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2012年7月11日 (水)

PC2011愛知の報告書づくり

 こうして一日が暮れていく
 よく言われることだが、冬山で遭難した時、疲労と凍えから強烈な眠気に襲われるらしい。そこで眠ってしまうとそのまま“凍死”に至ると聞く。冬山どころか夏山の経験もほとんどない私には、その実感はあまりない。今、わがパソコンが凍死に近いのか老衰なのかは知らないが、一度眠らせてしまう(シャットダウン)と、2度と目を開けないような状態である。2~3日前までは、夜間だけ静かに眠ってもらっていたが、もはやそれもできない状態なので、デスクトップだけは消灯し、“心臓部”はそのまま放置し24時間稼働である。
 こんな状態なので、最優先作業の「ピースサイクル2011」の報告書の作成を急いだ。これは本来、年明けに手掛けて2月中には完成し、3月中には配布を終えていなければならない仕事なのだが、ついこの日まで来てしまった。
 全44ページに及ぶものであるが、大半は、昨秋の全国会議の報告書から引用できるものなので、新規の挿入は写真のページを入れて8頁。夕刻近くになって完成し、印刷できるまでの準備が整った。すぐさま印刷したいところであったが、あいにく雨が降り出した。自転車で行く距離であり、1時間に一本のバスの時刻にも合わないので、荒天が気にかかるが明日に延期した。
 それはそれとして午前中、所用で大高イオンへ出掛けた。新設されたJR東海道本線・南大高駅に隣接している、大型ショッピングモールである。平日にもかかわらず栄の地下街並に人が出ていた。これだけを見れば、ここらあたりが緑区大高町の新しい顔、新市街地といえるかもしれない。確かに、大規模で真新しい南医療生協病院もできたし、マンションも建ち始めている。特に目立つのが、やや広めの敷地を持った一戸建住宅の建築ラッシュが続いていることだ。
 そうしてみると5年後、10年後には、駅周辺に「商店街」でもできるのかな、と想像できないこともないが、今はイオンの中だけは賑わっても、外は車の列が続くばかり、歩く人の姿は少ない。
 イオンと南大高駅を結ぶデッキから周辺を眺めてみると、東海道線の下り方向、北西に目を向けると、線路の先に名駅のツインビルと、ミッドランドスクエアがはっきりみえる。ほとんど直線に近い線路は、さすが元国有鉄道。カーブばかりの私鉄とは違う。
 線路の脇は直線化された大高川であり、水源の主水ヶ池も目の前。そして辺りは、一般道、24号線(名四国道)、伊勢湾岸道路、名古屋環状2号線(国道302号)が交わる名古屋南Jct、いわゆる道路銀座である。そこでふと目にしたものは、大高イオンの真ん中を高圧線が横切っていることである。鉄塔の一つはイオンの敷地内にある。それを見てもかつてのここがいかに閑散地(田舎)であったかが知れる。それもあるが、高圧線の下での暮らしには問題があると聞く。買い物客はともかく、そこで働く従業員はどうだろうと、気にはなった。南生協病院は、辛うじて、100メートルほど離れていた(当然であろうが)。
 こうして、時々はわが町を意識して見ることもあるのだが、激しく変わりゆくものと、そのままのものがあって、しばし感慨にふけることもある。そして、今日もまた一日が暮れていく。

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