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2010年7月28日 (水)

名古屋から各務原・岐阜基地へ

 市役所、県庁、小牧基地、岐阜基地
 名古屋市への申し入れは6人が参加。市は愛知県と共催で今年も、戦争に関する資料の「収蔵資料展」開催すること、ごみ減量が進んでいること、またCOP10関連では「東の森(東部丘陵地)づくり、西の森(庄内川緑地など)づくり」などを紹介していた。
 参加者からは、平針の里山(荒池緑地)の保全に関して、買い取り交渉が行き詰まっており、このままでは開発され、貴重な緑地が失われる懸念を表明した。
 愛知県の申し入れには、項目ごとに各課からの担当者が出席して、こちらの8名に対して18名が向かい合った。特徴的なことは、COP10を招致する一方で、「設楽ダム」の建設推進は一貫性がないと追及したのに対して、国土交通省の検証がどうであれ「県として推進の立場であり、住民の移転先の確保など関連事業は進めている」と強弁した。参加者からはさらに「1988年の名古屋五輪招致運動では、名古屋東部丘陵地(平和公園・東山地区)の開発は企図され、愛知万博では、海上の森が壊滅的な開発にさらされる状況にまで至った。幸い、県民運動が功を奏して、藤前干潟と共に、大半が保全された。三河の汐川干潟、矢作川の河口など、ずっと開発の危険にさらされてきた。COP10は、その罪ほろぼしか、といいたいくらいだ」といったら、県側の担当者からは笑いが漏れた。
 小牧に向かう途中、自転車の物損事故が発生、20分ほどストップし、空自小牧基地には30分遅れの正午着。申し入れ書を読みあげて、担当者に手渡した。“炎天下でごくろうさん”と、妙にやさしい声をかけられたが、申し入れは、ゲート前の炎天下であった。敷地内には一歩も入れさせないといい、“ここは国境線か”といいたくなる対応である。窓口の担当者が代わったせいか今回の対応、は少しばかり従来の硬直したものと違っていたが。
 愛知の担当エリアは、一応小牧までで、ここからは岐阜にリレーされたが、瑞浪市を出発したもう一隊と合流する各務原市の空自岐阜基地までの参加者が少ないこともあって、愛知から自転車3人と街宣車が同行することになった。予定を変えて、私も自転車に乗ったが、長い坂道のある、愛岐大橋の手前で降車した。
 岐阜基地も車止めを並べて、警戒の隊員数人が出るなど物々しい対応。どうやら他団体との対応がそのまま、私たち一行にも向けられたらしい。
 C-1輸送機であろうか、着陸体制の低空飛行で基地内の林木かすめていった。

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