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2011年7月 6日 (水)

水曜フォーラム7月例会・1

  名古屋市議会の現状と展望
 今回のテーマ「名古屋市議会の現状と展望」は、1月例会の「二元代表制について」とかなり重複していることもあって、レジュメの提出をためらった。ただ、追加するとすれば、河村市長の与党「減税日本ナゴヤ」の未熟、混乱、リーダーの不在、ということであるが、辞職した則武議員を除けば全員、初当選でしかも、政治的経験も少ない議員集団であれば、右往左往するのもあり得ることで、これ自体は、本質的な問題とは言い難い、というのが私の認識であった。しかしながら、そこには政権交代後の民主党政権の混乱とが、重なるような気がするので、(新しい時代の幕開け前の)そんな時代なのだろうか現在は、とも考えたが。
 というのも、政権交代を選択した有権者(愛知の15選挙区・名古屋市の5選挙区で民主党候補が全勝)と、河村市長を圧倒的多数で選び、市議選で「減税日本ナゴヤ」を第1党に押し上げ有権者は、同じ名古屋市民であることだ。そこには、国政でも地方自治でも有権者の「変化」を求める要求、動機が大きく作用していたと考えられるからだ。
 言い方を変えれば、自民党政権に失望しつつ、「生活第1」の民主党に政権を託そうとし、一方で、議会が有効に機能していないのではないか、議員は何もしないで高額の報酬を受け取っているのではないか、という潜在意識が、河村の登場で浮上、顕在化したというのが現状ではないだろうか。
 ということで私は、論点はやはり、市長と「議会」「議員」「市民(有権者)」の在りようということになるのではないかと考え、以下のように書いた。これは、市長のことは除いて、議会の「現状」が主となっているが、そこには「これから」の問題が含まれているはずだ。
  まず「議会」についてであるが、制度的には、国会の二院制、議院内閣制、政党政治、2大政党による政権交代は道半ば(私は歓迎しないが)に対して、地方議会は、二元代表制、多数与党会派に主導権、与党が少数の場合は混乱が続く。また、中央と同じような会派主導の議会運営から、少数意見の反映の困難さが魅力を失くしているのではないかと指摘。名古屋市議会を見ても一目瞭然だが、無党派市民の候補者が議会に出ることは非常に困難。やはり少数意見も反映されるような議会改革は必要で、自浄作用も欠かせない。
  次に、「議案の審議」の実態を見ていくと、まず各種委員会については、党派・会派を超えた議案の濃密な議論が期待されているが現状はどうか。また「議員立法」の起点でもあるが現実はどうか。それらを含めて十分な議論がなされているか(どうも怪しい)。市民の発言、傍聴の効果は大きいのでその制限は緩和すべきである。
  次に、各種の「審議会」があるが、どこでどう選ばれるのかは知らないが、審議委員の構成が水準の目安となろう。委員の知見のレベル、正反のバランスから形式的かどうかが知れる。ただ私の経験でいえば、愛知万博の開催の是非が盛んなころ、県会の審議会をたびたび傍聴したが、資料、委員の発言に傾聴すべき価値あるものもあったことは確かである。だから加えて一般の市民参加もあっていいと思うのである。
 さて最高決議機関である「本会議」についてであるが、一番に気になっていることは、会派の議席数が反映される議員の質問時間の制約は無くすべきである。どの会派の議員が質問しようとも、議案の精度を上げるためのものであろうし、疑問点は徹底して解明されるべきであるから、現行の発言時間の設定条件の改正は、議会改革の上位に置かれるべきであろう。
  又、河村市長がぶつくさ言っていたが、質問事項の予告なしの質疑は、むしろ健全な姿である。その場で答弁できない場合は、保留として再開後に答えればよい。
  3つ目に「議会の権能」についてであるが、本会議は、多数党の独裁で形骸化し、市長提案の議案の高い可決率(根回し・裏取引)がそれを裏付けている。また、「議員立法」というべき、議員から議案が出されるケースの少なさが、議員の怠慢と映る。その他、石田芳弘さんが提唱していたが、議長の権限の強化については、所属会派を離れても、多数党からの選出では「党議拘束」に近い状態にあり、効果は期待できないと私は思っている。
  議員定数と議員報酬、政務調査費、費用弁償などは省いた。 
(続く)

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