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2011年1月 4日 (火)

2011名古屋市長選挙(5)

 1・7ミニ集会の開催へ
 石田さんの元旦は、熱田神宮での朝立ちであったそうだ。昨日の朝は、私が伊勢方面に出掛ける途中であったが、9時ころから名駅の“ナナチャン人形”の前で街頭演説をしているところに出会った。
 このようにして、それぞれの予定候補者はすでに街頭に立ち、選挙モードに入っている。また、そろそろ、政策をまとめた「マニフェスト」も出そろうころだろう。
 そうした中で、共産党が独自候補を擁立した場合、河村有利に加担するのではないか、という危機感を持った人たちの、気持ちを伝える行動は、初動段階で、何もできないまま、ついえてしまった感がある。だが、それの代わりにもならないが、「石田芳弘さんの話を聞く会」を、緊急集会として7日の午後に開催することが決まった。
 実質2日間でその準備をしなくてはならない。50人、100人という人の参集はとても無理だが、10人でもいい、という覚悟でのミニ集会の取り組みだから、気持ち的にはそれほど追い込まれてはいない。
 旅行先から急ぎ夕方に戻って、名駅前の「ウインク愛知」へ会場確保に行った。この時期にしては幸運というべきか、少々値が張ったが、一室だけ空いていたので予約した。他を回って探す余裕はなかったので即決であった。
 その後、伏見・丸の内の、みその事務所に行って、「いし・みそ勝手連」(石田、御園両勝手連合同)の打ち合わせに参加するとともに、そこで担当者と石田さんのスケジュールの確認を行って帰宅。
 すぐにチラシになるものを作成して、知人にメールを打ち、確認を求めた。明朝一番に、各方面にメールで参加要請を出し、メールのない人には、手紙を書かねばならない。
 当日の進行などについては、集会前に打ち合わせをする慌ただしさだが、どんな状況にあっても、そこでできることをしっかりやりきることが一番で、あとは結果を待つしかない。
 さて、不十分ながら準備ができたとして、ミニ集会といってもそれは参加人数のことであって、内容にミニもマックスもない。何を重点に置いて進行をリードすべきか、これを心しておかねばならない。
 大局的にいえば、名古屋の将来につての選択、それを名古屋市民がもっと発言すべきであること。日本の国の在り方を、地方から変えていく、その一つに「地域主権」であるが、それらを含めて石田さんに求める、あるいは託す、リーダーシップについてなどが言葉として、その場の雰囲気を盛り上げることになればいいのだが。
 石田さんは、河村市政の対立軸としての政策を中心に話すことになろうが、1年余りとはいえ衆院議員であったこともあり、多くの人を失望させている民主党政権、それへの不満と相まって、民主党の支援のもとで立候補するにいたった決意みたいなものも質問されるかもしれない。質問はいいとしても、議論の軸が見失われる可能性がある。
 また、共産党が独自候補を擁立しないで、そっくり石田票となれば、かなり石田当選の展望が開けてくるであろうが、“票だけくれ”が通じないのがこの世界。かつては社共共闘のように、反自民で統一戦線が組めたものだが、そのような土壌は、今はない。この辺りの質問は避け難いであろう。
 個別の課題では、教育、福祉は石田さんの得意の分野であろうが、財政問題については、「借金返済と財源問題」「反貧困政策」など一つ、二つ質問を準備したい。また「議会内閣制」「女性の登用」については、私自身が知りたい項目である。
 さて、石田さん本人の在籍時間が一時間弱と限られており、どのあたりを一つの着地点としておくか。結果として、それは成り行き任せであるが、本人退席の後の議論の継続もあるとすれば、この辺りも想定しておく必要がありそうだ。河村市政の継続もあれば、石田新市政の誕生もある。いずれにしても求めてやまない共通項とは何か、とまで考えなくていいだろうか。それは私自身の宿題としておけばいいか。

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