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2012年2月 6日 (月)

水曜フォーラム2月例会・3

 フォーラムの未来は?
 前回、「悲観論ばかりでなく、確かに『楽観論』も必要だ。それはアイデア、活力を引き出す力もあるからだと思う。」と書いた。これには両論あることは確かだ。「楽観論は、時として現実を押し隠す、現実から逃避することがある」といえるからだ。その上で私は、今回については、楽観論の必要性を感じたのだ。まさに、あまりに悲観的状況ばかりだからで、それでは気分的に“滅入ってしまい”そうだったからだ。
 こういう場合、えてしてパソコンとの向き合いだけでは増幅しがちなものだ。街頭に出る、人と会う、全く別の世界に浸ってみる、ということも多少の効果はあろう。
 さてフォーラム参加者の大半の提起は、政治、社会、経済、世界に関するものであった。私も同じであったと書いたが、毎日新聞・岩見隆夫のコラム「 近聞遠見:あきらめることはない」を引用したのは、『日本人としてのスピリッツ-精神的なもの、DNA、あるいは継承すべきルーツ』のようなものに言及したかったのである。」とも書いた。
 そうしたことを下敷きとして、改めて「未来」を構想しようとするのだけれども、やはり、根拠希薄な“空想”になりがちだ。なぜ希薄かといえば、現実をつぶさに見ていないからだし、過去の教訓を引き出していないからだろう。ただ研究者や評論家ではない立場からすれば、根拠なくして発言することはままある。多少の「経験則」であり、いわゆる“予感・直感”である。
 現役時代「一活動家」を自認していたころ、この「過去の教訓、現実直視、予感・直感」をかき集めて、ない知恵を絞りだそうとしていたことがあった。そこから幾らかの「戦術」らしきものが生まれたし、とにかく「いま、何をなすべきか」の一つ、二つを引き出していた、と思っている。
 ところで例会では、「水曜フォーラムの行方」についての議論は特になかったが、お二人の方が、「このフォーラムで、何らかの提言ができれば」という趣旨の発言があった。そこで“(他のみなさんは)どうでしょうか”と投げかけたところ、このフォーラムの位置付けを「道場」といい、「教室」といい、「広場」といった発言があった。他のみなさんも、大体その範囲だったような気がした。私は「自論の検証、補強、仕上げに活用」という積りであったが、話はそこまでで途切れた。
 最後に、このフォーラムについて触れておきたいが、まず、当初メンバーから、数人の出入りがあるが、それによってフォーラムに何か変化が起きたのか、変わっていないのか(私は質的変化を感じている)、次に発足して5年が経過して、それぞれの加齢による変化はどうか、平衡状態であろうか(加齢によるものか、やや淡白になったのではないか)。また、取り上げられるテーマによって、議論にバラつきがあるようだと私は感じているが、他のみなさんはどうであろうか。そして最後に、議論されたものの行方は、それぞれであるが、「それによる議論の向き合い方に濃淡はありそうだ」と書いた。その回答の一つが道場、教室、広場であった。しかしそれは、「何らかの提言」を求めるものとは質的に大きな違いがあると私は感じた。言い方を変えれば、提起、議論もその場で収めてそこまでと、現実なものとしてもっと高め、深めて活用したい、とに分けられよう。
 私の場合、フォーラムの経過は、その都度ブログで紹介し、修正を加えて、他に転載するなどして活用しているから後者になる。
 高齢者が多いなかで、未来を語ることも多いこのフォーラムには、お互いに啓蒙し合う要素が多い。だから5年も続いてきたとも言える。だが多少「劣化」したところもあろう。仮にそれが顕在化し、いま少し高みを求める者との乖離が生じたりした時、このフォーラムの“転機”が来ないとも限らない。了

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