« 2011愛知県知事選挙(4) | トップページ | 2011名古屋市長選挙(1) »

2010年12月17日 (金)

アダム・スミスの誤解を解く

 再び、水田洋さんの話を聞く
 去る10月30日 に、名古屋大学で「アダム・スミスと啓蒙思想の系譜」という題で、アダム・スミスの世界的研究者の水田洋さん(名古屋大学名誉教授)の話に、ほとんど理解できないままであったが、触れることができた。知る人ぞ知る、水田さんは、アダム・スミスの「国富論」の翻訳者としても有名なのだ。
 さて昨夜あった水田さんの話のテーマは、「アダム・スミスの誤解を解く」であったが、以下のガイドに惹かれて足を運んだ。
 「未だに市場万能主義がまことしやかに言われています。その際必ず引用されるのが、スミスの『神の見えざる手』。市場によって全て上手くいく、という思想です。でも、水田さんは、『スミスが誤解され、あるいは意図的に曲解されて使われている』と厳しく指摘しています。『市場万能主義』の『洗脳』からそろそろ目を覚ましたい。でも、よく分からない。手っ取り早く、スミスの権威の水田さんから、スミスの本当のところを聞きちゃいたい。 そんな安直な思いで、贅沢な勉強会を開くことにしました。」
 会場には約20人、ほとんど私以上の年代の、大学関係者か弁護士といった感じ。私は末席に控えた。
 まず、アダム・スミス(1723-1790)は、どういう人か、という話であったが、生い立ちの話、グラスゴー大学時代などの話もあったが、あまりにも有名な「国富論」についての辺りは、今日の話の前段であったと思う。
 「・・・道徳哲学(『社会哲学』といった方が的確とか)の教授としての講義を体系化したものを彼は『道徳感情論』(1759)として出版したが、その終りで次に書くのは法学(水田氏によれば、『政治学』といった方がよいとか)あるいは統治論だと予告した。この予告を実現するために、彼は最後まで努力したが、計画の一部分を『国富論』(1776)として出版しただけで、『道徳感情論』を2倍に近く、増補して死んだ。スミスにとって、主著は『道徳感情論』であって、『国富論』は計画の1部分でしかなかった・・・」
 だからどうだ、ということであるが、そんな一部分であっても、「ちょうどそのころ、急速に開花したイギリス産業革命が、この本をバイブルにした」というのだ。スミスがいわんとしたことが曲解され利用された?ということなのだろうか。
 スミスは「・・・血液の循環と経済の循環、自然でなく人間の労働が余剰を作り出す。労働の場合、投下労働量による等価交換」であるといった・・・?
 「投下労働量による等価交換」この説明がよく聞き取れなかったが、「今ではあり得ない、18世紀の時代では」の話と、いうことらしい。
 さて核心部分については、新自由主義・市場万能主義といわれる現在と、アダム・スミスの18世紀の時代の「自由貿易」とでは、時代背景が違うという大前提がある。この前提を無視して(悪用して)、この時代、「自由主義経済」が最善だという理論はむちゃくちゃだ、だというのである。「・・・みんなが自分の利益を求めて自由に商売すると、経済がうまくいく」のであろうか。
 現在は、グローバル化した巨大市場、多国籍巨大企業の出現、オイルマネーなどの金融市場の時代。スミスの時代とは比べようがない。スミスの時代、スミスの前提は、「個人利益追求の自由競争-フェアプレー即ち公平性」「ルール違反に対する見物人の公平な評価」であった。もっとも、「競争の平等性、公平性といっても、人はスタートラインで平等か、経済的(階級的)、肉体的、人種的、性的差別について、制度的にどこまでカバーできるか」と水田さんは指摘したが。
 付随的に紹介されたのが、「アメリカの神話としての自由競争、つまり靴磨きから大統領になれるという。そこには『貧乏人は怠け者』という意識が定着している。それはアメリカという国が、豊かな資源を持ち、宗教的職業観念が一般化しているから。アメリカという国は、公的社会保障のない、それでいて先進国・・・」
 オバマ大統領は、医療の国民皆保険(社会保険制度の確立)をめざしているが、根強い抵抗にあっている・・・。

|

« 2011愛知県知事選挙(4) | トップページ | 2011名古屋市長選挙(1) »

コメント

偶然に見つけた「アダム・スミス(へ)の誤解を解く」という記事。
とてもよいタイトルだと思います(^-^)

ズーッと呼んでいったら、最後のアメリカの話が面白そう(^^) だが、ここはちょっと端折られて終わってしまいました(-_-;)
「公的社会保障のない、それでいて先進国」の話をもっと続けて欲しいと思いました。アメリカという国と文化を知る=現代の世界を知る一方の手がかりになると思いますので、ぜひ、話を続けてください。
よろしくお願います。

投稿: 椿山益男 | 2010年12月24日 (金) 11時24分

椿山さま。
 お問い合わせの件、本文に書きましたように、付随的に紹介されたもので、あれ以上の説明も、質疑もありませんでした。
 「アメリカという国と文化を知る=現代の世界を知る一方の手がかりになると思います」というご指摘に同感するところがあります。
 ブログで紹介している「水曜フォーラム」でも、アメリカという国が、いろんなテーマ(局面)で登場しますので、その都度議論になります。しかし、研究会と違ってあまり深く堀り下げることはありません。
 ということで、これがお答えです。

投稿: to-mo | 2010年12月24日 (金) 22時40分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アダム・スミスの誤解を解く:

« 2011愛知県知事選挙(4) | トップページ | 2011名古屋市長選挙(1) »