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2013年2月 3日 (日)

「ユニオン学校」始まる(2)

 労働運動と文化活動の接点
 第2の講座は、いわば「労働文化講座」で、郷土史家の木村氏が、葉山嘉樹の小説「セメント樽の中の手紙」を題材にして、約1時間にわたってお話と、質疑に答えた。
 まず、葉山嘉樹という人物について「若き日の小林多喜二に大きな影響を与えたプロレタリア文学作家」と紹介した。また「セメント樽・・・」が生まれた舞台とも言われる「名古屋セメント」での、仲間の労災死問題で見舞金増額要求に関わり、解雇され、あるいは、「名古屋新聞」の記者、名古屋労働者協会執行委員長、いわゆる「名古屋共産党事件」に連座するなど、名古屋と縁が深いとも紹介された。
 私は、名前は知ってはいたが、その名前の良さ、美しさばかりが記憶に留まっていて、葉山嘉樹の作品は読んでいなかった。だから、これほど名古屋と縁が深いということも全く知らなかった。
  この日、「セメント樽・・・」の一部を、木村氏に代わって名古屋ふれあいユニオンの女性組合員が朗読した。その内容は省くが、その朗読を聞きながら「労働運動と文化活動の接点とは何だろう、いや接点がないのが現代ではなかろうか」とか、かつてはそうではなかったが、いわゆる「活動家」に、「文化、文学のにおい」のする人はあまり見かけないなあ、などと考えていた。
  70歳前半かなと思われる、元船員だったという人が隣の席にいて、葉山嘉樹の本を耽読していたようで、加えて労働運動と文化活動の接点にも触れた発言をされていたが、それには興味を惹かれた。主催者が“是非、その辺の話を今度また・・・”などといっていたから、いつか話を聞くことができるかもしれない。
  “活動家は文武両道”であるべき”みたいなことを、柄にもなく思ったりして、その周辺をうろついている私であるが、「プロレタリア文学」とはいわれないまでも、労働者の気持ち、心を描いた作品といわれる何かを書いてみたい気持ちはまだ消え去っていない。
  この講座で、直ちに葉山嘉樹を読んでみようとは思わなかったが、やはり「文化」的なものは、少しでも身につけておいた方が、いくらかでも“人間の幅”が広がるような気がしたから、それなりの接点は深めようと思った、のがもう一つの収穫であったろうか。

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