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2010年12月20日 (月)

2011名古屋市長選挙(2)

 石田芳弘氏の迷い
 新聞報道によると、いったんは辞退が伝えられた衆院議員の石田芳弘氏(愛知6区)が、「挙党態勢が整った」として、近々、名古屋市長選挙に立候補を表明するらしい。なぜこうも迷いまくるのであろうか。
 その詮索はともかく、石田氏はとにかく、地方の自治行政を自分の手でやりたいのだ。“手応えのある行政”を実感してみたいのだと思う。それは、4年前の知事選の時に、私も強くそれを感じたものだったし、やらせてみたいと思って応援を買って出た。
 だから捲土重来を期して、4年後を狙ってほしかったわけだが、どこかに「民主党県連不信」があったのかもしれない。“つなぎ”か、民主党支援なしでは次期知事選立候補はかなわないと読んで、衆議院に転進したのかどうかは定かではない。しかし名古屋市長選の候補者に推挙され、県知事が本筋ではあるが、名古屋という大都市は、それに相当すると行政区と読んでか、一度は気持ちが揺らいだ。だが「地元後援会などの反対」で辞退したと聞く。
 切羽詰まったのは民主党の名古屋市議団であったことは確かだ。河村市長が辞職していよいよ市長選挙が本決まりになった場合、石田氏に変わり得る「勝てる候補者」は見当たらない。市会議員の誰かが責を負って、負けいくさ覚悟で立候補しても、“仇花”となるばかり、と市議の誰もがそう思ったに違いない。
 ここは拝み倒してでも、石田氏に翻意してもらうしかない。「党あげての全力支援」「河村人気に翳り」とでもいったのであろうか、石田氏はまた思い直し始めた・・・。
 昨日の、みその後援会の集まりで、「石田さんは辞退したということだけど、他に候補者はいるのですか」と、ある人に聞いてみたら、「いや、そう決まったわけじゃない。近々のうちにはっきりすると思う」と聞かされた。
 それが今日の夕刊での報道で、「石田議員、一転前向き-挙党体制にめど」(毎日)ということになったわけだ。(この報道は、asahi.com13:38で流れていたが)
 さて、私はどうしよう、と勝手に思い込んでいれば世話ないが、石田さんの市長選出馬は歓迎しないけれども、いざ彼が立候補するとなれば、座視できないだろうと思う。さしたることはできないとしても。
  一昨日の港湾会館でのシンポジウム「名古屋市政の民主主義を守る市民の集い PartⅢ-許していいのか 市政の私物化!」について、その様子を知人からメールを戴いたが、「・・・『河村さんは市長の仕事に情熱を失っている』という後房雄さんの発言には驚くとともに、むべなるかなとも思いました。印象的だったのは、統一候補を出してほしいという、フロアーからの意見がたくさん出たことでした。しかも、かつてリコール運動に熱心だった人からの意見だったのですが・・・」とあった。
  もう一つ些末なことかもしれないが、緑区選出の杉山市会議員も市長選立候補を表明しているが、今日の夕刻、自転車で資料を配達している時、訪問先で、杉山後援会の人たちが、看板の張り替えをしていた。その人に直接聞いたわけではないが、市長選に出ることに変わりはないらしい。しかし、河村の対抗馬が不在の時ならともかく、石田氏が出るとなった場合、あるいは、別の候補であれ、「統一候補」が模索され、自身が該当しないまま、立候補するとなれば、これは「河村に塩を送る」ことになる。
  元々の彼の動機は、2009年の市長選挙にさかのぼり、彼は、民主党が推した河村たかしを批判しまくり、その上、自民党推薦候補細川を推して、党を除名されたいきさつがある。その延長からして、「反河村」で立候補を考えたということになるが、それは、河村を落選させることが第1義であろうから、ここにきて、なお立候補に固執する意味は、かなり薄れてきているとみていいのではないか。
  うがった見方をすると、次期市議選は、無所属での立候補となり、民主党が、彼の地盤で新人候補を擁立すればかなり苦しい闘いになる。それを見越して、市長選で知名度を上げる作戦・・・。
  これまで、旧社会党の流れの中での立候補だったので私も支持してきたが、今は、市長選については自重を願うばかりである。

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