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2014年8月23日 (土)

やってきました六ヶ所村!

 青森から野辺地経由六ヶ所村まで
 青森市から六ヶ所村(役場)に行く交通機関は限られる。青森駅から10時34分発の「青い森鉄道・八戸行」に乗り、40分ほどで「野辺地(のへじ)」で下車、40分ほどの待ち時間があったが、ここからバスに乗り換え約50分の12時50分ころ、六ケ所村役場前で下車。地元のメンバーと首都圏のレンタカー組と合流。自転車隊はまだ到着していなかった。
 この「六ヶ所行動」では、青森県知事、六ヶ所村長、原燃社長あての、愛知からの要請文を持参していた。知事あての要請文の中に、こんな一文を挿入していた。「・・・やや離れた愛知から青森をイメージしますと、『りんご』『ねぶた祭』『津軽海峡』『世界遺産白神山地』などが想起されます。そして昨今は、残念なことに『核燃料サイクル・六ケ所・青森』の印象が強くなってきています。青森というこれまでの清新なイメージが、『核燃・原発』で薄められ、汚されていくことに、心が痛むことを禁じえません。」と。
 さて青い森鉄道の車窓からの風景は、それほど印象深いものではなかった。なだらかな緑豊かな丘陵地が遠くにあったり近くなったり、その間の平地に田畑が続くといったもの。線路の両側が雑木に遮られることも多く視界が開かない。それでも「浅虫温泉」に近くなった辺りであろうか、左手方向に陸奥湾(細かく言えば野辺地湾)が見え隠れし始めると、なんだか‘旅しているなあ’という実感がわいてきた。浅虫温泉駅の看板には「宗像志功ゆかりの地」とあったが、どんなゆかりがあったのであろうか。
 野辺地からバスに乗ったのは、私の他に中年の女性一人。途中で一人加わったが乗客はそれだけ。バスはほとんど停車することなく通過していく。乗客が少ないのは夏休みのせいもあるかもしれないが実態だろう。ここは東北の再北県・野辺地である。
 現地の地理が頭に入っていなかったので、改めて地図を見ながら追いかけると、バスは多分、279号線で陸奥湾を左に見ながら北上し、途中から斧の形をした下北半島の握り部分にあたるところを太平洋側に向かって半島を横断していったと思う。やがて風力発電の風車が見え始めてくると、なんとなく六ヶ所村に近づいている気がしてきた。

 自転車隊と合流、到着集会
 六ヶ所村役場前に降り立った。いよいよ「六ヶ所ピース・六ケ所行動」のスタートである。
 ‘愛知から来ました’と声をかけると初めて、地元の人かレンタカー組の人かわからなかったが、ようやく‘まあまあ、愛知からご苦労様です’と迎え入れてくれた。幾人かと会話するうちに輪の中に入れたかな、と思ったが、顔なじみの多い自転車隊が来ていないからやや手持ち無沙汰。
 予定を30分ほど遅れて、まず伴走車が到着して、暫くして10数台の自転車隊が到着。私は拍手する間もなくシャッターを切り続けた。
 聞けば、昨日、大間町で首都圏のピースサイクルの仲間と北海道・函館の青年たち、さらに地元弘前の仲間、総勢26人が合流したという。ということは、けさ早く大間を発って六ヶ所村まで来たということか。明日は、車で移動ではあるが、どれほどの距離、どんなコースを走ってきたのか。それは後で知ることになるが驚愕すべきものであった。
 予定時間をやや遅れて役場前で「到着集会」が始まった。報告によるとこの時点で50人が参加していたという。主催者の吉野信次さんが言うには、この参加者数は「20年前の100名参加以来のこと」なのだそうだ。核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会の澤口さんをはじめ、各地域、グループから挨拶があり、私も指名され、まず着ていたTシャツの背中を見せた。そこには、「ピースサイクル・反戦、反核、平和・あいち」がプリントされていたからだ。それから5~6分しゃべったであろうか、愛知の状況に少しは触れたであろうが、ほとんど覚えていない。指名されたときの用意がしていなかったからだ。

核燃施設1周と夜の交流会
 
 
 集会後、(函館の仲間たち7人とはここで別れた気がしたが、薄記憶)毎年利用しているらしいレストランの2階の座敷で昼食をとりながら、この間の六ヶ所内の動きを、デーリー東北や河北新報のスクラップの資料の説明を受けながら地元の菊川慶子さんから報告を受けた。初対面の菊川さんについて紹介すべきだが、私以外はほとんど知っているであろうから省略。愛知に帰ってから地元の報告記事で触れるつもりだ。ただ、6月の村長選挙に勇気ある立候補したことだけは書き留めておこう。
 その後は、核燃料サイクルの関連施設を車で見て回った。広大な一帯に、様々な施設が点在するのであるが、人家は見当たらない。そういう場所にあるのだ。どの施設も高くて番線が張ってありそうな、ひょっとして電流でも流れていそうな柵が張り巡らされている。正門には必ず頑丈な鉄製の門扉があり、数人の警備員がいて、メモを取り無線機か携帯電話で連絡を取っている。(この人たちは地元の人で、雇用の一つであろうか)
 再処理工場の正門前では、シュプレヒコールで抗議の行動。後で考えてみたら、シュプレヒコールをあげたのはここが最初で最後であった。建物本体は門から奥まったところにあり、警備員相手に声を張り上げても空しくなるばかり、という経験の積み重ねの結果であろう。ひょっとして今回は、初参加、遠来の私のためのお膳立てだったのかな?
 この日の夜は牛小屋を改造したというところで、夕食、交流会、宿泊となった。この夜は、「核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団」の山田清彦さんが、「再処理工場の動向と反核燃の取り組み」というテーマで学習会が予定されていたが、連絡の行き違いで中止。しかし最終日の県庁で、そのお話を聞くという結果になった。

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