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2015年7月29日 (水)

PC2015・東海ブロック(4)

 

岐阜市から滋賀県・米原市まで
 朝6時30分起床、近くの予約済みの食事店で朝食。7時50分、宿泊のお世話になった上宮寺のご住職に見送られ、金華山を背にして最初の訪問地「北方町役場」に向かう。自転車隊6名、伴走車1台3名であった。横浜のHさんも‘ドラム缶’を引いて、元気に出発していった。
 自転車隊にとって最初の、つらい所へさしかかる。長良川にかかるループ状になった「大縄場大橋」だ。それを渡りきり、地方道53号線を西へ一走り。関ヶ原までは、全体として平坦であるが、川を越すたびにやや急な、時としてだらだらとした坂を上っていく。10時ころまでは雲が広がっていて、日差しは弱かったが、それ以降は最高36度とかの「猛暑空」となった。
 北方町へ
 予定時間の8:40に北方町役場に到着、直ちに、文書を読み上げて申し入れ、町の側からは、室戸英夫町長からのピースサイクルへのメッセージを伝えられ、広島、長崎、沖縄への「平和メッセージ」が手渡された。
 申入れ文書の前文に多少の違いはあるが、広島と長崎両市長及び沖縄県知事宛の「平和メッセージ」を出しほしいこと、要請項目の回答を文書でもって8月末日まで出してほしいこと。そして要請の4項目は、北方、瑞穂、大垣、米原の各自治体共通のものであった。
1) 平和憲法理念を活かし、「非核平和条例」制定に努力を。
2) 安保法制(戦争法案)に反対の意思を。
3) 原発再稼働を認めないように、国と電力会社に働きかけること。
4) オスプレイの、この地域への飛来を認めないこと。
 瑞穂市へ
 瑞穂市へは予定より10分ほど早く到着した。そこで、まず先に全員写真を撮ることにした。この先のタイムスケジュールからして、終着地以外で、全員写真を撮る機会がないかもしれない、そんな思いもあって提案したのだった。
 例の丸木さんデザインの、ピースサイクルの統一旗を中心に、ここでも全員が、「アベ政治を許さない」を掲げて写真におさまった。またこの市では、ペットボトル、アルミ缶などの資源ごみをポイント制で回収システムができていた。ポイントごとにその点数によって何がしかの商品と交換できるのである。(瑞穂市容器回収システム)という。
 子ども会が、古新聞、段ボール、アルミ缶などを回収し、業者に引き取ってもらって現金化する方法は、私の町内でも行われているが、このような行政主導のリサイクル活動は初めて知った。朝から市民が持ち込んでいた。そうしたステーションは数か所設置されているようだ。
さて、肝心要の申し入れについてだが、どうしてそうなったのか、訪問通知と申入れ書が事前に送られているにも拘らず、市側が、全く対応する体制ができていないという、これまでになかった事態となった。担当職員が右往左往する中で待つこと20分、結局、申入れ文書だけを手渡して、後日、平和メッセージと回答文書を送ってもらうことになった。
 大垣市へ
 時間の貯金をなくして瑞穂市を出発し次の大垣市に向かう。ここからは若干参加者が増えた。途中、休憩地点の一つである「加賀野城跡」に寄った。ここは「名水」が湧出することで知られ、周辺からポリタンク、ペットボトルを持参してやってくる人が絶えなかった。ピースサイクルの一行も、喉を潤し、腕を冷やし、おしぼりにして顔を拭いたりして、10:40出発となった。
 午前11時、大垣市役所に到着。直ちに申し入れを行い、小川市長からのメッセージが読み上げられた。このメッセージは入手していないが、その内容にいたく感動するところがあって、参加所全員‘いい内容だ’との感想を漏らしていた。地元から、長良川河口堰、現在の安保法制等で積極的に発言し、行動するKさんが同席してくれた。こうしてリレーだけでなく、ポイントだけの参加もうれしものである。市側から広島、長崎、沖縄それぞれへのメッセージを受け取って、出発。
 正午頃、垂井町・文化会館横で昼食となった。瑞穂市で予約しておいた‘ホットモット’の弁当が届いていた。こうして弁当の手配、伴走車に補給用の飲料水の常備、各方面との連絡、今夜の宿の手配などが伴走車(サポーター)の役割だが、そうした役割と共同行動が一体となって、ピースサイクルは進んでいくのである。
 滋賀県入り・米原市へ
 しっかり腹ごしらえと休息をとって、いよいよ難所の‘関ヶ原超え’に挑む、と言っても私は車の中だが。この21号線は片側1車線で、歩道も狭いこともあり、Hさんの‘ドラム缶’は、車載することになった。また、休憩も20分毎くらいにとって、全体がバラつかないように走ることにしていた。しかし、どうしても遅れる人もいて、ややばらつき加減。そうこうして、何とか関ヶ原を乗り越えれば、「今須」あたりから旧中山道に入る。このコースでは車は少ないが多少の起伏が続く。妙応寺、中山道柏原宿で少休止し、醒ヶ井でも名水に接し、澄んだ川に足を入れ‘足湯’ならぬ‘足水’を堪能する人も。平日にも関わらず、観光客もそここそ出ていた。
 いったん21号線に戻るなどして、滋賀県入りして、米原駅に近い‘育苗センター’というところで休憩を取った後、米原市役所に向かった。予定時間の午後4時に米原市役所に到着。ここでは滋賀ピースサイクルの仲間と合流し、愛知、岐阜、滋賀(+神奈川)のメンバーで申し入れを行った。例によって、平尾市長からの平和メッセージを受け取り、今日の4か所の自治体訪問を終えた。
 滋賀の仲間は、明日5人の自転車隊と伴走車をつけて、琵琶湖湖畔に沿って大津市までの約50キロを岐阜の仲間3人と横浜のHさんとで走る予定だ。残念ながら、自転車リレーは。大津で切れて、その後は大阪から再出発となる。
午後5時少し前、数年前に閉館となってしまったが、これまでずっとお世話になってきた民宿「魚安」前で、記念写真を撮って、岐阜ピースの「団」を一旦解いて、この日の予定をすべて終えた。
 今日は、途中、一人が転倒して、膝に軽い擦過傷を負った事故があったが、心配するほどのものでなかったので一安心。炎天下の走行で熱中症の人も出なくて、私にとっては何とか無事に「ピースサイクル2015」を終えることが出来た。まだ広島、長崎両市長と沖縄県知事宛、さらに「六ヶ所ピース」の青森県知事、六ヶ所村長、核燃社長あてのメッセージ・申入れ文書を送る作業は残っているが、ひとまずここまで。 完

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