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2016年9月30日 (金)

C&Lリンクス愛知・第75号

 参院選の経過を中心に
 昨日に続いて今日の午前中は、弁護士事務所1か所と社民党を訪問して、あいちキャラバンの報告と最近の情勢などの意見交換を行った。これでインターネットの関係を残して、あいちキャラバンのすべての作業が終了した。
 午後から「C&Lリンクス愛知・第75号」の印刷にかかった。今号は久しぶりに20ページ建てとなった。中心は参院選挙に関するもので、参院選の告示6月22日から投票日の7月10日までの“選挙日録”を縮小して掲載したが9ページを占めた。(文字ばっかりでスルーされそう)項目は以下の通り。
 巻頭詩「キャラバン」/齢七十路の、おもらし記・9/巻頭詩点描/参院選2016 「立憲・平和、リベラル政治」の道を一歩ずつ /寄稿・「総がかり」の立場からの私的な「選挙総括」 /政治を考える市民の会の活動を終えるにあたって /“あいちキャラバン”運動を総括する/あいちキャラバンの足跡/“牧野 剛死す!”追悼 /ピースサイクル2016・愛知
 編集しながら、印刷しながらずっと思い続けていたことは、多分読んでもらえないだろうなあ、「字」ばっかりだからなあ。だったら方針を変えればいいと思うのだが、「活動誌」ではないことと、「限定配布」という甘えもある。そして、“そう先があるわけじゃないから”という思い込みによる「自己満足」は否めない。
 故牧野剛さんの追悼文は、5月23日のブログがベース。そして「齢七十路の、おもらし記・9」とセットである。この「おもらし記」は、9月25日の「牧野剛さんを偲び、語る会」の追悼挨拶の草稿である。当日は2分も語れなかったが、草稿は5分のものであった。
 最終ページは、ピースサイクル2016の経過報告と日進市での歓迎交流集会の全員写真で締め括った。
 これで何とか、夏の繰り越し分の大半をこなして、すっきり10月が迎えられそう。

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2016年9月29日 (木)

キャラバン・あいさつ回り

 国会情勢も話題に
 あいちキャラバンは、7月14日に第6回の実行委員会を開いて、「報告集」の発行を若干名に委託することを決めて解散した。そして、9月26日に「報告集」の発送作業を終えて、これで会としての作業はメーリングリスト(ML)の扱いを残して終えた。ただ、この間、いろんな形で接点を持ってきた政党、弁護士、イラストレーターへの、お礼を兼ねたあいさつ回りが残っていて、今日と明日、元の共同代表一人と事務局長が二人して回ることになっていた。
 今日は、報告集を持参して、民進党、共産党、新社会党そして3か所の弁護士事務所、イラストレーターのアトリエを訪問し終えた。明日は、社民党と弁護士事務所1か所の予定だ。
 キャラバンについては、概ね好意的な評価を戴き、ねぎらいの言葉を受けた。そして、話題としては永田町でささやかれていると言う「年明けの、冒頭解散ありやなしや」が取り上げられた。大雑把に言えば「ないだろうけれども、安倍のこと、ここと思えば解散に躊躇しないだろうから、心づもりは必要」ということになりそう。
 解散に踏み切る要素として、①自衛隊の南スーダン派遣で“駆けつけ警護”など、仮にも自衛隊に「死傷者」が出たら、周辺事態条項はおろか、安保法まで影響しかねない。そうなる前に、早めに解散する。②参院選で「野党共闘」は一定の成果が出た。時間が経てば経つほど、野党共闘がより戦術化して衆院2/3維持が崩れかねない。③自民党は、2017年の定期党大会を3月5日に東京都内で開くことを決めたとされるが、安倍は、衆院選挙を勝ち抜いて、総裁任期延長を確かのものにしたいという意欲を持っている。④予算審議と重なるが、多数をもって年度内成立は乗り切れる。⑤年内にロシアのプーチン大統領との首脳会談が予定されているが、仮にも「2島先行返還」ないしは、それに近い現実的な成果を得たとすれば、その「外交の成果」をもって支持率を上げ、解散に突っ走る。
 これだけ揃うと「ないだろうけれども・・・」なんて言っておれない気がしてくる。
 ただ私は、7月に参院選挙があったばかり。都民は、知事選挙を終えたばかりで補選もある。消費増税30か月延期といった「利益誘導」といったことや、“安倍首相も少々やりすぎ”感が徐々に浸透しているのではないか、そんな気もするので、どちらかといえば「通常国会冒頭の解散総選挙」は「ない」方に傾いている。
 同時に、共産党、民進党はある程度候補者の選定は進んでいるとは思うが、自民党や公明党ほど「臨戦態勢」はできていない。市民運動もやや疲れているとみられ、参院選の総括から、次の段階に進む道筋を立て切れていないことを思えば、「抜き打ち解散されたら、ちょっとヤバいかな」というのが本音といったところかな。

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2016年9月27日 (火)

飯島慈明さんの「講議」を聴く

 憲法24条と周辺事態条項
 第6回「リベラル政治懇話会」が開かれた。今回から自民党の「日本国憲法改正草案」批判シリーズとして3回連続しての開催であり、今日はその第1回であった。
 講師は、飯島滋明さん(名古屋学院大准教授、戦争させない1000人委員会事務局次長)で、大概の集会・デモに参加している行動派の大学教員である。つい先ごろも、沖縄・高江の現地闘争にも参加したとのことであった。
 テーマは、「自民党の憲法草案を斬る」であったが、今日は、周辺事態条項(自民党の改憲草案では、第9章 緊急事態 として設定され、緊急事態の宣言・第98条1項から4項及び緊急事態の宣言の効果・第99条1項から4項が新設されている)と「家族、婚姻等に関する基本原則」とする第24条を軸に90分の「講義」と40分の質疑があった。
 この場には、元参院議員の大脇雅子弁護士も参加されていて、飯島さんが憲法条項の分析・解説を進める一方で、大脇さんが国会での審議過程などを説明するという、2元的なお話は、文字通り「講演」というより「講義」というにふさわしいものだった。ちなみに今回は初めて某大学法学部の学生3人が参加していた。
 周辺事態条項については、集会などでいろんな角度から発言されるケースが多く、それなりに“浸透”していると思われるが、やはり、現憲法にない自民党の改正(悪)草案を、文字として目で追い、耳から話を聞くとでは、“浸透”の濃度が違うというもの。そして、自民党が憲法改正・国民投票へ進めるプロセスには、①環境問題。新しい人権(プライバシー)②緊急事態条項③家族条項が、セットになっていること、即ち「改憲の狙い」が、「第9条」と共に明かされたこともポイントであった。
 さて、私にとってより新鮮に感じたのは第24条の「家族条項」についてであった。この条項に早くから気付いて関心を持って参加された人もいたが、私は“うわべ”だけだったので、貴重な「講義」であった。特に、「・・・しかし、1940年にナチス・ドイツに降伏したフランスの、対ドイツ協力のヴィシー政権が“自由・平等・博愛”の代わりに“労働・家族・祖国”を標語にしたように、“家族”という制度が『全体主義』に悪用される可能性のある制度」という解説。自民党が狙う家族制度とは、戦前の「家父長制度」といっていい父親を中心にした「父親のいうことは絶対的でそれに服従する」ことである、それはまた「天皇に従う、天皇のために命も捧げる」となる。即ち「天皇制(元首)の復活」を意味する、といったようなことであった。それは当然にも男女平等も、個人の尊厳も何もあったものではない、ということになる。こんな程度では「報告」にもならないから、やはり、関心のある方は、こういった機会に足を運んでもらいたいと思う。
 終わってからの道すがら、私は飯島さんに、「憲法9条については広く行き渡っていて、周辺事態条項と重ねてその改悪が“戦争のできる国へ”というスローガンとなって浸透しましたが、“家族制度”の問題をクローズアップさせていくスローガン、キャッチフレーズがほしいですね。私たちの課題ではあるけれども」みたいな話をした。
 去る9月19日の集会で主催者の共同代表である中谷雄二弁護士は、これからはもっと学習し、地域にまで広げ交流して行くことが重要だ、と述べたが、私も同感し、今日の「講義」もその一つとしていい機会を与えていただいた、そう思ったのだった。次回は11月22日の予定。

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2016年9月26日 (月)

あいちキャラバン・報告集

 配布作業を終える
 今日の午前中、予備の9部、住所不明の1部を残して、あいちキャラバン・報告集の配布作業を終えた。それは、この運動の成果を「次のステージ」に送る作業でもあったのだが、そればかりは、送り手よりも、受け取る側の主体性にかかるといってよいかもしれない。
 個人的に言えば、70代に入って最も大きな、というか力の入ったこの運動であったが、「一活動家としての最後のお努め」になるかもしれない、そういう感慨を込めての作業であった。
 終えてから、メンバーと昼食をともにしながら、“近況報告”などの雑談を交わしたが、話題は、個人的なものを除けば、次の衆院選挙への対応と現状、来春の名古屋市長選挙、地域の諸運動などについてであった。
 衆院選挙については、安倍に振り回されるのはかなわないが、「常在戦場」ということであるから、その微動をいち早くキャッチできる首都圏では、それなりの会合、動きなどがあろうから、その情報が近いうちにもたらされることを期待したい。
 地域の運動については、来春の名古屋市長選挙の話題もボツボツいったところだが、こういったところの対応の速さでは、共産党は断トツであろう。そんな微風程度の話題も提供された。どっちにしてもあの河村たかし相手だから、対抗馬を出すのは少々厄介と思われる。早い話、河村が立候補して、自・民・公のいずれかの党が支持に回れば、勝負の先が見えてきそうだ。では、河村(減税日本+維新の党)対自・民・公という構図ではどうであろうか。これは自・民・公という構図だけでは勝負にならない。公明党以外はボロボロ崩れて河村に流れかねないからだ。対抗馬(候補者)次第と言うほかない。共産党は独自候補で戦うということになろう。市民派も独自候補を持たない限り「共産党支持派対非共産派対河村派」に分かれてしまう。そして、それは、来るべき衆院選挙の“試金石”ともなろう。
 先の参院選挙とあいちキャラバンの運動で、“ニューウェーブ”とまで言えるかどうかわからないが、少なくとも私から見れば、この地域での若い人たち、女性たちの動きから、それが垣間見えた、という気がしないでもない。私はそこに関わっていく心づもりは、今のところ持ち合わせていないが、目を離さないでおこうと思う。
 さて間もなく10月。この間失われたもの、宿題、先送りされたものも少ないないが、できるだけ9月中に“重荷”を軽くしておいて、私自身の“次なるステージ”に移りたいものだ。今日はその荷の一つを下ろしたのだった。

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2016年9月25日 (日)

牧野 剛さんを偲び語る会

 私も、少しマイクをとりました
 去る5月20日に亡くなられた牧野 剛さんの「追悼集会」が名古屋・河合塾近くのホテルで開かれ、250人は下らないであろう“関係者”が参加した。
 参加者の多くは、予備校・河合塾の理事長以下、同僚、講師、教え子であり、そして、高校、大学の同級生、彼が立候補した選挙に駆け付けた人たち、そして、わずかだが、「1988年名古屋五輪反対運動」「愛知万博反対運動」などの市民運動を共に闘った人たち。他にも交友のあった大学教授、出版関係など多士済々であった。
 第一部の会場では、正面に祭壇が設けられ、白菊の中に牧野さんの予備校での授業風景の写真が飾られた。その遺影の前になぜか“缶ビール” 3つが並べられていた。
 また、映像コーナーや、彼が活躍した当時の写真、雑誌・新聞のスクラップと共、著作が並んだ「メモリアルコーナー」さらに「芳名録記帳台」が設けられていた。
 最初に1分間ほどの黙とうが捧げられ、参加者による献花が行われた。追悼の言葉は、河合塾・河合弘登理事長、河合文化教育研究所木村敏所長、水田洋日本学士院会員(アダム・スミス研究者)、青木和子さん(河合塾講師)と続き、お連れ合いの加藤万理さんがあいさつをされた。
 様々な分野から、牧野さんにまつわる話(追悼)が多く語られたのは、テーブルを囲んでの「宴席」の第2部の場であった。ここでは20人を超える人が次々とマイクをとった。
 大半は、私にとって知らない人ばかりであったが、名前だけなら廣松 渉(哲学者、東大名誉教授)夫人、呉智英(評論家)、稲垣喜代志(風媒社元代表)の各氏、かわったところでは、『情況』編集長の大下敦史氏が、牧野さんの新左翼運動の一面を語っていた。また、鈴木邦男といえば、今では「評論家」だが、右翼団体といわれる「一水会」の最高顧問である。さすがといっていいか、内容はメモしなかったが、おもしろい話に会場は一時静かになった。
 多少は知っていた元多治見市長の西寺雅也さん、市民運動関係では唯一の女性、丸山悦子さんが続いたが、それぞれの持ち時間がなんと2分、そんな時間で収まるはずもなく、ほとんどが5分以上で、予定時間はオーバーして、私の出番の時には、きっちり2分で×の合図を送られた。
 私は、愛知万博反対運動の時の1990年ころから、2001年の名古屋市長選挙まで、牧野さんと運動を共にしたこと、その間の、愛知万博の賛否を問う条例制定の県民署名と、1999年の知事選挙について知られざるエピソードを幾つか用意して2分少々で収めるつもりであった。しかしその原稿はボツにせざるを得ず、それに替えて用意した1994年の参院選挙の「出直し選挙」で、牧野さんが立候補した時の、選挙用の「Tシャツ」を掲げて披露し、次に、県民署名運動の時に使ったのぼり4種類を次々に掲げる“ショー”でこれに替えたのだった。
 誰もが言葉にした彼の“業績”は、それぞれの胸にたたまれたままでは、それこそ埋もれてしまうだけである。多くの事例がそうではあっても、どなたかが言っておられたが、“こんな話、意見交換の場があってもいい”という点では同感する。しかし、こういう特殊の場だから人が集まり、故人の業績に焦点を当てるけれども、それをなにがしかの運動に組み立てることは容易ではない、もまた事実である。
 私は帰宅して、この一文を書いているが、リーダーといえるリーダーを失うことはあっても、改めてこの社会がリーダーを得る機会とは本当に稀なんだなあ、とため息するばかりであった。

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2016年9月22日 (木)

沖縄の今!を聞く

 安次富浩さんを迎えて
 昨夜は、沖縄・ヘリ基地反対協・共同代表の安次富浩さんを迎えて「沖縄と日本 ~安次富浩さんに聞く~」という集会があり、現地の東村高江の「オスプレイ(ヘリ)パッド」建設の強行、機動隊の暴力的規制と同時に、「沖縄の今、沖縄の闘い方」みたいな報告を受けた。
 安次富さんは、今日の午後、岐阜県瑞穂市総合センターで開催された「辺野古基地建設反対の集い 沖縄は今!辺野古基地・高江ヘリパッドを問う!」集会に招かれ、この地に来られた。それなら愛知にも寄ってもらおうと、あいち沖縄会議・日本聖公会中部教区沖縄プロジェクト・不戦へのネットワーク・DemosKratiaが主催者団体となって、この集会を設定したとのことだった。
 警戒と、事実を伝えることに恐怖する自民党辺りから攻撃を受けている現地の「沖縄タイムス」「琉球新報」の話から始まって、この間沖縄の問題・実情がアメリカでも広く伝わるようになってきたこと、9月16日の、福岡高裁那覇支部が、「違法確認訴訟」判決で、普天間基地の「移設先」を辺野古以外にないと断定し、翁長知事の辺野古埋立承認取り消しを違法とし、日本政府の言い分を丸ごと追認した判決を、結論先にありきの、政治的な判決だと批判した。
 更に、翁長知事を支える「オール沖縄」の原点について、それは本土の「野党共闘」とはかなり違うこと、例えば、「オール沖縄」とは、県議会、41市町村長・議長の連盟であり、財界も民進党も公明党も「辺野古移転」に反対であることなどだ。そしてこの間の2014年11月の知事選挙、12月の衆院選挙で与党を撃破、2015年10月に翁長知事が前知事の「辺野古埋め立て処分」を取り消したことで、「オール沖縄」が誕生したと。
 沖縄問題の根源は、日本の国土面積の0.6%の沖縄に 78.46%に及ぶ米軍専用施設が存在することにあるが、もっと言えば、沖縄の問題を「他人事」としかとらえていない本土の、そのものの実態であろう。その端的な例が、9月12日の民進党・蓮舫氏の発言「・・・辺野古移設について、(米国と合意した)結論は基本として守るべきだ。どんなに米国と話をしても、選択肢は限られてくる。基軸はぶれるものではない。それが外交の基本戦術だ・・・」と語ったことに現れている。民進党全てが蓮舫氏に同調するものではないが、野党の第1党がこれでは困る。安次富さん、この問題に触れながら、それでも沖縄の民意に従い、普天間基地の即時閉鎖、辺野古移設断念、アメリカ本土への移設、そして、戦争政策と原発再稼働、TPP推進する安倍政権と対峙するには「野党共闘」は必要だといい、重き荷を追う「沖縄」の揺るぎないものを見せるのだった。
 安次富さんの一言、一言に熱いものを感じつつ、またしても“私たちは何をしているんだろう、私たち自身が、沖縄に寄り添う”とはどういう形あるものにすればいいのか、じわりと迫られたこの夜の集会であった。

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2016年9月20日 (火)

週刊金曜日の購読中止が迫る

 テーマで残したいものを選ぶ
 もう半年も前のことであるが、創刊号から購読してきた「週刊金曜日」は、定期購読が切れる10月をもって購読中止と決めた。その日が近づいている。ちなみにこれも創刊号から購読してきた「労働情報」は、既に4月をもって購読を中止した。
 手元に積んであった約150冊の「週刊金曜日」も、いよいよ来月初頭の「廃品回収」の出す準備を進めており、その点検をして、38冊を当分手元に置くとした。主として「特集記事」を残すことにしたが、やはり「憲法問題」が8冊と一番多く残り、「沖縄問題、「労働問題」「原発問題」が続いた。この4つの課題は現在進行形だからであろう。
  150冊といえば約3年間になるから、それ以前のものは、これから順次手元から離れていくとしても、年月が下るごとに残す冊数も減っていくことは間違いない。時事問題、ニュース性が持ち味の「週刊金曜日」なのだから。
 1冊ずつ、表紙と目次を見ては即断していくのだが、手放すものは右側に置きつつ、3分の2は、一瞬迷うことが多かった。その都度「関心度」もあるが、この先そのテーマについて何らかの執筆の可能性があるかどうかの判断が優先した。あるいは、そうでなくても身近ではないテーマで、“わきまえておかないといけない”テーマのものは残した。例えば「貧困女子」の現実(1041号)であり、「特集・アイヌ民族」(1101号)などであった。
 そして、購読が切れる日が近づくにしたがって、熟読することが多くなってきて、購読中止をやめようかな、という気持ちに陥りがちになる。それでも「決行」は変わらないが、できれば、毎週チェックして興味が惹かれたなら、店頭で買おうかなとは思っている。問題は、店頭に並べる書店が近くにないことである。だから「定期購読」でもあったのだが。

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2016年9月19日 (月)

「安倍内閣の暴走を止めよう」大集会&デモ

 白川公園に2000人が参集
 安保法が「成立」されたとする2015年9月19日から1年。近年にない市民(団体)と政党の立場を超えて取り組まれてきた「安保法廃止」の運動は、7月の参院選挙の結果にかかわらず、一層の高まりへ進もうとしている。
 今日の集会はその踏み出しの集会とデモでなかったか。主催者発表で2000人の参加とあった。
 壇上には、近藤昭一衆院議員(民進)、本村伸子衆院議員(共産)などが上がったが、中谷雄二共同代表(弁護士)の訴えに内容と迫力があった。彼は、この1年を振り返りつつ、“これから”を語ったのだった。過去のことはどうでもいえる。現状のことはちょっと情報を集め、丁寧に分析すれば、それなりの報告と解説はできる。だが、多くの人が知りたいのは、「アベ政治許さない」というがではどうすりゃあいいのか、なのである。
 中谷弁護士はこんな提案、発言をした。状況を広く知らねばならない。知らしめねばならない。そのためには「学習」をすることだ。それは広く深く学ぶことであり、そして地域で活動する団体、グループとの交流を深め、つながっていくこと。安保法のこと、原発再稼働のこと、沖縄辺野古新基地のことなど、もっともっと知ろうではないか。そのためのシンポジウムも開いていきたい。その先に、政権打倒(政権交代)を見据えるならば、「野党共闘」なくしてあり得ない。そのための「市民」がもっともっと声を上げていこう。10月19日も、こうした集会とデモを開催していく。折々に開催していく・・・。
 この「学習」は、単に知識を得る、己を磨くというだけではなく、「学ぶことで自分が変わる、自分が変わることで政治を変える力になる、政治を変えることで未来が変わる、アベ政治を変えることが出来る」つまり、「政治に参加する」という自覚を持ち、意識を高め、その層を厚くしていくことに他ならない。
 この道のベテランにとっては、濃淡はあれ「経験則」の一部に違いないと受け止める向きもあるかもしれないが、多くは自分の中に取り込んだままではないのか。もっと見える形にしていくには、声を上げると同時に「組織化」していくことである。それの実践については、無党派に遅れがあるようだし、民進党は共産党に及ばない。そのことをもっと戦略的に自覚すべきだと思うのだが・・・。
 27日に「リベラル政治懇話会」の例会があって、政治学の飯島滋さんを講師に迎えるが、その場で、これを話題にしてみようかな、と思ってはみるが、その先まで考えると、ちょっと荷が重いかなとも。

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2016年9月18日 (日)

TMPCWAを支援する愛知行動

 名駅前の街宣活動
 争議から15年を経過して、尚、頑なに「鉄の門扉」を閉ざし続けるトヨタ自動車に対するフィリピントヨタ労組の闘いの支援活動が取り組まれた。今日と明日の両日に亘る。
 日本とフィリピンでは、国情も法律も違い、237名に及ぶ解雇という「労働争議」と一口に言っても、「日本的」には考えられない難しさがある。しかし「働くものの労働環境-雇用、労働諸条件、安全衛生」などは、低い、遅れているものは、より高いものに引き上げていく、そのための情報交換と、交流連帯が国境を越えて歴史の中で積み上げられてきた。
 その観点からすると、「労使」の隔たりを埋めるのは、まず当事者間の話し合い、つまり「団体交渉」という場がある。無政府状態の下でない限り、それに誠実に向き合うことが「世界基準」である。それでも歩み寄りがない場合「ILO(国際労働機関)」の「勧告」という手立てが用意されている。ただこの勧告に強制力はなく、また、労使に出されるものでなく、当事者の「政府」に出されるのであって、政府が動かない限り、効力が発生しない。
 もう一つは、「多国籍業」という問題である。トヨタ自動車は、フィリピンに工場を作り、生産と販売を始めた。当初の出資比率は知らないが、現在も30%以上の株を保有していると聞くし社長を送り込んでいる。形としては、フィリピントヨタ社は独立法人であるが、技術支援も含め実質的な支配は、トヨタ自動車本社が握っているとみていいだろう。
 そこで、長期の艱難辛苦の闘いに耐え、超えてきたTMPCWAは、歩み寄りも含めて話し合いで解決する用意があると再三再四表明している。その一方で「ILO」勧告が出され、フィリピン政府に早期争議解決に尽力すべきといっている。さすがに政府もILO勧告を無視できず、争議解決に一定の行動をとっていると聞くが、なお、前進しないのは、“別の力”が働いているのか、“本気度”に問題があるのか。ということで争議解決は「フィリピントヨタ社(TMPC)」の態度如何にかかっている。ところが、TMPCは、自主解決能力が欠如しているのか、ここでも得体知れぬ“別の力”が働いているのか、腰が座っていないと聞く。
 午後4時ころになって、関東からのバスが到着し、TMPCWAエド委員長ほか1名と、関東の支援グループが加わって、トヨタ自動車の名古屋オフィスが入るミッドランスクエア前は、支援の人、のぼり、プラカードでがぜん賑やかになった。エド委員長の発言、支援の会の代表のアピールなどに続いて、現地との連絡窓口になっているTさんが、最新の状況報告を行った。
 よくは聞きとれなかったが、フィリピンの新大統領にドゥテルテ氏が就任して、それ以前のアキノ大統領、アロヨ大統領とは違う政策を打ち出す可能性があり、注視しているとのことだった。アメリカや国連を貶しまくる大統領の評判は芳しくないが、その“他を恐れぬ”言動の中に「トヨタ自動車の圧力」も意に介せず、“まっとうな労働者の生活を保障する”なんてことが彼の“持ち味”なら、それに期待するのも悪くはなかろう。だが、えてしてこういうタイプは、時間と共に海外からプレッシャー、国内の官僚の雲の巣に引っかかっておとなしくなってしまうこともないとは言えないのだ。だとすればドゥテルテ大統領の“有効期間”はどれほどか。吉報をまとう。
 明日は、例年のごとく、午前7時からトヨタ自動車本社周辺でのビラ配りと、9時から、本社に入って交渉が持たれる。申し入れ書も受け取らない傲慢な対応に少しは変化が現れるだろうか。

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2016年9月16日 (金)

映画「シン・ゴジラ」を観る

 ああ、なるほど、なるほど
 この映画の筋書きも、話題性もすでに出揃っているので、いまさらという感じではある。
  かくいう私は、8月中に観に行く予定であったが、別映画が優先して見損ねてしまった。そのうちに思いつつ、“見ておいて損はない”みたいなコメントに接して、それならばと出かけたのであった。
  まず気になったのが、「シン・ゴジラ」の「シン」は「新」「真」なのかであった。見た後ではどちらともとれると感じた。これまでのゴジラとでは「核」から生まれた、あるいは変異したという点では変わらないが、ゴジラの「容姿」も「武器」も「弱点」も違うし、対応する政府の内側をリアルに見せるところも違うから「新」といえる。
  では、そもそもゴジラがなぜ日本にやってきたのか、ゴジラの存在を何とイメージを重ねようとしたのか。その点では「真」の狙いが隠されているようで、それを観る者が、どこまで読み切れるか。
 折しも、安保法・周辺事態条項の議論の最中にあって、憲法・法律、日米同盟との関連解釈、アメリカの要求などが織り込まれ、自衛隊の出動の判断基準、「装備」もオンパレード。“おまけ”とは失礼だが、首相と官房長官が搭乗した脱出ヘリが、ゴジラに撃墜されてしまう。これは何を暗示していたのであろうか。
 東京、鎌倉の破壊シーンはすべてCGらしいので、極めてリアルである。そしてゴジラの襲撃で避難民は360万人と設定されていたが、東電福島原発の事故(人災)が、東京湾だったら、都民全員が避難しなければならない。いや、千葉も、横浜もである。それは「日本破滅」に他ならない。
 あれやこれやの織り込みに、“ああ、なるほど、なるほど”と頷きつつも、全体(多数の登場人物、俳優)のテンポ、場面の転換、展開の速さにちょっと整理してついていくことに難儀をした、というのが率直なところ。
 結局「シン」は「新」であり「真」であり、人間の性(さが)、ゴジラの身になって考えれば「心」もありかな、と思うところもあった。

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2016年9月15日 (木)

今夜は十五夜、「中秋の名月」

 はっきり見えましたよ
 今夜は十五夜、「中秋の名月」ということであるが、それにふさわしい、お団子を作って(買ってでも)、ススキを供えて、月にお供えをしてから月見をし、美味しく団子を食べる、なんてことは一度もしたことがない。
 私には、そんな優雅な生活環境、家庭環境、誘われるような知友もいなかったということである。ではあるが、「中秋の名月」のその宵に気の置けない友人と「月見酒」をしたい願望はある。そんなことを綴った気がするので、昨年、一昨年のこの時期のブログを探ってみたが出てこなかった。たぶん何でもない夕暮れ時の、たまたま公園を散策中にそんなことを想い浮かべたのではなかったろうか。
 今夜の8時半頃であったが、所用で30分ほど歩いて帰るとき、近くの新海池公園を通りかかったので、そのまま公園を横切るようにして歩いた。見上げれば、雲が切れてはっきりと月を見ることが出来た。それを「名月」と呼ぶにふさわしいのかどうかはわからないが、月そのものに変わりがないわけであるから、もっぱら見る人の気持ちの反映、心が平安かどうかによるのかもしれない。
 ありきたりで、古い話ではあるが私はこんな月を見るとすぐ脳裡に浮かぶのは尾崎紅葉の小説「金色夜叉」の、熱海の海岸のシーン、有名な「貫一お宮の熱海の海岸」である。お宮に振られた貫一は、“今宵の月を来年も再来年も僕の涙で曇らせてみせる”と言い置いて去っていく、あれだ。映画でも観た記憶があるが、「映画鑑賞ノート」には記載がないから、後年、リメークされたものをテレビで見たのかもしれないが定かではない。俳優の名前も思い出せない。
 2017年の「中秋の名月」は、10月4日とある。覚えていて「月見酒」ができるだろうか。

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4回連続・政治を考える市民の会の活動を終える

 その成果と今後を考える(4)
 質疑の内容の多くは、既にこれまでの中で触れたが、今後につながると思われる意見を拾っておくと、
① 日常的な政治活動は、講座や学習会に参加することも含まれ、そこで得た情報をもとに行動に移し、団体間の連携に寄与していくことが必要である。ただネットワークを活かそうというが、なかなか有機的につながっていない・・・。こうした試みは過去にもあったが、「人、金、場所」の問題で長続きしなかった。
② 政党は、綱領をもっており、それを実現するために党勢を拡大しようと考えて行動する。市民運動とは異なる。政党は「政党の論理」で動いているが、市民の声を政党に反映させていくことはできる。各政党の綱領について勉強したい・・・。という意見は、既成政党に対する失望がないわけではないが、現状からは政策で一致する野党の伸長、支援、共同が自公政権打倒の現実的選択であることは間違いない。一方で「与党の旨味」を知っている者の、“摺り寄り”も警戒しなければならない。市民には、そうした警戒心とともに積極的な「提案・意見具申・建議」が必要であり、だから「講座や学習会」なのである。
③ 野党とは、同じテーブルにつき話合い、政策を聞き、一定の信頼関係ができたと思う。さらに、無所属議員も含めて市会議員や県会議員とのつながりを深めることも重要ではないか・・・。いつまでも「名古屋中央集権」であってならず、それぞれの居住地での運動展開、つながりこそが「草の根運動」といえるだろう。ただ、政党の地域組織に加わるのと違って、新たな運動、組織作りは容易ではない。とりあえず、「無党派・市民派」の地方議員と力を合わせることも一つであろう。
④ 野党間の連携・共闘を呼びかけてきた「市民の会」の活動は評価すべきことであった。1人区と愛知選挙のような複数定員区とは区別して考える必要がある。1人区では野党共闘。衆議院選挙でも、特に小選挙区では、野党共闘を進めていく必要がある。参議院での野党共闘では数点の政策の確認があったが、衆議院選挙での野党共闘では、それ以上の政策の確認が必要となってくる。例えば安全保障政策なども重要と思うが、市民運動がそれらを提案していく必要がある・・・。というこれらの意見は、野党への期待の現れであるが、野党間の共闘は「政策協定」結べばいいというものではない。例えばイタリアの「オリーブの木」の実際はどんなものだったのか、日本での試みが成功する“秘訣”はなんであろうか、それは解き明かされているのだろうか。そしてそこでの「市民運動」の位置、役割はなんであろうか。もっと知りたいところである。

 私も「政党の論理」を超えていく持続的な「市民力」が、これからの「この国の行方、争いのない世界、地球環境の保全、回復」に欠かせないと考える。そのためには、理論と共に「リーダー」が欠かせない。リーダーを育て、支え、議論を戦わせる機会と場所も必要だ。
また、この先例えば、意見の違いがあったとしても、その攻撃先を内に向けてはならない。立ち向かい、抗う(あらがう)相手を見誤ってはいけない。
  総会での議論を聞きながら、このように感じ考えたので、4日に亘って書き留めた。これは少しでも「次代へ申し送り」になったであろうか。 完

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2016年9月14日 (水)

続々・政治を考える市民の会の活動を終える

 その成果と今後を考える(3)
 この「政治を考える市民の会」は、「市民運動」といえるものだが、いわゆる「シングルイシューの市民運動」と違うところは、市民運動、労働運動、地域活動に参加している人の協働または結集体であったこと。そして参院選挙を視野に入れた運動であることから、市民運動というより、期間限定の「政治活動」であったといっていいのではないか。そうすると「政治」はエンドレスであるから、総会議案の「本総会をもって、政治を考える市民の会は、解散する」というくくり方に違和感がある、という意見が出された。元々期間限定で出発した運動体であるから一旦リセットすることに異存はないが、それぞれがまた様々な領域で運動を引き継いでいくのであるから「解散」という言葉はふさわしくない、というのも頷ける。そこで、「本総会をもって、政治を考える市民の会は活動を終えるが、この成果が次のステージにつながっていくことを期待する。」と変更された。
  この「期待する」は、誰に?であるが、この運動に参加、参画した「それぞれ」であり、「地域共同行動」の必要性なり、プランを持っている地域の「それぞれ」である。
 また、活動を終えたが残余の資金を使って「講演会などの費用に充てる」「そのための世話人を決定し、企画や残金の管理を任せる。」ということも確認された。「シングルイシューの市民運動」なら、元の活動に戻ればいいわけだが、「次のステージ」につなげるという構想は、とりあえず「講演会・学習会」という形ではあるが、継続性は保たれたのではないだろうか。そして、単発の「講演会」とするのか、「塾」とか「学校」「フォーラム」という継続的なものとするかは、一つの検討課題であ
ろう。
 総括では、2015年11月~2016年8月までの報告と「あいちキャラバン」を加えた、これまでの3年間の活動を振り返っての提案が示され質疑・討論が行われた。
 その質疑の中で「政党の論理を超える」とは具体的にどういうことか、という質問が出された。それについて私はこう思うである。①この場合、選挙についてのことであるが、選挙区で到底勝ち目はないが、「比例区」の票の掘り起こしのために、「野党統一候補」をめざすより自党の票の積み上げを優先させる。そのような「政党の論理」の下では、「市民派」は独自に候補者を擁立し、野党との共同戦線を構築するのも一策。②解散したが「SEALDs」の活動は一つの典型を示した。③一般的には、「市民運動の論理と行動」は、必ずしも確立されているとは言えないが、そうしたものをもって、政治課題、社会的課題のイニシアチブをとっていくこと。かつての「べ平連」、最近では脱原発・反安保法制-金官行動、経産省テント村。現在も続く「月例の19日行動」週末の「金曜行動」などは、「政党の論理を超える」持続的な運動である。ただそれと選挙と結びついたかどうかについては検証が必要だ。④「オール沖縄」は言うまでもない。⑤あいちキャラバンは、「政党」の影響力から離れて独自に展開した「市民運動の論理と行動」の試みであったと思っている。 
 (続く)

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2016年9月12日 (月)

続・政治を考える市民の会の活動を終える

  その成果と今後を考える(2)
 少し振り返ってみると、2015年11月22日に「市民の会」の総会があった。そこに参加した私は、その日のブログに「・・・学習会、講演会、シンポジウムを積み重ねながら、街宣活動を続けたとしても、有権者にはよく見えないのではないか。しかもその活動は主として名古屋中心である。もしできることなら、『投票に行こう!』キャンペーンも『落選運動』も、『アベ政治は許さない』も、『県内一巡のキャラバン』を組織するのも一案だ。」だと記した。
 その後、私は運営委員ではないが、運営委員会に参加して「キャラバン」の提案をして採用された。すでにその構想は私の中では進んでいて、2016年3月18日の会議で「呼びかけ」が決定し、3月31日の「相談会」へと進んだ。
 この時点で「キャラバン」は実行委員会として立ち上げることになり、中心メンバーに3人を派遣することとし、「市民の会」は、「キャラバン」の主催者団体ではなくなった。そしてその後の活動として、立候補予定者に公開質問状を出し、それをもとに「落選運動」とするとした。この公開質問状については、直接関わらない私からコメントするのはおこがましいとは思うが、立候補者が出揃うのが遅くなったことで公開が遅れたこと、また、回答は予測できていたことで、その効果のほどは大きくないとみた。むしろ、あとから考えれば、共産党の須山候補は、憲法問題、原発問題では明快であり、一方選挙では須山と競り合うとみられていた民進党の伊藤候補は、原発問題で「脱原発」を曖昧(党の方針に沿った回答)にした。その結果、市民運動の側の多くは須山支援に回ったと思う。だが、そのことが結果として伊藤陣営に選挙戦略の方向を決定づけさせたのではないか。憲法問題はともかく原発問題を選挙で「争点化」しない。それは、連合愛知の中で伊藤選対の中心組合であったと思われる中電労組などとの方針と合致して、連合愛知の票を斉藤嘉隆候補と按分することになり、事前予想に反して4議席目を射止めた。加えておくが、当然のことながら伊藤孝恵は、自らの立候補に至る“何がしたいか”の抱負と決意を持っていた。その憲法や原発とはやや離れた「子育て」などの生活、福祉に重点を置いた戦術(加えて彼女の資質)が功を奏したといえる。
 さて選挙運動には関わらないとした「市民の会」ではあるが、この参院選挙を通して、あるいは選挙結果をから「憲法改悪を許さない」「脱原発」という政策実現に向けた会としての目標が、どこまで進んで、何を獲得して、何が課題として残ったか、そして3年余の活動の幕を引いて、「。」でいいのか、という一定の「総括」が、今回の「(解散)総会」の位置づけであったと思う。 
(続く)

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2016年9月11日 (日)

ACTION REPORT №89

 8月のできごとの報告
 10日付で、APWSL愛知発行のACTION  REPORT第89号(9月号)を発信した。多くの人に発信しているので、このブログでは「メモ」程度にとどめる。冒頭のコメントは、既に紹介しているので、その焼き直し。
              8月15日は、何の日?
 日本の8月は、6日の広島、9日の長崎の「原爆の日/被爆の日/慰霊の日」があり、15日の「終戦の日/敗戦の日」があって、「反戦平和の月(季節)」といっていい。
 ところで8月15日は、一般的に使われている「終戦の日」でいいのだろうか。世界史的に見れば、戦艦ミズーリ号で行われた日本の降伏調印式の1945年9月2日が「その日」とされている。15日は「玉音放送」があったに過ぎない。つまり、“ああ、戦争は終わった、終わった”で済ませていいのか、ということであり、「敗戦の日」としても、
 “勝った、負けた”では、無謀な戦争、アジア侵略の過ち、反省、亡くなったすべての人への追悼が、消えてしまいそうではないか。やはり、様々な思いを込めて、「日本・出直しの日」としてこんにちまでの歩みを思い返し、「平和日本・世界平和」を見定める。そして現在のありようを問い、未来へ何を残し、何を託すかのチェックポイントの日ではなかろうか。
 8月
(11)28日、河村・撤回させる会総会が開かれました
(10)28日、ユニオン学校が開かれました
(9)27日、リニア問題を訴える!
(8)26日、労働組合と憲法改悪を考える!公開学習会
(7)25日、CGSU運営委員会
(6)13日~15日、今年も平和展が開かれました
(5)12日、APWSL愛知の通信
(4)11日、路上生活者の追悼集会と納涼夏祭り
(3)08日、まだまだ続く「徳山ダム導水路」の問題
(2)08日、平成天皇が「生前退位」のメッセージ
(1)06日、外国人政策の課題と展望の講演会がありました

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2016年9月10日 (土)

政治を考える市民の会、活動を終える

 その成果と今後を考える(1)
 2013年5月に立ち上がった「政治を考える市民の会」の活動は、今日の総会をもって、その活動を終えた。その総会の参加者は11人と寂しいものがあったが、3年有余の活動に評価を与えてもいい。
 出発は、2012年12月の衆院解散総選挙の結果で「原発再稼働容認と憲法“改正”目指す自民が圧勝」したことによる危機感からであった。議論を重ねた結果、「特定政党」支持でなく「政策実現」運動として「国の根幹、国の将来を形づくるもっとも基本的な問題である『脱原発』『憲法改悪を許さない』二点に絞る」「その二点を公約に掲げる政党・政治団体に対し、候補者一本化も含めて連携・共闘するよう働きかけ、実現させることを目指す」をもとに、各党への働きかけ、全野党参加の公開討論会が数度にわたって開催され、多くの人とマスコミの関心を呼んだ。
 2013年の参院選挙では、準備期間が少なくて、実際の活動の成果を語るところまではいかなかったが、本領を発揮したのは、今年の参院選挙であったといえる。ただしそれは、2015年7月の議員定数が変わるまでと、「あいちキャラバン」の提起、取り組みとに分けられる。
 まず愛知の議員定数は、変わる前までは3議席であった。この状況について、私見であるが書いてみると、この3議席を巡っては、「自民2・民主(当時)1」もあれば「自民1・民主2」「自民+民主+(公明・共産・無所属)各1」の時もあった。ところが愛知を盤石な基盤としてきた民主党が、政権運営に失敗して凋落していくと愛知選挙区で2議席確保が難しい状況となった。そこで3議席中自民、民主の各1議席は「指定席」と読んで、第3の議席を「自民2」とさせない「民主を含む野党で2議席」という構想が考えられた。そこに「市民の会」が分け入ったのである。「第3の議席を野党の共闘で」というわけである。しかし各党にはそれぞれ「政党の論理」があり、市民団体が呼びかけたからといって直ぐさま「野党統一候補」が決まるわけではない。
  そこで二つの戦略が考えられた。一つは「市民が推す無所属の有力候補」の擁立で、もう一つは「民主党の第2の候補を無所属として、市民が共同で推す」というもの。前回惜敗した共産党の候補を推すという線も考えられないことはなかったが、共産党が候補者(公認であれ、無所属であれ)を擁立すれば、“反共”色の強い連合愛知をバックとする民主党が第二の候補を立てることは必定。そうなれば野党統一候補どころか、「野党共闘」ですら難しくなる。
  「市民の会」は壁に当たったと思う。元々、市民サイドからの候補者を擁立することは考えていない、どんな形であれ「選挙運動」に関与しない、という取り決めで出発しているからだ。それでも「市民の会」が、「野党共闘」を訴え続けたことは、今回の参院選挙において、32の一人区で11人の当選者を出した結果を見れば、この愛知には当てはまらないが、参院選挙の過程に関与できたといっていいのではないか、これが評価する部分である。
  さて、愛知選挙区の定数が3から4に代わってから、状況は一変したといえる。与党(自民・公明)も、民主も二人目の候補者擁立に動いたのは当然であろう。そして与党は自民、公明がそれぞれ候補者を擁立し連携するという“賢明な策”をとった。共産党は、1人区では譲歩しても複数区、特に4議席以上の選挙区で候補者擁立を見送ることは、党の基本方針にもとることであったろうし、比例区との関係(連携)も、大きな要素であったろう。そこでいち早く須山初美を公認候補として発表した。民進党はどうであったか。すでに第2の候補者を公募で決定していたが、選挙対策については状況を見極めようとしていたのではないか。つまり、現状では単独で2議席確保は見通せない。もし市民側の全面的な応援団が得られれば「無所属(推薦)」で擁立も視野に入れていた。だから伊藤孝江候補の名前が公にされた当初は「推薦」であり、のちに「公認」となった。
  「市民の会」は、最後まで候補者の一本化に腐心し続けたが、「政党の論理」を超えることはできず、次なる方策を立てきれることなく2015年が暮れようとしていた。 
(続く)

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2016年9月 9日 (金)

あいちキャラバン第3回編集会議

 私のお努めはほぼ終わった
 9月19日の「安保法成立から1年」を発行期日とし、参院選の前哨戦として取り組まれた「あいちキャラバン」の報告集の編纂作業がこの1週間で急ピッチに進み、連休明けの21日には発送作業が完了する見通しとなった。
 昨日の3回目の編集会議は、冊子全体のデザインの担当をお願いした現役大学生Tさんも参加して、最終的な編集の場が持たれた。彼の、いわゆる「ゲラ」というか「仮割り付け」を見て私のそれとは大違いで、セミプロ級のレベルだと思った。その方面に関係する仕事にかかわっているとも聞いてはいたが。
 ものを見て「ウインドウズ10」では出来そうもないと思い、「マックを使っているの?」と聞けば、「いえ、ウインドウズXPです」という答えが返ってきた。私は“う~ん”と唸りはしなかったが合点がいった。確かに「誌面づくり」では、XPの評価は高かった。私も重宝していた。もっとも彼は「ワードは入っていません」といい、ワード一本の私はがっくり。何か別のソフトを使っているのかもしれないが、それは聞き漏らした。
 pdfの操作ができない、スキャナーも駆使したことがない。そういえばパソコンからのFAXもここ数年使ったことがなく、その操作も忘れてしまった。時代がどんどん変貌していき、情報が飛び交い、「技術」の進化は早い(そして忘れるのも早い)。こういう時代に若いTさんが対応しているのを見てしまうと、わが世代は、「情報処理」「先進技術」「一点集中」といったところではかなわないことも多々あるな、と思わざるを得ない。だから「われらの世代は、どこで、何をすべきか」という自問は欠かせないのである。ま、その意識だけでも持っていれば、とりあえず状況から逃げ出し、言い訳をすることは少ないだろうと思ってはいるが。
 どっちにしても、若干の仕事を残して私の務めはほぼ終わった。映画になぞらえていえば「The Longest Week」といったところか。そして思うのである。やはり第1線から退いて、後方で控えるのは正解ではなかろうかと。

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2016年9月 8日 (木)

男なら泣くな 蓮舫氏、他候補を一喝

  民進党代表選 で・・・
 新聞報道によると「長野市で7日開かれた民進党代表選の候補者討論会で、旧民主党政権の『失敗』に触れ聴衆に深々と頭を下げる前原誠司元外相に対し、玉木雄一郎国対副委員長が涙ながらに『謝ってほしくない』と訴える一幕があった。蓮舫代表代行は『男なら泣くな』と注意した。討論会冒頭、前原氏が国民の期待に応えられなかったと陳謝すると、玉木氏は『羽田空港の国際化も外国人観光客のビザ緩和も前原さんの閣僚としての功績だ』と言葉を詰まらせて、擁護した。玉木氏は前原氏が率いるグループの一員。旧民主党政権時代の『戦犯』と繰り返し謝罪する前原氏の姿にいたたまれなくなったとみられる。」(毎日新聞9月8日 東京朝刊)
 このような記事、伝聞を聞くと民主党(社民連立も含めて)の政権運営の失敗(もあるが、それで“若き青年”の一生をだめにしてしまうことの損失の方が大きいと私は思っているが)を未だ引きずっていて退嬰的な落胆から這い上がり切れていないのかなあと思わないでもない。「思わないでもない」という表現は、忘れてはいない、至らざるところは反省すべきだが、いい加減にして前へ歩き出せ、という意味合いを込めているのではあるが。
  もう一つ「男なら泣くな」といえば、「女なら泣いて済ませられるのか」という揶揄した声も聞こえてきそうだが、それも聞こえてこないほど、注目度が低い状況も想像出来ないこともない。
 そして蓮舫が、岡田代表を“つまらない男”とお調子に乗って言った一言も、なかなかいいようには解釈されず、「失言か駄弁」として打ち捨てられた感がある。
 私は民主党のサポーターだった。民進党になってからはサポーターの手続きをしていないので今は代表選挙の選挙権がないまま事態の推移を見守っている。
 私は、民進党に期待はするけれども、どちらかといえば「安倍暴走に警戒」と「安倍亜流の“野党”に警戒」があって、それを共産党に期待するのではなく、民進党の「立憲・平和、リベラル派」に期待しているのである。そうであるから、民進党の失敗や“怠惰”と思えることも、指摘はするが非難は控えるようにしている。そういう“陰の支持者”がいることに気がつけば、民進党ももう少し、“まし”になるのではないだろうか。もっとも“まし”程度では困るのだが。

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2016年9月 6日 (火)

男の気持ち・生き方(135)

  データに踊らされる
  内科の定期検査日であった。血液検査と尿検査と問診。検査項目は40項目ある。医師の見立てで5項目追加されることもある。昨年12月のある項目の検査が「危険領域」の入り口で、2月の検査でさらに悪化。さすがに“再発”の危機感をもって、“生活習慣”を変えたというより、やるべきことをより徹底させた。4月、6月の検査で良好の傾向をたどり、今日の検査で「正常値」にはまだ及ばないが、危険水域からは抜けたようだ。
 だがちょっと気を抜けば、“データ”など、“なんだこれ!”というほどに変貌してしまう。こうして、検査は安心を授けてくれる一方、常に“尾行”され“監視カメラ”に捉えられているような気がしてうっとうしいのである。
 もっとも、日録(ブログ)を書き、私的な日録をメモし、体重計の4つのデータを記録していると、当初の“一喜一憂”から、“ま、今日は、こんなもんだろう”という予測してみる“楽しみ”みたいなものも芽生えてくる。
 このような“データ”は、何も健康診断だけが身近にあるわけではない。暮らしの中の多くは様々に“データ化”されているといってよい。健康バロメーターで言えば、「平均寿命・健康寿命」「1日の健全摂取カロリー」「栄養素別1日の摂取量」「睡眠時間」「排尿・排便回数と量」「一日の健康歩数」「年齢別平均睡眠時間」そしてなぜか忘れることのない「エンゲル係数」。「偏差値」なんてものは昔はなかったが。
 経済指標などもっと細やかで、膨大なデータが管理、駆使されているに違いないし、「内閣支持率」「政党支持率」といった世論調査では、その“安直”なデータが、政治の流れを変えたり、淀んだりさせたりして、不快、不信に感じることは少なくない。
 あるいは、そのデータの管理、応用が職業として成り立つ昨今、その対極にあるといっていい“手作り”の仕事、職業、運動の世界が、狭まってきているのかな、“時代遅れ”になりつつあるのかな、と思わないでもない。
 この1週間、特にこの2~3日は、「あいちキャラバン報告集」の編纂作業に明け暮れ、半徹夜もあって、生活は乱れっぱなし。それにつけ、パソコンがなかったらどうなっていただろうとか、パソコンの初心者段階でしかないわが能力では、追従していけるのも時間の問題といえそうだ。“老域”に入った今、様々な運動体験、知識を後輩に伝えることの大事さもさることながら、もはや、パソコンの世界では教えを乞う状況となっているのが実態である。
 検査やそのデータに驚かされ、踊らされるのは、たまのことでしかない。しかし、それでも“主体性”をもって、対処したいなあと思わざるを得ないのである。
 

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2016年9月 3日 (土)

民進党代表選挙

 期待するもしないも・・・
 9月2日公示され、15日の臨時党大会において決定する。蓮舫氏、前原誠司氏、玉木雄一郎氏の3人が立候補し、情勢としては、蓮舫と前原の争いとされる。得票のカウントについては省くが、第1回の投票で過半数を獲得できなければ、上位二者の決戦投票となる。
 早速今日、立候補した3人の候補は、地方遊説の最初として大阪市で行われた街頭演説会にそろって参加した。大阪を含む関西ではすっかり維新の党に支持を奪われ、共産党にも後塵を拝している民進党であるが、そうだから大阪で第一声を選んだのか。どっちでもいいが、マスコミも含めて注目度は薄いようだ。
 それは、民主党時代の政権の失敗があまりにも大きいといってしまえばそれまでだし、代表選挙に何も期待していないといえばこれもそれまでの話だ。それでは、自民党に代わる政権党として、“次善の策”として、維新の党か共産党に期待するのか。
 実際、運動の現場で共産党支持者のように“共産党に期待する”となんのてらいもなく“民進党を支持する”とは、サポーターの私も言い辛い。そこで民進党内の「半自民派」には警戒して「立憲・リベラル派」に期待しているという注釈をつけざるを得ない。
 代表選挙に当たってこの愛知では、前原支持の国会議員が多数派のようだ。古川元久、牧義夫、鈴木克昌・・・、あの山尾志桜里さんも、推薦人にはなっていないが、前原支持だ。とすると、愛知のリベラル派で、蓮舫氏に名前を連ねたのは赤松広隆氏と近藤昭一氏の二人で、斉藤嘉隆氏や伊藤孝江氏、大西健介氏らはどうなんだろう。
 共産党との連携、選挙協力という点だけを取り出せば、蓮舫氏、前原誠司氏、玉木雄一郎氏の3人に、濃淡はあるが素人目にわかる大きな違いはなく、例えば、先の参院選挙で共産党の須山初美氏を応援した側にしてみれば、“民進党の代表に誰がなろうが・・・”と関心は持てないのかもしれない。私には、マスコミもこの論調に近いように思えてならない。
 ではあれ、私は、民進党だけでなく、自民党、公明党、共産党、維新の党、社民党など各政党の代表・総裁・党首の人事に関心を払わずにはおれない。組織の、ましてや政党のリーダーに関心を持てないとしたら、それはどういうことか?
 この代表選挙で愛知の状況は、議員レベルで言えば蓮舫・前原に割れて、代表の大塚耕平参院議員はそのバランスの上に立っていると思われる。蓮舫氏の支持の中には、旧社会党系と旧民社党系もあるが、これも微妙に思えてならない。赤松、近藤両氏は俗にいう「左派」であろうか。そのような分類は意味がないかもしれない。では赤松=労組派、近藤=市民派という見分け方はどうだろうか。
 なぜ、そうした見方をするかといえば、そこに、共産党を含む「野党共闘」「オリーブの木」「立憲平和・リベラル」というくくり方とどれほどの距離感があるか見たいからだ。
 いずれにしても、非公表になるかもしれないが、愛知における党員、サポーターの投票先が気になる。

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2016年9月 2日 (金)

報告集の編纂が佳境に

 あいちキャラバンの仕上げ
  私にとっては参院選の前哨戦と位置づけ、全力投球した「あいちキャラバン」の報告集の編纂作業が進み、原稿集約は9割、仮の割り付けを終え、これから最終的な編集、校正を経て、発注することになる。予定では9月19日の発行となっているが、最終的な取りまとめをされる方の都合によっては、相当日数ずれ込むこともありうる。
  キャラバン22日間の日程に沿って、それぞれの地域の様子、感想、意見などを盛り込み、できるだけ写真を取りこもうとしているが、実際は、全体のページ数が抑えられているので、1ページに1枚~数枚程度。「読みやすいように」という当然の要求に沿わねばならないが、私の経験、感性では難しい。それで全体のデザイン、編集の取りまとめを外部の若い人に依頼しているのが現状。
  いずれにしても、参院選挙も終わり、この運動に早く区切りをつけて、次の領域に移りたいというのが本音。そしてこのような広域で、初対面の人・グループとの共同作業の中枢を担うのは、これを最後にしたいというのも本音。あまりにも作業量が多く、八方に気配りを集中する仕事は、体力、気力に加えて「忍耐力」が必要で、わが器量を超えていたことは確かだ、つまり限界を感じたのだった。
  それに比べ、与党・権力側の人材・資金・シンクタンクの豊富さはどうだ。この「敵」に勝つには、最新鋭の「武器」ではない「蟻の大群」でなかろうか。その意味では私もその「蟻一匹」であり、存在するだけで意味があるのかもしれない。
  報告集を出して、すっきり秋を迎えたい。

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