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2012年4月21日 (土)

三度、水田洋さんの話が聞ける(2)

  西欧の学説、思想と日本のアイデンティティ
 92歳になられる水田さんは、とにかくお元気だったことをまず書かねばならないだろう。
  約1時間、立ったままで話をされ、事案のあった年など、ほとんどメモを持たずに淀みなく話ができるというのは、研究されたものを著わすまでの専門家だからと言えばそれまでだが、やはり驚かされる。
 さて話の中心は、4月6日に紹介したものであったが、かなりの部分で、2010年12月17日付けの本欄で紹介した「アダム・スミスの誤解を解く」と重なっていたと思う。テーマの「アダム・スミス、カール・マルクス研究70年から現在(いま)を問う―『道徳感情論』からロマンティスト マルクスへ―」の何がどうつながり、何が引き出されたのか、という点については、どうも聞き逃したのか不理解だったのか、あまり記憶にない。「マルクスは経済学に乏しかった、労働価値観など、スミスとぶつかる」というメモ書きが残っていたが、何のことだったか・・・。
 キーワードとしては、スミスがいっていた「ルネッサンスと宗教改革」だったと思うが、それを文字にするには基礎的なことがわかっていないので、どうにも書けない。
 それで私の意識は、メモは取りながらも、そうした一連の学問というか思想というか、それが今日の社会運動、もっと引き寄せれば「市民運動」の何を照射し、あるいは何を示唆しているといえるのかを引き出したいと、その方に関心が向いていったのである。接点といえるものは何か・・・。
  ガイドにあった「21世紀に入り、私たちは『9・11』『3・11』を経験しました。そこから生み出される否定的な現実を現状批判として言うことはできても、現状を変えうる構想力を残念ながらいまだ手にしているとは言えません。」ではそのヒントとは何か、聞きながら考えたが、やはりイメージは湧いて来なかった。
  う~ん、どうしよう。そこで質問を考えてみることにした。基本的には、お話にあった西欧の学説、思想が、我が国においてどんな位置付けになるのかについてであった。私のメモには、「明治維新、脱亜入欧、富国強兵、殖産興業、儒教、武士道、皇国史観、戦前の内務省、戦後の自治省と官僚」という単語が並んだ。
 これをつなげていくと・・・。何か底浅い気もしたが、西欧のキリスト教を軸とした規律、道徳、価値観と、産業革命による、労働価値観、市場の原理、それらのトータルとしての人間性(ヒューマニズム)、平等性などと、日本における、儒教・武士道の要素が色濃くあった社会、それらが統合された「皇国史観」が、日本人の“心”とするなら、(他の人がそれを“アイデンティティ”と付言した)、それをどう見るのか、接点みたいなものがあるのかどうか。
 敗戦で日本の帝国主義は解体されたが、「天皇制」と、「内務省とその官僚たち」は残ったとされる。それが今日の状況とどう関係するのか・・・。
 水田さんは開口一番、「皇国史観って今もあるの?天皇制って何に」と言われ、私は少々面食らった。もちろんその言葉、意味を問うているのではなく、「そんなものがあろうなかろうが、考えるに値しない」という否定的な立場を言っておられたのだと私は理解した。しかし私は「制度上の問題もあるけれど、国民の間には天皇また皇室への親近感は根強いのではないか、“草の根天皇制”は、あるといえる」とした。
 そこからひとしきり、「天皇制」について意見が飛び交ったが、必ずしもテーマと合致にして、何かに到達することなく、通り過ぎていった。
 それと戦前は、アダム・スミスは否定されていたが、戦後は評価されるようになった、と聞き、そこで「アダム・スミスの誤解を解く」という前回のテーマと結びついて、何かほっとしたものを感じたのだった。

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