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2014年7月12日 (土)

浅田次郎著「一路 上・下」を読む

‘武士’の本文、一所懸命について
 ‘束の間の梅雨の晴れ間なれば、読書にて、心を洗おうてみようかの’てな気持ちになって読み始めたのは、浅田次郎著「一路(いちろ) 上・下」であった。
 小野寺一路、西美濃田名部郡・7500石の旗本、蒔坂左京大夫のお供頭、といってもまだ19歳。実は藩内の‘謀略’で父親が謀殺され、故なく家督を継いだのだが、お供頭の心得一切なしで、参勤交代の江戸行きの一切を任される。
 お殿様以下、総勢80人ほどの行列は、その西美濃から真冬ともいえる12月の中山道を通って、日本橋・蒔坂江戸屋敷までの道中の事件、難事を切り抜けて、江戸まで辿りつくのであるが、浅田小説は常に、その人物にとっての本分、あるいは立場の‘一分(いちぶん)’をしっかり押さえている。
 一言で言えば「武士道」であるが、幕末(徳川14代の頃)のこの時期、武士階級・大名は時勢に流され、借金にまみれ、その矜持は失われつつあり、参勤交代の道中も形ばかり、いや名ばかり以下に簡略されていた。そんな中一路は、父祖伝来の「御供頭心得」なるものを手にして、何も知らぬが故の「教科書」として、その心得を全うしようとする。それは、参勤交代とは実は「行軍」であるとして、「御供頭心得」とは「行軍録」であったのだ。関ヶ原の合戦以降家康の幕政に則った、いまだ戦国の余燼残るころの「行軍録」であるから、その行列は、戦場(くさば)に向かう武装隊列であると同時に、幕末のころには「錦絵」にしか知られることにない、きらびやかな行列でもあった。毛槍、頬髭の揃いの奴、幟、家紋入りの長持ちのほか、お殿様のお駕篭は付くが、御手馬2頭が付き従う、といった具合。
 もう一つは、お勤めに一所懸命の一路には、次々と人が集まってくる。お家乗っ取りを企む家臣団の一部を除けば上から下まで「忠義」に生きる臣下たちであった。それぞれに「矜持」を持ち、艱難辛苦に耐え、不平、不満を言わず落ちこぼれなく全うしようとするのである。
 それだけでは筋は短調であるからして浅田は、お殿様、蒔坂左京大夫を稀代の‘うつけ者’を装わせる。実はこの殿様、時勢を読んで幕閣に入ることの危うさを知っていたのである。その聡明さは、ごく一部のものしか知られていなかった。将軍家茂公もその真偽を知るために、ひそかに御庭番を潜りこませていた。
 ‘うつけ者’を信じて疑わない家老の一人(実は叔父)が、道中の失態を持って、蒔坂左京大夫を隠居せしめ、それでなければ、暗殺をも企てるのであるが、ついに露見、しないまま葬られる・・・。
 まあ、上下巻だからもっともっと盛りだくさんなのだが、時代が幕末にさかのぼっても、作家には、現代と全く無縁のストーリーなど書かないと思う。‘武士’の本文、一所懸命について、を考えるとき、私(たち)の本分とは何か、一所懸命の「一所」とはどこか。「一生懸命」なら、自らのことのみに落として考えられないこともないが、「一所」が大事ではなかろうか。

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