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2013年1月24日 (木)

<在日朝鮮人文学>あれこれに接して

  言葉、文字の力を知るべき
 昨夜は、<在日朝鮮人文学>のIさんと会うことができた。1月12日の「新春の集い」の時、再会を約してのことであった。
 金山の、古くからある居酒屋で、なんだか私は、お酒ばかり飲んでいて、日本酒の講釈や下世話な話ばかりで、Iさんには貴重なお時間を裂かせてしまった気がして、少々二日酔い気分。
 それではいけないと思い、Iさんから戴いた資料を、一通り目を通して、思いついたことなどをメールしたのだった。
 <在日文学>では貴重で稀有な仕事をされているIさんからは、第41回高見順賞受賞の金時鐘(キムシジョン)氏関連の新聞記事と、Iさんが韓国・建国大学校で講演した時の下書きのコピーを戴いたのだった。
 その中で、私が関心を持ったのは、金時鐘氏の「日本的な『叙情』」危うい」「日本の短詩型のリズム感は、叙情という『規範』であり・・・」の指摘であった。「言葉」「文字」と向き合う者にとって、衝撃的であった。
  確かに、日本の短詩型文学の世界、例えば俳句では、種田山頭火のように、リズム(五七五)のとらわれないものもあるが、多くは、型(五七五)と約束(季語)にとらわれ、花鳥風月の世界が大半だ。
  短歌でも与謝野晶子の「非戦」を詠んだ歌が有名であり、俵万智の「サラダ記念日」は、衝撃的だったように、万葉集の世界ばかりとは言えないが、やはり多くは、「型」の中の世界といえる。
  詩でも、戦後の詩、特に現代詩は、韻律とは縁のない世界ではあるが、当初は、藤村の詩のように「五七」か「七五」調であった。
  また、金時鐘氏の、「日本の短詩型は『予定調和』で、・・・」「定められた規範の中では、確固たる個の表現、屹立する言葉は・・・」生まれえない・・・。の指摘には、“虚をつかれた”感じであった。確かに、そのようにいわれると、そうかもしれないと思いつつ、しかし、ちょっぴり、そうとばかり言えない、気もしたのだった。
 例えば私が、「雑談の櫂」で手を染めた俳句では、
  春闘の ない町工場 老いて知る
  議事録を 閉めてひと息 弥生尽
  反対の 挙手が揺れて 枯野かな
 こんな句が「俳句」といえるのか、思いつつ、これも「自己表現」の一つ、そんな風に思っていたのだから。
 それから、「在日朝鮮人」の文学と歴史的経過については、「民族差別をしない」という、観念だけは持ってきたが、生まれてからこのかた、日本人、日本語、日本の社会、日本のお友だち・・・の世界からは、想像し得ない領域であった。ともすれば私には、「民族意識」もあまりない気がしているから、つまるところ、自己凝視も、社会観察も希薄だったということになる。
 いずれにしても、Iさんの話を聞きながら、資料を読みながら、“老域”にあって、加齢していくたびに、地域の運動から少しずつ退いて、これまで「空白」の多かった「家庭・家族」「居住地」に対して、「帳尻を合わせるべきかな」と、考えないでもなかった。それが、被支配の「枠」に入り込むことだとしても。それを“ちょっと待て!”と、一時停止を求められ、深慮、熟慮すべし、をIさんが示してくれた気がしたのだった。

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