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2009年7月31日 (金)

六ヶ所村ピースサイクル

一行にメッセージ
 2009ピースサイクルの「課題コース」の一つ、青森県六ヶ所村、核燃料再処理工場の操業停止・凍結、工場閉鎖を求める「六ヶ所村ピースサイクル」が、明日から始まる。
 昨日までに、愛知ネットとして、参加できないことを詫びつつ、青森県知事、六ヶ所村村長、日本原燃社長宛ての申し入れ書を一行に託した。
 今日は一行に対する激励メッセージを送った。


  一行のみなさまへ

 今回の「六ヶ所村ピースサイクル」は、竹内事務局長の急死という、口惜しくも悲しいできごとを背にしての出発と思いを致し、いっそうの激励を、このメッセージに託したいと思います。
 “原子力発電を続ける限り、人類の未来はない”と、何となく思っていましたのが、1986年のチェルノブイリ原発の事故で一変しました。
 忘れもしない、「チェルノブイリ」という名前をスラスラ言えるまでかなり時間がかかったこと、東海地方以上の地域に人間が住めなくなったと聞いた時の驚き(実際は中部地方全体ほどの広さ)。
 そして、市民グループ「反原発きのこの会」が、熱心に反原発運動を展開していて、「胞子」という、当時のワープロ誌面を拒否して、手書きのミニコミ誌を毎月400~500部を発行していたこと。
 私自身、1990年代の半ば、中部電力芦浜原子力発電所建設予定地に、毎夏、キャンプに行っていっていたこと・・・。
 幸いにも、中電・芦浜原発は、各方面の反対運動が実を結んで計画が中止になりました。しかしその後の原子力行政は、大間原発をはじめ、新規の原発計画だけでなく、プルサーマル発電計画が着々と進んでいるようにも思われます。
  政府による使用済燃料を再処理し、回収されるプルトニウム、ウラン等を有効利用することを基本とした方針が2005年に決定され、それゆえ、六ヶ所村の再処理工場の稼働は、「国策」として推進されているのだと思います。
 そうした原発行政を180度転換させる運動は、とてつもない大きな壁、超え難い大海原を想起させますが、放射能汚染の中で、悶え苦しみ息絶える、人類の断末魔を想起するとき、私たちの今日的、「今なすべきこと」は、自明のように思われます。
 陸奥(みちのく)への銀輪の行脚は、葉っぱに乗った蟻が、太平洋を横断するようなものかもしれません。しかし、小舟に助けられ、大型船に助けられて洋々と海原を進む日が来ないとも限りません。その日を信じて、ペダルを漕ぎ、声をあげ、旗を振って、走ってほしいと思います。

  愛知からの参加ができなくて心苦しいですが、一行の無事と健脚を信じ、現地での諸行動による成果を期待してやみません。
 秋の全国会議で再会しましょう。
                  
2009年7月30日
        ピースサイクル愛知ネットワーク

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