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2016年7月31日 (日)

沖縄の心と一つになるには

 集会とデモに参加して
 
 この修正原稿を書いている時、東京都知事選挙の結果が報じられ小池百合子が当選となった。「小池都政」の前方に「青空か暗雲」のどちらが広がるのか、気まぐれのように晴れ間もあれば、曇り、曇りから小雨、さらには雷雨となり、都心は“水浸し”になるのか。そして「鳥越氏自身とその応援団」は、「小池都政」とどんなスタンスをとるのか、都政-国政にどんな対応をしていくのか、「野党共闘」の行く末はどうなるのか興味は尽きないが、それはそれとしてしばし注視するほかない。
 都知事選の投票が行われている時名古屋では、「沖縄からはっきり見える 基地・軍隊と人権」と、タイトルがつけられた集会があり、そのあと、繁華街・栄でデモがあり参加した。
 8月もスケジュールに空白が多いわけではないが、6月、7月に較べれば、小旅行、映画鑑賞の時間はとれそうだ。その意識からというわけでもないが、今日のこの集会とデモは、スルーできないし、ピースサイクルの「沖縄県知事」宛てのメッセージに気持ちを込める意味からも、やはり参加してよかった。
 集会のメイン、沖縄からの報告と講演は、「1940年生まれ、那覇市女性相談員7年、那覇市議会議員4期を務め、現在『強姦救援センター・沖縄』代表、『基地・軍隊を許さない行動する女たちの会』共同代表、『島ぐるみ会議』の共同代表」という高里鈴代さん。
 話の大筋は、今年の4月28日、うるま市に住む20歳の女性が、元アメリカ海兵隊員で現軍属の男(32歳)に殺害され、遺棄された事件を軸にして、沖縄の虐げられた、差別、犠牲、怒り、悲しみの歴史を、現政権の「沖縄政策」と重ね合わせながら、そして、現地沖縄で進行中の「高江オスプレイ(ヘリ)パット」の、強権的建設工事と、全国から集められた機動隊による暴力的排除の実態をリアルに語ったのだった。
 淀みのない2時間の講演は、制限がなければ、どこまで続くかわからないというほどに、濃密で蓄積されたなものであり、話を聞き続けるほどに、何かの“残酷”さや“惨たらしさ”を前にした時、目をそむけたくなる心理は誰にもあるだろうが、そんな風なこちらが“もういい、それ以上は言わないでくれ”と思いたくなる重さであった。
 「沖縄の問題は、私たちの問題だ」と思い続けても、いったいどこまで沖縄の心に近づくことができるのだろうとの思いに終わりはない。話を聞き、現地を訪れたとしても、だ。
 思い起こせば、1970年を前後して運動の端くれについたころ、「70年安保・ベトナム反戦」「部落差別・狭山事件」「新東京国際空港・三里塚闘争」「労働戦線の右翼的再編・全民労協」と共に、「72年沖縄返還・佐藤訪米阻止」が、政治課題としてあった。「沖縄学習会」にも参加したこともあって、今でさえ「忘れまじ!オキナワそしてフクシマ」なのである。その限りでは、「沖縄の心」から離れることはないとしても、容易に近づいてはいかない。いつもながら、“せめて”集会、デモへの参加なのである。
 なお集会は、「あいち沖縄会議」の主催。名古屋市教育館・講堂で定員200人は満席、私を含めて両サイド、後方は立ち見などで、全体で240人ほどであったろうか。デモは、会場から栄の繁華街を約1時間かけて一周して終えた。

 

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つぶやき&つぶやき

 われらは、何の世代?
 あの参院選挙からもう3週間も経つのか。8月になれば、「3分の2を突破された悔しさというか、不安感は薄れ、夏が終われば忘れてしまうのか」ということは、私にはない。忘れないためには、「記録することだ」と思っているから大まかではあるが記録を試みた。
 去る7月28日に「政治を考える市民の会」の運営委員会があって、一会員に過ぎないけれども、「あいちキャラバン」にかかわったこともあって参加し率直に意見を述べた。帰宅後、一寝入りした後、真夜中であったが不意に目覚めたのでパソコンに向き合い、発言した内容のメモを手繰りながら、「意見」をまとめた。
 概要は以下のようなものである。
1)「野党共闘を働きかける」という「市民の会」の役割は終えた。次期衆院選、参院選は「当選運動」となるからだ。従って「市民の会」も含めて、新たな政治的、社会的、民主主義の目標設定が必要で、そのために一旦「会」を閉じることに賛成する。
2)この先2年ないしは3年のスパンの中で、民主主義・デモクラシーの成熟、即ち「民度」を高めていく運動が欠かせない。例えば「自民党の憲法改正草案」の分析批判、あるいは「日本会議とは何者か、その実態」をもっと浸透させるべきだ。ツールとして市民に開かれた、市民自身が止揚していくような「政治塾」が一案として考えられる。「立憲・平和、リベラル塾」のようなものの創設が私の提案の一つだ。
3)あいちキャラバンの総括の中で、三つの結び目「様々な運動との出会い」「地域的な出会い」「世代の出会い」があったと述べた。これらは、これからも意識的に形成していきたい基盤の一つではないか。
4)私自身の活動領域は「限界」に来ているが、様々な機会、場を使って今後を考えていきたい。

 私には「難関」と思われるものがある。それは、「世代の出会い、つなぎ」ということを重視しながら、彼らの中に飛び込んでいく度量というか、方途・道筋が不確かなのだ。それは当然でしょ!と言われればつなぐ言葉も出てこないし、加齢や体調のせいにしたくはないが、逡巡極まるのである。
 「アラフォー」に倣って「アラ古希」なんていう人がいるらしい。私もそれに当てはまるのだが、「60年安保世代」より下、「団塊の世代」よりやや上。では私たちは「何世代か?」
 この“命題”を探り当てれば、“今何をすべきか”が出てくるかもしれない。そういう思いも少しあって、上記の意見をまとめたのであった。同世代の人たちにも投げかけてみたので、その反応にも期待をしている。

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2016年7月30日 (土)

今日は、なんと3三振

  野球ではありません
 大リーグ3000本安打にあと2本と迫っているイチローだが、今日のニュースではヒットなしだった。
 で、今日の私であるが、バスで停留所二つ先にあるJAの土曜朝市があると聞いていたので、一度覗いてみようと、早起きしてザックを背負って出かけた。「朝市」という既成概念、即ちいくつかテントが張られて、威勢のいい声が飛び交い、朝採れたばかりの季節の野菜が並ぶ。当然、私の目当てのトマト、キュウリ、ほうれん草、それに玉葱、長ネギ、ひょっとして黄瓜でもあれば・・・と期待を込めて出かけたのだが、なんとたった4~5人が、段ボール一箱づつ並べた程度、ささやかというより、朝市やっているの?と思うくらい“さっぱり”したものだった。まさに“空振り三振”だった。
 朝市から帰ったら、朝食をとってすぐに出かけ、シネマテークで是枝裕和監督の「いしぶみ」を観に行く予定を立てていたが、歩いて帰ってきてこともあり、朝食を摂って横になりながら新聞を見ているうちにうとうととしてしまった。気が付けば10時20分。今度は“見逃しの三振”だった。
 気を取り直して、午後2時からの「リニアの街宣」に参加するつもりでいたが、友人から誘いの電話があって、午後2時30分に会うことになった。それで、少し早めに行って、30分ほど参加するつもりであったが、集合場所には誰も見当たらない。女児の心臓病かなんかの高額手術代の支援カンパを呼びかける集団と、エステか化粧品かのセールスの女性集団が辺りを席巻していた。
 まさか中止?とは思わなかったが、頭に約束事が先にあったから10分ほどしてその場を離れたのだった。カウント3ボール2ストライクのあとの6球目、ボールだと思って一塁歩きかけたら、主審はストライクの判定で三振にされてしまった。
 夕方帰宅後、本屋に立ち寄った。浅田次郎の新本が出ていたので、購入しようとして“クォカード”を出せば、使えませんと断られた。ボールをストライクといわれたようなものだった。
 かくして今日は、現代風解釈の“さんりんぼう”に当たったような情けない一日であった。

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2016年7月28日 (木)

ピースサイクル愛知・第3日

 名古屋市役所~愛知県庁~小牧基地
 午後から一部で日が差すこともあったが、今日も曇天。ピースサイクル日和。
 午前9時5分前、名古屋市役所に今日の参加予定者全員が揃った。早速名古屋市に申し入れを行う。要請・要望の項目は6項目であったが、担当者の都合がつかないなどの理由で、回答としては「名古屋市の平和行政」についてのみであった。(他項目は後日文書で回答)
 回答の一つは、毎度同じ繰り返しである、1963年(昭和38年)に名古屋市議会において「名古屋市平和都市宣言」が議決されたが、それに基づく理念のもとでの行政運営を行っているというもの。もう一つは、愛知県と共同で運営する「戦争に関する資料館」の紹介であった。これだけではないであろうが、なんとも寂しい限りだ。そこで、「昨日のピースサイクルで、みよし市が中学生12人を広島に派遣する事業を行っているという事例が紹介された」として、「平和行政」の具体的進展を促した。さらに河村市長は「原発に反対」と明言する一方、膨大な電力を必要とする(原発は不可欠?)「リニア新幹線」に熱心なのはどうしたことか、と。市長の意向に逆らえない職員としては答えられないのであろうが、しっかりと「市民の声」を伝えた。
 9時50分からは、愛知県庁を訪問。私たち7人の前に県側は、企画、総務(代表格の主幹)、航空対策課、リニア事業、災害対策課、大気環境課、環境活動推進課、労働福祉課から総勢18人が向かい合った。要請・要望の項目は名古屋市と同じ6項目だが、県民生活に関する内容は多岐にわたるので、それに対応したものであった。その限りでは、文書回答を含め「真摯」なもので評価したいが、“通り一遍の答”であり、噛み合うものは少ない。限られた時間でもあり、「交渉」でもないので、多くは望めないが、そうであるなら、要望は要望として提出し、要請内容を絞り込むのも一方法であろうし、ピースサイクル期間外での設定も選択肢としてあるだろう。そうなれば当然、私たちの側もそれ相応の準備と態勢を作る必要があるが。
 予定時間からやや遅れて10時40分頃、自転車隊4名が小牧に向けて元気に走り出していった。あとから街宣車が追っかけたが、なかなか追いつけない、リーダーが飛ばしているようであった。一行を追い越し、出発から15分後あたりで、待機して街宣を行っているところでようやく合流した。そこでトラブル。自転車1台が故障してリタイヤ、街宣車に収容したので、その先は3人のピースサイクルとなった。
 11時40分頃、空自・小牧基地では、岐阜の仲間と合流し申し入れを行った。
 ここでは4つの課題、12項目の質問、要請を行ったが、その回答はほとんど「基地として答える立場にない」というものであった。「安保法関連」の「専守防衛」「海外派遣(派兵)」「駆けつけ警護」のあれこれは、命令一つで動かざるを得ない立場はわからんでもない(旧帝国軍隊と同じなのか?)。そこで海外に派遣されることでの危険性が増す事態を迎え、「家族の戸惑いはないか」と問うたところ、これもガードは固く「答える立場にありません」と。次に「駆けつけ警護」であれ何であれ、戦争・紛争地域に派遣されることになり、身の危険を感じた隊員が退官(退職)を申し出たときどうするのか、と問えば、これは明快に「職業選択の自由があるから、自由です」と。だが、自衛官に定足数を欠くような事態になれば、必死に(強引な)引き留め工作がなされないという保証はない、というよりそうなるだろう。あるいは「予備自衛官」として登録されることは免れない、とかなんとか。
 航空ショーの開催についても質問したが、今年も開催の方向であると。ただ周辺自治体などの「ブルーインパルス」に対する危険視、不安を払拭するためであろう「災害派遣活動をコンセンプトにしていく」という回答が出された。
 それはやはり、自治体、市民運動などの継続的な運動の影響が少なからずあるということだろう。
 申し入れを終えた後、岐阜ピースサイクルの仲間と一緒に写真を撮って、リレーを終えた。こうして「ピースサイクル2016・愛知」の夏は終わった。

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2016年7月27日 (水)

ピースサイクル愛知・第2日

  岡崎・豊田・日進・名古屋をリレー
  私は参加しなかった岡崎市~豊田市~日進市間の報告は別途に待つとして、参加した日進~名古屋・中電本店までを報告する。
  「ピースサイクルinにっしん」は、毎年心温まる歓迎と手作りの、疲れを癒してくれるやさしい昼食を用意して迎えてくれる。この日、実走者到着予定時間は12時30分であったが、正午前には先乗りした名古屋のメンバーが既に接待を受けていた。私も早速ご相伴に預かったが、私には「ランチというよりほとんどディナー」だった。
  12時30分には、予定していたメンバー豊田・岡崎の5人(うち一人は介護のためのすぐに引き返した)、名古屋からは、街宣車の運転者、自転車の3人と飛び入り参加の一人と私の6人、そして今年は訪問出来なかったみよし市から一人が参加し全員が揃った。
  迎える側は、世話人代表と市議会女性議員の4人に、議員のあれこれを研究課題とする高校生のインターン2名が参加した。
  「ピースサイクル歓迎」のセレモニーの前に、みよし市から駆け付けた元市会議員のMさんから、“これもピースサイクルあってのことの一つですが”と前置きして、今年、市内の中学校から選抜した12人の生徒、引率者3人の15人で構成された、1泊2日の広島訪問団が実現した、との嬉しい報告を戴いた。これまで修学旅行で広島、長崎訪問の申し入れをしてきたこともあったが、少し形は違うけれども、実現したことは喜ばしい限りだ。
  午後1時、日進市の生活安全課の課長から歓迎のあいさつと申し入れ事項のコメントを受けた。内容は昨年と大きくは変わらないが、例えば「健康都市宣言」の制定に基づく様々な福祉政策は、市の財政の豊さと共に、しっかりした議員活動があってのものだろうと推測された。
  全員で写真を撮った後、お礼を述べて西三河グループは帰途へ、名古屋グループは自転車隊3人と街宣車それぞれ午後2時20分日進を出発した。曇り空で陽射しもなく、絶好のピースサイクル日和であった。
                                                  ◇
 自転車隊は、しばし“サイクリング”を楽しむようにして天白川の堤防道路を一路名古屋市に向かう。市内天白区に入ってから、新音聞橋で街宣車と合流し、今度は市街地をタイアップしながら中部電力に向かった。自転車装着ののぼりはあるのだが、どうも気乗りしないようで、ハンドルの前につけた看板だけが目印、これでは、なんで走っているのかわからないであろうから、街宣車から「自転車に乗った“若者”3人が広島に向けて今、この地区を通り抜けていきます」とバックアップ。
 中電本店到着予定時間は、午後4時20分であったが、(私がいないこともあって)4時過ぎに到着し、4時10分から申し入れを行った。中電側は、総務と広報の担当者3人が対応した。
 申し入れの要旨は、「浜岡原発を閉鎖し、原発に頼らない電源確保を」「使用済み核燃料の再処理についてのいくつかの問題を問う」「JR東海のリニア中央新幹線と浜岡原発の再稼働、電源確保の問題など」ほか。
 リニアの問題で、開業時には現在の電力供給体制では対応できないのではないか、との問いに「原発を含め新たな施設の建設は考えていない」と言い切った。う~ん、怪しいなあ、何か隠し玉でも持っているのだろうか。
 午後5時になり、約50分の申し入れを行って、明日の再会を約してその場で解散した。

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2016年7月26日 (火)

ピースサイクル愛知・第1日

 浜松~豊橋~岡崎
 豊橋は、何年振りか思い出せないほど久しぶりの、あいにくの雨だった。
 12時30分頃私は、バス、鉄道を使って今日の合流地点、豊橋美術館に到着した。浜松ピースサイクルのメンバー4人と地元のNさんが昼食中だった。
 しばし情報交換をした後、雨も本降り状態だったので、Nさんと浜松の女性の二人が自転車に乗り、私を含めた4人は車で移動、自転車はその場に置いていくこととなった。
 13時、雨の中を2人のピースサイクリストが、豊橋市役所の前を抜けて、一路、陸自豊川駐屯地に向かって走り出していった。およそ1時間のコースであるが、雨の中、ゆっくりでいいから安全第1で走ってほしいと願いつつ送り出したのであった。
 行程は、国道1号線をしばらく走って、豊川にかかる吉田大橋を渡り、瀬上の交差点を右折、1号線と分かれ県道400号を道なりに北へ進む。その先の突き当りが、広大な旧豊川海軍工廠一帯であり、現在は、日本車両の他多くの企業による工業団地になっている。また名古屋大学太陽地球環境研究所もあり、そうした地域の一角が豊川駐屯地なのである。
 多分、私が一緒に走っていたなら、たっぷり1時間はかかったであろうが、雨もなんのその二人のペダルは軽快で、50分間休憩なしで走りきり、予告した到着時間より20分早い13時ころに自衛隊正門前に到着した。雨は小ぶりだったが、二人の自衛官がゲート前で傘もささずに待機していた。あとで聞いた話であるが、雨が降っていても通常は傘をささないのだそうだ。何事に即応できるよう“両手を空けておく”のだという。私たちに対しても一応防御の姿勢をとったわけだ。
 それはともかく、早速申し入れを行うことになった。本来、この地区を担当する岡崎ピースサイクルのメンバーが読み上げるところ、Nさんが遠慮したので、私が“代読”することなった。読み上げて、文書とピースサイクルのリーフレットの入った封筒を手渡した。そこで私から一言、集団的自衛権の閣議決定、一連の安保法の成立で、自衛隊はいつでも戦闘地域に派遣されることになったがと問いかければ、“自衛のためです”といい、海外へ出ていくことが“自衛ですか?”と更に問い、“安倍は、自衛隊に死者が出るまで、推し進めるだろうが、いくら命令とはいえ、私たちは、自衛隊員は一人も死んでほしくない、その気持ち(司令)に伝えてほしい”と続けた。もう一人からは、“熊本大地震にどれほど救援活動に参加されたのか”と問えば、“管轄が違うので二人だけです”とのことだった。
 この間約15分。小降りになったとはいえ、Nさんは、“護衛艦隊(サポート)”なしの、単独で岡崎に向けて走り出していった。万が一のことを考えてこうした「一人旅」は、避けたいところだが本人の意向を優先させた。事故がないことを祈るばかりであった。
 明日は、岡崎から豊田へ、この間もNさんが “一人旅”となり、豊田市の途中から女性一人が加わって日進へ。そのあと名古屋に向かう行程である。

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2016年7月24日 (日)

都知事選・雑感(2)

 “直感” を大事にしたいから
  都知事選まであと1週間。今朝の読売新聞のウェブによれば、「過去最多の21人が立候補する中、主要候補では、元防衛相の小池百合子氏(64)と元総務相の増田寛也氏(64)が競り合い、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)が追う展開となっている。ただ、4割の人は態度を明らかにしておらず、情勢は流動的だ。」とある。
 先週の18日に「都知事選・雑感」を書いたところ、「小池百合子:日本会議派 親在特会&舛添ソウル首都間外交の韓国学校への敷地貸出方針の見直し言及など増田より危険では?」という書き込みがあった。
 私の文章のトーンが、「私が、自民党員である小池氏に託すことは・・・」締めくくってあることなどから、小池を支援か、小池に期待している、と受け止められたようである。そう受け取られても仕方がないかな、とは思う一方、タイトルにつけた「雑感」は、私の「直感」に近いものであり、「主張、意見」とは別物、ではある。
 あの拙文を書くにあたっては、一応、小池の経歴を検索して彼女の「悪行」に目を通しておいた。その上であの文章は書いているが、「鳥越を推す」と断言していないところが、“誤解”されたようだ。

 長い間ブログを書き続け(過去3130件)、政治課題だけでなく選挙などでは、必ず経過やコメントを書いてきて、一定の立場は認知されているであろうから、よもや「小池を」と思われたのだと思う。
 私のブログは「私の体験、目線でお伝えします」とある一方、様々な運動体への投稿では、このブログの文章が下地になっていることが多いから、“日記・つぶやき”と「政治活動・地域活動の主張」の境界は、あるようでないともいえる。
 私は政党や政治団体(サポーターではあるけれども)に加わっていないので、それらの主張や路線を代弁したり、引用することはほとんどなく、私の体験、目線で書いている。そして「直感」も重要な要素であり、それが「小論」でないだけに批判され、間違いを指摘されることは避けがたい。従って今回の書き込みに反論することはない。
 
 「野党4党が揃い組で鳥越氏を推薦したが、どうしても『政局』がらみに受け取れる。これはよくないことだと思う。」「小池氏が、自民党都連に推薦辞退を申し入れたことを境に、私の見方は微妙に変化した」「(鳥越氏が)仮に当選して、任期途中で倒れるようなことがあれば、都民の失望というより“嘆息”が聞こえてきそうだからだ。そうなれば、鳥越氏を担いだ野党にも冷たい目が向けられるだろう。」「『女性首長』しかも『都知事』をやらせてみたい、『観客』的興味は抑えがたいのである。海の向こうの大統領選も同じ目線だ。」
 そして「自民党員であれ、その人物に期待するほかないではないか」と締めくくっているのは、「既成政党」への、私の失望がそう言わせているのである・・・。

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2016年7月23日 (土)

アーサー・ビナード氏の講演

 日進市“平和のつどい2016”に参加
 今日の午後恒例の、日進市と「にっしん平和を考える会」共催による、部分参加であるが「平和のつどい2016」に出かけた。協力団体に「ピースサイクルinにっしん」も加わっているから、ピースサイクルの仲間にも参加を呼び掛けてのものだった。
 この日の午後の催事は、まず総勢30人余の「群読」で、「8月6日になくしたことばを『さがしています』」という、詩人アーサー・ビナードさんの絵本から引いたものを朗読したものだった。広島への原爆投下でなくしたものは無数にあるが、広島平和記念資料館の地下収蔵庫に残された2万1千点のなかから14点の「モノ」を選びだし、「原爆が投下された時間でとまった時計」「食べられることはなかった黒こげのお弁当」「誰かの鼻の上にかかっていただろう眼鏡」それらモノたちがその持ち主のことを語る言葉を通訳し紡いだ写真絵本、それが「さがしています」であり、この日の映像と朗読だった。

 午後1時30分から約2時間、アーサー・ビナードさんのメインは、丸木位里、俊さんの「原爆の図」から切り取ったものを「ちっちゃいこえ」として紙芝居に仕立て、自ら上演し平和を語るというものであった。見た人からの意見を参考に幾度が修正を加え、未完の途上にあるとのことだった。
 この「紙芝居」をはさんで、長野県阿智村の村長が残したという135枚の「戦時ポスター」を見たアーサー・ビナードさんは、「今、1億という言葉から、あなたは何を思い起こしますか」と会場に投げかけ、二つのことを話された。
 一つは安倍首相の「1億総活躍社会」を言い換えて「1億総カツアゲ・・・」と皮肉り、もう一つは、時代をさかのぼって「1億総白痴化」「1億総懺悔」「1億総動員」「1億火の玉」そして「1億玉砕」にたどり着き、ここに出てくる「玉砕の“玉”」という言葉を追求していくのだった。
 この玉砕の“玉”は、アッツ島の戦いで日本軍守備隊が全滅したことを大本営が発表するときに使った言葉が最初ともいわれ「瓦でまっとうするより,玉のように美しく砕ける」という意味合いでも使われたが、“玉”はもちろん天皇(そして戦争指導者たち)のことである。そして硫黄島やサイパンで「玉砕」したのは、「玉砕の“玉”ではない、砕け散ったのは兵士」であり、「“玉”のために死することが栄誉であり、生き残ることは恥辱」という精神論を徹底させた。だから、長い間「戦地から生還(復員)した兵隊たちは、それを恥とし、戦争について語ろうとしなかった」という。
 全滅を「玉砕」と言い換えたように、戦闘に敗れて撤退することを「転進」といい、避難を疎開、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍、戦後も軍隊を自衛隊といい、階級も大佐を一佐、戦車を特車、駆逐艦を護衛艦、最近では戦争を「有事」・・・と言い換えて、状況を曖昧または誤導させてきた日本、そして今。
 詩人でもあるアーサー・ビナードさんは、こうした「言葉」について敏感であり、本質を見極めようとする。あるいは「発する側」と「受け取る側」の違い、例えば落とす側の「原子爆弾=核爆弾」は、広島では「ピカドン」というように。そこには「感情(人間性)を持たない」権力者と言葉と感情(心)が一体化している民衆との違いを知ってほしい、知るべきだ、騙されていけない、と言いたいのではなかったろうか。
 次に、オバマ大統領の広島訪問について厳しく言及した。端的に言えば「資料館見学はたったの7分、オバマは何のために広島に行ったのか」「あのスピーチは既成のもので、広島訪問の“所感”ではない」「核廃絶を言うなら、核保有国の大統領である自分の口から言え」等々。
 そしてアメリカ大統領選挙についても触れた。トランプ氏を支持し、なぜ熱狂する人々がいるのか、逆にヒラリー・クリントン氏のやってきたことは何だったのか、それを見れば、ヒラリーは支持できないと。(だからトランプに問題ないかといえば、そうではないと私は反論したくなったが)

 話を聞いていて私は、「言葉」の意味をもっと知らなければいけない、大事にしないといけない、確信的に選ばなくてはいけないと思った。そして「テーマ」をしっかり持つこと、その「テーマ」の広がりを追いかけることも欠かせない気がした。
 そして現地に足を運び“広島、長崎忘れまじ”さらに“全ての核の廃絶”の後退は許すまじ、とも。

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2016年7月21日 (木)

男の気持ち・生き方(130)

  「今だけ、カネだけ、自分だけ」
  毎日新聞で7月18日から始まったシリーズ「堤未果さんインタビュー」がいい。連載5回で明日が最終回。
  一つだけ抜き出すと、今の日本の、世界の政治・社会状況を「今だけ、カネだけ、自分だけ」と言い表しているが唸らせた。
  この言葉(ワード)の言い出しっぺは、堤さんがいうには、「・・・以前、東大大学院の鈴木宣弘教授の口から初めて(『今だけ、カネだけ、自分だけ』を)聞いた時、『どんぴしゃですね』と。何と見事に表現しているのだろうと思いました。そしたら元自衛官(池田整治元自衛隊陸将補)の言葉だと感心しました。すべて当てはまるんですね、まさにイグザクトリー・ワード(その通り)です」
  言葉や表現を自分のものにしようとか、インパクトを与えようとかすると、“ひらめき”で得ることもあるが、しばし沈思黙考が続くものである。それでも『どんぴしゃ』なものが出てこえばまだしも、結局当初イメージとはずいぶん違ったもので落ち着くというのが相場だ。
 「今だけ、カネだけ、自分だけ」・・・わかる、わかる。わかるはいいがその先はどうなるのか?
 その真逆を言えばいいのだろうか。例えば「過去に学び、今を見据え、未来を展望する連鎖を断ち切ってはいけない」とか、「もう一度“価値観を見直そう”そして、人が生きていくにはカネ(もの)だけではないことを思い起こそう、もっと大事なものがあるはずだ」とか、「自分がよくなりたいのなら、人の和(輪)、交わり、対話、協働があってこそ。“自分だけ”は結局自滅の道」とかなんとか。
 家の中の小さな世界でもいえそうだ。「親、子供、孫それぞれは、自分の“今”が大切であり、また避けてはいけないと思う一方、子どもであれ、大人であれ、とにかくあらゆる方面からの“欲の誘い”をさばき、時には断ち切る強さが必要だ。鍛えておきたいものだ。そして“家族”は、生活の拠点には違いないが、社会に出撃する拠点でもある。門を閉じたままでは、城内平和すら保ちえない」
 自分に振ってみよう。「今だけ」ならきっとただでさえ柔い「心・技・体」のバランスは崩れしまうだろう。体調なんぞ気に掛けることなく、酒を飲み、好きなものを喰らい、人様のことなんぞ知ったことか、と思っていたら。
  「カネだけ」というが、年金生活者に残すほどのカネなんぞあろうはずがない。この場合は「先立つものはまずカネ、今だけを考えざるを得ない」が、案外筋が通っていると思いがちだ。だからここが正念場ともいえよう。明日のことは明日考えよ、はちょっと甘すぎる気がするのだが。
  「自分だけ」よければいいとは思ったりしないが、「自分だけ」の群衆が私を取り巻いているという被害者意識がないとは言えない。だから「自分だけ」が全くないとは言いきれない。その相克に勝ち抜くことがポイントであろうか。そのためにもちょっと自分を突き放してみて、未来を考えてみることもいいことに違いない。
 これらのことは「男の気持ち・生き方」という領域に限定されないが、「男=私」と置き換えればいい。「少しだけを 少しだけ望みたい」(詩『少しだけ』の最終フレーズ)が気持ちとして宿る一方、「少年よ 大志を抱け」は、もう“年寄りの冷や水” なのか。

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2016年7月20日 (水)

“癒し”のひととき

 同級生と南信州へ
 去る6月に開催した中学校同級生による作品展の、その後の流れのようなもので、5人でドライブ、南信州のとある温泉宿に日帰りの食事に出かけた。
 国道19号線から中山道に入り、妻籠あたりから山間道路を15分ほど走った、渓流沿いの一軒宿。古民家であろうが、「1日1組」の宿と聞く。
 早速温泉につかる。宿からの眺望、砂防ダムから豊かに流れ落ちるそれは滝のようなもので、渓流が眼下にある野天の檜風呂から眺めていると時が刻まれていることをふと忘れてしまう。タオルを頭に乗せながら“ああ、こんな風な時間を過ごしたの、いつのことだったかなあ”と思ったり、浴槽に落ちた虫や蟻をぼんやり見つめたり、深い山林の上をゆっくり移動していく雲を眺めたり・・・。

 同窓会などでの付き合いも長い“気の置けない”メンバーということもあって、話題は縦横無尽に行き交う。こうした場合、たいがいは“昔話”“病気など健康の話”“現役時代の秘話?”などであるが、“年金問題”など国家財政から、「都知事選挙」も話題になるのである。こうした場合、お互いに政治的立場はわかっているから、増田か、小池か、鳥越かということにはなるのだが、意外と“相手陣営”の候補者の優勢を語ったりするところが面白い。私は当然前回書いた通りの見解を話したのだった。それにしても増田の名前は出てこなかったなあ。

 車を手放してから、かれこれ15年近くになろうか。中央高速道路は何回も走ったし、妻籠塾、馬篭宿も何度か来た。今にして思うとそうした時間は、これまでの歩みの中でどんな“感じ”なものであったろうか。今日の体験からするとそれは“癒し”のようなもので、そうすることでまた明日への一歩が踏み出せたのかもしれない。とするとこの先○○年、“癒し”を求めるような時間、局面があるのだろうか。ま、“ないよりあった方がいいだろうなあ”であろうけれども。

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2016年7月18日 (月)

都知事選・雑感

 人物に期待する
 参院選の終盤の7月6日に「参院選と都知事選」を書いたが、その時は、主として「・・・民進党が『(増田と)相乗り』することだ。これは最悪のシナリオと私は見ている」というものだった。小池氏につては、自民党から推薦が得られない場合、「結局小池百合子は立候補を断念に追い込まれるのか。」とも書いた。
 しかし、小池氏が、自民党都連に推薦辞退を申し入れたことを境に、私の見方は微妙に変化した。

 鳥越俊太郎氏が“突如として”立候補を宣言した時私は、第1に立候補の是非よりも「健康状態」を心配した。都知事の激務を果たしてこなせられるだろうかと。仮に当選して、任期途中で倒れるようなことがあれば、都民の失望というより“嘆息”が聞こえてきそうだからだ。そうなれば、鳥越氏を担いだ野党にも冷たい目が向けられるだろう。
 宇都宮健児氏擁立という選択肢はなかったのかも考えてみた。宇都宮氏自身は、共産党との関係にこだわりを持っていないだろうが、前回選挙で細川氏とも争ったことが「共産党色」を印象付けたかもしれない。だから「民進党都連には、共産党と組むという選択肢は、はなからないであろう」と書いた。
 結果的には、野党4党が揃い組で鳥越氏を推薦したが、どうしても「政局」がらみに受け取れる。これはよくないことだと思う。東京都という領域は、首都というばかりでなく、他の自治体とは大きな違いがあることは確かだが、「都民」にとっては、一地方自治体に変わりがない。衆議院、参議院に次ぐ「第3の国会」ではないのである。

 さて率直に言えば、私の政治的立場からすれば、自公推薦の増田寛也氏を押すことはもちろんないが、だかといって野党4党推薦の鳥越氏を推したい気持ちになるかというと、ここが微妙なのである。愛知県知事選挙なら迷うことはない、野党候補というだけで決まりである。だが他の自治体のことだから、ということと、自公推薦に拘泥せず、増田氏に対抗する形で決意した心意気、さらに「女性首長」しかも「都知事」をやらせてみたい、「観客」的興味は抑えがたいのである。海の向こうの大統領選も同じ目線だ。
 仮に小池百合子氏が当選して、自民党都連と信頼関係を作って与党としていくなど「自民党回帰」するかもしれないという危惧はある。そうなったらそうなったで、野党推薦の鳥越氏が及ばなかったことにおいて、そこに戻るだけのことである。あるいは、それは小池氏が、知名度だけで得た凡庸な知事というにすぎないということでもあろう。
  そうではなく、彼女がこの時代だからこそ生まれた“傑出した”首都東京の知事となるかは、ひとえに、あえて都知事に打って出た動機(動機に多少の不純性があれ)と政治感覚が揺るがないことと、「都民のための都政」を、国政とどのようなバランスをもって進めていくのか、さらにグローバルな時代の先読みができるかどうかにかかっているような気がする。自民党の女性閣僚に落胆以上の憎悪を感じているのは、この裏返しかもしれない。
 私が、自民党員である小池氏に託すことは、それ即ち、野党に託すことでもある。そのような受け皿が野党側にないとしたら、自民党員であれ、その人物に期待するほかないではないか。

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2016年7月16日 (土)

フランスの「テロ」痛まし!

 背景を読み取ることができるだろうか
 何度も繰り返される「テロ」が止む時が来るのだろうか?「テロ、テロというが、何をもってテロというのか」そして、そこに「死」がかかわるので、“感じ”だけでものをいうのがはばかれる、という気がしていて、これまで触れてこなかったし、今でも逡巡するのである。
  「繰り返されるテロに共通するのは、社会から疎外された若者らが憎しみを募らせ、インターネットを通じて世界に拡散する過激思想に染まり、暴走するという構図だ。」(7月16日毎日)
  疎外か・・・何かと排除される、村八分にされる、仲間はずれにされる、という経験は私にも大なり小なりあったが、「テロ」とは結び付かない。例えば「御用組合」の中にあって「反執行部、反職制」の立場から行動すれば、孤立させられ、昇進昇格の道は閉ざされることは珍しいことではない。そして、仕事をさせてもらえない、職場を変えられる、休職派遣される・・・だが、たとえそれらがあっても人は、周辺に「見守ってくれている視線を感じ、一言声をかけてくれる人がいれば」その人は救われる、というか持ちこたえることができないこともない。

 こんな職場の片隅で出来事と、世界で頻発する「テロ」とは次元が違うといえばそうなのだが、そこには「人間」という共通項があるから、問題を考える入り口、端緒にはなるだろう。人を思想信条、貧富、容姿・容貌、出自、性、年齢などで「疎外」し「差別」してはいけない。少数派(マイノリティー)を排除、無視、圧殺してはいけない、というようなことの一線を自ら引き、意識することが初歩であろうか。
 そして現代社会で起きる様々な事件、「テロ」が起きる背景に迫っていくと何にぶつかるだろうか。
  先の毎日新聞の論調からすれば、「テロリスト」たちが例えば「自分たちの困難な状況を作り出したのは欧米中心のグローバル資本主義の推進国であり、その悪を神の名のもとに撲滅することで世の中を正そうと考える」としたら、
  そしてその願いが、巨大な資本、圧倒的な軍事力が壁として立ちはだかり阻んでいるとしたら、最初は壁に唾し、蹴とばし、小石を投げていたものが、次第に膨らんでいったとしたら。
 巨壁に挑んで跳ね返されながらも、インターネットで世界に同じ仲間がいると知って、自らの正当性をより深く信ずることで、先んじることで、何か大きなことをなすことの誘惑から事件にかかわっていく若者たち・・・がいるとしたら。

 日本も例外ではない、と多く人は語る。さらに毎日新聞は書いている「戦前の日本でも、血盟団事件など宗教思想と結んだテロが頻発した歴史がある。戦後、私たちはこうした過激な原理主義思想から解放されたかのように思ってきた。しかし、1995年のオウム真理教事件では、今回のテロ実行者のように高学歴の信者たちがこの世を救済する名目で大量殺人をおこなった。」と。
  そして思い出したくもないが、1974年に起きた三菱重工本社ビル爆破事件である。これは東アジア反日武装戦線「狼」による「無差別爆弾テロ」と呼ばれた。40年前のことである。やはり記憶されるべき事件といえよう。
  さて最後に「テロ」「テロリズム」の定義について書き留めておきたい。
  特定秘密の保護に関する法律第12条2項でテロリズムを、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。」と定義している。警察庁組織令第39条の規定も、自衛隊法第81条の2第1項の規定も、ほぼ同じ内容である。
 読んでみるとこれって「クーデターにおける軍事行動」の説明と似ていないかと気づかされる。あるいは歴史上の「革命」の状況、例えば「フランス革命において行われた九月虐殺、この虐殺事件では革命派が反革命派1万6千人を殺害する恐怖政治を行った」とある。
  立場、見方を変えれば、殺人、犯罪でも正当化されることがある。戦争が正にその典型である。「テロ」を否定するがここでは「」をつけているのは、権力者と被抑圧者の相互関係が見極められない、そして「異常者・狂信者」と言葉で片付けられない問題が潜んでいると思うからでもある。(未完)

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2016年7月15日 (金)

ACTION REPORT87号

  選挙と株主総会の6月でした
 参院選の前哨戦と位置づけられた「あいちキャラバン」は、6月に入り名古屋市内のキャラバンを終え、西三河、東三河、知多半島、尾張地区へと展開して19日に終えた。
  一方、地域の運動と深いかかわりのあるトヨタ自動車、JR東海、中部電力の各株主総会では、市民による会場前での宣伝活動が精力的に取り組まれた。
 6月の地域活動の冒頭文と、項目を列挙した。

                            憲法改正(悪)阻止の闘いは続く
 参院選挙の結果は、選挙後の入党者を含め自民党が過半数を占めるとともに、「改憲勢力」が3分の2を占め、私たちにとっての「緊急事態」となった。
 6月22日の公示前までの5月29日から6月19日まで取り組まれた「あいちキャラバン」は、「安保法の廃止」と「立憲・平和」を訴え、「戦争いくより選挙に行こう」「安保法に賛成した候補者を落とそう!」と愛知県下をまわり、呼びかけ続けた。その成果のほどは測ることができないが、「地域と人を結ぶ」「様々な運動を結ぶ」「世代間を結ぶ」端緒になったことは間違いない。わずかだが、それらの経験と蓄積を次につなげ前進させ、さらに政策で一致する野党とも結んでいくならば、あるいは、世論に訴え、受け入れられるような政策をより高めていけば、「改憲勢力」が3分の2を占めた「緊急事態」を必ずや解消できる。次なる衆院解散総選挙(または2018年の通常選挙)、2019年の参院選挙で「改憲勢力」を打ち破る戦いは既に始まっている。
 6月
(13)28日、中電の株主総会が開かれました
(12)26日、第32回ユニオン学校
(11)25日、「シリアの難民問題」の講演会がありました。
(10)23日、リニアは問題だ! JR東海の株主総会の取り組みが行われました
(9)19日、安倍内閣の暴走を止めようあいち集会&デモ
(8)19日、「あいちキャラバン」フィナーレ
(7)16日、生活保護切り下げ、取り消し裁判がありました
(6)15日、トヨタ自動車の株主総会
(5)11日、「 命と暮らしを守る」集会・デモが取り組まれました
(4)5日、名古屋労職研の総会が開かれました
(3)5日、6・5全国総がかり大行動in NAGOYA
(2)4日、参院選に行きたくなる集会・デモ
(1)3日、緊急事態条項、憲法草案を斬る!講演会

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2016年7月14日 (木)

参院選挙・終結

  あいちキャラバンがすべてだった
 あいちキャラバンの第6回実行委員会が開かれ、総括的な報告と会計報告などが承認されて解散した。これをもってとりあえず私の「参院選挙2016」は終わった。6月22日から連載してきたこのコーナーもエンドとなる。
 この連載はいずれ「C&Lリンクス愛知」でまとめる予定であるが、以前ほど活力が維持されていないので、自分ながら怪しんではいる。8月の半ばまでに仕上がれば上出来だ。
 この参院選挙では、選挙はがきを書き、演説会にも参加して投票した比例区で福島瑞穂、愛知選挙区で伊藤孝恵両氏が当選して、それはそれで“良し”とした。
 だが多くの時間を割いて体を動かして取り組んだのは「あいちキャラバン」であり、公示前の6月19日の終わったとはいえ、私にとってこれがすべてであった。
 このキャラバンでは事務局長と会計を務めた。そこで解任の挨拶に取り掛かった。明日投稿する予定である。

  14日の実行委員会での様々なご意見を聞く中で、こうした全県的な取り組み、様々な運動と人の出会いの中、短期間の準備での取り組みの難しさを、いまさらに痛感しております。
  わたし的には、消極的「成果」は、“何もしないより、やった方がよかった”ことだと思っています。もし「成果」があるとしたら、この運動で提起されたものの継続と発展の中に、そして、賛同・参加された人それぞれの経験、蓄積、止揚の中にあるのではないでしょうか。
 私たちが掲げた運動の課題は、エンドレスです。しかし人は、新たに加わる人もいれば、それぞれの事情で去る人もいます。そうであれば、取り組んだ課題の正反両面からの総括は欠かせないし、運動の立て方、作り方、進め方などのノウハウも引き継ぎたいものです。その意味で「報告書」は、残金があるかないかという観点ばかりではなく、「時代(世代)の仕事の一つ」と私は考えて提案しました。
 この運動で初めて出会った人をはじめ、あいちキャラバンに参加されたみなさんと一緒に運動できてことを嬉しく思っています。そして非力な私にご助力戴いたことを感謝申し上げ、事務局長・会計の解任のご挨拶といたします。

 といったものだが、ある所では、“この仕事(運動)が最後になる”とつぶやき、時には明言してきた。「課題はエンドレス」である以上、そして体調が維持されていれば、老兵とて“消え去る”ことはなので集会の末席、デモの末尾か隊列の中には加わろうとは思っている。
 「報告書」の作成にもかかわることを避けたい気持ちだが、「時代(世代)の仕事の一つ」と考えて提案した以上、逃げるわけにはいかないだろう。2~3か月の付き合いになろうか。本当の終結は、この報告書が出来上がり、配布し終えた時かもしれない。

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2016年7月13日 (水)

参院選挙・結果(2)

 今後を考える(2)
 この参院選挙の東海3県の結果は、良くも悪くも特徴を出していたような気がする。
 三重県は、よくわからないのでいつも“不思議”だなあと思うことが多い。県全体で南部と北部の違いが顕著のように思えるし、中部は中部で特色がるようだし・・・。民進党の代表に岡田氏が出ているが、首長にもちょっと特徴のある人が出たりしている。そして今回は「市民連合みえ」がうまく野党を結びつける役割を果たした。この「市民力」は今後どんな運動、ポジションを得ていくのか注目していきたい。
 岐阜は、結果が示すように、固い「保守基盤」と「反共主義?」に阻まれたようだ。地域柄といえるかもしれないが、革新とか野党といっても、その実態は一括りにできないような、「市民力」も門前で立ち止まってしまうような状況らしい。これは岐阜だけでなく3県共通であろうが「連合」を問い、ここが“本物”にならない限り、「半自民」から脱皮するには時間がかかりそうだ。フリージャーナリストの高橋恒美さんが、そこのところを現場から見た分析を試みている。 
 さて愛知についてはどうか。
 感想については、11日に書いているので、マスコミ的分析も多少は加わるがその続きを書いてみたい。
 やはり、伊藤孝恵候補と第4位を争っていたといわれる共産党の須山初美候補の票の伸びの低さについてだろう。30万余票は、共産党の「基礎票」に幾らも上積みされていないといえる。それは、「無党派層」を取り込めていないばかりでなく「市民連合@愛知」などの市民応援団の訴えも、浸透しなかったといえる。なぜだろう。
 例えば「争点」から追ってみると、須山は「野党共闘で安保法(戦争法)廃止」をメインにして、改憲の「自公勢力」との対決を前面に押し出した。これは運動を共にする側からすれば異存のないところ。一方伊藤は、「自由」をキーワードに「子ども、若者、ママたち、働く女性」に加え「報道、言論、知る」自由を訴えた。
 選挙という舞台での情報戦は、日常的な政治活動の延長として選挙が位置付けられるのか、生活の場から投げかけるのかは判断が分かれるところだ。あるいはスタンスに濃淡が出る。革新派は前者、保守は後者になりがちだ。ただ「生活の場」が、根底的に揺らいでいる状況であれば後者は、「変革しようとする意欲が弱い」とみられて後退するが、微震、弱震程度だったら変化を避けたいとする「現状維持派」が多数派になるのではないか。
 そう考えると、「消費税の2年半延期」「物価は比較的安定」「TPPの影響はまだない」という現状は、「政治的変革」とは結びにくい状況にあったのではないだろうか。
 次に「無党派・浮動票」の獲得と「組織票の基盤」の相乗関係についてどうであったろう。愛知の票の分析はまだ見てないが、当初から自民、公明と民進の斉藤が有利とされてきたのは、この「組織票」の厚さが背景にある。この「組織票・基礎票」といっても、やはり「コア」の部分と「表層部」もあるだろうから、「○○は、○○のX%を固めた」とか言われるが100%とは言わない。そこに、「無党派」とは別に、浮遊しがちな、剥がれそうな「浮動票」が幾らかある。
 従って、「無党派・浮動票」を獲得する戦略と「相手陣営の浮動票」獲得の2面作戦が考えられる。「愛知の4議席中、3議席を野党が占める」には、この両面作戦が有効に働いてこそ成り立つ。
 後者の「相手陣営(自公)の浮動票」獲得については、野党側が「与党連合」の固い防衛線を突破できなかった、ということは、自公の側は組織票を固めつつ、「無党派・浮動票」に手を伸ばしていったと考えられる。それは民進党も同じような傾向にあったといえないか。その上に伊藤孝恵は、選挙戦略と本人の“魅力”が相まって「無党派・浮動票」の獲得では、須山に優ったのではないだろうか。
 選挙では、「知名度」が大きな要素の一つといわれるが、須山と伊藤とでは、須山は1年以上も前からポスターを貼り巡らしてきたが、伊藤は3月に決意して、4月が運動のスタートとなり、どちらも新人、女性、同年代という点から、須山が先行しているとみても不思議ではなかった。とすれば、候補者それぞれの資質、キャラクターの差も当然あるが、知名度ではなく基礎票と「無党派・浮動票」獲得戦略に差が出たということにならないか。

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2016年7月11日 (月)

参院選挙・結果(1)

 今後を考える(1)
 私は今、テレビが見られない環境のもとにあるから、選挙速報は、もっぱらパソコンとラジオであった。昨夜の8時ころだったと思うが、最初の情報に接した内容が、愛知選挙区で既に議席が決まったという一報。しかも民進党が2議席ということであったから、伊藤孝恵候補が当選し、共産党の須山初美候補が落選したのだった。
 そして、自民党はともかく、公明、民進、共産の得票がどれほどか、そしてやはり投票率が気になった。
 気になってはいたが、朝刊も見ないで家を出た。昨夜から「あいちキャラバン」の会計報告の仕上げ作業が続いていたうえ、プリンターが突然の故障で、閉店間際の電気店に飛び込んで買い求め、それを起動させるのに実に1時間30分を要してしまったのだ。やむなく朝に作業を引き継いだため、おおよその結果だけをパソコンから得て家を出てしまったのだ。
 午後3時に初めて新聞を開いて、結果を点検した。「改憲勢力3分の2超す」「自公改選過半数」「衆参で発議可能」「1人区 野党11勝21敗」斜め左下に移っていくと「東海3県自公3民3」「首相『アベノミクス加速』」とあり、左上に論説「馬車よゆっくり走れ 主筆 小松浩」これが、毎日新聞の一面記事の見出しだった。小さく「2閣僚落選」もあったが。
 私の感想を書き留めておくと、まず投票した比例の福島瑞穂、愛知の民進党斉藤嘉隆と共に伊藤孝恵が当選して、「優良可」で言えば「良」である。「優」ではないのは、野党で「4議席中3議席」をめざしたのだから、支援する党の候補が当選すればいいというものではない。
 次に、岐阜と三重の結果は予想通り。他を見渡し沖縄で伊波洋一さんが当選、というより沖縄の民意が嬉しかった。東京も注目していた。ミュージシャンの三宅洋平はどうだったかな、一度は立候補の要請を断り、あんな間際では、と思っていたがやはり落選。25万票ならよくとった方であろう。

 さて、それはそれとして「改憲の発議」について思いが至るが、問題は「国民投票」に持ち込まれたら万事休す!ということだ。そこで野党特に民進党の中の「改憲派」への警戒(自民党から一本釣りされるかも)と、与党特に公明党と創価学会への働きかけで、最長でも2018年12月の衆議院選挙まで持ちこたえる。野党の今回の選挙並みの得票であれば、3分の2は崩せそうな気がするからだ。
 次に、「世代交代」をしっかり考えることだと思う。今回若者の投票率が上がったとの情報もあるので、「安保法・周辺事態条項」の具体的展開(自衛隊の海外派兵・交戦)の中で、「降りかかる火の粉」がそこまで来ていることを実感させる。非正規雇用の増大が、自分は正規であっても社会全体から見れば、未来がどれほど貧しいものになるかを想像させていくのも方法ではないかと思う。
 そして、私も含めて70代以上の“元気者”は、まずは体調を維持して、相応の役割なり居場所を見つけ、特技でサポートすることではないだろうか。再出発はもう始まっている。

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2016年7月10日 (日)

参院選挙・投票日

 投票に行く前に思ったこと
 昨夜、プリンターが故障した。作業の仕上げ段階にあり困った。修理に出していては間に合わない。コピーして友人のプリンターを借りて急場をしのぐか、よく働いてくれたから引退させようか、迷い続けている。
 何かと調子が悪い時「劣化」という言葉が重宝である。体調の場合は「劣化」でなくむしろ「老化」といえるものが多いが、「思考」には「劣化」があるのではないか。いや「劣化」というより「停滞」もしくは「悪化」もあるかもしれない。特に「周りが見えない、持論に固執する、学習しない、議論しない」時に。これって誰かに当てはまるのではないだろうか。

 今朝の毎日新聞で京都精華大専任講師の白井聡さんが、「緊急事態」批判封じ込め、と題して一文を寄せているが、600字ほどの中に、「安保法」のもつ危険性、暗愚を凝縮させていて読ませるものだった。
 憲法改正に向けた流れは、2014年7月に集団的自衛権の行使容認を閣議決定した時点で第1段階。「専守防衛から同盟国と一緒に共通の敵と戦う存在へと変わった」
 第2段階は、今回の参院選で改憲勢力が3分の2以上を占めること。だがすぐに全面改憲には動かない。まずは政府に強力な権限を与える「緊急事態条項」を加える。その際も地震など災害時の必要性を強調し、軍事面には触れない・・・。そして第3段階とは…。
 ・・・特殊で異様な対米従属が進むのは「日米関係は真の友情に基づいている」という妄想があるからだ。米国は日本を収奪の対象としか考えていない。若い人には、今の流れが進めば命やお金をむしり取られるとの危機感を持ってほしい。

 世界の情勢・外交課題と国内の民度・民主主義の熟度との均衡がとれていない現状、そして政治や未来を語る前に、思考停止あるいは、多様な“嗜好”への誘導で分断、拡散させ、一方でマスコミへの介入、世論操作。それらを見抜く力は、高校生・大学生だけでなく“大人”にだってあるかどうか怪しい。若者に“危機感を持ってほしい”には共感するが、その「手法」にどんな創意と工夫が必要なのか。
 選挙が終わるとともに街頭での集会、デモ、宣伝活動が、次第に盛り上がりを欠いていくのではないかと危惧されるが、そんな時こそ、仕切り直しの「市民力」と「野党の存在」が問われる。
 「立憲・平和、リベラル政治」という流れを“路線化”した政治勢力の結集も一つであろうと、投票に行く前に考えたのであった。わが脳も、いましばらく「劣化」させないように努めたい。

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2016年7月 9日 (土)

参院選挙第18日

 帳尻を合わせられるだろうか
 明日もまだ電話作戦が続くとはいえ、歴史的な、といえる参院選挙の街宣などの選挙運動は終わった。みなみなさま、お疲れさまでした。どの候補者も、政策アピールで言い足りなかったこと、回り切れなかった地域のこと、大事な人への一言、あいさつ、電話をすることを忘れてはいないか等々、やり残したことに思いを巡らしながら、午後8時の時計を見つめたに違いない。終えてみればただただ有権者の審判を待つだけなのだが。

 私の参院選挙は、5月29日から6月19日までの「あいちキャラバン」で、ほぼ終わっていた。
  公示日以降、選挙はがきは選挙区で伊藤孝恵候補の190枚余り、比例区では社民党の福島瑞穂候補の推薦はがき数枚と知人の紹介10人を書いて選対本部に送った。もっとも数日前、福島事務所に書き送った葉書が同封されて戻されてきた。すでに規定の15万枚を発送した後なので採用できなかったとのことだった。投函は6月末であったので、まだ十分な時間はあると思っていたので意外に感じた。しかし、その時点で15万枚を既に達成していたということは、それだけ支援の層があるといっていいかもしれない。手応えを感じたことだろう。
 それと季刊の活動誌を仕上げ「落選運動」関連のチラシを同封して発送も終えた。さらに斎藤嘉隆候補の街頭演説に2回、伊藤孝恵候補の街頭と屋内の演説会にそれぞれ1回参加して、あとは、せっせと「日録・参院選挙」をブログに書き連ねて、今日の最終日を迎えたのだった。燃え尽きるほどの高揚感はなかったけれども、まっすぐ歩いてきたとは思う。
  さて蛇足のようなものだが、今回、共産党候補(陣営)からのはがきが珍しく届かなかった。これは多分に「選択」されてのことであろう。代わりに、なんと「日本のこころ」の候補のはがきと河村たかし名古屋市長が応援しているという比例候補のはがきが届いた。その瞬間私は、河村が所持する名簿の一部が「日本のこころ」に渡ったのではないかという疑念を覚えたのだった。河村たかしの持つ名簿に私が載っているのは、最初の市長選に立候補した時に応援した経緯があるからだ。あれは2010年だったか2011年だったか、住民投票を仕掛け、知事選とダブル選挙になったことがあったが、そのころに私は離反したのだった。

 今日は、ついに一歩も外に出ることなく、「あいちキャラバン」の会計報告の作成に集中したのだった。出来上がれば、A4の一枚に収まってしまうほどのもではあるが、収支の中身を約30項目に仕分けして、帳尻を合わせるに過ぎないとはいえ、結局3度やり直して、どうにか3桁の誤差に漕ぎつけたのだった。
 こんな「帳尻合わせ」は、面倒なだけで、一つ一つ潰していけばまあ何とかなるが、安倍首相のやってきたことで「失われたもの」の多くを考えると、そして、政権交代に見通しが立てられない状況の下では、「帳尻合わせ」の段階とはとても思えないのだ。収入がないのに出費だけがかさんでいくに似ている。この先に「破産」だけが待っているとしたら、この選挙後に私たちはどう考え、何をすればいいのか、電卓をたたきながら、しばし考えることが多かった今日一日であった。
 明日は、迷うことなくしっかりと書き込んで投票する。

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2016年7月 8日 (金)

参院選挙第17日(2)

 デッドヒートが高ずると…
 今日の午後5時少し前、印刷・発送作業を終えて金山駅に差し掛かり北口に回ってみると、そこは伊藤孝恵候補の街頭演説会の場であった。私が着いたときは民進党枝野幸男幹事長がマイクを持っていた。来県するのは数回、「激戦」を反映してのことであろう。「アベノミクス」をはじめ安倍政権の全面的な批判を「民主党政権」時代と比較しながら展開していたのが特徴だったと思う。つまり安倍首相は憲法改正問題にはほとんど触れず、アベノミクスの成長か停滞か、そして野党批判の展開で押し切ろうとしているので、それへの対抗を意識してのことだろう。安倍首相のあげる雇用や賃金、可処分所得など経済の数値のからくり、民主党政権時代との比較がそれだ。
  その一方で伊藤候補が訴える政策の中心をなしている現実的な「子育て、介護、教育、働く女性」問題を取り上げ、そのためにも伊藤候補は国政の場で必要な人、と推薦の弁を語っていた。
 その後、大村秀章愛知県知事が駆け付けるということで、その間をぬって大塚参院議員(伊藤選対本部長)が、経済問題、特に国家財政の問題を元日銀出身の経歴を踏まえて語っていた。私は言っていることがほぼ理解できたが、前提のない話なので、通りがかりの、特に女子高生が多かったが、理解されたかどうかはわからない。
 大村知事は、自公民分け隔てなく、応援に回っていることだろうから、特定の政党・候補を名指しすることはなく、県政の一部を語りながら、候補者に“頑張ってください”というようなものだった。
 最後に伊藤候補が、ややかすれた声で10分ほど、早口に立候補の弁、国政に反映させたい政策を述べた。この選挙期間中私は、民進の斉藤・伊藤両候補以外の演説を全く聞いていないので、比較はできないが、新人で政治活動ほとんどなし、という伊藤候補は、“早口”を除けば、経験者かと思えるほど淀みがないものだった。もし、私が注文を付けるなら、自らの政策の中心をなすところは、トーンを少し変えて「訴える」から「話しかける」というように抑揚をつけたかもしれない・・・・。

 選挙戦も残すところ明日1日であるが、各陣営、候補者は、まさに見えない“デッドヒート”を繰り広げているに違いない。それは、熱心な応援者にも言えることだろう。
 ところでここにきて、共産党の須山初美候補と伊藤孝恵候補が競り合っているという情報をもとに、須山応援のために「民進党・連合」あるいは「伊藤候補」批判をMLに流す“仲間”が出てきた。言っている内容に誹謗とか中傷があるわけでなく、まっとうなものではあるが、この3年間、「野党は共闘を!連携を!自公打倒を!」を共に語り、「あいちキャラバン」も一緒だっただけに、“言わずもがな”をMLで流してしまった。
 もちろん、それ自体を批判するつもりはない。“勝手にどうぞ”であるが、選挙が終わってみたら、どっちが当選するにしろ、(両者当選はあるが、両者落選はない)そのことで何か残りはしないか、という危惧が第1点。もう一つは、結局その展開は自公打倒に何の意味も持たせないばかりか、あえて民進党と共産党の違いを強調するばかりで、「野党は共闘を!連携を!」の共通目標が後退か希薄させてはいないか、という点だ。
 選挙は、候補者や支援する側だけが選挙運動をするわけでなく、有権者誰もがその中にいるのだから、自らの意見表明や政党・候補者の支持表明はいくらしても構わない、自由なのだ。私もそうしてきた。
 だが私の場合、例えば「野党は共闘を!連携を!自公打倒を!」という前提の前では、支持政党、支持候補者以外の野党・候補の批判部分は、場所を選ぶようにしている。MLやブログでは控えるのだ。
 こうした様々な場面、局面、交錯などを経て選挙は終わる。政党、候補者に限らず、市民(運動)の側にも、正反両面からの総括は欠かせない。以上の件も、多少は関連する事柄であろうと思う。

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参院選挙第17日(1)

 あらゆる芸術・文化の結集が政治活動か
 昨日の「横路孝弘ミニ講演会」に出かける前に、愛知県美術館に寄った。絵画などに特別な関心や思い入れがあるわけではないが、知人から戴いた現代美術家協会「現展」の案内はがき1枚が、パソコンの横に置いたままであったから、それがちょっと寄ってみようかな、という気持ちにさせた。
 芸術の世界では、孤高の人のようにどこにも属さず、わが道を行く作家も多いだろうが、それは相応の実力があってのことであろう。師事し、研鑽を重ね、発表する機会を得るには、流派とかグループとか協会みたいな集団に加わることが多いのではないか。
 この現代美術家協会「現展」とは、ホームページを覗いてみると、「権力におもねることなく、平和と自由を愛し、時代と共に歩みながら、互いに個性を尊重し合い、常に研鑽を怠らず、新しい美術の創造をとおして、真の人間精神を探求する、現展は、そういう作家たちの集団です」とある。
 ええ!なんか、どこかで、聞き覚えのある文言ではないか。最後の「真の人間精神を探求する」を「熟度の高い民主主義社会を追求する」としたらどうだろうか。
 まさしく、その領域(ジャンル)が違えど、人間が考え、表現するということでは、ほぼ通底するものがあるということなのであろう。
 「あいちキャラバン」の、キャラクターをデザインしてくれた人はプロのイラストレーターであったが、こころよくボランテアで参加してくれた。この運動 に共感してくれたのだと思う。
 また最近の集会やデモでは、ギターを抱えて歌ってくれる人も、全員でシュプレヒコールを上げると同じように、それを「個」として、作詞し、作曲して表現しているのだと思う。最近の横断幕は、スローガンだけでなく、イラストが入っていて、それがまた「表現」しているのだ。書き上げた人の気持ちが伝わる。プラカードも集団的である一方、実に多彩な「個」の表現が見受けられる。かつてなかった光景だと思う。
 これらを「芸術・文化」というにはやや的が外れるが、「個々の表現の顕在」は、民主主義の重要な構成要素ではないだろうか。「個々」であるが故に、ベクトルが定まらない、バラバラということもないとは言えないが、「共感・協同」がいつしかそれを超えていくに違いないと思う。「通底」するものがあるのだから。
 今日は、「ユニオンと連帯する市民の会(CGSU)」の活動誌「結」の印刷・発行作業がある。ここでの活動、文字表現も一つの形、あり方であることは間違いない。

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2016年7月 7日 (木)

参院選挙第16日(2)

 自民党の憲法改正草案を切る!
 あいちキャラバンでやり残した、というかやれなかったものの一つに、「自民党の憲法改正草案」の分析と徹底批判の小集会・学習会の設定であった。
 夕方6時過ぎまで街宣活動、夜間の2時間余りを、あるいは日中の人出が少ない時間帯を使って、この憲法学習講演会、ミニ集会、ティーパーティーができたらよかったのだが、街宣車を目いっぱい回すだけでその余裕はなかった。
 そんな思いを残していたものだから、今日開かれた「リベラル政治懇話会」の「いま憲法の危機を語る-横路孝弘ミニ講演会」で、講演が30分余りという短い時間帯の中での凝縮された、ポイントが絞られたいい話が聞けたのは本当によかった。

 用意されたペーパーは、自民党の「日本国憲法改正草案(現行憲法対照)」と「戦前期日本の“出兵”一覧」の2種類。「改正草案」は手元にあるし、一度はページをめくった(精読はしていない)から、開会前では後者の方に目が行った。そして、1874年(M7年)の台湾出兵から、1941年(S16年)の南部仏印進駐までの67年間に、日清戦争、日露戦争を除く18回に及ぶ「出兵」があると知り、1945年から今日まで70年余り戦争をしなかった、世界の事変・事件・紛争にも自衛隊が銃火を交えずに来たことが、改めて“凄い!”ことだし、“宝”のようにも思えたのだった。
 そういう前提をもって話を聞いたから、自民党が狙いを定めた憲法改悪草案が、この国をどこに向かわせようとしているのか、条文読みだけでは身に入ってこないものが、ストンと落ちる感じがしたのだった。
 国会における「護憲の第1人者」と言われているという横路氏の話に淀みはないし、現憲法が「占領軍による押しつけ憲法」というこじつけも、特に第9条について幣原喜重郎総理(当時)が、GHQのマッカーサーに伝え、マッカーサーも「戦争を禁止するという条項を憲法に入れるようにという提案は幣原総理が行ったのです」と証言したことはすでに明らかになっていると断じた。
 それから前文、各条文に入っていったのだが、その前に横路氏は「そもそも自民党には、戦争について全く反省がない」と切り捨てたのだった。(公明党が“平和の党”だった昔のことにも触れて)
 問題の第9条は、かなり語られてきてはいるが改めて話を聞くと、自民党の改正草案に“身の毛もよだつ”思いがこみ上げてくるのだった。
 第2章 「戦争放棄」が「安全保障」と言い換えられ、第9条を(平和主義)と(第2項・国防軍、新設)さらに(第3項・領土等の保全等、新設)の3項を立てて大きく踏み込んだのが改正草案。
 以下、12条、13条、18条、20条、21条、25条、28条、68条と進み、改正草案は「第9章 緊急事態」を新設した。みんな画みんな問題だが、9条の改悪に連動するものとして、ここはより警戒条項といえるだろう。
 そして、現憲法の99条で天皇、内閣、国会議員を含む者の「権力を縛る」条項・解釈が「すべての国民は、この憲法を尊重しなければならない。」に代わってしまっている・・・。
 横路氏はこうも述べている。「憲法を知らない者が憲法改正を声高にいい、憲法を知る者は、変える必要はないと言う」そして、直面する様々な問題は「現憲法の枠内で十分対処できる」とした。
 安倍・自民党が言う「改正」の必要性を論破するには、「改正案の対案」を出すことではなく、どんな事案も現憲法の下で「このように対処できる、解決できる」という論理と実践策を提示することだろう。だから不断に学習し、「憲法解釈・実践論」に私たちは取り組んでいかねばならない。それを教えた今日のミニ講演会だった。
 秋には、もう一度、もっと時間をとっての講演の機会があるかもしれない、という話に期待をしたい。

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参院選挙第16日(1)

 労働運動・「委任によるスト参加」思想
 7月6日付の毎日新聞朝刊の、見逃してしまいそうな囲み記事「街角から-労働者の闘い・パリ支局」があって、たまたま目が行った。ざっとこんな内容だった。
 「・・・オランド大統領が進める解雇条件緩和などを盛り込んだ労働法改正案への抗議のストライキ中の労働者ら約6万人が6月下旬にパリ中心部でデモをした・・・」「フランスでは労働者の権利意識が極めて高い。ストライキ権が『個人の権利』として確立しているほどだ。事あるごとに、ストやデモが起きる。鉄道、製油所、原子力発電所、エッフェル塔、ゴミ処理施設……。改正案反対のストもあらゆる職場で相次いだ。」「その結果、交通機関は乱れ、街中では一時、ゴミが散乱。ガソリンスタンドでは、燃料枯渇を懸念する市民の長い車列ができた。 日本だったら、ストやデモへの抗議が殺到してもおかしくないと思える状況だ。だが、仏紙世論調査では約6割が市民生活への影響に理解を示していた。なぜか。」
フランス人には「委任によるスト参加」という考え方が根底にあるという。直接参加しなくても、ストやデモの趣旨を理解し、その影響を我慢することで、間接的に抗議行動に参加していると見なすことだ。

 二つのことに注目した。一つは、ストライキ権が「個人の権利」として確立している、という点だ。具体的にどんな権利として行使されているかは知らないが、この日本でも「個人のスト権を、年間を通して認める」決定を年次大会で決定するという組合があったのだ。三菱造船長崎の「第3組合」がそれだ。対会社交渉権を職場に、個人におろす。交渉が決裂すれば、スト権を発動するというもの。元々少数組合だから、影響力は小さいなのだろうが、組合員は窓際や閑職にいるわけではなく、立派に造船労働者として職務を行使しているから、一人でも抜けるということは、その職場では作業に大きな支障をきたす。例えばクレーン操作の労働者が突然「(時限)スト権」を行使したら・・・。
 もう一つは、「委任によるスト参加」という考え方、意識の在り方だ。
  日本では、旧国鉄の国労・動労の時代、「順法スト」というのがあった。例えば「新幹線騒音公害」訴訟の最中、当該地を通過するとき「安全確認」のために速度を落とすという戦術が組まれ、沿線住民の喝さいを浴びたことがあった。これもパリでの労働者の闘いに「間接的に抗議行動に参加している」と同類ではなかったろうか。

 それにしてもだ。昨今の労働運動、労働組合は「組合員」のためばかりでなく、社会的な問題にどれほど「力を、影響力を」発揮しているのだろうか。「規制緩和=労働法の改悪」「非正規雇用の増大」「パワハラ、セクハラ、性による格差」「ブラック企業・ブラックバイト」「東電福島の被ばく労働」「船員の予備自衛官化」・・・。
  労働者=生活者の課題は山ほどあり、「安保法=憲法問題」だって、労働組合が先頭に立って取り組む課題であろう。いや、取り組んでいるのであろうし、“つもり”かもしれない。
だがこの参院選挙に限らず昨今の国政選挙では、そうした「姿」は見えてこない。「組織内候補の支援」で手いっぱいということなのだろうか。
  労働現場・労働運動の現役を降りた今の私は、労働組合活動・労働運動というより「市民運動」に近い位置にいるが、やはり労働組合、労働運動の後退・弱体には気がかりなのである。「委任によるスト参加」思想は、結構大事な「キーワード」のような気がするのである。

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2016年7月 6日 (水)

参院選挙第15日

 参院選と都知事選
 都民、あるいは首都圏の有権者にとっては、都知事選の行方と参院選は、微妙に連動しているかもしれないが、その他にとっては、どれほどの影響があるだろうか。
 今は誰が立候補するのか、だけが焦点化している。一つは、自民党本部、都連、都議会自民党の間で「増田寛也」で一本化できるのか、小池百合子が単独でも立候補して分裂選挙になるのか、結局小池百合子は立候補を断念に追い込まれるのか。
 将来、首相候補の一人と目された小池が、なぜ、“根回し”もせず、突然立候補を表明したのかは、素人目にはわからない。が、党内の主流から外れて、首相の道が閉ざされたか、可能性が小さくなったかの理由で、首相と同格とまではいかないが、首都の首長におさまるのも、政治家として悪くない選択ではあろうと考えたのか。
 それはともかく、私の懸念は民進党の対応である。都知事選で、都議会民進党(旧民主)は2日、民進都連幹事長の長島昭久衆院議員に対して、正式に立候補を要請した、という。この人物については、私の聞き及ぶごく小さな情報では、好ましいとは言えない人物評価だ。だからそのことには言及しないが、むしろ増田寛也氏が、立候補を応諾した時、民進党が「相乗り」することだ。これは最悪のシナリオと私は見ている。それも参院選投票日の直前に決まれば、かなりのダメージを受けるだろう。それは、「自公VS野党」という、決定的な参院選挙戦の中での「握手」はあり得ない話であるからだ。それがたとえ都知事選であっても。いや、だからこそであろう。
 「反自公」で戦っている側から、例えば前回選挙に立候補し、五輪招致反対、脱原発、福祉の充実、格差是正などを訴えた宇都宮健児氏を「野党統一候補に」という声が上がっているが、これは宇都宮健児氏の人物評価とともに、参院選での「野党は共闘!」と連動しているからに他ならない。
 民進党都連には、共産党と組むという選択肢は、はなからないであろうが、そうなら独自候補を積極的に立てねば、野党の資格も、政権交代の主役にもなれないで、埋没かじり貧、分裂の危機を迎えることにならないか、これが私の心配なのである。(心配を超えると見限る)

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2016年7月 5日 (火)

参院選挙第14日

  伊藤孝恵候補の決起集会
 私は、選挙事務所に一度も顔を出していないから、どんなスケジュールが組まれているかは知らない。今日の屋内決起集会は、名古屋では最初で最後なのだろうか。会場の前方の席に座ったので全体の様子はチラ見でしかないが、名古屋東別院ホール450席は満席で、後方では3列くらいの立ち見があり、壇上に40~50人くらいいたであろうから、参加者はかれこれ600人前後か。
 壇上の顔触れは、親族か地元後援会らしき人たちと、左側の最前列に土肥和則連合愛知会長(中電労組出身)、玄葉光一郎民進党選対委員長、大塚耕平選対本部長(参院議員)そして、候補者の席。右席には小選挙区の1区から15区までの支部長が並んでいた。ただし、2,3,5,7,8区はいなかったから、斉藤嘉隆候補との“棲み分け”ということだろう。もう一つ注目したのは、4区で牧義夫衆院議員、12区では、重徳和彦衆院議員(比例復活)、14区は現職の鈴木克昌衆院議員・・・。この人たちは?
  これを見て、伊藤孝恵候補のバックアップ体制の構成が見えてきた。なるほど!
  世論調査などでは、4番目の議席を共産党の須山初美候補とせめぎ合っている、という報道に“伊藤に、そんな力があるだろうか、書きすぎではないか”と思ったが、この顔ぶれ、バックアップを見てみると、あながち的外れではないな、という感じはした。
 ということは、もう一人の民進党候補・斎藤嘉隆は、決して安泰ということでないような気がした。「新人が当選し、現職落選」というパターンは、決して珍しいことではなく、ひょっとして、がなくもないのだ。
 さて、多くの人がマイクを持ったが、当然伊藤候補の人柄、熱意やこれから欠かせない人材(財)であることも。そしてもう一息、もうひと頑張りで先行する4番目の候補に手がかかる、というような発言が続いたが、「共産党に競り勝つ」と明言したのは3人だった。
 ここに参加しているすべての人が、他はどうであれ何が何でも「伊藤候補の当選を!」を願っていることは間違いないだろうが、そうしてみると私の立場は微妙である。候補者もさることながら、どちらかといえば「政治」を見ているからだ。
 それで伊藤候補はどんな抱負を述べ、立候補の決意を語ったか。大半は、チラシなどにある「働く母」の視点から、日本の未来に貢献したい、つまり、(女性として)子どもを育てる、仕事をする、大切な人を介護する、という現体験からの、極めて現実的な生活からの訴えであった。育児しながら介護もしている女性が25万人もいるとのこと。
 ある意味では、こうした視点、領域からの議員こそが本来の「参議院」にふさわしいのかもしれない。ただ現実は、そんな状況にはないのは確かだが。
 そしてそれらがかなえられるのは「平和な日本があってこそ」と強調し、安倍政権はその真逆を行っているとした。
 
 終盤に来た選挙戦。「ポスト参院選」をどう考えればいいか、よくわからなくなってきた。「改憲勢力の3分の2阻止」だけがあって、世界経済、「テロ」事件、難民、大規模自然災害・・・。(今になって)政治って難しい!
 
 

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2016年7月 4日 (月)

参院選挙第13日

  社会保障の現状・介護問題
 この参院選挙の争点について、もっぱら「市民運動」としての私(たち)の立場ははっきりしている。「憲法改正(悪)阻止=安保関連法の廃止、立憲・平和」である。そして「参院選勝利=野党共闘・市民共闘」である。
 これらは候補者を抱える政党ではないから「シングルイシュー」といわれるが、これ以外のことに無関心であることを意思表示しているわけではない。「生活者」であることに変わりがないからだ。

 昨年の12月、11年間、1日も休まず母親を介護してきた娘さんが、母に「楽になろうか」とささやいて、胸に包丁を突き立てという「殺人事件」があった。
 また先月の28日、東大阪市で「目に障害、将来悲観」して、息子を絞殺したとして母親が逮捕されるという事件があった。
いずれも在宅介護に疲れ果て、あるいは「うつ状態」での行為に至ったと思われる。介護に携わった人なら、「殺してしまったこと」はいけないことだと思いつつ、そこに至る労苦が分かるだけに涙せずにはおられないだろう。
 「在宅介護によってストレスや悩みを抱え、うつ状態になる人は少なくないとされる。厚生労働省の研究班は2005年、在宅介護をしている人を対象にアンケートを実施し、その回答から4人に1人が『うつ状態にある』と判定した。
 一方、心理カウンセリングなどを受けているのは全体の3%に過ぎなかった。65歳以上の介護者の約3割は『死にたいと思ったことがある』と答えており、介護者の心のケアが急務となっている。」(毎日)
 この問題で、もちろん政府が全く無策だとは言わない。規模はどうであれ予算を組み、「施設」の拡充に取り組んでいると言われる。だが、もう一つ大きな問題は「介護士」の決定的な不足であり、その介護士の処遇の改善が進んでいない点ともいわれる。
 介護士・看護師の仕事は「2K2Y=きつい、きつい、安い、休めない」みたいなところがあって、若者の魅力的な仕事になっていない。「労働力不足」といわれる現状では、介護・看護の職場より先に、大手企業に労働力が集中する傾向もあるのではないか。
 昨今、「いい大学に入って、いい企業に就職」が、「豊かで幸福な生活・未来の道」が吹聴されている気がするが、どこか「職業観」が抜け落ちているのではないか。「職業に貴賤はない」といわれるが、実際は「格差」があって、「貴賤」の同義語なっていないか。
 教育の無償化、大学授業料の補助、抑制も一策であろうが、私にはどうしても「違和感」が付きまとう。「大卒の資格」がそんなに価値あるものなのか。中卒、高卒でもその年齢から入るから、技術も心構えも育つ、専門職になれるということがいくらでもあるのではないか。介護・看護然り、伝統工芸しかり、地方自治体職員しかり、である。
 自殺率の高さといい、この国の、この社会のありように問題がないか、どうすればいいのか、という問いかけ、思考も、選挙の効用の
一つではないだろうか。

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2016年7月 3日 (日)

参院選挙第12日

  斉藤候補の街頭演説
 昨夜、「APWSL愛知」の第19号(4月18日発行)と第20号(6月28日発行)を一緒にして約60部を投函した。そして、近辺の数部を、今日の午後に自転車で配達し終えたので、選挙はがきをはじめ一連の“なすべきこと”は一区切りつけた。
 第19号には、「参院選(+衆院選)を闘うにあたって~党派を超えて、女性候補を重点的に応援したい~」という一文を載せているから、2か月半遅れでも内容は生きていると思っている。

 配達に出かける前、民進党・斉藤嘉隆候補が、午後2時30分頃、天白区野並の交差点に来て街頭演説会があるとの情報を得ていたことを思い出した。
 配達を終えて野並に到着したのが午後2時10分頃。すでに、交差点の角ごとに運動員が展開していてチラシ配りをし、交差点の一角に街宣車が止まっていて斉藤候補の姿も、タスキ掛けから遠目にも分かった。
 このころ名古屋駅西では、共産党の須山初美候補の応援「市民×すやま初美 名古屋駅大応援会」が開かれているはず。かなり盛り上がったとの報告が今晩にも流れるのではないか。
 さて午後2時30分、緑区選出の中村友美県議が車上から司会・進行の第一声。最初に居並ぶ昭和区、天白区、緑区選出の市会議員、県会議員を紹介し、続いて衆議院愛知3区選出の近藤昭一議員がマイクをとった。歯切れがいいから安心して聞いておられる。(暑かったせいとメモ具を持ち合わせていなかったので内容は忘れた)
 斉藤候補は、昨日の「白熱教室」と違って、また15分程度の時間でもあり、主要には、経済問題と憲法問題を取り上げた。経済問題では「アベノミクス」の失敗のあれこれもあるが、そもそも、大企業優先の政策であって、庶民の生活に寄与するものでない。経済効果が庶民に行き渡って潤えば、消費が拡大し景気も良くなる・・・。
 いわゆる“経済の右肩上がり”に期待しているのか、税制、配分の問題なのかは、判断しがたいが、「消費税2年半延期」と社会保障費(年金、医療、介護など)、財政再建との関係を読み解き、民進党の経済政策をズバリ語ってほしかったが、どうだろうか。
 逆に憲法問題は明確だったといえよう。アベ首相の本音を突き、この参院選挙の結果の重大性について触れたのは当然のこととはいえ、スルーしなくてよかった。
  運動員、関係者も多くいたがざっと150人~200人くらいかな。あの狭い空間では、あふれんばかりであった。また団扇風のチラシ(団扇ではない)の受け取りもかなり良く、タレントの板東英二さんも応援に駆け付け、まあ成功した部類の街宣ではなかったろうか。

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2016年7月 2日 (土)

参院選挙第11日

 流れは緩慢だが、その先には・・・
 毎週土曜日午前11時から名古屋・栄で取り組まれている、約1時間の「戦争をさせない1000人委員会愛知」の定例街宣に初めて参加した。これは参院選の告示前も告示後続けられており、いわゆる選挙運動(当選運動)ではなく、「STOP 安倍政治」「安保法廃止」「野党共闘」「選挙に行こう」等々の政治キャンペーンである。
 こうした市民運動が国政選挙と同時並行で取り組まれてきた例はあまりないと思う。「集団的自衛権」の閣議決定あたりから、継続して取り組まれてきていることに、「アベ政治」への強い不信感、危機感があるといってよい。また、「市民運動」というレベルから「政治運動」へと変遷・多様化している経過はやはり「これまでとは違う」大きな時代・状況の反映といえるだろう。
 だが、アピールする側と通りがかる人々との間に、「これまでとは違う」共感、連帯感の高まりがあるかといえば、残念ながらそれはまだまだといえそうだ。
 この街宣が終わった後、そこに民進党の斎藤嘉隆候補の一行がやってきて、街宣と「白熱教室」という、黒板を使っての政策アピールを展開した。これまでなら、マイク一本で呼びかけ、問いかけ、誘いかけるのが普通だったが、ちょっとしたアイデアかなと思った。
  ちなみに、“黒板”に表示された課題は、「18歳選挙権」「給付型奨学金」「教育費無償化」 「平和な社会」の4テーマだった。各テーマ5分余で20分余りの“街頭講義”であった。斎藤候補は元小学校教員 だったという。
 足を止める人は少なかったが、場所によってはもっと効果的に使える戦術かなと思った。
 6月17日に「あいちキャラバン」で尾張の北部、一宮、江南、犬山あたりをキャラバンのガイドをして回ったが、その時もやはり今日と同じように感じた。“燃える”私たちの側とまだ“炎”になるまでに至っていない人たちとのギャップは小さくない。「危機感」を持ち、あるいは「変化」を求めようとする“眼差し”を感じ取りたいとは思うが、巷はそこまで行っていないのだろうか。
 この緩慢な流れの先に、どんな瀑布が待ち受けているかわからないのに、だ。

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2016年7月 1日 (金)

ACTION REPORT 第20号

 この時期だから急いだ
 アジア太平洋労働者連帯会議・愛知発行の「ACTION REPORT」は、この地の労働運動の活動の記録をレポートして掲載している。「レポート」というには内容が空疎だから単に「記録」が正解かもしれない。
 今号は、表紙に「あいちキャラバン」の写真とコメント/巻頭の詩 『暗転2016』/前掲後記/「はだしのゲン」が、台湾で出版された/事務局から/投稿-剣が峰・この国の行方―参院選を考える/声明-オーストラリア潜水艦商戦-日本の落選を歓迎する/韓国・少女像移転問題その後、そしてACTION REPORT VOL.20 <2016年4月~5月>となり全12ページ。
  「前掲後記」では●6月22日に公示され、参院選挙が始まった、というのは制度・形式上のことで、2013年の前回選挙が終わった時、そして、2014年の衆院選挙が終わった時に、この参院選はすでに始まっていたといえよう●政党や立候補予定者にとって選挙は常在していてそれが「日常」である。だが、有権者あるいは、市民運動、労働運動にかかわるものにとっては、「その時」が来るまでは、「別世界」ともいえた。だが今回は「これまでとは違う」ということが意識されねばならない、ということで提起されたのが「あいちキャラバン」であったといえよう。3年に及ぶ「政治を考える市民の会」の到達点の一つでもあっただろう●いわゆる「落選運動」は、公職選挙法の範疇にない運動であり、自由な政治活動ができるものである。今回の「あいちキャラバン」が、その領域で展開した試みは、その成否はともかく、地域の共同行動の経験として残されるといえるのではないか。その報告と総括は仕上げの作業として欠かせない。と書いた。
 すでに期日前投票も始まっており、選挙運動も中盤に差し掛かり、この機を逃して出し損ねては効果も半減すると思い至り、いつも同時発行のCGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の活動誌「結」に先駆けて発行することにしたのだった。

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参院選挙第10日

 愛知選挙区の当選ライン
 以下の分析は、私の“数字遊び”みたいなもので、根拠は薄いといっていいが、できるだけ現実に近づけたいと思って書いてみた。
 まず有権者数は、2015年9月2日現在で5,927,668人と発表されているので,約600万人とする。次に投票率の予想だが、前回が52.65%、以下22回が57.46% 21回が59.12%、20回が54.55% であり、その時の政治情勢、立候補者の知名度、競り具合によって変わるから予測は難しい。今回は、公明党が9年ぶりに候補者を立て、定員が3から4になったこともあり、投票率は上がると思われる。
 一般的には、投票率が低いと組織票を持つ、自民党、公明党が有利とされ、高いと「浮動票」が、野党に流れる傾向があって、自民党、公明党はやや不利と言われるが、その「浮動票」が、必ずしも、野党に流れるとは限らない、というのが、昨今の傾向ではなかろうか。特に民進党(旧民主党)の不人気が、変革より現状維持の傾向を強めているのではないか。共産党の伸びも、民進党の落ち込みをカバーしきれていないと思われ、結局「与党が有利か?」ということになるのかもしれない。
 さて投票率を最近では最も高かった2007年の59.12%に近い58%として設定して考えてみたい。とすると348万票になるが、無効票を引くと約340万票が、大雑把な有効総投票数になる。
 自民党が約30%の票を押さえるとすると104万票、公明党が9年前の選挙並みに得票すると59万票、自民党からいくら票が流れるとすると、65万票まで行ってしまう。仮に「安倍不人気」で1割減となったとしても、与党としての当選ラインは、「55万~60万票」と推定する。そうすると自民党は1議席確保し、公明党もかなり有力視できるのだが、どうだろうか。
 さてここで、衆議院選挙における得票から、各党、各候補の得票を推定する作業もありうるわけだが、ちょっと手が回らないのでその比較は省いて、まず共産党候補の当落を推定してみると、1998年に八田ひろ子が当選した時は、56%強の投票率で45万票余りを獲得した。58%で47万票、55万票に到達するには、8万票の上乗せが欠かせない。“上げ潮”にある共産党にとって数字的には難しいとは思えないのだが、例の「自衛隊、人殺し」発言に、影響が出るようであれば、ボーダーラインから滑り落ちてしまう。
 問題は民進党だ。素人には難しい分析だ。民進党自身の支持率が回復していない一方、この愛知では例外的であるといっていい要素がある。トヨタ労連などかつての民社・同盟系、中立系に加えて、社会党・愛労評系・右派系などの連合愛知の組織票が大きいのである。また「反共産党」が色濃く出ていて、「野党共闘」など“名ばかり”もないといっていいのではないか。それは勢い、愛知4議席中、自公に2議席を奪われると、残り2議席を民進2候補と共産の候補3人で争うという構図になる。
 自公に150万票余りをとられてしまうと、190万票を民進2、共産1と他の候補者で分け合うことになるが、民・共以外に30万~40万票流れてしまうと、残りは150~160万票。50万~55万票で第3、第4議席を争うことになり、前記の分析で言えば、共産が55万票獲得で議席確保となる。民進は案分しても52~53万票にしかならない。
 逆に民進が、全体で110万票以上確保して、きれいに棲み分ければ、ぎりぎりで2議席、共産の落選ということになる。民進の二人の票差が大きく出れば、共産が滑り込む。
 これまでの「憲法・安保・秘密保護法」「脱原発」の運動の流れにあった者からすれば、「与党が1議席、3議席を野党で」が目標であり、「2:2」のイーブンなら、「脱原発候補を」ということになる。
 結局、自公は手堅く票固めをして2議席確保にまい進。野党は、与党を1議席に押しとどめようとするなら、自公の地盤を切り崩す戦略的運動と「浮動票」をそっくり戴く知名度、政治的資質のある候補者と戦略が欠かせない。だがそこのところが手当てされていないと思われるから、野党3議席は難しい状況にある気がするのだ。「想定外」の結果を聞きたいものだ。

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