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2013年6月 5日 (水)

TMPCWAを支援する愛知の運動

 地域共同行動の成果を
 2日の「愛知の会総会」では、現地フィリピンの新たな動きに関して、2001年来のフィリピントヨタ社争議の、組合(TMPCWA)にとっての「名誉ある解決」への兆しがあると書いた。しかしトヨタという企業体質からして、トヨタにとって「不名誉」な解決は望まず、放置して組合の自滅を待つということもあり得ないわけではない。その意味では、ILOの勧告をフルに生かして、日本の政府・外務省への働きかけと、トヨタ本社への要請行動を強めていかねばならない。活動方針はそのようにうち立てられている。
 さて、少し先走った話になるが、この1年を全力で闘って全面解決を目指すということになれば、13年に及ぶTMPCWAを支援する愛知の運動も、それなりの“総括”と闘いの成果を論じる序章の1年といえるのではないか。
 思うに、この運動の中軸となるものは、第1に、「労働者の国際連帯、共同の闘い」として位置づけられる。とりわけ、多国籍企業の海外進出に伴う諸問題の、現地の労働者、市民、住民の立場に立った連帯と共同行動が重視される。1982年ころ、マレーシアで放射性廃棄物の鉱滓を空き地に野積みして,井戸水や大気を汚染し,住民に深刻な健康被害が発生した「ARE(エーシアン・レア・アース-三菱化成が出資)事件」は公害輸出事件として有名である。
  日本国内での規制を逃れて海外に進出し、現地の規制が緩い、また法整備が遅れていることをいいことに「公害(私害)垂れ流し」そして「低賃金、劣悪な労働諸条件」といったことが未だに絶えないのである。(これらをダブルスタンダードという)フィリピントヨタ社のこの争議もその一つである。
 次に、トヨタ自動車はいまや、西三河の“ものづくり”の一企業という位置にはない。企業活動そのものが地域社会、そして国の内外に、陰に陽にその影響をもたらすリーディングカンパニーとしてグローバルに存在する。
 その自覚があればこそトヨタは、“トヨタ グローバルビジョン”を定め、公にしているのである。去る5月8日の、2014年3月期の連結業績予想で、本業のもうけを示す営業利益が前期比36.3%増の1兆8000億円になると発表したが、そこでその莫大な利益を内部留保としてしまいこんでしまうのか、設備投資(更新)、研究開発、販売促進など営業面に重点配分するだけなのか。つまり、下請け企業、労働者、地域にどれだけ還元するのか、と問われるのもトヨタがそのように位置付けされているからである。
 トヨタがしばしば、“労災隠し、過労死がある”だの“コストカットという下請けいじめ”だの、“労使が協調して、地方議会に議員を送り込み、地域を牛耳っている”と揶揄されるのは、この会社が“本物”になっていないからといえよう。だから地域での市民運動、住民運動が必然的にたちあがることになる。
 そうしたトヨタに向き合う、地域共同行動の一角に「TMPCWAを支援する愛知の会」があるわけだが、争議支援と地域での労働運動とを、どう結んで共同行動の基盤形成に寄与できたかは、一つの視点といえるだろう。
 また、様々な運動も、「課題」によりけりだが、一般的には「愛知」という単位で一括りにされる。しかし実際の運動は「名古屋圏」と「西三河、東三河」の3つくらいには地域分けされる。その意味ではトヨタは、関連会社を含め「三河圏」に集中していて、三河が主体的担うことになるが、トヨタという企業規模となるとやはり全県性をもつ。そうすると運動の側も全県的な、名古屋と(西)三河の共同行動が求められ、地域性を超えた取り組みが課題としてあった。そうした観点から、「愛知のユニオン共闘の課題とこれから」も俎上に上がってくるだろう。
 私個人としては、第一線に位置していないから口はばったいことは言えないが、問題提起だけはしていこうと思っている。

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