老兵たちのフォーラム7月例会
久野 治著「春闘の終焉」を読んで
昨日の例会のテーマは、多治見市在住、元三菱電機労組役員、元IMF・JC事務局次長、中部ペンクラブ理事、美濃の武将で茶人・古田織部の研究および、文筆活動を続けておられる、久野治さんの近著「春闘の終焉」をめぐっての意見交換であった。
著者も参加されていたから、本には書かれない「裏話」もいくつかあって、固い標題にはない興味深い内容となった。また、労働運動という角度から取り上げたこのテーマも、久野さんの自分史の一部でもあったといえよう。
さて今回また、私はテーマを取り間違えて、8月例会のテーマで臨んだので、全く準備なしで議論に参加することになった。しかし、順番が最後だったので、それなりに意見を述べることができた。
それでこの本全体の印象として私は、私自身が旧総評、総同盟、中立労連、新産別といった労働組合の大道を歩いてこなかったから、どちらかといえば「批判的」に読んだのであった。しかし、批判されるべきは、著者個人ではなく、戦後労働運動の運動総体がまず先にあるべきだと思ったこと。そして、著者が、もっとアジアに目を向け、新興著しいが労働条件が低い労働者のことを考えるなら、「アジア地域春闘の構築」が必要だと、大胆に提言されている点では、意表を突かれたというか、私の想像域を超えていた点を率直に述べた。
私は、大企業の組合にいながら、その組合の腐敗を感じとって、職場活動に精を出していたが、その活動の中心軸は、「賃金体系、賃金・退職金計算に習熟すること」「労働法、特に労働基準法と労働安全衛生法に精通すること」それらを職場で実践的に活用することを教えられたことを述べ、一方で、「企業(職場)の枠を超えた、地域労働運動」、新東京国際空港建設反対の「三里塚闘争(政治闘争、労農共闘)を闘える労働組合」が当初の2大路線で、後に「労働運動と市民運動は表裏一体」更に、組織されない、支援を受けることのない労働者と共に闘う「隙間の労働運動/落ち穂拾いの労働運動」というところに位置して活動をしていたことを述べた。
そして、企業内組合の、特に大手組合の多く見られた組合活動の欠落していたものとして、①組織外の未組織労働者②組合員個人③下請け・零細企業の労働者④女性、こうした人たちが置き去りされて、正規職・体制従順の労働者で固めて、幹部は「労使協調」を第1義として、保身と出世に重きを置く労働組合は、果たして労働組合といえるかどうか、とまあ、著者の前ではいいにくかったが、当人が必ずしも、これに当てはまらないことは衆人の認めるところであるので、思うところを述べたのだった。
参加者の中には、いわば経営者側の人もいて、「別世界」といわれて苦笑したが、それは労働運動、組合活動がある意味では、保守的で、未開の領域すら持っていることの指摘ではないか、そんな気がした。ただ、最近の「派遣村」に見られる非正規雇用労働者の動き、うねりは、「戦後労働運動」に新たな節目をつくっている状況でもあるから、労働運動一般論だけでは議論は深化しないだろう。
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