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2015年6月22日 (月)

ピースサイクル沖縄&慰霊の旅(3)嘉手納・普天間基地

 ガマと嘉手納・普天間基地
 シムクガマとチビチリガマ
 朝食前の朝7時半、歩いて7~8分ほど先の「シムクガマ」に向かった。洞窟に向かう途中に「ハブに注意」の立札が幾つもあった。ここは1500人ほどが、戦火を逃れた場所というが、洞窟の中央に小さな川が流れているとはいえ、入口あたりはともかく、奥まった場所は、(まだ奥に続いてはいたが)暗くて狭くてごつごつした岩場でどんな寝食の状況であったのだろう。
 島の形を変えるような艦砲射撃、圧倒的な物量の米軍の上陸と悲惨の極みとなった地上戦、戦場に駆り出され、逃げ場を失う住民、そして無数のガマに追いやられた状況は、「沖縄戦」の一言では見えてこない。こうして現場に来るほかないのである。この後もチビチリガマ、アブラチガマを見て回ることになるが、絶句するのみである。
 そのあと「像のオリ」(アンテナを巨大な檻のように張り巡らせた軍事通信施設の俗称)のあった場所に案内されたが、私は足場が悪い場所に不安だったので、引き返した。
 蛇足だが、知花さんも地主の一人だったこの「像のオリ」の現物を見た記憶があるのだが、それが読谷のものだったのか埼玉県深谷市のものだったのか、記憶があいまいで、今でも思い出せない。映像の記憶だったのかもしれないが・・・。
 9時になって「何我舎(ヌーガヤー)」を出発、知花さんの案内で「チビチリガマ」を訪ねる。
 奥行きはそんなに深くないが、150人がここに逃れ、そのうち85人が亡くなったという。その時の現状が生活用品、遺品や埋葬されない骨片と共に、そのままに近い状態になっているという(現場は立ち入り禁止になっている)。遠足かと思われる中学生の一行がバスで見学に来ていた。碑文の一部であろうか、全員で復唱するなど教員が熱心に教えていた。本土とは違う「沖縄の心」をまた垣間見たのだった。
 嘉手納基地へ
 10時30分ころ、「チビチリガマ」を後にして自転車隊、伴走車それぞれが嘉手納に向かう。「道の駅・かでな」近くになって雨に見舞われた。
 道の駅の展望台から広大な米軍嘉手納基地が一望できた。嘉手納基地は、元日本陸軍の中飛行場で、「4000m滑走路2本、200機近くの軍用機が常駐する極東最大の空軍基地」といわれ、「嘉手納町の83%はこの基地と嘉手納弾薬庫が占有する」とも説明された。また、「敷地内には女子挺身隊員20人の集団自決跡がある」とも。
 そうそう、こちらへ来る前に、事前の学習をと思って梅林宏道著「情報公開法でとらえた-在日米軍」(高分研刊)と「情報公開法でとらえた-沖縄の米軍」(同)を書棚から取り出したが、結局読まずじまいだった。
 見学している時、1機の大型機が着陸したが、KC135空中給油機であったろうか。これは愛知県の小牧基地にも配備されているものだ。
 それから、そこには行かなかったが、あれはいわゆる黙認耕作地(基地内ではあるが、米軍が地主の農地使用を黙認している土地)に「安保の見える丘」という基地を触れるようにして見られる場所があった。また、道の駅の3階には、嘉手納と基地に関する資料館も併設され、パネルやミニチュアの戦闘機などが展示されていた。
 ここで昼食を取り、雨も上がったので、基地に隣接した米軍関連の住宅地を見て回った。閑静で、と言っても戦闘機の爆音は強烈ではあるが。美ら海に近い場所であった。
 普天間基地
 世界一危険な基地といわれ、辺野古基地新設と引き換えに撤去・変換されるという「普天間基地」に向かう。(池田さんはここで帰ることに)
 午後3時に、伊波洋一さんと待ち合わせということになっていた。伊波さんは、任期中に辞職もあったが沖縄県議会議員を2期努め、宜野湾市長も2期務めた。知事選では仲井真知事と競り合い4万票あまりで敗れた。
 私たちが、普天間基地が一望できる嘉数高台に到着した時、伊波さんは、他の見学者のガイドを務めていたのでそれに合流した。双眼鏡で見ればオスプレイ12機が駐機していた。また正面にある滑走路と基地を取り巻く市街地を写真に収めた。そこには、2004年8月に在日米軍(アメリカ海兵隊)のヘリコプターが墜落した事件の、クリーム色だったか沖縄国際大学が遠望され、あちこちで指で指し示す光景が見られた。午後3時50分ころ、オスプレイ1機の飛行が確認された。最後に嘉数高台の一角にある「トーチカ」跡を見て、この日の予定を終えた。
 佐藤さんとはここで別れ、今日の宿舎、糸満市の長谷寺に向かい、途中「猿人の湯」というホテル併設の温泉に浸かって、3日間の汗を気持ちよく流した。また「山羊の店」で夕食を取り、8時過ぎから長谷寺の岡田住職と懇談して、早めに床に就いた。

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