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2015年12月 3日 (木)

マイブログ「郷蔵21」-11月後半号

 情報に翻弄されつつ
  私も一員の地域の仲間、APWSL、PCのみなさんへ、と称して、毎月2回ほどブログの項目を紹介しているが、毎回冒頭に若干のコメント付けている。今号では、インド人女性で、ニューデリーに住むカルーナ・エザーラ・パリークさんの詩は、インターネットで発信し、欧米紙もとりあげられた「パリだけでなく、この世界に祈りを」そんな書き出しで始まるという、 毎日新聞の記事を基に書いた。
  詩全 文は知らないが、記事によれば「パリの事件の前日、レバノンの首都ベイルートでは二つの自爆テロで43人が亡くなった。パリと同じ11月13日には、イラクの首都バグダッドで葬儀中に爆発があり少なくとも18人が死んでいる。
  パリークさんは『報道機関が追いかけないベイルートに祈りを』『もはや、だれも<バグダッド>の名を口にしない、そんなバグダッドに祈りを』と続ける。
  ベイルートでは、2人目の自爆犯がモスクの入り口に近づいたところ、とっさに飛びかかって入るのを防いだトルモスさんが死亡した。大勢の命を救った彼の行動は、ほとんど報じられていない。」(以上、毎日新聞12月2日・水説:パリだけを祈るのか=中村秀明)
 できれば詩の全文を知りたいものだ、という思いと、ほぼ毎日どこかで起こっている「自爆テロ」と「難民」について、が薄れがちなことに気付かされる。
 翻って、「沖縄辺野古新基地」に思いをいたすとき、岩国、丹後、小牧、横須賀、横田等々が、頭の隅っこにでも置いてないと、政治が、問題の所在が、何をなすべきかがぼやけてしまうだろう。それを気づかされた今朝の新聞であった。
 で、それにしても、我が軽量なる脳には、「アベ政治そのもの」「原発再稼働」「沖縄辺野古新基地」「TPP」「労働法改悪と規制緩和」「税制と消費税」等々が飛び交い、火花を飛ばし、そして畳み掛けてくる。集会、デモ、講演会、映画会に参加を!署名を!パブコメを!カンパを! などと大海から押し寄せる大小の波は途切れることがない。
 当然にもその半分、いや十分の一にも応じきれない。そればかりか日ごとに対応力、執着力が下降していくかのようである。いっそのこと、陸に上がってしまうかとも思う。そうすれば、わが小舟は、大小の波に翻弄されることはなくなるだろう・・・と思わないでもないが、この半世紀を振り返れば、いわば「漁師」みたいなもの。陸(おか)に上がってしまっては、腑抜けのでくのぼうにでもなってしまうかもしれない・・・。
 ま、新聞、テレビ、インターネットなどの情報源を遮断しない限り、そしてブログを維持している限り、その予兆は未だないと思ってはいるが。

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