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2013年1月27日 (日)

男の気持ち・生き方(61)

 映画「東京家族」を観て
 今年初めて、劇場の映画鑑賞に行った。
 テレビコマーシャルで盛んに宣伝されているので、かなりの人が観ているのではないかと思う。
 この映画の話題性は、「小津安二郎監督の『東京物語』へのオマージュを込めて製作され・・・実に半世紀の間、時にやさしく温かく、時に厳しくほろ苦く、その時代の〈家族〉を見つめ続けてきた山田洋次監督。『家族』『幸福の黄色いハンカチ』『息子』『学校』シリーズ、そして『男はつらいよ』―時代によって移りゆく家族のさまざまな姿。監督の81作目の作品」であること。
 そして、「東京にいる子どもたちの元を訪れた、瀬戸内海の小島で暮らす平山周吉と妻のとみこ老夫婦。・・・最初は互いを思いやるが、のんびりした生活を送ってきた両親と、都会で生きる子供たちとでは生活のリズムが違いすぎて、少しずつ溝ができていく・・・」「両親のことを気にかけつつも距離を埋められない子どもたちの姿を通じて現代の家族のあり方を問う。」ということだ。
 「家族」がテーマであるから、これから「家族」を持つ世代、「親子家庭」の世代、「子育てを終えた」世代それぞれの「くらし」が背景にある。だから「シングル(未婚、死別・離別)」また、「母子、父子」の家族が、暗に対比される、ことは一応押さえておくとして、3世代を鳥瞰して見せることで、「現代の家族のあり方を問う」ということなのだろう。
 さて、この映画のストーリーはさておくとして、私の視点は、昨秋に観た「希望の国」「終の信託」と今回の「東京家族」には、何かつながるところがあるような気がして考えたのだが、「希望の国」の小野泰彦(夏八木勲 )、「終の信託」の江木秦三(役所広司)そして「東京家族」の平山周吉(橋爪功)の3人の「男の気持ち・生き方」ではなかったかと思う。
 映画では、どこかの場面で「男の気持ち」が語られるのであるが、実生活ではどうか。個別的な性格はあるとしても、自分の気持ち、思いを割と正確に、タイミングよく話ができているだろうか、そんな会話が夫婦、家族の間でなされているだろうか、と思い返してしまうのである。
 「家族・家庭」が、何かにつけ一つの大きな「拠点」であることは確かだが、一方でその拠点の「維持、均衡」が、「制約」を強いることもある。強いられるか、自縛なのかは一概に言えないが、私の中にも、深刻度の濃淡はあるけれども、思い当たることはあるにはある。
 「子育てを終えた」世代の場合、気持ち・生き方が「孫に向かう」場合と、「終末-人生の幕引き」に向かう場合、その両方もあるけれども、やはり重心の置き方に違いがあるように思う。それは夫婦の間で「埋め合わせるべきもの」なのか、「それぞれでいい」もあるだろう。悩ましいことではあるけれども、多くの場合、「日常性」の中で、うたかたのように生まれては消えていくばかりである。

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