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2012年1月 8日 (日)

日本の行方

 水曜フォーラムへ、その2
 一昨日、「これからの10年-水曜フォーラム・1月のテーマ」として書き出したが、それは「私的な行方をスケッチ」したものであった。では日本の行方はどうなるであろうか。10年を読み切ることはできないから、「当面」といったところであろうか。
1)被曝社会に生きる
 実に残念で悔しいことであるが、人々が忘れようが、忘れまいが、「被曝社会」は10年どころか100年以上続くことは間違いない。その上で、政府・与野党、東電・産業界の対応を見ていると、なにがしかの希望が見えてくると思いきや、絶望的状況のリスクを抱えたまま進むようである。全く逆方向に進もうとしているが、仮に全原発を停止し、廃炉にすることになったとしても、廃炉のための作業員の被曝リスク、原子炉解体で出る廃材の処理、保管の見通しはなく、使用中、使用済み核燃料の管理のリスクは継続される。まして、土壌、海洋汚染の「除染」など絵空ごとである。
 そうであるから、国内にあっては、脱原発を含むすべての核の放棄を政策に掲げる政党・勢力、潮流の台頭、伸長がなければならない。その上でまずはアジアの非核化、そして全世界が非核化へ進むべきであろう。その旗振り役と実践を日本は担うべきだ。これは10年の計ではおぼつかないが、現実性を考えると10年どころか、5年、3年で実現されねばならないだろう。明日、世界のどこかの原発で爆発、メルトダウンが起きないという保証がないからである。
2)政権の行方
 これも口惜しいことであるが、政権交代による政治改革は、どう見ても進んでいるようには思えない。それで私は、この政権交代による政治改革を「第1次」と規定し、この10年に2次、3次の政権交代が繰り返されるなかで政治改革が進むことを期待したい。
 ただ、予想することが難しい政界再編へ進む可能性は高く、そこに「橋下・石原・河村・大村+?」の連携・連合、「大阪都・中京都・道州制・広域連合」をめざす、それらの潮流が絡むことによって様相も変わって来よう。
 また野田政権について少し触れておきたいことは、「増税路線」を突っ走る首相の姿勢について考察してみる必要がありそうなのだ。私は「増税」に賛成するものではない。増税なしで財政再建、社会保障制度の堅持ができるものならそうしてもらいたい。だが、少なくとも野田首相は、その専門的、経験的知見によって、増税なくして財政再建も社会保障制度の維持もないという信念を維持しているようだ。首相の座に執着しない“気概”のようなものも感じさせる。つまり「高福祉、高負担」を踏まえ、それを一種の「パラダイム」という言葉が適切かどうかわからないが、野田首相はそう感じ取っているフシがある。もっとも、東北大震災、福島原発事故という状況がそれを許さないのであるが。
 いずれにしても、10年を展望する時、現在のような無策と思えるような政策が続き、このまま財政危機が更に深化するならば、政策的な「増税路線」であれ、行き着いた先の「デフォルト」の結果であれ、「増税」が進むことを私たちは覚悟だけはしておかねばならないだろう。
 或いは、デフレ状況が続く中、インフレ政策へと政策転換がなされる可能性は否定できないから、将来的には、デノミ論議も浮上するかもしれない。
3)市民派はどうすべきか
 政権交代は失敗であったとし、政界再編により「自民党的政権」へ回帰するかもしれない。それを阻止するのは、市民派・無党派地方議員、社民・リベラル、共産などの「第3潮流」の台頭であろうと思うのだが、日本版「オリーブの木連合(中道左派)」に結集できるかどうかである。そして、現民主党以上の“寄せ集め”“呉越同舟”で、主導権争いなどの混乱をきたさないで、伸長できるかどうかであろう。
 そして、仮にも「年金制度、健康保険制度」等が崩壊過程に入るようなことになれば、この二つは、「国民の最後の砦」であるから、必ず社会的なうねりが出てこよう。水準の縮減、制度の崩壊を阻止するのは、当の高齢者世代であるとも言えるから、かつての“団塊の世代”が知恵と力を出す時代が来るかもしれない。とすれば、「第3の潮流」は、ここともしっかり結びついて行かねばならないだろう。
 こうして書いてみても良くわからないことが多いが、「不確実な時代」という一言で片付けたくはない。

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