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2011年5月10日 (火)

水曜フォーラム・5月例会・1

  「東日本大震災」を受けて、これからを考える
  今月のテーマは、「東日本大震災」という、これまでにない災害、事故を受けて、この日本をどうしていったらいいかというアイデアを持ち寄り議論するものであった。
  もとより、私には具体的なアイデアがあるわけでなかったので、論を進めるにあたっては、「はじめに」というところで、現状認識の域に留まると前置きした。以下がそのレジュメ。
  はじめに
“これからを考える”としても、具体的なものがすぐ出てくるわけではない。誰がどんな素晴らしいアイデアを出したとしても、「鯉の群がる池に、餌を投げたようなもの」で、あったという間に、飲み込まれてしまうだろう。やれ「思いつきだ」、やれ予算の裏付けがあるのか、他とのバランスはどうだ、責任は誰がとるのか・・・。
  菅首相の「浜岡原発全機停止要請」をみてもそれが伺えるではないか。
  “これからを考える”ということは、それらを超越したところで思考し、政治的“討ち死に”覚悟で断行できるリーダーの登場を待つのも一つ。もう一つは「民衆革命」というべき、時代の止揚ではないだろうか。
  とはいうものの、ここでは「現状認識」を語るしかない・・・。
●三たび「原発震人災」に遭遇した人類
 今回の東日本大震災においては、M9,0の巨大地震と、最大18メートルとも30メートルともいわれる大津波に加えて、東電・福島原発の事故が加わりトリプル災害といわれるが、原発の「安全神話」が瓦解して「人災」が加わった。さらに震災後の政府、国会の対応に不備、遅延、後手が加わった。特に、東電福島の「原発震人災」では、全てが「想定外」とされ、放射能汚染は未だ終息していない。
 こうした状況を受けて、私たちは、いや日本人は、いやいや人類は今後どうすべきであろうか。問題は、地震・津波災害は時間と資金をかけ、そして被災された人たちが艱難辛苦を乗り越えれば見通しが立てられるのに対して、原発震人災は、まき散らされている放射性核物質の“半減期~消滅期”までの、この先数十年、数百年、数万年先まで付き合っていかねばならないということである。そんな“想定域外”のことまで考えられるだろうか。
  だが今日の状況は、原発が開発された時点からある程度想定されていたし、人類はスリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故という経験をもった。にも拘わらず、福島原発で三たび事故が現実化してしまったのは、過去の例が教訓化されず過小評価されたか、教訓が裏目に出たかもしれない。つまり、スリーマイル島、チェルノブイリの事故は日本ではあり得ない、“津波はこの程度” とタカをくくっていた油断と想像力の欠如でなかったろうか。だから想定できることを確実にやっていくほかないのである。ではどのように想定すればいいのか。
  ●地震、津波災害と原発災害
 今日の論点について「地震・津波災害」と「原発震人災」とは分けて考えてみる必要がある。当然共通する部分もあるから未来設計には双方が織り込まれることは十分ある。しかし、「原発依存社会」と「脱原発社会」双方が拮抗、相克する状況となれば、全く別の議論となろう。
「新生」に向けて今、考えるべきものは何か
①被災地の再生は「復旧(元に戻す)」ではなく、「新生(新しく生まれ変わる)」でありたい。
 敗戦後の日本の65年は、インフラ面、くらしの物質的豊かさを得た半面、日本人“らしさ”や“人のつながり”そして未来志向の“ベクトル”を喪失した感がある。ここで“アイデンティティ”を強調するつもりはないが、あの敗戦の焼け跡から立ち上がって、戦前に回帰しなかったように、復興は「日本新生」の機会である。
②被災地から復興の未来像が描かれ、若い世代が担う体制に
 被災地に向けて国内各地から、さらに海外から多くの支援の手が差し伸べられている。だがそれらは日を追って細くなっていくだろう。国家的な復興計画はこれからであるが、しばしば伝説的ともいえる関東大震災における後藤新平の「帝都復興」構想が取り上げられるが、現在の政治体制ではより困難であろう。そのようなリーダーを見出すことも難しそうだ。ここはやはり、真剣勝負の気構えのある被災地東日本の人たちの手による設計図が描かれ、時代を担う若い世代が前面に出て進めていくことが重要だと思う。そうしたこと自体が新生となる。
③温暖の地東北、北海道だからこそ
 今でこそ冬となれば雪深い“陸奥(みちのく)”であるが、地球の温暖化が進めばやがて、寒冷地から温暖地になるだろう。それでなくても、様々な“豊かさ”と“可能性”をもっているのが東北と北海道であろうと思う。
 第1次産業とハイテク・精密機械産業、半導体、航空宇宙産業、バイオテクノジー、医療関連産業などに必要な、きれいな空気、水は大きな社会資本である。加えて労働力も豊富だ。未来への可能性は高い。 
●「核」と共存できない人類
①福島原発の事故の惨状は、人類が「核」と共存できないことを私たちに覚醒させたのではないだろうか。
 これまで私たちは「核兵器(戦争兵器)」と「原子力発電(平和利用)」は別物であると錯覚させられてきた。いうまでもなく二つは同一である以上に、原発は毎日核兵器をつくり使用し続けているとも言える。
②放射性物質が大気に放出され、海洋に垂れ流され、地中に浸潤してしまったら、現在の科学では、その影響から逃れる術(すべ)はなく、放射性の半減~消滅まで待つしかない。ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90他、私たちのまだまだ知らない(知らされていない)核種・・・。
③米、ソ(ロ)、日で原発事故が起きたが、現在世界で29カ国の合計で 431基(日本54基)の原発がある。(2010年現在)技術立国日本といわれたが事故を起こした。世界第2位のフランス(59)、韓国(15)、中国(11)、メキシコ、パキスタンにもある。福島原発の事故に敏感に反応した韓国、中国であるが、その逆の事態であったらどうであったろうか。ないとはいえない。黄砂の降り注ぐ西日本は安穏としておられるだろうか。

●核の脅威からの解放と脱原発社会は同一線上にある
①人類の未来の脅威は、「食糧難」「資源の枯渇」「気候変動」「宗教・民族対立」に加えて、「核の脅威」である。
 いずれも甲乙つけ難いが、「想定できて、実行可能な有力な課題」として、「核の脅威」からの解放をあげたい。
②核兵器廃絶への道はなお遠いが、それでも端緒についているとも言える。だが原発に関して、今回の事故までは、「拡大傾向」にあり、世界的に見ても、ドイツを中心とするヨーロッパで脱原発の道が拓かれようとしているに反して、中国、インド(18)など新興国では増設の段階にある。新自由主義のもと、経済至上主義が拡大する限り留まることはなさそうだ。
③原発は、テロの脅威、ミサイルの照準の脅威にさらされ続ける。

 ぼつぼつ「これから」を語らねばならないが、中々出てこないので苦慮した。持ち時間は10分程度なので、「未完」で終えることにして、それで明日はクリアーすることにした。 (続く)

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