« いよいよ明日からピースサイクル2010 | トップページ | 岡崎から名古屋まで »

2010年7月26日 (月)

豊橋から岡崎へ

  旧東海道筋の法蔵寺に寄る
  この日の正午過ぎ、浜松及び豊橋、岡崎のメンバーと、豊橋美術館前で合流し、ピースサイクルの今後について意見交換を行い、午後2時訪問予定の陸自豊川駐屯地に向けて出発。自転車は4人、伴走車は2台で3人と、例年に比べやや少ない。
 炎天下のゲート前で、岡崎のメンバーが申し入れ書を読みあげて手渡した。もののついでとは言いながら、やや気が引けたが、ゲート前の記念写真のシャッターを隊員に押してもらい、ここで、浜松と豊橋のメンバーと別れた。岡崎のメンバーは旧東海道・御油の松並木を経由して、本宿の法蔵寺に立ち寄った。
  法蔵寺(ほうぞうじ)は、浄土宗西山深草派の寺院とかで、徳川家康と縁があるらしく、本堂等には「葵の紋」が彫られていたり、「松平姓」の墓石もいくつかあった。また、規模は小さいが「東照宮」もあって、日光、久能山に次ぐ、全国三つ目の東照宮かもしれないという。
 岡崎出身の徳川家康であれば、それも興味の一つではあったが、新選組の「近藤勇の首塚」があると聞いて、寄ってみようかというのが今回の動機であった。
 江戸で斬首の刑に処せられた近藤勇の首は、その後京に送られ、三条河原で曝し首にされたあと、隊員(斉藤一説もある)がひそかに奪い取り、三条大橋側の誓願寺にいた孫空義天に供養を依頼したが、孫空義天が岡崎に異動したため、この地に運び込まれて、無縁仏のようにしてひそかに埋葬されたのだという。
 こういう顛末は全く知らなかった。せいぜい、首を三条大橋に晒されたところまでである。
 境内の奥まったところの一角に、首塚と銅像が建っていた。新撰組の旗が建っているのですぐにわかる。訪問を希望した当の岡崎のメンバーも初めてというから、それなりに知られてはいても、知名度は全国区ではないのかもしれない。ただ、いつだったか新選組のブームの時、“ハリセンボン”が訪れたこともあったと、もう一人の岡崎のメンバーが補足していた。
 午後4時過ぎ、私は一行と別れ、本宿駅から電車で帰路についた。

|

« いよいよ明日からピースサイクル2010 | トップページ | 岡崎から名古屋まで »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/183099/48981877

この記事へのトラックバック一覧です: 豊橋から岡崎へ:

« いよいよ明日からピースサイクル2010 | トップページ | 岡崎から名古屋まで »