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2010年6月13日 (日)

石田芳弘衆院議員の国政報告

 「みどり東海」の講演会から
 「みどり東海」の年次総会のあと、活動軸の一つと位置づけられての企画であろう“政治トーク”が設定された。話題提供者は、民主党・衆院議員の石田芳弘さん。お題は「どうなる日本?どうする日本!」であった。国政の転換の時期でもあり、どんな話が聞けるか期待をもって出かけた。
 評論家の話ではなく、文字通り国政の現場からの話であるから「どうなる日本?」という問いかけに、答えがあるはずもないことを、石田さんは最初に述べた。だから話の軸は「どうする日本!」にあり、言い換えれば「どうすべきか、どうしたいか政治家石田として」ということになる。ここのところは「別の意味」で今日の講演会の要諦となったが、後述することとする。
 石田さんはまず、テーマを総論的に語ったが、それは「憲法には、新しい時代に要請される新たな条文、例えば『地方自治』『環境権』について付け加えるべきだが、とにかく最高法規である現憲法の趣旨を、立法はもちろんのこと、行政の場でも、司法の場でも実施していくことだ。日本をどうするかといえばそういうことだ」
 石田さんは、長く地方自治の現場にいて、地方分権(民主党的にいえば地域主権)に強い関心と意欲をもっていたから、先の愛知県知事選挙に立候補した経緯がある。そうした立場からの発言が随所に聞かれたが、現職議員として国政から見た、或いは国政としてなし得る地方分権(地域主権)とは何かに、彼の立場は変わっている点で、国と地方の関係についての話が多少交錯した。それは河村名古屋市長、橋下大阪府知事の「実験」に注目と称賛を与えているところにも表れていた。
 さて、菅政権が発足したが、政権交代で鳩山政権の誕生、そして紆余曲折というか右往左往というかその8か月余りの政権が、鳩山・小沢主導から、菅直人という“未知数の魅力”をもった内閣として再出発した。
 ここでも、「小沢一郎あれこれ」が、石田さんからも、会場からも飛び交ったが、それ自体が、たとえ否定的であれ小沢一郎の存在感を示したといえるだろう。しかしやはり“党内には何となく小沢支配の空気があって、なにか監視されているような気さえする”というような感じ方を、新人議員で、鋭敏な石田さんが感じたとすれば、小沢一郎が「過去型の支配者像」をもっているということでもあろう。政界から去って戴くことが良策ということになる。ここに、国民の目と鳩山の功績がキラリと光る。
 ところで、鳩山が菅新総理に託したことが4つあったという。それは①地域主権の確立。②“新しい公共”の推進。③韓国、中国などを含む東アジア共同体の構築。④CO2削減など地球温暖化対策、であったという。何となく鳩山の無念が伝わる内容である。彼が献金問題と普天間基地問題で足を取られたことを考えると、これは私の誤解かもしれないが、ひょっとして彼は“政治家”としては不向きであったかもしれない。議員を辞め、シンクタンクを立ち上げ、政策提言をしていくことになれば、別の能力が輝きだすかもしれない。
 その他幾つかエピソードも披露された。「民主党支持率が下がったのは、前政権との違いを見せることができなかった-与党権力の麻薬に毒された部分もある」「事業仕分けは、自民党への金の流れと組織を断ち切ったという面もある」「天井のない、歯止めのかからない国の借金財政」「総合計画の無駄-役所、省庁、官僚は計画を立てるだけ、それが仕事・・・」「地方での政治・行政経験者が国政を担うべきだ」「幹事長が小沢から枝野に代わって、空気は一変した」
 石田さんはこの会を、かなり“身内気分で”話ができるといっていたが、やはり、微妙なところでは言葉を選んでいたような気がした。ま、当然であろうが。
(明日に続く)

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