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2016年8月 9日 (火)

‘8・9長崎被曝の日’へのメッセージ

 全ての“核”の廃絶を、安保法は憲法違反
 広島に続いて、8・9長崎原爆忌に向けたメッセージを長崎市長宛に過日送った。以下は一部省略のメッセージだ。
 ・・・私たちは、「忘れません!戦争の悲惨さとその罪を。そして広島、長崎の原爆投下とその被爆を。さらに住民を巻き込んだ地上戦の沖縄を」 
これらを胸に刻み、「非戦と平和」を背負って全国の仲間と共に「ピースサイクル」を続けています。(中略)
                  ◇
 昨年の「長崎平和宣言」を読み返しますと、「原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。」という見出しがきらりと光りました。といいますのも、5月に広島を訪問したオバマ米大統領の演説の一部「71年前、晴天の朝、空から死が降ってきて世界が変わりました」が、「加害者と被害者」の思い、立ち位置、そして、核兵器の「非人道性」「絶対悪」の認識についてあまりに違いすぎると想起されたからです。いったいどこまで本気で核兵器の廃絶をめざしているのでしょうか。
 しかし、そうはいっても嘆いてばかりはいられません。加盟都市が6,700を超えたといわれる世界の「平和首長会議」は、長崎、広島両市長の強い主導力に依るところが大きいのです。また、核軍縮についての核不拡散条約(NPT)の進展は、被爆国日本がリーダーシップをとるべきものと考えます。
 そうした現状を考えるとき、本年3月に施行された一連の「安保法」に加え、「周辺事態条項」「憲法改正」論議は、核兵器の使用の前提にもなりかねない、平和憲法の精神、条項を踏みにじる「戦争への道」を現実化させるものであり、とても気がかりで看過できるものではありません。
 そしてまた「平和宣言2015」が求めた「オバマ大統領、そして核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。」を、今年も来年もそしてその先もずっと、世界から核兵器がなくなるまで、私たち一人一人が声を上げ、行動を起こしていかねばならないと思います。
                  ◇
 私たちの「全ての核の廃絶」要求は、「核兵器」はもちろんですが、「原子力(核)発電」も含まれます。
 あの2011年3月11日の、東日本大震災、東京電力・福島第1原子力発電所の事故(震災・人災)から5年と4か月余が経とうとしていますが未だ収束(終息)の見通しは立っていません。いまさらに原発事故の深刻さに驚愕してしまいます。そしてそれは、長崎、広島の原爆・被曝が重なってしまうのです。
 世界から「核の脅威」から解き放たれるためには、核兵器に使われるプルトニウムを生み出す原発をなくすことが欠かせません。その意味からも原発を含めた「全ての核」の廃絶こそ、「核のない平和な世界」に繋がっていくものと確信しております。どうぞ、「原発ゼロ」にも力をお貸しください。(後略)
             2016年8月3日
           ピースサイクル愛知

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