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2011年5月19日 (木)

リベラル政治懇談会

  政治の現状の意見交換
  不定期で、参加者に常連もいるが、その都度新しい人もいて、「目的」がやや不鮮明なところがある集まりである。だから「懇談会」だと納得している。もっとも話は傾聴できるものが多いので、メモするのに忙しい。
  今日のメインゲスト―話題提供者は、お二人の「落選者」で、お一人は、名古屋市長選の石田芳弘さん、もう一人は県議選・瑞穂区の民主・高木浩司さん。石田さんの完敗、高木さんの1万票減の落選に共通するのは「河村旋風」には違いないが、石田さんの前回知事選の得票と、高木さんの所属する民主党の県議、市議の大幅な落ち込みを「河村旋風」だけで説明できるのか、という点が核心点であろう。
  確かに政権交代後の民主党政権、鳩山、菅のもたつきや、「普天間基地問題」「消費税発言」で躓いたことは理由に挙げられるし、民主党内の「小沢対反小沢」の醜悪な対立に、半ばあきれた有権者の意思表示の結果であることも間違いない。
  負けた以上、当人から弁明らしきものはあまり聞かれなかったが、ある人は、「党の中央がガタガタになっていることはわかっていたはず。そんな時なぜ民主党県連は“愛知は違うぞ、こういう政策で愛知のために働く”というように、県政、市政をリードできなかったのか」と指摘した。政党に距離を置く私には思いつかない指摘だと思った。つまり、議員諸氏は議員然として、政治にも民意にも、感性が鈍っていたということだろう。
  当の高木さんは、「減税党が伸びる中で、自民党はそれなりに議席を維持した。バス旅行や、地元の行事にこまめに顔を出すなど“後援会活動”に精を出していたことが、一定の票を出したと思う。」といい、そこでやはり「後援会活動を重視して」行くというかなと一瞬思ったが、「私はそういう方法をとらない。私の政治姿勢を前面に打ち出していきたい」と語った。4年後は60代にかかるというからそんなに若くはない。しかし、姿勢さえしっかり保っていれば年齢はハンディーにならないと思う。
  「一人の議員に10人のブレーン、100人の支援者」がいれば地方議員の活動は活かされる、というのが私の思いだが、一方で「議員は、口うるさいブレーンを敬遠しているのではないか」ということも思うのである。
  さて石田さんからは、1年余りの衆議院議員の時の体験、国会、政党の裏の部分の話もされたが、きわどいこともあり省くが、「どうして市長選(なんか)に出たのか」という、身近な人さえ疑問にしていたことを語った。
  そこには中央政治に失望したこともあり、何より地方の行政を今一度やってみたいという思いが強かったことを吐露されていた。また、「もし、3・11大震災が、市長選前に発生していたら、私は衆院議員を止めなかった」ともいわれた。被災地のことを思えば、そして「国難」の時こそ政治家の役目があると思ってのことだろう。それを石田さんは「政治とは即ち統治である。いわゆるガバナンスがなければならない」と表現された。『いまの政治(政権)にはガバナンスがないと?』と、私はつぶやいたが、政治の奥深いものを感じた。
  他の話題としては、やはり「東日本大震災」と「福島原発の事故」についてであった。参加者は「この震災は、新しい日本となるかならないかの分水嶺」「脱原発社会」という点では、概ね同意できていたと思う。

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