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2016年7月28日 (木)

ピースサイクル愛知・第3日

 名古屋市役所~愛知県庁~小牧基地
 午後から一部で日が差すこともあったが、今日も曇天。ピースサイクル日和。
 午前9時5分前、名古屋市役所に今日の参加予定者全員が揃った。早速名古屋市に申し入れを行う。要請・要望の項目は6項目であったが、担当者の都合がつかないなどの理由で、回答としては「名古屋市の平和行政」についてのみであった。(他項目は後日文書で回答)
 回答の一つは、毎度同じ繰り返しである、1963年(昭和38年)に名古屋市議会において「名古屋市平和都市宣言」が議決されたが、それに基づく理念のもとでの行政運営を行っているというもの。もう一つは、愛知県と共同で運営する「戦争に関する資料館」の紹介であった。これだけではないであろうが、なんとも寂しい限りだ。そこで、「昨日のピースサイクルで、みよし市が中学生12人を広島に派遣する事業を行っているという事例が紹介された」として、「平和行政」の具体的進展を促した。さらに河村市長は「原発に反対」と明言する一方、膨大な電力を必要とする(原発は不可欠?)「リニア新幹線」に熱心なのはどうしたことか、と。市長の意向に逆らえない職員としては答えられないのであろうが、しっかりと「市民の声」を伝えた。
 9時50分からは、愛知県庁を訪問。私たち7人の前に県側は、企画、総務(代表格の主幹)、航空対策課、リニア事業、災害対策課、大気環境課、環境活動推進課、労働福祉課から総勢18人が向かい合った。要請・要望の項目は名古屋市と同じ6項目だが、県民生活に関する内容は多岐にわたるので、それに対応したものであった。その限りでは、文書回答を含め「真摯」なもので評価したいが、“通り一遍の答”であり、噛み合うものは少ない。限られた時間でもあり、「交渉」でもないので、多くは望めないが、そうであるなら、要望は要望として提出し、要請内容を絞り込むのも一方法であろうし、ピースサイクル期間外での設定も選択肢としてあるだろう。そうなれば当然、私たちの側もそれ相応の準備と態勢を作る必要があるが。
 予定時間からやや遅れて10時40分頃、自転車隊4名が小牧に向けて元気に走り出していった。あとから街宣車が追っかけたが、なかなか追いつけない、リーダーが飛ばしているようであった。一行を追い越し、出発から15分後あたりで、待機して街宣を行っているところでようやく合流した。そこでトラブル。自転車1台が故障してリタイヤ、街宣車に収容したので、その先は3人のピースサイクルとなった。
 11時40分頃、空自・小牧基地では、岐阜の仲間と合流し申し入れを行った。
 ここでは4つの課題、12項目の質問、要請を行ったが、その回答はほとんど「基地として答える立場にない」というものであった。「安保法関連」の「専守防衛」「海外派遣(派兵)」「駆けつけ警護」のあれこれは、命令一つで動かざるを得ない立場はわからんでもない(旧帝国軍隊と同じなのか?)。そこで海外に派遣されることでの危険性が増す事態を迎え、「家族の戸惑いはないか」と問うたところ、これもガードは固く「答える立場にありません」と。次に「駆けつけ警護」であれ何であれ、戦争・紛争地域に派遣されることになり、身の危険を感じた隊員が退官(退職)を申し出たときどうするのか、と問えば、これは明快に「職業選択の自由があるから、自由です」と。だが、自衛官に定足数を欠くような事態になれば、必死に(強引な)引き留め工作がなされないという保証はない、というよりそうなるだろう。あるいは「予備自衛官」として登録されることは免れない、とかなんとか。
 航空ショーの開催についても質問したが、今年も開催の方向であると。ただ周辺自治体などの「ブルーインパルス」に対する危険視、不安を払拭するためであろう「災害派遣活動をコンセンプトにしていく」という回答が出された。
 それはやはり、自治体、市民運動などの継続的な運動の影響が少なからずあるということだろう。
 申し入れを終えた後、岐阜ピースサイクルの仲間と一緒に写真を撮って、リレーを終えた。こうして「ピースサイクル2016・愛知」の夏は終わった。

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