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2010年5月30日 (日)

寿(Kotobuki)のライブ

 そして、高田健さんの講演
  29日の午後は、豊島区民センターホールで「ピースサイクル運動25周年記念イベント」として、第1部は、全国事務局からの基調報告と、24年間のピースサイクル運動の足跡をDVDにしたものの上映。第2部は、記念講演として高田 健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)の「『新政権と憲法問題』~憲法9条、25条を考える」が1時間余りあった。
  高田さんは最初に、敗戦後の日本について「平和憲法の法体系と日米安保体制の法体系」という相矛盾する法体系のせめぎ合いであったと規定して、憲法をめぐるこれまでの政治史、運動の系譜を語った。その中で、1978年の日米新ガイドライン、1994年の読売新聞の改憲試案の発表、1991年の湾岸戦争から2001年アメリカ同時多発テロそしてイラク戦争へと続く中、自衛隊が軍隊として海外へ派兵され、明文改憲運動と連動するような形で平和憲法は蹂躙されていく過程を示した。
  又、民主党の小沢幹事長はかつて、内閣法制局を潰す策動に動き、鳩山政権になってからは、内閣法制局長官の国会答弁を禁じるとした。これは、現内閣では改憲論は封じられているが鳩山、小沢は改憲論者であることの一つの証であるとした。
  一方、市民運動の側は、「9条の会」さらに「憲法行脚の会」の結成と全国展開が今日まで続いているとした。そして各種の世論調査でも、一時の改憲賛成多数が後退して、改憲しないと拮抗し、憲法9条を守る、は多数派となったことなどを話された。
  講演を聞いていて、私の中にある「民主党は危うい」という潜在意識が、部分的であれ図らずも証明されたと感じたものだった。
そして第3部は、女性のナビィは歌と語り、男性のヨシミツはバンド(ギター&三線)という、この男女二人組の「寿(Kotobuki)」のライブであった。
 私にとっては、名前も舞台も初めての出会いであったが、インターネットで検索したら、そのライブ活動は海外にまで及んでいるとのことで、少しばかり驚いた。「琉球弧の島々で圧制を跳ね返し、歌い継がれる島唄とオリジナル・ソングを歌い」とあり、この日も最初が「安里屋ユンタ」で、男女掛け合いの物語風に歌っていった。ちなみに、アンコールの拍手で呼び戻したら、この「安里屋ユンタ」の“サーユイユイ” と“マタハーリヌ チンダラ カヌシャーマーヨー”の合唱と踊りを全員でやりましょう、ということになった。
 こうして2日間の行動を終えた。明日は、ゆっくり「東京見物」の予定だが、少々疲れ気味ではある。

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