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2009年7月 5日 (日)

ピアニスト・辻井伸行の凄さ

 親の役割が大きいというが
 生まれついてから全盲であった辻井さんが、6月7日、アメリカで開催されたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝し、日本中がわきかえった。もう1か月も前のことになる。
 私も「へぇ~、すごいなぁ」とは思ったが、実は何がすごいのか、その時はよく認識していなかった。だいたい、「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」が、どれほど高位なコンクールなのかも知らないし、そもそも、辻井さんの演奏を聞いて、それがどれほど高い評価を受けたかという、そういうことはまるで知らずして、テレビで「これは凄いこと」と聞かされて、単にうなずいたに過ぎない。
 このコンクールに、これまで幾人もの日本人がチャレンジしてきたことであろうから、それを日本人として初の優勝を成し遂げたのは、確かに「凄い!」ことであるとわかる。
 しかしもっと凄いのは、「全盲」であることだと思えたが、それは鍵盤が見えない、楽譜を読みとることができないというハンディ-を思ってのことだ。しかし実際は、楽譜がないから耳から聴いた音、曲を覚えるしかなく、しかもそれを短期間のうちに、自分のものにするその「凄さ」であると解説されている。
 さかのぼれば、0歳の時からその兆候を見せたと、母親の辻井いつ子さんは語っているが、それを見逃さなかった「母親の力」が、「凄さ」を倍加、二重写しにさせる。いつ子さんにとっては、世の親の願いの常である「健康でさえいてくれれば」という、それさえ眼前の状況はかなわずしてあり、その先が考えられないところにあったであろう。それを乗り越えたなにがしかの「積極性」が、ここに至ったということだが、この積極性とか、ものを見る目、判断の確かさは、これまた一つの「凄い」能力であるに違いない。
 この世の凄いことは、幾つかの条件が努力であれ、偶然であれ重なりあって合致した時に生まれる、ことを改めて知らされた。親が一生懸命になれば、何とかなる場合もあるかもしれないが、それだけではないことも確かであろう。イチローのことも考えてしまうなあ。
 ところで、同時優勝したとされる、中国人ピアニスト・張昊辰という人の場合は、どんな「凄さ」を持っていたのであろう。この紹介はまだ目にしていないが。

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