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2011年1月16日 (日)

2011年新春の集い

 多様な運動を聞く機会
 昨年は病気をしていて、この「新春の集い」に欠席したので、2年ぶりに顔を合わせる人もいた。だが残念なことに、主催者代表のIさんが、体調を崩して欠席していた。同年代だけに他人事ではなかった。しかし、長文のメッセージを寄せていたから、早晩、元気な顔をまた見られることだろう。
 様々な分野で活動している人が次から次へと紹介され、活動の断片を語ってくれるのは毎度のことだが、「その後」を聞くことができるのが嬉しい。
 印象に残っているのは、まず、「三菱名古屋朝鮮女子勤労挺身隊」の問題で、訴訟では最高裁まで行って敗訴したけれども、三菱重工との交渉を求めて運動を続けてきた成果が、ようやく見え始めたことだった。
 いろんな条件が付されて、その内容はオープンにされていないが、三菱側が、日本、韓国の代表5人とテーブルに着く所まで来たということだった。それは、昨年11月11日付の朝日新聞の記事にもなったとも報告された。
 詳しくはわからないので私が感じたことだが、この問題をめぐっては、韓国の国会議員多数が、解決に向けた賛同署名に応じたというから、これが大きかったのではないだろうか。ひょっとして、外務省あたりも、後ろから三菱重工の背中を指で突っついたのかもしれない。
 もう一つは、原発問題、遺伝子組み換え問題などでは、第1人者とも言われるKさんの一言で、「・・・自民党政権から、民主党政権に代わったけれども、新政権は旧政権ができなかったことをやろうとしている。原発の輸出、武器輸出三原則の見直しなどもその一つだ・・・」
 この指摘は、現場にいる人ほど痛切に感じていることだろう。鳩山政権では、どちらかというとアメリカ追従から、中国など「アジアシフト」が色濃く出始めていたが、菅政権になって、普天間問題は引き継ぎだとしても、武器輸出だけでなく、新防衛大綱は日米共同歩調とも言えそうな「中国シフト」である。また、TPPの参加は、完全に米国ペースであり、穀物だけでなく、牛肉の輸入規制の完全撤廃まで行きかねない。
 後半で、労働運動の、トヨタに関連して私の他二人が紹介されたが、私は、名古屋市長選挙の現状と問題点について3分間ほど話した。ほぼ、水曜フォーラムでまとめたレジュメに沿ったものであった。参加者の半分以上は、名古屋市外の人のようであったので、河村の「ポピュリズム」について強調したつもりであった。
 終ってから、50代後半かと思われる女性から、「石田さんは、自民党からも推薦をうけているんでしょ」といわれ、そういう意識が根強いことも知らされたのだった。ただ、私たち自身が擁立した候補者でない限り、100%はもちろん、70~80%でさえ、政策的支持は難しいことを承知しない限り、支持するということを口にすることは憚れる、ということだろう。
 改めて、石田さんの当選圏への道はまだ先と、思った一時だった。そして、「名古屋市長選特集」を組んだ「C&Lリンクス愛知」が間に合わず、配布できなかったのが心残りの集いであった。

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