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2010年2月 5日 (金)

老兵たちのフォーラム2月例会・4

 「女性に対して」は、全否定される
 私のレジュメの最後は、「女性に対して」と題し、思うところを比較的ストレートに表現して出した。だがかなり迷った、なんとなく「タブー」に踏み込んでいないかという動揺があったからである。
 案の定、とは言い過ぎだが、唯一の女性参加者のTさんから、「全部ペケ」という断を下された。そのような“洗礼”は、先に受けておいた方がいいという点だけは、的を射ていたのであるが。
 これについては「全否定」の言葉を頂戴しただけで、全くやり取りはなかったのであるが、持ち帰って私なりの、彼女の反論、攻撃内容を想定してみた。
 第1の「男は女性を理解できないか、できても部分的または曲解していることが多い。では女性は男を・・・?」
 という内容は、「理解できないのではなく、そもそも理解しようとしていないだけ。部分的ってどこを指して言っているわけ?何をどう理解したのか言ってみて。曲解などというレベルではない。ほとんど断定して来たのが過去の歴史であり、現実でしょ」とバッサリ。
 第2の、「男と女、どちらが主であるかは状況によるが、合力した方が単独より成果を上げることができる。相互に補完し合うことで成し遂げられる、と考えると、『役割』の違いが見えてくる。」
 という内容は、「これまでを見てこえばわかることでしょうが、ほとんど全部男が主でしょ。あたかも女性が主であったとか、あり得るような幻想をいわないで!(全く分かっていないんだから)まあ力を合わせることに異論はないが、上げた成果は同等に分かち合えるといえるの?これまでは、男が女を搾取してきたのよ。またまた出てきた『役割分担』という、女性への犠牲の押し付け。いいとこ取りは全部男!さあ、どんな風に役割を分担するか教えてよ」
 第3の、「議論していて、女性が発言をしなくなった時、それは自論をひっこめたのではなく、秘めたまま沈黙したに過ぎない。その、しっかり記憶されたものが、後年、不意に引き出されて驚かされることがある。」
 という内容は、「何という女を見下した言い方なのよ。女性がどういう対応するかどうかの推測よりも、発言の機会も対等ではないし、議論するための学習や経験の機会すら、一方的じゃないの。そうよ、決して忘れたりはしないわ。男は都合が悪いことは全部忘れてしまうか、忘れたふりをするのよ」
 第4の、「男より女の方が丈夫で長生きする、は、肉体的というより、精神的なものからではないかという不明な点がある。」
 という内容は、「何がいいたのかわからないわ。精神的に何か、男が女より多く背負っているとでもいいたいわけ?女はお気軽ね、とでもいいたいわけ?とんでもないわ」
 第5の、「女性(妻)は、男(夫)に、社会的地位とか名声、財産とかを持ち帰ることを求めている気がする。」
 という内容は、「これこそ、“作る人、食べる人”の根底を吐露しているといえるわ。地位とか名声、財産とか・・・もう何言ってんのよ、女性にそういう機会を与えもしないで、同等の対応もしないでいてよくいうよ。女性に
自立できる環境さえあれば、そんな隷属的なことは求めやしないのよ。どこまで行ってもダメなのねえ、あなたも」
 全ての女性がこのようにいうとは限らないし、女性の自主、自立、男女対等の「闘いの道」を選ぶ女性が多いとも言えないだろう。けれども、それをいえばまた「男の常套句」といわれるだろう。
 かなり昔、これに似た火矢を放たれた記憶があって、その時は、何かを得たと思うのだが、現時点でこのような問答をまたしてもしているということは、やっぱり何も変わっていないといえそうだ。
 私は、自らの思想性に凡庸と貧弱さをみるのではあるが、この先、今の自分をどれほど変えられるか、ましてこのような課題で、社会的な運動に参加できるかあまり自信がない。だから、Tさんとの論争に向き合うことができるかはなはだ疑問でもある。自問自答の中で見出したものを、自分に言い聞かせるしかない、そんな心境である。
 なお、「俗語か隠語に『あげまん』『さげまん』という言葉がある。・・・」という6番目の内容については、もういわなくてもいいだろう。メッタ切りにされた躯(むくろ)が転がること間違いない。

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コメント

2月5日付の「『女性に対して』は、全否定される」という記事、余りの面白さに笑ってしまいました。

結論から言って、その女性は社会(世界も)を見ず、男性を恨んでいる(^_^;)。
そして、女性に遠慮もしながら意見を躊躇しているあなた自身も、やっぱり日本男性だと言うこと。

まさに、何のことはない!! 現実生活の場面に関しては、自己の感情的利害、それも対男性!!に対する感情的利害感覚から抜け出せていないことを自ら吐露しているのである。

現実の生活感情から離れた課題(一般的な社会問題とか)では高邁な意見を交わし得る人々が、家事や夫婦のこと、また定年後の対応のこととなると、歴史や社会を忘れて男女・夫婦の感情的な話へとひっくり返ってしまうのは、いったい何なのでしょうか??(^O^)(~o~)

生活感情こそは、意識の土台です。ここのところに触れることをあなた方が避けてきたために、ちょっとしたキッカケでそれが吹き出してきましたね(~o~)

あの意見を持つ女性は、旦那様との幸福な暮らしをどうやって築いているのを述べてもらいたかったですね。もし独身であったなら、幸福な夫婦像のためにはどんな提案ができるのかを述べてもらいたかったですね。夫婦を離れた男女の差別・役割分担の問題も男女間の話し合いでどのような解決法があるのか、述べてもらいたかったですね。

実は、そういう女性の希望を実現しようとすればするほど、旦那様をダメにし、自らの幸福をも逃して、さらに社会の足を引っ張っているのが多いのですよ!! 
なぜなら、男女の役割分担の問題は、ごく一部で男女間の問題であっても、全体としてはやはり社会の問題であるからですよ!!

それは何か??
あなた方への宿題にしたいと思います。(^-^)(^_^)/~

投稿: 増やん | 2010年2月 5日 (金) 21時23分

 ご意見、拝見しました。
 否定された女性がどんな生活をしていて、今どんなお仕事をしているかの紹介はしていませんから、かみ合わないところがあるのは当然です。
 そうです、私は遠慮しているというか、一戦を交えたくなくて、退いているのです。論争が続くと最後は不毛で感情的なしこりだけが残って別れることがあると思うからです。
 議論に「絶対」とか「かくあるべきだ」という断定したものを持ち込まないということで、この「老兵たちのフォーラム」も成り立ってきました。茶飲み話やサロンよりは上でしょうが、運動体でもありませんし、行動提起があるわけでもありません。
 議論、意見交換の後はどうするかはそれぞれですので、「生活感情こそは、意識の土台です。」「・・・男女の役割分担の問題は、ごく一部で男女間の問題であっても、全体としてはやはり社会の問題であるからですよ」に同感していますから、それは、私のテリトリーの中でこなしていきたいと思っています。
 to-mo

投稿: | 2010年2月 6日 (土) 10時49分

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