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2013年2月 7日 (木)

塩路一郎氏が死去

 彼は、受け入れ難い
 塩路一郎氏が1日、86歳で死去との報が流れた。塩路氏死去の報は、日産の自動車の仲間が2日の日、既にメールで伝えていて、インターネットで検索し、新聞にも注意を払っていたのだが、いっこうに出てこなかった。“大物”というのは昔日のことで、もう忘れ去られていたのかと思っていたのが、ようやく明るみに出た感じだった。
 同じ自動車産業にいて、活動家同士の交流も少なからずあったとしても、他の企業のお家事情などについては意外と関心が薄かったような気がする。春闘、賃金体系、賃金水準の比較検討、品質管理運動(QC活動)、死亡災害などの事例報告は熱心だったが、職場の労働者の生きざまみたいな実相は、議論になりにくい面もあるが、言葉としてもまた文字としてもあまり耳目に留らなかった。
 それでもさすがに「日産の塩路一郎」は、御用組合、御用幹部、労使協調、「労働貴族」、反対派を暴力的排除といった言葉の“裏書き”に塩路一郎氏が代名詞のように使われた時期があったのは確かだ。
 1960年代だから、私はまだ労働運動とは縁が薄かったので、記憶はその後の学習の場でのことであろうが、当時の全金プリンス自工支部を、“叩き潰す”という表現が当たるような攻撃を仕掛け、「塩路天皇」だの、「豪華ヨットを乗り回し、懐に札束をしのばせ、“子分”を引き連れて、銀座を飲み歩いていた」といったたぐいの話が、まことしやかに語られていた時代だった。
 つい最近、緑風出版から「日産自動車の盛衰 自動車労連会長の証言」が刊行されたとのことだが、インターネットで紹介されている目次を読んだだけでも、おもしろうそうだな、と思いつつ、塩路にどれだけ多くの人が泣かされたか、を思うとあまり面白おかしく読む気になれない。随分前になるが、あの「週刊金曜日」が、塩路一郎氏へのインタビューを記事にしていたと記憶する。編集の意図として、「反面教師」として登場させたのかもしれないが、私は気持ちよく読むことができなくて、途中で閉じてしまった。
 例えば、塩路氏のような人間をトップとして、組合(組織)の末端まで、ただただ“保身”ばかりが強く、“出世”に異常なほど熱心で、“おこぼれ頂戴”に平然としていられるといった体質、構造は、どの世界にもあるといえばそれまでだが認めがたい。ただ本の中には、「全自日産分会・益田哲夫氏」との関係で、塩路氏が述懐する一文があるそうで、そうした“人間的な一面”もあるであろうが、彼の行跡・行状を見るとき、私にはどうにも払しょくできないところがある。(だから、読んでみる価値があるとも言えるが・・・)

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