« 政治を考える市民の会・討論会 | トップページ | 男の気持ち・生き方(110) »

2015年10月20日 (火)

CGSUの運営委員会

 労働運動に、危機感を持ちながら
 CGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の運営委員会が開かれ末席に連なった。(実際は楕円形のテーブルではあるが)名前の通りユニオン(労働組合)と「連帯」するわけだから、「ユニオンネットまたは連合」とは違う。労働争議など少数組合としてがんばっているユニオンを応援し、併せて地域の課題を共同で対処しようとするものである。
 運営委員の半数は‘定年離職者’であるが、活動では立派な現役の人ばかりだ。また現役の組合役員もいるし、労働運動の経験のない市民もいる。多少の濃淡はあるが、労働運動と市民運動が一体的に捉えられ、語られる場としてはこの地では稀有であろう。
 今日は、活動誌「結(ゆい)」の発行、ユニオン学校の報告と次回の企画、及び、年間計画、第27回コミュニティユニオン全国大会の報告などが議題であった。
 議題から離れて、この会では最も若いFさんから、「争議の現場、会社側とのやり取り、会社側が困るような戦術の話などを聞きたい」という話があった。それらこそ「わが闘争」という人も居る訳だから、場を設定すれば話題は尽きないだろう。ただ問題は、その時代の背景と現在の状況とがマッチするかどうかだ。
 私の経験からすれば、1970年代まで遡ってしまう。それは、総評解体の前段階、右翼的な労働戦線の統一・全民労協の台東と重なる、そういった時期の話になってしまう。当時の基幹産業というべき鉄鋼・造船・電気・自動車の大手組合(JC組合)内における「少数派労働運動」を手繰っていけば、争議戦術のみならず、階級的労働運動史観も垣間見ることが出来よう、と言いかけて口ごもってしまった。記憶は曖昧だし、場に沿わない気がしたからだ。
 もう一つ、ユニオン学校の年間計画に「2016年の参院選」に絡む話題はテーマにならないのか‘番外編’でもいいから、「労働者として参院選かく臨む、かく闘う」みたいなものがあってもいいのでは?と提案してみたが、支持政党の違いなどの絡みもあってみなさん気が重そうだった。去る18日の「政治を考える市民の会」の討論会の延長線上にある私と、この場にギャップがあったようだ。話題が変えられ提案はうやむやに。さりとて率先して課題を背負っていく気概のない私には、もう一歩踏み込むことが出来なかった。もっともそれは、私の個人的な問題ではあるが、労働運動の実態は、このような状況に至っても、市民運動的感覚とのずれが大きいように思われ、ほんとうに危機的だと思ったのだった。

|

« 政治を考える市民の会・討論会 | トップページ | 男の気持ち・生き方(110) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: CGSUの運営委員会:

« 政治を考える市民の会・討論会 | トップページ | 男の気持ち・生き方(110) »