のメーデー、愛知万博反対、ピースサイクルで使ったもののうち、「ネオカラー」という塗料で描いた手作りの横断幕、のぼりが主で、どれも“戦場にまみれた”痕跡を残したよれよれのものであった。中には、スローガンがまだ書き込まれていない、旗仕様の生地で赤、緑、白3種類のものもあった。
 45ℓのゴミ袋二つに入る量である。それをこれまで保持してきたのは、その機会が巡ってこなかったことと、請求者のいない“預かりもの”という意識、そして私の中にある記憶の鮮明さである。
 だが文書類、雑誌、本にしても「一代限り」という現実を見るとき、「アラジンの魔法のランプ」ではないが、古びた使いものにならないような物は、その出自・経歴を知らない者にとって不要物(ゴミ)以外何物でもない。ならば、事前に自らの手で処することが最善であろうと思うのである。
 それでも未だ捨て難いものも半数ほどあり、もう一度広げてみて、脳裡に写し取り、記憶してから処することになろう。そして数点のみ最終的(入棺)な処分となる予定だ。
 このようにして、そのものにどれほどの価値があるのかないのかは、私には判断できないけれども、保管者の記憶、記録、保持には限界がある。それを考えてみると、長い歴史の中で、様々な分野で、多くの人の中で、家の中ですらこのような“日の目を見ない”営みがあったと推し量られる。
                  ◇
 今日は日米開戦の日。近々のうちに安倍首相がハワイ・真珠湾を訪問するという。それは「謝罪と反省と慰霊」のためであろうか。もし、かのアジア・太平洋戦争の謝罪と反省と平和への決意、両国民の友好のためというなら、やはり、朝鮮半島、中国などアジア諸国が先にあってしかるべきだろう。後先は問題ではないとするなら、間髪を入れずに、中国の上海、南京(大虐殺)や、侵略地満州、「731部隊」の施設などを訪問すべきだろう。それがあってこそ、ハワイ・真珠湾が単なる政治的セレモニー・画策、人気取りではない証となる。注視したい。

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2016年12月 7日 (水)

やっぱり12月は、気ぜわしい


 ミニ詩集の発送を終えた
 机上にチラシ、文書類、読みかけの本が積み重なっている。その整理ができていないということは、他の作業も遅れがちと言うことになる。
  先月28日に仕上げたミニ詩集第11集「想秋」をもって、発送作業に着手する予定が、一昨日まで手付かずになっていて、ようやく今日の夕刻に投函することができた。同封したものは、相手によって異なるが、チラシ1枚と「ACION REPORT」であった。
   「想秋」は、詩が、想秋―一枚の葉書/冬が来る前に/病院にて/キャラバン/壊れる、の5編、他者の詩「秋の庭」1篇を紹介し、それの感想などをまとめた一文。そして後書き・後付けで全12ページ。
  あとがきでは、●想秋・・・発行に当たっては九月末に着手し、十月半ばには仕上げるつもりでいた。だから「想秋」だったのだ。だが、地域の運動でご一緒している方からまさかの知らせを受けた●秋―彩を添えた山谷、公園の遊歩道を散策して、季節の移ろいを愛でるもよし、気の置けない友人と一献傾けるもよし・・・、そんな情景は一変してしまった●詩「冬が来る前に」が白々しくなり、「病院にて」が、なんてのんきなことを、となってしまった●しばらく放置しておいてから思いついて画面を転換させた。牧野 剛追悼の第二弾として加藤万理の詩「秋の庭」を手繰り寄せた。詩を読み解く心得もないまま、まさに作者の意を介さないまま書き留めた。追悼ならば作者のお許しもいただけるかと●異国の地で、理不尽に戦場に駆り出され、戦友だけでなく、同じように理不尽に駆り出されたであろう“敵 ”の屍を越えていったあの時代と違って今は、移り行くさまを見て考え、自らと重ねることができる。見舞いも追悼も可能な時代を私たちは享受している。それでどうする?という自問自答に答えはないが、「想秋」の中に映し出しておこうと思う。〈十一月二七日 記〉
  地域情報から、12月の予定が入ってくるが、わが都合と照らし合わせればとても対応できそうになく、大半はスルーすることになりそうだ。それができるという立ち位置ということでもある。だからせめてカンパくらいはと、いまは「年金待ち」である。

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2016年12月 4日 (日)

緑の党+民進リベラル派

 一大政治潮流になることを望みつつ
 緑の党東海本部主催の「足立力也講演会+対談:近藤昭一~国民を守るのは、軍事力か?積極平和外交か?そして丸腰でいいのか?」が開かれ、60人余が参加した。
 第1部が、軍隊を持たない国・コスタリカ(中米)研究家・足立力也氏の講演であった
足立氏はまず「丸腰国家 軍隊を放棄したコスタリカ」というフレーズが独り歩きをする前に、1948年の大統領選挙から掘り起こし、選挙結果-内戦-厭戦-武装解除-同年12月の「軍隊廃止宣言」、1949年11月に新憲法発布・第12条で常備軍廃止を明記したこと。では、軍隊を持たず、隣国のニカラグアからの侵略をどう食い止めたか。ここに「外交」の力が発揮される。端的に言えば、最初から軍事力というオプションを外し、2国間交渉(外交)ではなく米州機構(OAS)に提訴し、加盟国全体の問題として、米国を動かし、ニカラグアに手を引かせた。
 その後も平たんな道ではなかった。クーデター未遂事件、ニカラグアでの(サンディニスタ)革命の成功、米国の介入、1983年「積極的永世非武装中立宣言」、中米3か国の内戦への「中米和平交渉」仲介に成功と続いた。1986年に大統領となったアリアス氏がノーベル平和賞を受賞、「軍隊を持たない国・コスタリカ」が全世界に認知されるようになった。
 さて「丸腰国家」といえば、安倍の「集団的自衛権・周辺事態条項」が対立2項として語られるであろうし、「積極的・・・」という言葉を並べるとこれまた安倍の「積極的平和主義」が対置されそうだが、そのどこがどう違うのかが、講演の要素の一つであった。彼の言葉を借りれば、「軍隊のない国を考えるということは、国や社会の在り方を総合的に考えるということ」「統合的な価値観、社会観をうちだすこと」が大事で、軍隊(自衛隊)や憲法第9条のこと「だけ」を考えていても、解決策を生み出すのは難しいと。
 これだけではまだ私たちの、では“何をなすべきか”までは行き着かない。そこで第2部では、民進党の現職衆院議員で、「立憲フォーラム」代表、「平和創造基本法案」の提案に中心的な役割を果たした近藤昭一氏の登場となる。彼の政治的、思想的立ち位置と「世界観」は、「立憲フォーラム」「平和創造基本法案」に加えて、近著「アジアにこだわる、立憲主義にこだわる」を読むことでかなり接近できる。
 基本的な考え方について彼は「・・・人類の内なる脅威(戦争、貧困等)と人類への外からの脅威(気候変動、災害、疾病等)に対して、世界各国と協調して取り組む・・・」とし、「・・・紛争の原因を根源から絶つためには、軍事的手段によらないあらゆる解決策を尽くすこと・・・」「今こそ、我が国が有する平和国家としての取組に関する経験を最大限活用することを通じて、国際平和の創造に貢献すべき・・・」は、安倍首相の唱える「積極的平和主義-軍事力をもって関与とは、似て非なるもの」と指弾している。
 ここまでは講演会の一部でしかないが、「丸腰でいいのか」あるいは「非武装中立」「無防備地域宣言」といった主張が「弱腰」といった攻撃を受けやすいことは確かだ。だが先の大戦だけでなく、現在の紛争を見るだけでも、その惨禍、残酷さ、犯罪性は容易に想像できるはずだ。決して「他人事(ひとごと)」ではないという意識と、「関係ない」などと目をそらさず直視すること、そして、少しでも考え、できることを自分の中に育み続けることであろう。
 私なりに受け止めた一つの答えは、足立さんの「当面なすことと、30年くらいのスパンで考えること」をヒントにすれば、当面なすべきことの一つは、「安倍内閣・自民党などの改憲勢力の力を削ぐこと、即ち衆院選、2019年の参院選を勝ち抜くこと」であり、「立憲・平和、リベラル+緑の思想」を政治的、社会的政治勢力として結集し拡大していくとことであろうと思う。とすれば、30年は無理としても、10年程度のスパンで、憲法・安保・自衛隊、経済・エネルギー問題と地球環境(保護と温暖化対策)、人権・差別のない社会的公正、宗教問題、労働問題(働きやすく格差のない労働環境)など課題は多くあるが、幾らかでもかかわり続ければいいかなと思っている。少なくともそうした思いを補強してくれた今日の講演会であった。

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2016年12月 2日 (金)

あいちキャラバン・その後

 時局を話題に“お茶会”
 あいちキャラバンの編集にかかわったメンバーで、“もう一度会いましょう”という機会を設定していた。しかしTPPやら、原発再稼働、南スーダンPKO等々で日程の調整がはかどらず立ち消えになりかけていたが、今日の午後6人が集まった。
 報告集発行後の“打ち上げ会”の趣旨ではあったが、やはりほぼ現役の人ばかりの集まりであれば、政治、選挙が話題の中心となった。特にTPP全国運動の中心的役割を果たしている「あいちキャラバン」の共同代表でもあった池住義憲さんの話、国会・議員・政党という場での最前線のリアルな話などは、もう少し詰めて聞きたいものであった。また参院選後のシールズ、市民連合などのその後とか、ママの会などの新たな動きの報告もなかなか得られないものであり、いい機会となった。ただこの場は「雑談」的な場でもあるから、直ちに“何をなすべきか”というところには至らない。
  年明けに解散総選挙があるかもしれない現状を鑑みるとき、選挙における「市民(力)」が目指すもの、果たすべき役割、運動の結集軸、リーダー、宣伝媒体等々“臨戦態勢(選挙戦略)”がどこまで進んでいるのか、あるいは停滞しているのかということの一部が顕れたが、1月冒頭解散が現実化したら、ちょっと辛いものがあるのではないかというのが私の感想。
  かといって、「愛知3区-近藤昭一(民進・リベラル派)の応援に専念する」としている私とて、まったくの手付かずではある。
  今日のような機会-平日の午後といえば、集まれるメンバーは限られる。限られるけれどもそれぞれが、なにがしかのものを持ち寄り、交換し、参考にしていくことができれば、この「お茶会」も立派な「政治談議の場」といえるのではないか。たとえ「お茶」がワインであったとしても。

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