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2015年2月13日 (金)

CGSUの運営委員会

 総会前の意見交流
 CGSU(ユニオンと連帯する市民の会)の総会は今月の28日であるが、それの準備会議でもある運営委員会が開かれ、共同代表、副代表、事務局長、同次長以下10人が顔をそろえた。
 総会の議事内容とタイムスケジュールについては、原案に若干の修正を加えたが、概ね了解した。問題はやはり「CGSU」の「何を、どんな立場から、どうするか」という位置づけ、性格づけが課題であった。ここの運営委員会が掌握するものは、基本的には、「情報発信」「ユニオン学校」「ユニオン学習会」程度で、「ユニオン共同行動」「西三河ネット」のほか、もろもろの活動は、共同行動と位置付けた。そして、他団体主導の活動には「賛同団体」として関わる、そんな感じではなかったか。
 自由討論の場では、まず「主催集会、運営会議、総会、機関誌投稿」等々、基本的には制限を設けない、自由の場とすることを確認した。いわゆる「多様性の尊重」重視である。
 次に、機関誌(活動誌)「れいめい」は、名称変更することが決まり、「季刊誌」とすることも確認された。同時に「編集委員会(編集会議)」を設定したらどうかの提案があったが、必要性を認め検討することになった。また、内容では、季刊誌であるから「ニュース性」より「地域行動、団体の活動紹介」「本、雑誌など紹介」「研究小論文」などに重点を置く方向となった。ただ‘実際、どれほど読まれているだろうか’という声もあった。一工夫いるところだろう。
 さて、「昨今の状況から、‘政治を考える市民の会’との関係は重要ではないか」と意見が出て、連携・参加の一つに加えられた。だが問題は、状況認識では一致できても、「政治(性)」についての議論も、まして行動を共にするという経験、実績のないまま「形」だけのかかわりについては一考を要するのではないか。既成の労働組合の政治活動が、極端に後退している現在、私たち自身がもっと「政治談義」を積み重ねる必要がある。「政治路線(政治選択)」を巡っての対立で運動が崩壊した例は、これまでの「左翼運動」の痛恨事ではなかったか。
 現実的に考えてみても、例えば「特定秘密保護法」「集団的自衛権行使容認」に反対してきた大規模集会では、参加するユニオンも多くないし、それを「共同行動」の一つとして、横通ししての集団参加という形にもなっていなかった。個別参加のままである。ひょっとしてそれがベターなのかもしれないが、やはり日頃からの、労働者、ユニオンとしての「今の政治を何とかしよう-政治談議」がなされていないからともいえよう。もっと言えば、これまで憲法問題、原発関連、沖縄問題などで、連名の「声明」または「賛同」を出すこともなかったのだ。
 その「政治を考える市民の会」についてだが、この会は、2016年の参院選挙を視野に入れている。しかも、自ら候補者擁立の方針を持っていない。愛知選挙区の「(自民、民主に次ぐ)第3の議席を、現憲法守る、活かす。原発はなくすという候補者に集中を!」を野党各党に働きかける、と言うものでしかない。極端(でもないが)な話、共産党が愛知の参院予定候補者を発表してしまったら、この会は、その時点で立ち往生してしまうのではないか、と言うのが私の危惧するところである。共同推薦できる「統一候補」擁立作業なしでは危うい、と私は思っている。
 (続く)

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