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2016年11月30日 (水)

11月を締めくくるにあたって

  足立力也講演会+対談:近藤昭一
 避けられない「家事」に専念して、11月が過ぎて行こうとしている。
  11月の地域活動への参加の度合いは、ブログの日録を振り返れば一目瞭然。昨日まで16回アップしたが、地域活動に関するものはわずかに4回、ピースサイクルの関係が3回、あとは、「日記・つぶやき」「男の気持ち・生き方」で占められた。
 幾つか心残りの集会もあったが、もっぱらインターネットに縁のない人への冊子、文書の発送作業がとまってしまっていた。それは、集会などへの呼びかけも止まってしまったということでもある。中でも緑の党東海本部が企画した「足立力也講演会+対談:近藤昭一」の宣伝活動・呼びかけができていないことは、サポーターとして悔いが残るところである。そこで、せめてもと思いその案内をここに掲げて、11月を締めくくりたいと思う。
【足立力也講演会+対談:近藤昭一】
  国民を守るのは、軍事力か?積極平和外交か?そして丸腰でいいのか?
◇日 時:12月4日(日) 13:15開場、13:30~16:15
◇場 所:西文化小劇場ホール<名古屋市西区花の木2-18-23 >
            TEL 052-523-0080  地下鉄鶴舞線「浄心」下車 4番出口より南へ徒歩3分
◇参加費:当日800円 前売・予約600円
◇開 場:13:15
◆第1部 講演:足立力也氏 13:30-14:30
軍隊を持たない国 コスタリカ研究家/著書 「丸腰国家~軍隊を放棄したコスタリカ/60年の平和戦略~」
軍隊をなくして安全保障を実現した国がある。しかし、ただの「丸腰国家」じゃない。軍事独裁国に囲まれた小国コスタリカがファーストレディ外交、平和憲法、国境警備隊によって大国アメリカにも手を出させなかった。
◆第2部 対談:近藤昭一氏 14:30-15:30
衆議院議員 「立憲フォーラム」代表
「平和創造基本法案」を提案している。・・・【憲法9条の「他国間の武力紛争への軍事的不介入」の解釈を確定させ、必要最小限の自衛力の保持と自衛権行使の限界などを明確にし、平和主義と国際協調主義による国際的な共存をめざす日本の安全保障の取り組みを規定】
◆第3部 会場全体デスカッション 15:30-16:10
自民党の憲法草案に向き合い超えるために、自衛隊が必要か(どこまで認めるか)、要らないのかなど、スッキリするまで話し合おう。
     ※チケットは当方でも扱う。ご一報を。

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2016年11月27日 (日)

キューバ・カストロ氏が死去

 時代の変化の、兆しの一つか
 1953年7月26日、アメリカの強い影響下にあったバティスタ独裁政権の打倒のため武装蜂起したが失敗した。1956年に革命運動組織「7月26日運動」を結成。アルゼンチン人革命家のチェ・ゲバラらとともにヨット「グランマ号」でキューバ東部に上陸してゲリラ戦を展開。1959年に革命政権の樹立を成し遂げた。2008年に約30年間務めた議長職を引退した。(報道から)
 私(たち)にとって、レーニン、毛沢東、カストロ&ゲバラという人物は、「革命」と重なって印象付けられてきた。そういう時代の象徴でもあった。しかしその名前は覚えたけれども、話を聞く機会はあったかもしれないが、闘争史を紐解いたことはないと記憶する。書棚を覗いても、それらしきものはない。どうも私は「地球的視野で考え、地域で活動する」という視点は肝に銘じて歌こそ歌うが“インターナショナル”ではないようだ。
 それでもこうして、労働者、農民などの貧困層の解放に向けて、身を賭して強大な権力、軍事力に立ち向かっていった姿には、上っ面だけだとしても心は揺さぶられた。それを意識しようがしまいが、それが私の諸行動の動機の一端を占めてきたのは確かだろう。
 これまで幾つかの解雇撤回闘争に加担し、住民闘争に加わり、各級の選挙にかかわってきたけれども、それと「革命」が結びつくような状況・感覚はゼロではないが、あったとは言えない。その意味では「反自民」を掲げた「改良主義」だったかもしれない。そんな批判を自称「革命派」から受けたことは記憶している。
 トランプの登場とカストロの死、何か因縁めいた、時代の変化の兆しみたいなものを感じたが、それを解き明かすものは持ち合わせてはいない。

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2016年11月26日 (土)

ボージョレヌーボーを嗜む

 “酒の肴”も気にならず、がいいかな
 なんでも、2016年のボジョレーヌーボーの解禁日は、11月17日の木曜日だったと言うが、前々からそれって「独禁法」に引っかからないの?と思っていた。
 ワインファンならそれが「フランスのワイン法で禁止されている」からだということは知っていようが、日ごろワインを嗜むことのない私は知るはずもなく、したがって、「毎年11月の第3木曜日」と決められた解禁日に、買いに走ったり、予約をすることなど一度もなかった。
 今年も同じように第3木曜日を迎えたのであるが、例年のごとく「別に・・・」とやり過ごした。少し違ったのは、“ブームには山谷があるから、ひょっとして売れ残りのバーゲンがあるかも・・・”とせこい計算と、最近ワインを飲む機会が以前より増えたこともあって、やっぱりちょっと味わってみようかな、という好奇心を抱いていた。
 当たったねえ。あるスーパーマーケットで26日の土曜日に限って「ワイン、20%OFFセール」の広告が入ったのだ。ボージョレブームなら早くいかないと売り切れてしまうかもしれん、とは思ったが、やはり“流行には乗らないぞ”が頭をもたげて、午後の空いた時間帯に行ってみて、なければそれもよし、ということで出かけた。
 ワインコーナーに人だかりはなかった。ボージョレヌーボーの棚には十分残っていた。そこで、笑われるかもしれないがレジ係まで行って、“ワインの20%OFFは、ボージョレーも入っていますか?”と確かめたのであった。“わからないことは聞くに限る”がモットーだから、わざわざ聞くに行くことに抵抗はなかったが、やっぱり苦笑せざるを得なかった。
 それでもって値段的に5段階くらいの品揃えであったから、最低値のものと中間的なもの二本を買い求めた。その夜早速安い方のワインを開けようとしてちょっと驚いた。買った時には気が付かなかったが、なんとプラスチックの容器であったのだ。ワインはガラス瓶と決めつけていたからだ。これで幾らかコストを下げているのかな、そして当然にも栓はコルクではなかった。
 味は、酸味が少ないだけ飲みやすいけれども深みはなく、“サイゼリアワイン”レベルかなとひとりごちた。
 “酒の肴”も気にならず720㎖は、あっけないほどすぐ空いてしまった。二本目はいつ開けようかな。

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(老)ジャーナリストの気概

 アベ政治をばっさり!
  岐阜県笠松町に在住し、岐阜新聞、読売新聞の記者の経歴を持つ高橋恒美さんは、「市民とメディア研究会・アクセス」、「報道被害者支援ネットワーク・東海」の運営委員である一方、地元では「岐阜学会」理事。笠松町文化協会会長でもある。「ジャーナリストが見たある町笠松」「鮎鮨街道いま昔」「米野の戦いリテラシー」という著書もある。
  高橋さんは75歳。(老)をつける歳ではないが若くもないし、1970年前後から21世紀初頭までが現役であって、現在の世相に合わせれば、時代の流れからして「ロートル」ということになろう。
  その高橋さんが、<予断と偏見の「多事争論」―アベ政治 真っ平ご免>を執筆し、7回にわたってメール上で発表した。新聞のコラムから抜き出したような、即時的な視点、分析が読ませる。そのタイトルは以下の通り。
◇まえがき 
◆ヒトラーの演説に拍手をおくるように 
◇なんと、平成天皇による反乱 
◆沖縄、こうなったら「独立」するしか・・・ 
◇ヒトラーがもし、この世に舞い戻ったら 
◆安倍さんの、頭の中の構造は? 
◇「強権が強権を呼ぶ」ご時世 なぜ?  
◆アべノミクスは「あぶらかたぶら…」
◇「平和の俳句」に込めた庶民の営み 
◆米中両国に、相手にされない安倍さん 
◇無力感、徒労感の“向こうにあるもの” 
◆日本を牛耳っている米「軍産複合体」 
◇抹殺されてしまった小沢一郎さん 
◆「信頼すべき報道」が消えた 
 この連載記事は、近々のうちに冊子にされるとのことであるが、冊子の届かない辺りを中心に、私のアドレスに載せて拡散しようと思っている。こうした情報の共有と発信者の認知は、地域の共同行動の基盤を作っていくうえでも大切なこことだと思うからだ。
 高橋さんと私とは、文中に出てくるが彼自身の「読売新聞・配転拒否闘争」時代(1980年代)に出会った。そのころ私も、仲間の配転拒否・解雇撤回闘争や、ナショナルセンターの流れから外れた“狭間”の地域労働運動に乗り出していたのだった。ご一緒してからは、1983年ころからの「名古屋労組連」準備会、1987年の結成そして1994年の解散まで、さらには労働運動(赤)と市民運動(緑)が一緒になって、100人前後のこじんまりはしていたが、自主的でユニークな「赤と緑のメーデー」などで行動を共にしたのだった。
 私が発信する情報を高橋さんは読んでくれているとのこと。そして私もまた高橋さんからの情報、著書を戴いて刺激を受け続けている。
  そうした人とのつながりを多く持つことは、単に情報を得るだけでなく、政治、社会の方向を見誤らない、偏らない、閉じこまらない、一種の“バランサー”の役割を持っていると私は思うのである。

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2016年11月22日 (火)

男の気持ち・生き方(140)

 加齢で病気も詐欺被害も
 多かれ少なかれ、どなたも“持病”の一つや二つ持っておられるだろう、特に60代以上では。“ない!”と自信を持っている人もいないわけではないが、それでも気が付かないだけで“病が進行中” だったりして・・・。
  他人のことはともかく、私はせっせと病院通いをしている。診察・治療を受け、投薬されれば治療費がかかり、自己負担分以外は、健康保険から支払われ、それは大きな財政負担になっていることは知っている。それでもせっせと病院通いするのは、“早期治療、予防処置”の方が負担は少ないと考えるからだ。
 「健康寿命」という言葉があるが、完璧な無病息災で終末を迎える人こそ稀ではなかろうか。何らかの病気、或いは病気といえるかどうかわからない腰痛、頭痛、めまい、不眠症に悩まされている人も多かろうと思う。専門的なことはわからないが、多くの場合、症状には原因があり、原因がわかれば、治療、予防法も見つけることもできよう。
  例えば「虫歯」だが、ほとんどの人は原因も予防も知っている。それで早期発見・短期治療のために、“歯磨きの励行”と“定期的な健診”を受けていれば、予防と早期治療で、費用は安く済む。
  数年前に左下の永久歯(第三大臼歯)一本をなくしてショックを受けた私は、暫くは6か月の定期検診を受けていたが、ここ3年ばかり放っておいたら1か月前に突然痛みが来た。一晩眠られなかった。早速歯科医に診てもらって4か所の治療を受けることになったが、軽い虫歯2本の治療と欠損部の補強、治療痕の修正で、歯肉炎はないといわれ、治療は簡単に済んだ。薬代もないので内科に較べ格段に少ない治療代だった。
  目は、2~3か月に1回の検診で、白内障、緑内障、ドライアイの目薬の処方、定期的な検査を受けている。
  このように、何らかの“自覚症状”があれば、率先して予防も心がけ、早期治療にも取り掛かれる。だが、うつ・心の病、失調症などでは、どこまで自助努力ができるか自信がない。ここはやはり、家族の力、応援、観察に頼るしかない。また予防としては出かける。見る、人と会う、会話する。読む、書く、夢・希望、目標みたいなものを持つことだろうか。
  ・・・とそこまで考え書くなら、既にかなり“予防”ができているのではないかと言われかねないが、“わかっちゃいるけど、続けられない”というのが凡庸の証である。
  ついでながら、“オレオレ詐欺”“還付金詐欺”“バイク便詐欺”等々、あの手この手で高齢者をだます手口が後を絶たない。そのニュースに接するたびに“これほど問題になっているのに、未だなぜ引っかかるのか!”と、あきれもしてきたが、結果的には、騙される側の警戒心を騙す側のテクニックが上回っているような気がする。あるいはこうも言えるかもしれない。見聞きする交通事故は多いように感じるが、数千万台の車が動いている中での事故の割合は極小であり、且つ運転者は“自分は大丈夫”と思っている、そんなものと同じようのものではないかと思うのである。
  病気も詐欺被害も“足るを知る”ことで、かなり防げるのではないか。食欲、飲酒、嗜好品はほどほどに、いい話ほど“薔薇に棘あり”と思った方がいいのかもしれない。

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2016年11月20日 (日)

路線廃止?JR北海道の場合

 “地方と鉄道”が示す問題を考える
 報道によると、JR北海道は11月18日、利用者数の減少などにより「単独では維持することが困難な線区」10路線13線区を正式に発表したという。13線区の合計は1237.2キロメートルで、全線のおよそ半分にあたるという。
 ここでの問題は、もっぱら民営会社の経営上の問題であるから、例えば廃線見直しの「陳情」はできても、自治体との「上下分離方式」か、廃線区間の「バス路線」に切り替え、または大幅であれ、採算がとれる近くまでの「値上げ」をもって維持するかにある。恐らく「第3セクター」による再建、運営は現実的ではないのだろう。
 しかし、利用者が減り続けるという地方の「過疎化」「地場産業の衰退」の実態が回復しない限り、どの方式もいずれ行き詰まり、一時しのぎに過ぎない。
 交通網の整備は、地方・地域の「生活基盤」と、物流としての「産業」そして「観光資源」のためにあるといえるが、「自動車社会」の到来と「都市集中」の傾向が強まり、現在の問題が生じている。
 では、かつての「国鉄時代」のように、収支に関係なく、地域住民の「利便性」だけで運営し、赤字は「税負担=国民負担」とする方式の復活はあるだろうか。あるいは、地球温暖化・排ガス規制で、車の保有が、極限まで規制される時代が来て、「鉄道」が見直される時代が来るだろうか。
 未来のことはわからないが、SF的な「無人運転、無改札、水素列車」の登場も空想できないこともないが、それとて、利用者の多い都会での話だろう。やはり「人が住む」ことがなくては、鉄道を存続させることは難しい。
 現政権のように、新幹線の整備や「リニア」にうつつを抜かしている限り、「地方と鉄道」が抱える問題には目もくれないであろうが、この問題は、以上のような問題や地方自治、TPPとも無縁ではない。そのように考えるとJR北海道の問題は、「この国行方、近未来社会の構想」についての問題意識を私たちに投げかけているともいえよう。

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2016年11月16日 (水)

子どもの虐待(死)・事故死、いじめ

  そして高齢者の事故の衝撃を受ける
 現在、地域運動の状況、経過のメモとして、マイブログ「郷蔵21」の抜粋を月2回、APWSL愛知の「ACTION REPORT」を月1回発信している。だが私自身が参加したものはともかく、ネットから拾ったものをアレンジして書き込むことには少々ためらいがある。そんなこともあって、この発信の存続も含めてどうしたものか思案している。中止となれば年内いっぱいで終え、新しいスタイルでスタートさせるなら新年からと思っている。
 とりあえず11月前半号を発信した。冒頭のコメントは、「11月の前半のできごとといえば。海外ではやはり『アメリカ大統領にトランプ氏』と『韓国朴槿恵大統領の苦境』であろうか。国内では『TPP関連の衆院可決』と『PKO・駆け付け警護』の閣議決定であろうか。地域では衆院選への取り組み、リニア着工、高浜原発関連であろうか。社会的には、いろいろある中で、子どもの虐待(死)・事故死と高齢者の交通事故が気になった。私的にはピースサイクルの総括もあるが、友人、知人の“闘病”が気になる。以上の『子ども・高齢者・病魔』は他人事ではない。彼我の距離はほとんどないからでもある。」

  子どもの虐待(死)・事故死、いじめによる自死のニュースでは、亡くした親の嘆きが報じられることが多い。それは見ている方も辛いし、涙なしではいられない。そうした「事件」を報道することには、少しでもなくしたい、さらに大人への“警告と関心を惹起させる”意味はある。けれど、カメラ、マイクの前に立つ親の気持ちを考えると、癒される効用は少ないように思われ、むしろ重ねて悲嘆を強いているように思えてならない。
  車を運転していて、高速道路を逆走して事故を起こす例、認知症の自覚がないまま事故を起こす例、そして登下校の児童の列に突っ込んだ高齢者の事故は、とても他人事とは思えない。もう10年以上も遠距離、繁華街などでの本格的な運転をしていない私は、未だ「免許証返上」の気持ちにはなれず、それだけにその都度衝撃を受けるのである。
 それにもかかわらずむしろ、人生最後のマイカーはどんな車にしようかな、などと夢見ている状況ですらある。
  夢見ている・・・そういえば車だけでなく、“死ぬまでにあれだけは・・・”みたいなことは、結構思いつくのであるが、これは“生”への未練の一つであろうか。“身辺整理”を進めるほどにそれらが湧出し、浮遊するのである。

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2016年11月14日 (月)

ピースサイクル全国会議(3)

  PC2016の総括と2017年の課題(2)
 恒例でもある、学習を兼ねた今回の「記念講演」は、「全逓労組の反マル生闘争・7名の4・28被免職者」である池田実さんの「福島原発作業員」の体験記であった。
 まず「反マル生闘争」であるが、当局(公社・現業)は「生産性向上運動(マル生)」といいつつ実体としては、「労組差別、人権否定の労務政策」の一つであった。民間でも先行して1960年代に「生産性向上運動」が取り入れられ、のちに「品質管理運動(QC)、改善提案運動、危険予知運動」などに広がっていくのだが、公労協関係では国労と全逓が「反マル生闘争」を取り組んだ。特に全逓は1978年の年賀状の「元日配達」を拒否した。その結果郵政省は、この闘争に参加した現場労働者に8000名を超える処分を出し、中でも61名に厳しい免職攻撃を行った。その後の経緯は省くが、1979年4月28日の免職から28年間闘ってきた7名の被免職者が、2007年2月13日の最高裁の判決で解雇無効が確定し、職場復帰を果たした。その中のお一人が池田 実さんであった。
 池田さんは、その後定年退職して、思うところがあって2013年に東電福島原発の事故(震人災)による除染作業に携わり、また福島第1原発(イチエフという)の処理作業員(リクビダートル-露語・チェルノブイリ事故の処理従事者・清算人の意)として、“被爆作業”を体験した。その記録を本に著した(八月書館・238頁、2016年02月刊1600円)のだった。
 彼は、廃炉まで40年とされる福島原発そばの浪江町の除染作業を皮切りに、原発の建屋に入って実際に事故の収拾作業に従事、そこで今も続く「終わりのない収束」に直面した。消耗な人海戦術、飛散する放射能、苛酷な労働条件、仲間の事故死・・・。試行錯誤する指示、朝令暮改が続く中での、被ばくしながらの除去作業、廃棄作業を1年間。そのありのままを書き留めたルポタージュがこの本であり、この日の話でもあった。
 JV(共同企業体)の直系もしくは2~3次下請けまでならともかく、それ以下の下請けでは、労基法も安全衛生法も何もない世界。保険はない。有給休暇もない。被ばく線量と線量計は全うかどうか、粗雑の宿舎、低賃金でもって「使い捨て」・・・そこで私は、「外国人労働者が入っていると聞いたが実態は?」「そんな劣悪な労働環境でありながら、当局(労働局・労基署)の監視・指導は入らないのか」と質問してみた。言葉の問題もあって、外国人労働者は見かけないといい、当局は一応対応しているようだが、現実はそのまま推移している・・・。

 さて「国会ピースサイクル」についても議論されたが、もう一つ、やや深刻な問題が浮上していた。ピースサイクル運動の“そもそも”である「広島・長崎」の現地の取り組み状況がかなりピンチであるというのである。その背景は、全国各地の「高齢化、世代の引き継ぎなし」と変わりはないのであるが、加えて両地区の特徴としては、全面的に支えてきた郵便労働者(全逓・郵政ユニオン等)の現役がいなくなり(つつ)、実走者いない、少ない、そして終着地としての全国から受け入れも難しい状況であるというのである。長崎の場合、その中心を担っていた人が体調を崩し、それが拍車をかけているようだ。
 長崎についていろいろ意見を出し合った。象徴的な「長崎」が、ルートマップから消えることは単に“寂しい”というレベルではない。「核兵器を含む全ての核の廃絶・被爆地長崎」は、運動の根幹なのである。
  ピースサイクル長崎のエリアは「佐世保・長崎・玄海原発」であるが、全国会議の議論の到達点は、「長崎ネットとしての対応はゼロベースとして考え、全国からの力で、長崎ルートを維持することを確認し、現時点では細部の議論は控える」とした。これに対して長崎ネットからは「佐世保-長崎ルートなら、コース設定、宿舎確保については、持ち帰って検討する」であった。端的に言えば、「沖縄ピース、六ヶ所ピース」と同じように、「特化」された全国募集の取り組みにするということではないか。
 最後に、2017年の全国会議を11月11日(土)~12日(日)と決めて散会した。

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2016年11月13日 (日)

ピースサイクル全国会議(2)

  PC2016の総括と2017年の課題(1)
 2日目は、午前8時30分から、前日の議論で「ML」の在り方、有効性については継続となっていたので、その議論から始まった。提起されたものは①新規加入の取り扱い(もっと広げたらいい)②公開、非公開の棲み分け、の2点。結論は、現行のMLは公開とし、新規加入の扱いは、紹介者を信頼することと全国事務局の判断に任せる。非公開の内部情報などは、新たにもう一つMLを立ち上げることとする。併せて、各ネットは複数のアドレスを登録することが望ましいとされた。代表一人だけでは、異変があった時に連絡が取れないからだ。
 PC2016の総括については、10頁、7章35項目という多岐にわたって提起された。章は「はじめに」「1、改憲阻止!戦争法廃止!アベ政権退陣を求める闘い」「2、原発NO!東電の責任追求と再稼働反対の運動」「3、高江&辺野古の新米軍基地&八重山の自衛隊基地建設阻止!オスプレイ反対運動へ」「4、市民生活を破壊するアベノミクスやTPPに反対する闘い」「5、12回目の国会ピースサイクル」「6、22回目の六ヶ所ピースサイクル」である。
現行の政治的、社会的課題が網羅されていて、これを見る限り、「市民運動」のスタイルではなく、「労働運動」の原則的な提起となっている。これは、この運動の生い立ちが「全逓組合員」の取り組み、その後の「郵政ユニオン」の系譜のあることと無縁ではない。あるいは国労、教組、自治労などの労働運動に関わってきた参加者が多いことも背景にあろう。
  だが30年を経過する中で、全国会議に参集するメンバーに大きな変化はないが、各地でのピースサイクル参加者は、「戦争はイヤ、平和がいい」「原発いらない」といった市民が参加し取り組む課題が中軸をなすことによって、運動そのものは、労働運動的、市民運動相半ばするといっていいだろう。
 そうした実態とこの総括文がマッチしているかは、はなはだ疑問ではあるが、「ピースサイクル全国運動」という立ち位置が、あたかも鎧、兜なしで戦場(いくさば)に行くような無防備感がぬぐいきれないことと、この総括文そのものが、運動方針としてピースサイクル運動の現場におろされるというものではなく、むしろリーダーとしての意識、自覚に委ねられ、活かされるものとしてあるのではないかと思うのである。・・・にしてもやはり私には、仰々しく映り、むしろ、各地のピースサイクル取り組みの事例に加えて、この間の「反安保法・脱原発・再稼働反対・沖縄の辺野古と高江の闘い」そして、参院選挙にどうかかわったかなどの報告、情報の方が有効ではないかと思うのである。その意味も込めて、愛知からの報告は他に比べ多くを記述した。 
  また、個人的なものではあるが、参院選の総括、参院選のために4年間活動してきた「政治を考える市民の会」の解散についてのコメント、参院選の前哨戦となった「あいちキャラバン」の総括などを記載した「C&Lリンクス愛知・第75号」を参考資料として配布したのだった。

  次に、来年の取り組みなどについて提案された。その「持続可能なピースサイクル運動に向けて、32年目のピースサイクルの課題は何か」について項目を列挙すれば、
(1)「戦争する国」NO!戦争法廃止、改憲阻止のために総選挙で安倍政権打倒の野党の統一候補擁立運動、総選挙に積極的に関わっていきます。
(2)秘密法~盗聴法の廃止!共謀罪の再提出を阻止する闘いを進めます。
(3) 脱原発・エネルギー政策の転換をめざす運動を継続させます。
(4) 沖縄県民と連携し、新基地は作らせない闘いを全国化させます。
(5) 反貧困・排外主義反対と結合された平和運動の構築をめざします。
 ここには、“関わる、進める、させる、めざす”の行動を求める語尾となっているが、「地域の実態、力量に沿って可能な限り」という自主的な判断、行動に委ねられている。従って多くの場合、「ピースサイクル主催」ではなく、賛同・参加という形になろうと思う。できれば、諸運動の中枢で活動することであろうか。
 次に「ピースサイクル2017~具体的な取り組み」として、
①全国マップを3月上旬までに作成します。
②神奈川ネットを中心に第二回台湾ピースサイクルの実現をめざします。
③13回目の国会ピースサイクルを5月下旬(5月19日・金)に実行します。国会ピースサイクルに向けた署名活動を行なうかどうか検討します(戦争法廃止、再稼働反対、オスプレイ配備と沖縄新基地はいらない!脱原発・核燃料サイクルの廃止を合わせて)。
④ピースサイクルの前段や本番で、全国の原発現地や各電力会社への抗議行動(再稼動反対、原発大事故への補償等)を目指します。
⑤沖縄ピースサイクルを強化するために、全国各地から代表派遣の取り組みを目指します。
⑥広島・長崎・六ヵ所の集結地点での取り組みを強化します。
⑦自治体への申し入れ行動を強化し、核廃絶、戦争法廃止、改憲阻止、脱原発・「エネルギーの地産地消」、沖縄の新基地はいらない等々の課題を提案していきます。
⑧参加者拡大のための工夫をし、若い世代が参加する取り組みを通じて持続可能なピースサイク運動を目指します。
⑨分担金は、これまでと同じ額で進めます。
⑩全国事務局は、首都圏5ネットで担います。
 最後に、赤字ではない「財政報告」があった。
 以上が大雑把な2日間の会議の内容であるが、1日目の夜には「福島原発作業員」の体験記などの講演があり、また、「長崎ピースサイクル」についての重要な議論がなされた。 
(あと書き、続く)

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2016年11月12日 (土)

ピースサイクル全国会議(1)

 報告と分析、そして政治談議も
 ピースサイクル2016の報告、総括、2017年の取り組みを議論する全国会議が、今日と明日に亘って東京で開かれた。初日の今日は、長崎、大分、広島、大阪、愛知、長野、新潟、神奈川、埼玉、千葉そして東京は、三多摩など数地区が参加した。
 まず、統計的な数字として、取り組まれた「総日数は73日(3)」、各地の自転車で走った「総距離は3263,3km(100.2)」、「自転車の台数は288台(12)」、「延べの参加者数は574人(21)」、走行距離に自転車の参加人数を乗じた「マイレージは、10541,5km(205,2km)」次に、広島、長崎両市長宛て、沖縄県知事あて、六ヶ所ピースサイクルの青森県知事、六ヶ所村長、日本原燃社長、仲間たちなどへの「メッセージの総数は439通(15)・署名数は307筆(0)」さらに「訪問自治体95(4)」であったが、自衛隊基地、原発関連施設への訪問数はカウントされなかった。愛知は、豊川、小牧、中電の3か所であった。   ( )は愛知の場合。
  昨年と比べ、全体的に低下傾向となっており、明日の議論の素材にもなった。
  それぞれの取り組みについては、南から順次報告されたが、すべての内容は書ききれないので特徴的なものを挙げると①長崎が初めて取り組めないかったことの衝撃は大きかった。(13日に善後策が検討された)②広島も一部がカットされた。伊方原発の取り組みが主になるとのこと③大阪では(本体による)ミニピースが取り組まれた。④従来大阪の別チームが取り組んできた能登(志賀原発~金沢)ピースサイクルは取り組まれなかった。⑤ピースサイクルの運動とは言えないが、北海道の<函館~泊原発>を10月に知り合いの若者が走ったとの報告があった。⑥今年も、沖縄ピースサイクルが取り組まれ10人が参加した。
  そうしたピースサイクルの実走報告とは別に、愛知からは、参院選挙の取り組みについて報告するとともに、各地それぞれはどうであったかの報告を求めた。このような「政治的課題」については、ピースサイクル運動の提起としてはしっかりなされてはいるが、目標・スローガンと実態とはどうなのか、ということを率直に聞きたかったのだ。それと同時に、アベ政治の「安保法・周辺事態条項・共謀法」「原発再稼働・もんじゅ・原発輸出」「沖縄・辺野古、高江」これらについての各地の取り組みと、個別的であれ、それぞれがどんな形で関与・参加しているのか、参考にしたかったのである。
  会議終了後には、懇親会の席が設けられ、私の周りでは、この政治状況がしばし話題になったが、“深入り”することはなかった。それで一つ話題を挙げておけば、「政治の世界では、対抗勢力としてのリーダー(顔)が欠かせないと思う。民進党はダメ!ばかり言っていても始まらない。みなさんが、我々のトップリーダーならこの人、と挙げるとしたらどなたか?」と問うた。すぐには出てこなかった。全く無名で、私も初めて聞く名前だが、東京ではある程度知られている一人の女性の名前が挙がった。(非公開)
  仮にその女性が有力であるとしても国会議員、首長の経験はないから、すぐさまとはいかない。このように私たちは、「野党共闘」はいうけれど、政権交代を求めるならこのトップリーダーの存在は欠かせないのではないか。まずこの点で反安倍の戦略が立ち切っていないのが現状だと私は思ったのだった。 
<後書き・続く>

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2016年11月11日 (金)

政治・経済・国際と日常性


 社会と日常のはざまにあって・・・
 明日12日から13日の午前中、東京で「ピースサイクル全国会議」が開かれるので参加する。その報告集の作成が、ようやく今日の午後1時過ぎに終えた。全24頁・50部であった。
 印刷・製本から帰宅して夕食の買い物、支度を終え、次はAPWSL愛知発信の「ACTION REPORT」第91号(10月のできごと)に着手し、これは夕食後から再開し、つい先ほど午後10時前に発信し終えた。これの冒頭文は以下のとおりである。
 米大統領にトランプ氏
 選挙結果は見ての通り。日米各界、各層からのコメントも出そろったようだ。まだこれからなのがトランプ氏の「暴言・暴論、毒舌、奔放」な言辞が、どこまで政策として具現化するかである。また、政権にどんな人物が入るのか、政策スタッフの陣容、共和党との政策的整合性はどうか。これらが明確になってこないと、「暴言、毒舌」のあれこれをもって評価するのは早計過ぎるのではないか。昨今の傾向として「過激、強気」発言があちこちで横行しているように見受けられ、政治家の発言は重く「公約」に近いもの、というのが軽視されがちだ。そして有権者もなぜか“寛容”のようにさえ思われ、追及の手が緩い。
 「トランプだから、どうなる」という、日米と中国、朝鮮半島を含む東アジアの安全保障問題・軍事的バランス。TPP・貿易問題、地球温暖化対策「パリ協定」そして、「核武装」を含む日米安保、米軍基地・辺野古問題等々、政治課題は山ほどある。それらの影響を「政治・経済・国際」だけで括らず、私たちは、地域から物事を見て、考えたならどうなるのか。さらに「くらし」「労働」の現場から見て考えて、「オルタナティブ」な発想を欠いてはならないと考えるがいかがであろうか。

 誰にとっても、「政治・経済・国際」のあれこれと「日常・生活」は同時進行であるが、それらが意識されるか、されないか、“それでどうなるのか、どうしたいのか、何ができるのか”と詰めていくことで「違い」が出てくるであろうし、その熟度でもまた「違い」が出てくるであろう。そういう点でメールでの他者の投稿文は大いに参考になり、自分の立ち位置みたいなものが少しはわかるような気がする。それがMLの効用の一つだと思っている。(百害あって一利なしのメールもあるが)
 上京する機会を使って、小旅行を楽しみ、見聞を広げてきた。昨今では、TPPをはじめ衆院解散云々などの永田町周辺を徘徊するのも一つであったが、今回は即帰宅する。「家事多忙」はオーバーだが、それに近い。そういうこともあるというのが「日常」なのである。

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2016年11月10日 (木)

米大統領にトランプ氏

 それなりの軌道修正も
  この原稿を書いている瞬間の米大統領選挙の開票状況は「トランプ氏の当選はほぼ確実」という段階である。それをもって率直なところを書き留めておくのは、“あと出しじゃんけん”とならないためと、わが判断がどれほどのものかを試してみたいがためである。
  まず、選挙前までは「アメリカ大統領に、初の女性大統領誕生!」という新展開に興味を持っていた。ドイツ、ブラジル、韓国、台湾、イギリス、ミャンマーなど、女性のトップリーダーが誕生しているが、その結果はまだ十分に出ていないとはいえ、「戦争・紛争の時代」を終わらせるには、女性の政治力に期待してみるというのも、有力な選択肢だと思ってきた。同時にそれは、「軍事優先」から「教育・福祉優先」への政策転換を期待するからでもある。
  ではクリントン氏の当選を期待していたかというと、どちらかといえば「消去法」で、「トランプ氏よりましかな」くらいか、アメリカという「大国」の大統領としての職務を果たして遂行出来るのだろうか、いう不安はあったが。いったところだ。
  では、トランプ氏についてはどうか。いうまでもなく期待することはなかったが、若者、中間層の下層、貧困層からの支持が高いという情報の方が気になっていた。これは日本についてであるが、これからの政治に若者の登場を期待し、その“新感覚”なるものを見てみたいということがあった。また貧富などの「格差」についてどう考えているのか、ということなどは、日米の共通するところがあったから、その層がなぜ「トランプ」なのか、興味深く思っていた。
  プーチン、習近平、安倍にトランプが顔をそろえると、どんな世界が広がるのか。どうも「領土問題」に関心が高いように見受けられ、「独裁(独善・独断)」政治が横行するようになる懸念がある・・・。(中断)
       (ここまでが9日の午後4時頃のメモ)
  さてここからは、10日の午後7時30分から。
  報道によれば、日本の街頭インタビューで拾った声では、トランプ氏の当選で期待より不安に思う人が多いと伝えている。それは、「トランプ語録」そのままが政策に移されることを前提にしているからだろう。確かに、トランプ発言の数々は到底認めがたい。ではトランプ氏は、大統領になる前の言動と大統領になってからの政策に「変わることはない」とみるか、閣僚や政策スタッフの陣容が整うにしたがって、大国のトップという自覚と、失政で名声どころか“最低”の汚名と自ら率いた事業の低落を恐れ、少なくとも暴言は控えることになるか。つまり「大変身」があるかどうかの見立てで評価も変わって来よう。
  私は、これまでの発言そのものとの比較では、それなりの軌道修正が図られ、「変身」の可能性は高いとみる。だがそれは、「アメリカ第一」がベースにあって、「共和党」的政策が強く打ち出されるだろう。例えば、「TPP」に反対ではあるが、自国に有利な貿易協定は推し進めるであろうし、不法入国、移民には厳しく対処し、経済の建て直しでは、関税の見直し、法人税の減税の一方で、労働組合活動に、何らかの規制を講ずるかもしれない。
  もっともっとあるが、端的にいえば、「オバマ政権」の真逆を行く一方、「トランプ式“変化”」なるものとはどんなものか、それはわからない。わがコメントはここまで。あとは推移を見守るか、それこそ専門家に聞いてみたいものだ。

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2016年11月 6日 (日)

緑の党東海へひとこと

  “本物”になれるか
 緑の党東海本部から発信される資料が送られてきた。一つは、11月12日、13日に開催される緑の党・地域代表者協議会(党の全国会議の一つで、持ち回り、今回は名古屋)の傍聴参加の呼びかけ。キャパからして相当数の席があると思われ、会員、サポーターは参加すべきだろう。(私はピースサイクル全国会議で上京)。もう一つは、「東海本部からの提案」としてA「緑の党に候補者を!-鍵はミニオリーブの木と三宅洋平」であり、もう一つは、B「緑の党はなぜ必要か?緑の党に何が必要か-候補者が必要だ」というものである。(A,Bは、筆者が付けた符号)
 Aについて<社民+自由+緑&三宅洋平>は、もう少し時間をかけて検証してみようと思うが、Bについて「・市民運動だけやるなら、緑の党は要らない。・緑のライフスタイルを広めるだけなら、緑の党は要らない。・よその党を応援するなら、よその党に入党すればいい」を読んで、これって「少なくとも運営委員全員が認識し、了解」してのものなのか。「政党として結成されて3年余、未だこのレベルの議論なのか」と思わざるを得ない。その一方、“ようやく、この基本的なことが文字として出てきたのか”と感慨深いものがある。
 あまり偉そうなことをいうのは憚れるが、“今の緑・東海は、市民運動の延長でしかない。政党の体をなしていない。つまり組織論が欠如している”は、この間一貫して“提言”してきたものだ。“足立力也著『緑の思想』を、綱領的な重要文書として、会員は身につける(党員としての自覚)”は、サポーターとしての私の自覚である。また“選挙は選挙として多様な対応がある。むしろ日常活動として何ができているのか”が問われているのではないか。 
  先の統一地方選挙で、「緑の党を全面に出した選挙運動では勝てない」という現職議員、候補者の感想を聞いているが、その論点を超えなければ、「緑の党・公認(推薦)」で、選挙は戦えない。その点をどう検証し、方針化されているのか。
  自前の候補者を持てないのなら、「政策的な合意」をもって他党を応援することはありうるし、他党の評価は別にしても「政治家としての資質」をもって、他党の候補者を(勝手に)応援することはありうる。問題は、いずれにしても組織(党)として一体的な行動がとれているかどうかである。(“多様性”が便宜的に使われているきらいがある)
  これまでこうした議論というか、意見は繰り返されてきたのではないのか、といささか苦笑せざるを得ないが、次期衆院選挙、統一地方選挙、2019年参院選挙を見据えるなら、この時期であってもこの提案を真剣に議論したらいいと思う。
  例えば、地方議員一人を誕生させることは、既存の各党、各議員の地盤を食い破るか、抜群の知名度をもって。無党派・浮動票をかっさらうしかない。あるいは時間をかけて地道な地域活動を積み重ねことだ(高齢者には時間が足りないかもしれない)。
  いずれにしても、改めていえることは、(緑・東海にとって)「政党の活動と市民運動の違いは何か」「会員(党員)は、何をなすべきか」を問うてみること、それらを検証して記録として残し共有すること。そしてできることから実践していくほかないだろう。
  尚、中枢にいる人の、地域(地元)の活動より、中央の活動に興味と関心が強いように思われるがどうか。これは相互関係があると私は思っている。

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2016年11月 5日 (土)

男の気持ち・生き方(139)

  異世界のギャラリーを覗く
 所用があって、名古屋・栄に出かけた折り、「市民ギャラリー栄」で開催中の「みどり墨彩展」に立ち寄った。中学の同級生から誘いのはがきが来ていたのだった。彼自身3点を出品していた。
 まず「水彩」と「墨彩」の違いは何か、そして絵の世界で「墨彩」は、一つのジャンルとして確立しているのか、を聞いてみた。私が理解したところによれば、水彩画の場合、普通は鉛筆などでスケッチして水彩絵の具で色を入れていくのであるが、「墨彩」の場合、ごく一般的な墨汁(墨)を使って全体をイメージしながら輪郭(スケッチ)を描いていく。鉛筆ではないので、消して書き直しはできない。そしてやや黒い部分も入れていく。素人には、墨は滲まないか、その上から水彩絵の具を塗っていくと、混ざって汚くなってしまわないか、という疑問はあったが。
  まず画用紙は、和紙を使うのだという。そうすると墨が乾く(固まる?)とそれが境界線のようになって水彩絵の具を使っても混ざったりはしない、浸透することがないのだという。これらの画法は、講師の南氏の発案であって、全国化しているわけでもないのだという。
 作品のあれこれについての感想は、その方面に不明なれば“全体として風景画が多いが、人物画には向いていなのかな?”“油絵のように塗り重ねの画法とはちょっと違うことがその理由かもしれない”“大きなサイズの絵はあまりないのかな?”“水彩画では100号もないではないが、これが6号(一般的なサイズ)だよ”“結構、デッサン力がいるみたいだね?”“なんでもそうだろうが、構想力あっての出来栄えといえるかな”“あんたの絵に詩をつけたが、案内はがきにあった、この絵に詩をつけたらどうなるか、来る途中考えてきたんだが、中途半端のまま”“何でも言えることだが、異業種とのコラボも意外な世界が開けるかもしれない”(詩画、俳画などは珍しくはないが)という会話を交わしたのだが・・・。
  余暇・趣味にしろ、セミプロにしろ、現在の私には、社会とのかかわりを断った世界に埋没する気持ちにはなれなので、こうして与えられた機会だけでのみ、「異世界」と接することが多い。
  ついでに上階で開催中の、「第31回 国民文化祭・あいち2016-華道フェスティバル」なるものに寄ってみた。いわゆる「いけばな」であるが、私がイメージする“花器に生けられた花の造形美”とはかなり離れていて、“いけばな”というより“花という素材を使ったアート”といった方が近いかもしれない。特に花を生ける、あるいは支える器材そのものからして、相当手が込んでいるのである。中には「SHALL  WE DANCE」というタイトルの、2体が手をつなぐような作品もあった。それにしても、「流派」はたくさんあるもんだなあ、「池坊」とか「石田流」とかは、知らないまでも聞いた、見たことはある。だから“暖簾分け”したものとか、あるいはどなたかが、大きな賞をとったうえで「流派」を名乗れば、それも一つの流派になっていくのだろう。ま、どの業界も似たようなものだが。
  こうして1時間足らずであったが、「異世界」に入ってみると、好奇心をくすぐられることもあるが、改めて自分の才のなさを知り、「異世界」の広さ、自分の立ち位置とかを知ることになる。そうした刺激みたいなものを受けることによって「私は、私の時間を持って過ごしてきた。小なりとも仕上げるという作業がないだけ。仕上げることのない未完の人生なのだ」などと思ったりするのである。

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2016年11月 4日 (金)

衆院選に向けて、愛知の市民運動が始動!

小選挙区選挙をどう対応するか
 旧「政治を考える市民の会」のメンバーが中心となって、衆議院選挙での野党統一候補を求める「愛知市民シンポジウム」が開かれ約50人が参加した。
 この間の経過説明とシンポジウムの趣旨の説明があった後、呼びかけ人からの発言として、白井えり子さん(日進市議会議員)、中谷雄二さん(安倍政権の暴走を止めよう共同行動実行委員会共同代表・弁護士)、村田峻一さん(名古屋大学院生)の3人が、先の参院選挙に触れながら、この間の政治情勢と、次期衆院選の重要性などを訴えた。
 意見と質疑応答の後、参加者全員が15小選挙区毎に分かれて、とりあえずの顔合わせと意見交換を行った。その結果については、時間切れ発表されなかった。私の第3区では「民進党の近藤昭一氏(現)を全面的支援する」また共産党との共闘については、近藤さん本人はともかく「民進党の市会、県会の議員の意向も大いに関係するので、彼らの動向を見ないと何とも言えない」とした。
  私見では、共産党は、自候補を下ろして「野党共闘」に協力する方針をとると思われるが、近藤陣営では「共産党の票が上積みされる一方、共産党と組みすることで“目減り”する票もあろうから、それを天秤にかける」「あえて共闘しなくても勝てる論」が交錯するのではないか。(政策協定の問題が浮上する)
 さて、このシンポジウムは、年明け早々の「冒頭解散」を想定しての、衆院選に向けた市民運動の側の「始動!」ということになる。そこで論点整理を私なりにまとめてみると、まず大枠として「次期衆院選挙の取り組み」と市民運動として「地域共同行動」をいかに結集させ、政党を含む政治そのものへの影響力を駆使できるような「基盤形成」の蓄積にあると考える。
 「次期衆院選挙の取り組み」については、参院選で勝てなかった事実を踏まえ、「小選挙区制」という選挙制度の中、再出発するからには「アベ政治を許さない」から「安倍政権の打倒!改憲勢力3分の2の打破」が大目標である。そのための有効で多様な選挙戦術を採り入れ、研究し、駆使する方策を早急にまとめる必要がある。
 では、「地域共同行動の基盤形成と蓄積」についてはどうか。それは同時に各選挙区における取り組みに直結するはずである。それを思いつくままに列挙していけば、①今日の集まりを軸として「民進党と共産党・社民党をつなぐ(野党共闘)役割」を担う力量を獲得する。②先の新潟知事選挙や、森ゆう子議員(民進)の選挙戦術、あるいは、白井さんが提起した先行する7区の状況などに学ぶ「選挙ノウハウ」を身に着ける。とりわけ「有権者の気持ち(期待)」が、どこにあるのか知らねばならない。③この地では、影響力の強い「連合愛知」との対応と、野党各党間で「違い」がしばしば問題になる「原発問題」について、野党共闘を成立させる“落としどころ”を探る努力をしなければならない。④愛知の15選挙区では、それぞれ自主的かつ創造的に選挙戦を取り組むことになるが、全体としての「連携」も必要だろう。(とりあえずMLの設置と会の名前が決まった)また、政策のモデル(スタンダード)も持った方がよい。そこで政策の3本の柱「安保法(戦争法)の廃止、立憲・平和主義、脱原発」のうち「脱原発については、柔軟に対応していいのではない。⑤改めてイタリアの「オリーブの木」構想を追求してみてはどうか。
 最後にこの会を「市民と野党をつなぐ@愛知」とし、「@愛知」の後に「3区」を入れれば、「支部」のような表示になる、とした。

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2016年11月 3日 (木)

男の気持ち・生き方(138)

  末の孫とプラネタリュームへ
  この日、日本国憲法の公布70周年を迎えて、あいち九条の会主催の「安倍政権とメディア-私の決意」と題する集会が開かれた。講演者は岸井成格(きしいしげただ)氏(毎日新聞社特別編集委員、元毎日新聞社主筆、TBS「サンデーモーニング」コメンテーター、他)であるが、今や“時の人”の一人といっていいだろう。ということで、これは見逃せないと予定を立てていたが断念した。
  それは、末の孫娘(小1)を預けられ、名古屋市科学館・プラネタリュームで半日を過ごしたからであった。朝9時には、チケット購入のために科学館前の列に並んだ。550番目あたりであったろうか。11時20分のチケットが取れた。
  理屈をこねれば、岸井成格の講演は私自身の肥やしになるが、先々のことを考えれば、その実りのほどはさほど大きくはないと思われるのだ。一方、これも不確かであり、“願望”に過ぎないのではあるが、孫を「科学」に出会わせることの方が、今や価値が上であると思わないでもないのである。
 日常的には、“かわいい”だけ、“教えたい”だけで、連れ出したり、物を買い与えたりはしない。あくまで親の依頼か、孫自からの希望があった時だけである。それゆえに優先的にもなるのである。
 プラネタリュームは1日6回行われるが、大きくは「一般」「ファミリー」「学習」の3つに分かれていて、投影時間は50分で同じだが、内容で若干の差があるようだ。今日の第2回目は「ファミリー」のコースで、やはり小学生以下の子どもと一緒の親子連れが多かった。
 プラネタリュームは、大人でも十分楽しめるし、何度足を運んでもワクワクする不思議なものだ。未知な世界であるし、「星」という浪漫もあれば、星座という物語もある。好奇心をくすぐられながら、気が休まり、明日へ続いていく“希望”を持ち帰ることができそうな、つまり“またいつか、来てみよう”と思わせるのである。
 といいつつ私は、惜しいことに時々眠ってしまうことがあったのだった。常用している薬に催眠作用の成分が入っていることもあるが、こうして眠くなるのは、案外「加齢」のせいであろうと思う。テレビの前では、内容がつまらないこともあるが、しばしば眠ってしまって10分くらい画面が飛んでしまうのである。
 プラネタリュームが終わってからも孫は、展示室の各階を“疲れを知らない子ども”そのままに飛び回るのだった。こちらは、遠目に後姿を追いながら、何に一番興味を示すのか観察するのだが、今のところ、突出したものはなかったように思えた。まあここは「科学」という領域だから、動物園、水族館だけでなく、この先、博物館、花の館(園)、図書館、美術館、コンサートあるいは、様々なスポーツ、ハイキング、社会見学などで何かを見つけるのであろうが、「親の欲目」みたいなものがあって、何か特別な才能がありはしないかとそっと覗き込むのである。
 とはいえ、上の孫二人は、ぼつぼつ“ジジババ離れ”が始まっており、この末の孫娘もあと2~3年であろうかと、後姿から想像してしまうのであった。

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2016年11月 1日 (火)

男の気持ち・生き方(137)

  2016年11月になって
 2016年も11月に入った。当たり前のことだが、みんな一緒なのだ。だが、日付が変わったとたんからみんな違う1日が始まった。
 かくいう私個人としては、メモしておきたいほどの1日であった・・・。
  まず、断続的に続けている、主として物の「身辺整理中」の“紙類”を、今朝大量に廃棄することになってリサイクルに出した。この“紙の山”は、いったい何だったのか。読んで部分的に記憶して、それでも忘れてしまうことを恐れ、あるいは、いつかは参考資料として再利用することもあるかもしれないと、さらにひょっとして捨てるのは“もったいない”と、その時は思ったかもしれない。いずれにしても、今となっては、“離縁”するほかない。リサイクルされて、“第2の人生”を歩んでくれ、という心境であった。一方、多少「商品価値」がありそうだとメボシをつけた本・雑誌類は、丁寧に扱って残した。いずれ古本屋の引き取ってもらうつもりだ。レタリング、カメラシリーズ全8巻、NHK編集の「地球大紀行」他、小説の単行本もあった。とはいえ値がつくものは少ないし、ま、これもリサイクルの一つともいえようか。
  今日は晴れそうなので、早めに洗濯を済ませ、近くのクリニックに行って、予約をしておいた、補助のついた「名古屋市高齢者肺球菌予防接種」を受けた。10日前には、今年の「インフルエンザ予防接種」も受けていて、一応、万全とは言えないが迎冬の準備ができた。
予防接種といえば、もう30年も前になろうか、家で工作中に手を滑らして、錐(きり)が掌から手の甲に抜ける傷を負った。錐の先端が、手の甲に抜けた時は、少々びっくりしたが、神経を外れたのか、さほど痛みは感じなかった。それでも、治療しておいた方がいいと思って病院に行ったのだが、その時医者の勧めで、治療後に「破傷風」の予防接種を2回に分けて受けたことがあった。“これで一生大丈夫です”といわれたが、一生大丈夫?破傷風に罹らない?については未だ信じていない。そんな免疫ってあるのだろうか。
  クリニックから銀行に回って通帳の残高を確認した。日常的にカード払いが殆どであるが、カードを紛失した場合、ひょっとして悪用された場合に備えて、残高は3か月分程度にしているので、時々点検しないと不足してしまうのだ。とりあえず年末年始の出費を考えての残高に問題はないと判断した。ここまでが「家事」。
  午後からは、「第3次身辺整理」の段階の、1970年代の主要な運動であった、労働運動に加えて「三里塚」「沖縄」「部落差別」の諸資料の整理に入った。その多くは残しておきたいのだが、現実に活用できるのは部分的な労働運動関係と「沖縄」だけ。とりあえず、段ボールに紙銘板を貼って、すぐに引き出せる、特別扱いの様式にして作業を始めた。しかし、作業はすぐ頓挫した。取捨選択に迷いが出たからだ。そこで作業は中断したが“当面、いや、この先不要ではあろうが、思い入れが強く捨てがたい”そうしたものは、2~3日放置しておくことが一番で、そのうち結論が出るものだ。
  それにしても、関心の領域を広げすぎた。やっぱり、これだけは人に負けない、といった「井戸一つ掘る」ことが大事だったなあ、と思わずにはいられなかった。他に「歌舞伎」「大江戸」等に関する資料がある。また悩みそうだ。
  かくして、夕食の支度時間まで濃密な時間が過ぎた。

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