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2012年2月 2日 (木)

映画「いちご白書」を観る

 なぜこの映画を?がわからない
 先月31日、1970年の作品である映画「いちご白書」を観た。
 映画の内容は省くが、とにかく上映が始まって暫くすると、私の中で「なぜ自分は、この映画を観に来たのか」という自問が湧きあがってきた。
  私が当時大学生で、程度の差はあっても何らかの形で学生運動に関わっていたら、ひょっとして“青春の一コマ”を懐かしむ気持ちが働いたかもしれない。しかし私は、15歳で就職していた身であり、労働運動の駆け出しの時期、三里塚闘争(新東京国際空港建設阻止闘争)の後尾についていて、いわば“反戦派労働運動”で括られていたと思う。そんな中で、全共闘運動が“高揚期”を迎えて、「労農学共闘」ということもあって、日大全共闘の秋田明大が名古屋に来た時はその集会に参加もした。だから学生運動とは無縁ではなかったが、今にして思えば、多少“冷めた”目で見ていたように思う。
  それは、職場での「学歴格差」と対峙していたからかもしれないし、大学そのものに、どこかに羨む気持ちがあって、それが裏返っていたのかもしれない。状況認識と潜在的感情が相克することがあったのであろう。
  そして次に、なぜこの映画がこの時期にかかったのだろうという疑問であった。何か“世情”が求めているとでも読んで興行に踏み切ったのであろうか。
  映画の終盤「・・・だがやがて、学生の反抗は、圧倒的な武力の前に鎮圧されてしまった。しかし、いま、沈黙をよぎなくされた、これら若き怒りたちは、明日の反乱の日を求めるかのように、学内を彷徨い続けていた。」
  このころアメリカでは、軍隊、警察は「国家権力の暴力装置」であり、大学は、「産官学癒着」の中にあって「自主、自立」と「進取の精神は喪われた」と論じられた。外にあっては、ベトナム戦争で多くの若者が死に、無辜のベトナム人が殺された。そしてその「反戦平和・ベトナム戦争反対」は、そっくり日本でも始まっていた。
 “若者よ、その『覇気』を取り戻せ、時代の『波涛』となれ”というアジテーションを意図したのであろうか。興行の側がどうであれ私はとにかく足を運んで観てしまった。得体の知れぬ淀んだものを抱えた感じになった。
 付け加えれば、映画は別として、当時は、フォークソングの「友よ」(岡林信康)、「昭和ブルース」(ザ・ブルーベル・シンガーズ)などが歌われ、「学生街の喫茶店」(松任谷由美)、「いちご白書をもう一度」(バンバン)も、それなりに私の周辺で歌われていた。
 その限りでは、この映画のリバイバルは、40年のタイムラグを持ちつつも、“時代の閉塞感”を映し出そうとした、ある種の「暗喩」だったかもしれない。

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