« APWSL日本委員会総会 | トップページ | 小田原見て歩き(1) »

2010年8月22日 (日)

2010レーバーノーツ大会報告会

 アメリカ労働運動の一部を知る機会
 今年の4月、APWSLが呼びかけて、「自動車産別」から3人、TMPCWAエド・クベロ委員長(日本側で招待)と女性の活動家4人が参加した「レーバーノーツ大会」参加の報告会が横浜であった。
 そもそも「レーバーノーツ(LABAR NOTES)」とは何かといえば、「デトロイトを本拠にする労働NPOで、正式名称を『労働教育プロジェクト』という団体で、『レーバーノーツ』という約1万部の月刊誌を発行している。その定期購読者によって支えられていることから、2年1回、『大会』というより、『海外を含めた全国労働者交流集会』といったものが開催される。それが『レーバーノーツ』と通称されている」といったところか。
 その歴史は1977年とも1979年とも言われ、日本の「労働情報」(1974年創刊)と時期的に重なるから、それほど長い歴史を刻んでいるわけではない。しかし、創設に参加した人々はそれぞれの歴史を持っているから、アメリカの運動史から見れば、それなりの歴史、経過をもっていることになる。
 この「大会」と日本側とのかかわりは、1988年にさかのぼるが、日米それぞれの活動家・研究者の交流から始まった。この「大会」に日本から参加したのは1997年が初めてで、私もその一員に加わった。詳細な経過は省くがそうした経過は、アメリカの労働運動(の現場)を日本に紹介する大きな役割を果たしているともいえる。
 さて参加団からの報告で、参加の意義が縷々述べられたが、第1に、アメリカの労働運動のライフスタイルの特徴として、社会運動=文化運動という面が強いという点。いたる所で歌や踊り、音楽があり、その交流がお互いの距離をなくしている。日本で労組の大会といえば、整然と討議項目が網羅され、質問者があらかじめ用意されることも少なくなく、結論先にありきの議事進行の場合が多い。だが、確かに「労組の大会」とは違うとはいえ、ここでは誰もが手をあげ、現場の実態を訴え、それをみんなが注目し聞き、居眠りする人は一人としていない。それも「文化」の違いといえるかもしれない、というのである。
 また、「ギフトエコノミー」(「互酬経済」と訳すらしい)という方法が定着していて、パーティーが開かれる折には、寄付を募るとあちこちから手が上がり「退職金から1000ドル寄付します」という声がかかり、まるで競りかオークションのように、小額、高額を含めた寄付が集まり、活動の資金にされるという。日本でも、カンパ袋が回されたり、カンパ箱が置かれたりするが、どちらかといえば控え目というか“こっそり”感が付きまとう。ここにも「文化」の違いがあるといえようか。
さて次に、自動車関連に限って言えば、この「大会」に参加した自動車関連の関係者は、アメリカ、ブラジル、フィリピン、韓国、日本など7カ国75人と報告された。
 そして成果は何といっても、フィリピントヨタの争議を全参加者に紹介できたこと。この「大会」後にUAW(全米自動車労組)の会長となったボブ・キング氏とエド委員長の面談が実現でき、支援のエールを受けたことがあげられた。“肩書”なしで、日本の自動車労連の会長に会うことは不可能に近い。お国柄もあるが、会長といえども現場の近くにいるかいないか、というのが日米の決定的な違いではないだろうか。
 また、折しもトヨタのリコール問題で注目されていたから、記者会見で用意したATU(全トヨタ労働組合)の声明文が足りなくなる事態もあったが(別のところで報告された事項だが)、残念なことにトヨタ関連からの参加者がなかった。
 さらに日本から持ち込んだDVDが好評だったとか。やはり映像の力は共通して強いものがありそうで、日本の運動も、インターネットを含めて、そうした方向に動き始めていることは確かだ。
 そして最後に、この「大会」のスローガンというか、キーワードに「トラブルメーカー(TROUBLE MAKERS)」というのがあった。またそのあとに続いて「& Boat-Rockrs」というのもあったが、どう訳されたかは聞き洩らした。

|

« APWSL日本委員会総会 | トップページ | 小田原見て歩き(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2010レーバーノーツ大会報告会:

« APWSL日本委員会総会 | トップページ | 小田原見て歩き(1) »