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2014年8月22日 (金)

陸奥(みちのく)に立つ

 PC六ヶ所行動の前日前夜
 宮城を除けば、私にとって陸奥は、文字通り「未知の土地(みちのく)」である。ドキドキとハラハラ、‘みてやろうとなるがままに’が同居している感じであった。
  22日から27日までの行動については、3つに分類できるかな。一つは、言うまでもなく、ピースサイクル・六ヶ所行動の記録・意見・雑感など。二つに、東日本大地震・津波の被災地の見聞録。三つに、一人行動のミニ旅行記みたいなもの。
 朝8時42分名古屋発東海道新幹線で東京へ。東京から東北新幹線で新青森経由14時35分青森着のルートで出発。家を出てからおよそ7時間の旅。ということでこの日は、青森で一泊することにした。この時間を見込んで本を持参した。経験則で‘多分あまり読まないだろうな’と思いつつも、B六版の足立力也著「緑の思想」とポケット版サイズの「日本国憲法」という、軽量、小型サイズの2冊。結論から言うと、「緑の思想」は、まえがきのみ。憲法は、ちょっと気になっていた21条から25条までをさらっと目を通した程度。青森に到着してからは、帰宅するまで手にとることはなかった。

  青森に立つ
  青森駅に着いてまず観光案内所で周辺地図と物産情報を得て、観光物産館「アスパム」まで足を延ばし、最初に5か所分のお土産の宅配を済ませた。もちろん住所と電話番号は控えてきた。これで‘一仕事を終えたと’と安堵。
  チェックイン予定までの2時間を青森港に面した近くの‘青い森公園’を散策。ふと見れば、岸壁にある二つ並んだ先端が球状の高さ5メートルほどの街灯に、同じ向きをしたカモメを模した飾りがのっていて、これはおもしろいと思って青森港・陸奥湾を背景に写真に収めようとしたら、ピクリと首が動いた。なんと本物のカモメが羽を休めていたのだった。
  夕やみが迫り始めたころ、公園の一角で盆踊りが始まっていた。といっても平日のこの時間、人が集まっているわけではなく、ひろば中央に広めの舞台があって、どうやら町内ごとかグループのようで‘発表会’のごとく、おそろいの浴衣姿の20人から30人単位で、踊りが始まったのであった。ほとんどが中年以上の女性。ひょっとしてこれは、7時から8時過ぎの盆踊りたけなわの時の本番前のものだったかもしれない。もう一つ、ねぶたの家‘ワ・ラッセ’の看板を見て興味を惹かれたが、場所がわからない。矢印らしきものが見当たらない、それであきらめた。
  午後4時半、もう少しと思って、青函連絡船「八甲田丸」が係留されている埠頭まで行った。旅客船ターミナルビルから、八甲田丸と陸奥湾を眺めながら、人路橋青森ラブリッジという木製の散策路を歩いた。‘ラブとブリッジ’を重ねてラブリッジかと思いつき、あたりを見れば二組、三組の二人を見かけた。そろそろと思い、帰りかけると茶色の立方体の建物で、全体を鉄製の平たい板を縦で奥向きに並べた、つまり均一間隔のバーコード風に、と言ったらわかるだろうか。それがねぶたの家‘ワ・ラッセ’だったのである。すぐ近くで特徴ある建物だから矢印も何もいらない、と地元では思ったに違いない・・・。一応入ってみたが、時間がないなあとロビーでウロウロしただけで出てきてしまった。‘またの機会に・・・’はないとわかってはいたが。
  ついでに、と思いついたのが、25日の六ヶ所行動の解散地点は青森県庁。予定では、午後4時現地解散から青森駅発の電車までの余裕時間は45分。到着集会があったから、解散集会でもあって長引けば間に合わないかもしれないと、県庁から青森駅までの道筋、時間を調べておこうと思い立ったのだ。しかしこれは結果的に杞憂に過ぎなかった。25日のその日、午後3時半ころには、それこそ三三五五違う目的、ルートをもって散って行ったのである。
  「青森の夜」は、いくつか書きたいことがあるがそれは別の機会にする。ただこの夜、なぜか寝つけなかった。

 

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